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平成28年2月5日

科学技術振興機構(JST)
株式会社豊田中央研究所

大気中で安定的に取り扱うことができる二層シリセンの合成に成功
~電子デバイスや二次電池電極材料への応用に期待~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、株式会社豊田中央研究所(菊池 昇 所長)の中野 秀之 主席研究員らのグループ(大砂 哲 主任研究員、八百川 律子 研究員ら)は、シリコン(Si)が蜂巣格子状に組んで形成した一枚の原子シートであるシリセンから二層構造のシリセンを合成することに成功し、さらに化学的安定性の高いナノシリコン材料であることを明らかにしました。

炭素の原子シートであるグラフェンは、速い電子移動度を持つため、超高速電子デバイスへの応用が期待されていますが、半導体デバイス構築に必要なエネルギーバンドギャップ注1)を持たないため、いまだ応用が限定的です。一方、これに対し、炭素と同族元素であるシリコンを用いたシリセンは、高速の電子移動度とエネルギーバンドギャップを併せ持つため、グラフェンを越える新材料として近年盛んに研究が行われています。しかし、シリセンは大気中で酸化分解することが、応用展開の課題でした。そのため、大気中でも取り扱うことのできるシリセンの合成技術の開発が望まれていました。

本研究グループでは、シリセンの層間化合物CaSiのカルシウム(Ca)層のみを選択的にフッ素化し、同時にシリコン層の自発的な再構成を誘導して、新規な二層構造を得ることに成功しました。得られた構造は、化学的不安定性の原因となるダングリングボンド注2)の密度がシリセンの25%まで低減され、大気中でも安定に取り扱うことが可能であることを確認しました。

本研究により得られた二層シリセンは、ダングリングボンドの密度を制御する材料設計指針を示す初めての例です。また、グラフェンでは開いていない(0ギャップである)エネルギーバンドギャップが、二層シリセンでは1.08eVであることが光吸収測定より確認されました。今後、高速電子デバイスや電極材料へ応用展開し、自動運転車両の制御系や電池材料として期待されます。

本研究成果は、2016年2月5日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「新物質科学と元素戦略」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究センター/応用セラミックス研究所 教授)
研究課題名 「遷移金属フリーのアニオン二次電池の開発」
研究者 中野 秀之(株式会社豊田中央研究所 戦略先端研究領域 機能性Si低次元材料プログラム プログラムマネージャー・主席研究員)
研究実施場所 株式会社豊田中央研究所
研究期間 平成23年10月~平成27年3月

この研究領域では、グリーン・イノベーションに資するべく、革新的な機能物質や材料の創成と計算科学や先端計測に立脚した新物質・材料科学の確立を目指します。

<研究の背景と経緯>

シリセンは、シリコン(Si)が蜂巣格子状に組んで形成した一枚の原子シートで(図1a)、炭素からなる同様な原子シートであるグラフェンを越える新材料として近年盛んに研究が行われています。2010年にノーベル物理学賞の対象となったグラフェンは、原子シート中の電子が非常に高い移動速度を持つため、超高速電子デバイス、液晶ディスプレイ(LCD)や有機ELディスプレイ(OLED)などへの応用が精力的に進められています。しかし、グラフェンはその電子状態に、半導体デバイス構築に必要なエネルギーバンドギャップを持たないため、超高速半導体デバイス開発への展開が大きく制限されています。一方シリセンは、グラフェンと同様な電子状態を形成し、さらに電界効果注3)によってバンドギャップの形成とその制御が可能であると提案されており、グラフェンの欠点を克服した新たな新機能材料として、超高速電子デバイスへの応用が大きく期待されています。しかしながら、従来、シリセンは、特定の基板上にしか成長しないこと、また、大気中で容易に酸化分解するためにデバイス化には大きな制約がありました。

<研究の内容>

本研究では、代表的なZintlシリサイド注4)の1つであるCaSiのカルシウム層のみをフッ素化する合成手法を確立して、二層シリセンの合成に世界で初めて成功しました(図2)。出発原料のCaSiに含まれるシリコン層は、電子供与性注5)の高いカルシウムから電子を受け取ることでリン(P)やヒ素(As)と同じ電子状態となります。その結果、これらの元素と同じジグザグ構造のシリセンとなります。層間のカルシウムをシリセンと同じ格子サイズの結晶に変換することができれば、シリセンを単独で取り出すことができるであろう、との仮説のもと研究を進めました。フッ化カルシウム(CaF)はシリセンと同じ格子サイズを持つので、CaSiのフッ素化の研究を行いました。その中でフッ素を含むイオン液体注6)中でCaSi結晶を加熱すると、フッ素のみが結晶内に拡散し、CaSi(0<x<2.3)の組成領域が生成することを確認しました。この領域を、高角度散乱暗視野(走査透過電子顕微鏡)法注7)を用いて観察した結果、CaSiに含まれる一層のシリセンが二層構造に転移していることを見出しました(図3)。この結果は、カルシウム層をフッ素化(CaF化)することにより、CaSi内のシリセンは一層単独では存在できなくなり、より安定な二層構造として再配列したと解釈することができます。

