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平成28年2月12日

科学技術振興機構(JST)
関西学院大学
JNC石油化学株式会社

最高レベルの発光効率と色純度を持つ有機ELディスプレー用青色発光材料を開発

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、関西学院大学の畠山 琢次 准教授らは、最高レベルの発光効率(電気を光に変換する効率)と色純度注1)を持つ有機ELディスプレー用青色発光材料の開発に成功しました。

有機ELディスプレーは、液晶ディスプレーに代わる次世代のフラットパネルディスプレーとして実用化が進んでいます。有機ELディスプレー用の発光材料としては、現在、蛍光材料、りん光材料、熱活性化遅延蛍光(TADF)材料注2)の3種類が利用されています。しかし、蛍光材料は発光効率が低いという問題があり、りん光材料とTADF材料は、発光効率は高いものの発光の色純度が低いという問題がありました。色純度が低いと、ディスプレーに使用する際に、発光スペクトルから不必要な色を除去して色純度を向上させる必要があり、トータルでの効率が大きく低下してしまうため、色純度の高い発光材料の開発が望まれていました。

畠山准教授は、発光分子の適切な位置にホウ素と窒素を導入し、共鳴効果注3)を重ね合わせることで、世界最高レベルの色純度を持ちながら発光効率が最大で100%に達するTADF材料DABNAの開発に成功しました。

DABNAは、ホウ素、窒素、炭素、水素というありふれた元素のみからなり、市販の原材料から短工程で合成できることから、理想的な有機ELディスプレー用の発光材料として近い将来での実用化が期待されます。また、ホウ素と窒素の多重共鳴効果を用いる分子デザインは、今後の有機EL材料開発の新たな設計指針になると期待されます。

本研究は、JNC石油化学株式会社 市原研究所と共同で行ったものです。

本研究成果は、2016年2月11日(英国時間)に独国科学誌「Advanced Materials」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「新物質科学と元素戦略」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究機構/応用セラミックス研究所 教授)
研究課題名 「次世代半導体材料を目指した螺旋π共役分子の創製」
研究者 畠山 琢次(関西学院大学 理工学部 化学科 准教授)
研究実施場所 関西学院大学 理工学部 化学科
研究期間 平成23年10月~平成27年3月

この研究領域では、グリーン・イノベーションに資するべく、革新的な機能物質や材料の創成と計算科学や先端計測に立脚した新物質・材料科学の確立を目指します。

<研究の背景と経緯>

有機ELディスプレーは、液晶ディスプレーと比較して、コントラスト比、視野角注4)応答性注5)などに優れており、スマートフォンに代表される小型ディスプレー用途で実用化が進んでいます。有機ELディスプレー用の発光材料としては、蛍光材料、りん光材料、熱活性化遅延蛍光(TADF)材料の3種類が利用されていますが、蛍光材料は、発光効率が低く、25~37.5%程度です。一方、りん光材料とTADF材料は、発光効率が100%に達する場合もありますが、いずれも色純度が低い(発光スペクトルの幅が広い)という問題があります。ディスプレーでは、光の三原色である赤・緑・青色の発光を混合することによりさまざまな色を表現していますが、それぞれの色純度が低いと、再現できない色ができてしまい、ディスプレーの画質が大きく低下します。そこで、市販のディスプレーでは、発光スペクトルから不必要な色を光学フィルターで除去することにより、色純度を高めてから(スペクトル幅を狭くしてから)使用しています。よって、元々のスペクトル幅が広いと除去する割合が増えるために、発光効率が高い場合でも、実質的な効率は大きく低下します。例えば、市販のスマートフォンの青色の発光スペクトルの半値幅注6)は、20~25nm(ナノは10億分の1)程度ですが、一般的な蛍光材料は40~60nm程度、りん光材料は60~90nm程度、TADF材料だと70~100nm程度です。蛍光材料を用いた場合は一部の除去で済みますが、りん光材料やTADF材料を用いた場合は半分以上除去する必要があります。このような背景から、発光効率と色純度の両方を兼ね備えた発光材料の開発が望まれていました。

<研究の内容>

畠山准教授らの研究グループは、TADF材料の色純度を飛躍的に向上させる新たな分子デザインを考案し、その分子デザインに基づき、世界最高レベルの色純度を持つTADF材料(DABNA)を開発しました(図1)。一般にTADF材料は、ドナーと呼ばれる電子供与性の置換基とアクセプターと呼ばれる電子受容性の置換基を用いて分子内のHOMO注7)LUMO注8)を局在化させて、効率的な逆項間交差注9)が起きるようにデザインされています(図3左)。しかし、ドナーやアクセプターを用いると励起状態での構造緩和注10)が大きくなり、色純度が低い幅広な発光スペクトルを与えることになります(図3右)。これに対し、DABNAでは、元素周期表で炭素の左右にあるホウ素と窒素の多重共鳴効果を利用することで、6つの炭素からなるベンゼン環上の3つの炭素にHOMOを、残りの3つの炭素にLUMOを局在化させることに成功しました(図4左)。効率的な逆項間交差により、DABNAの発光効率は最大で100%に達します。ホウ素と窒素はHOMOとLUMOを局在化させるだけではなく、3つのベンゼン環を縮環させることで励起状態での構造緩和を抑制するという役割も担っており、色純度の高い発光スペクトルを得ることができました(図4右)。その発光スペクトルの半値幅は28nmであり、実用化されている高色純度の蛍光材料をも凌駕する世界最高レベルの色純度を示しています(図2)。

<今後の展開>

本研究で開発されたDABNAは、最高レベルの青色発光材料であるのみならず、ホウ素、窒素、炭素、水素というありふれた元素のみからなることや市販の原材料から短工程で合成できることなどの優位性があり、有機ELディスプレーの高効率化と低コスト化が期待できます。また、DABNAの開発を通じて有効性が証明された多重共鳴効果を利用した分子デザインによって、今後、さらに優れた特性を持つ発光材料を開発することも可能です。将来的には、家庭やオフィスの液晶ディスプレーの代替が進むことで、大きな省エネ効果が期待されます。

<参考図>

図1 DABNAを用いた青色有機EL素子

図2 発光スペクトルの比較

図3 従来のTADF材料の分子デザイン

図4 高純度TADF材料の分子デザイン

<用語解説>

注1) 色純度
光(可視光)は波長によって色が異なる。通常の光源は、一定の波長の幅を持った発光スペクトルを示すが、その幅が広ければ、さまざまな色(波長)の光が混合していることになり、色純度が低くなる。発光スペクトルの幅が狭ければ、単色光に近づき色純度が高くなる。
注2) 熱活性化遅延蛍光(TADF)材料
有機EL素子においては、注入した正孔(+)と電子(ー)がペアになって励起子が生成し、励起子から発光が起きるというプロセスにより電気が光に変換される。この励起子には、一重項励起子と三重項励起子の二種類があり、通常は25:75の比で生成するが、蛍光材料を用いた有機EL素子では、一重項励起子からしか発光が起きないため変換効率が低い。TADF材料では、三重項励起子から一重項励起子への変換が効率的に起きるため、原理的にはすべての電気を光に変換できる。また、りん光材料のようにイリジウムやプラチナなどの希少な元素を使用しないため、元素戦略的観点からも優れている。TADF材料は、安達 千波矢 教授(九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター)らにより見いだされ、現在、安達教授を中心として、国内外の研究者により盛んな研究が行われている。
注3) 共鳴効果
共役π電子系を持つ分子は、複数の共鳴構造で書き表すことができるが、実際のπ電子系は複数の共鳴構造の寄与を反映して、それらの中間の構造・性質を示す。共鳴構造の中には、アニオンやカチオンを持つ共鳴構造があるため、その寄与が大きければ、実際のπ電子系には偏りが生じることになる。これを共鳴効果と呼ぶ。ホウ素や窒素は炭素と価電子の数が異なるため、共役π電子系の適した位置に導入すれば、アニオンやカチオンを持つ共鳴構造の寄与を大きくすることができる。
注4) 視野角
ディスプレーを、正面から上下左右にずれた角度から見ると画像が正常に見えなくなることがある。正常に見える最大の角度を視野角という。
注5) 応答性
ディスプレーに動画を映す場合、ごく短い時間でそれぞれの画素の輝度を変化させる必要がある。変化が遅いと、表示がぼんやりしたり、移動する物体の輪郭に残像が発生する。有機ELディスプレーは、画素の輝度変化を短時間で行えるため、応答性が高く、動画を鮮明に映すことができる。
注6) 半値幅
半値全幅ともいわれる山形の関数の広がりを表す尺度。ここでは、発光スペクトル中の発光強度の最大値の半分の値におけるスペクトルの全幅を指す。市販の有機ELディスプレーの青色光源には、半値幅の狭い蛍光材料が使用されている。
注7) HOMO
ある分子において、電子に占有されている分子軌道の中で最もエネルギーが高い軌道である最高被占軌道(Highest Occupied Molecular Orbital)の略語。後述のLUMOよりもエネルギー準位が低い。有機EL素子における励起子は、HOMOからLUMOへ電子が遷移した不安定な状態(励起状態)にあり、LUMOからHOMOへ電子が遷移して安定な状態(基底状態)に戻る際に発光が生じる。HOMOとLUMOが別の場所に局在化している分子は、一重項励起子と三重項励起子のエネルギー差が小さくなる。
注8) LUMO
ある分子において、電子に占有されていない分子軌道の中で最もエネルギーが低い軌道である最低空軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)の略語。
注9) 逆項間交差
三重項励起子が一重項励起子へと変換される過程。項間交差の一種であるが、一般に、三重項励起子は対応する一重項励起子よりも安定であり、有機EL素子においては起きにくい項間交差であるため、逆項間交差と呼ばれる。
注10) 構造緩和
ある分子においては、基底状態と励起状態では安定構造が異なるため、外部刺激により基底状態から励起状態への変換が起きると、その後、励起状態における安定構造へと構造が変化する。この構造の変化を特に構造緩和と呼ぶ。

<論文タイトル>

Ultrapure Blue Thermally Activated Delayed Fluorescence Molecules: Efficient HOMO–LUMO Separation by the Multiple Resonance Effect
(超高純度青色熱活性化遅延蛍光材料:多重共鳴効果による効率的なHOMO-LUMO分離)
doi :10.1002/adma.201505491

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

畠山 琢次(ハタケヤマ タクジ)
関西学院大学 理工学部化学科 准教授
〒669-1337 兵庫県三田市学園2−1
Tel:079-565-8734 Fax:079-565-8734
E-mail:

<JST事業に関すること>

鈴木 ソフィア沙織(スズキ ソフィアサオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

関西学院 広報室
〒662-8501 兵庫県西宮市上ヶ原1-155
Tel:0798-54-6017 Fax:0798-51-0912

JNC石油化学株式会社 電子情報材料開発室
〒100-8105 東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル
Tel:03-3243-6090 Fax:03-3243-6289
E-mail:

(英文)“Ultrapure blue thermally activated delayed fluorescence materials for highly efficient organic light-emitting diodes