また、得られた二層シリセンは、シリコンの四、五、および六員環から形成される新規な構造であり、一層構造のシリセン(図1a)と比較して、ダングリングボンド密度が75%減少した構造となっています(図1b)。シリセンは全てのシリコン上にダングリングボンドが存在するため、容易に酸化分解して大気中で扱うことは困難でした。しかし、二層シリセンでは75%のシリコンが4本の結合手で連結した化学的安定性の高い構造であるため、大気中でも比較的安定に取り扱うことが可能になりました。

また、光吸収測定注8)データと電子状態密度計算注9)をもとに、二層シリセンが二次元結晶であることを考慮すると、エネルギーバンドギャップが1.08eVに開いた間接遷移型であることを明らかにしました(図4)。

<今後の展開>

二層シリセンの合成に成功したことで、気相成長のみに限定されていたシリセンの合成手法に新しい指針が加わりました。

Zintlシリサイドの研究は古くから行われており、多くの化合物が報告されています。これらの金属部をアニオンにより安定化することで、さまざまなシリコン相が得られると予想されます。さらに、シリコンサイトを他元素置換することによって、金属や半導体などの物性を示す可能性があり、電子デバイスや電極材料に向けた設計・合成が期待されます。

<付記>

本研究は、産業技術総合研究所 つくばセンターの森下 徹也 主任研究員、東北大学 先端電子顕微鏡センターの早坂 祐一郎 技官、およびロイヤルメルボルン工科大学のミカエル・スペンサー 講師の協力を得て行いました。

<参考図>

図1 シリセンのモデル(黄:シリコン、青:ダングリングボンド)

従来報告されている一層シリセンは、全てのシリコンにダングリングボンドが存在するが(a)、二層シリセンでは、三配位のシリコンにのみ存在する(b)。

図2 本研究における合成概略図

シリセン(Si層)の層間にカルシウム(Ca)が位置するCaSiをイオン液体中で加熱処理を行うと、フッ化カルシウム(CaF)の層間に新規二層シリセンが成長する。理論計算と観察(図3)の結果から、CaFのフッ素欠陥部にシリコンダングリングボンドが位置していることが分かる。

図3 二層シリセンの構造決定法

各方位からの高角度散乱暗視野(走査透過電子顕微鏡)観察を行い(下段)、原子座標を算出して構造を決定した。その結果、二層シリセンはボート型とチェア型の六員環が交互に形成したシリセン一層が四、五および六員環で結合した構造であることを明らかにした(上段)。

図4 二層シリセンの電子状態

  • (a) 図2に示すCaF層に挟まれた二層シリセンのモデル図を用いて電子状態密度を計算した結果、約0.7eVのバンドギャップがあることが予想されました。
  • (b) 透過光吸収スペクトルより、バンドギャップが1.08eVと1.78eVに開いていることが示された。(a)に示した計算結果を考慮すると前者が二層シリセンの値であり、後者は合成時に不純物として含まれる三層構造のシリコンの値であることを確認した。

<用語解説>

注1) エネルギーバンドギャップ
価電子帯から伝導帯までの間のエネルギー準位で、電子が存在できない領域。電子デバイスにおいては、このバンドギャップを利用することにより機能を持たせている。
注2) ダングリングボンド
半導体結晶の表面や欠陥付近において、原子が共有結合の相手を失うことで結合に関与しない電子(不対電子)で占められた原子の結合手のこと。結合相手がいない不対電子が存在するため、化学活性が高く、不安定な状態にある。
注3) 電界効果
電場(電界)によって材料表面に電荷が集まる効果。絶縁体を2つの電極で挟んで電圧をかけると、正の電圧がかかった電極にはプラスの電荷が、負の電圧がかかった電極にはマイナスの電荷が蓄積する。この電極の片方を半導体で置き換えると蓄積した電荷は半導体の中を自由に動き回る伝導キャリアとして振舞う。このようにして伝導キャリアを集める手法を電界効果と呼び、電圧によって半導体の伝導性を制御するトランジスターに広く使われている。
注4) Zintlシリサイド
アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類金属元素などの電気陽性の強い元素と電気陰性の弱いシリコンから成るクラスターやネットワークを形成する化合物。
注5) 電子供与性
分子や化合物の特定の位置について、電子密度を増加させる効果を持つ置換基の性質を電子供与性と呼ぶ。逆に電子状態密度を減少させる効果を持つ置換基が電子吸引性と呼ばれる。
注6) イオン液体
幅広い温度で液体として存在するイオン性の塩。キャパシターの電解液に利用されている。
注7) 高角度散乱暗視野(走査透過電子顕微鏡)法
微小電子プローブで薄膜試料上を段偏向系を使って走査し、試料の一点一点から出てくる透過波(または回折波)の強度を円環状の検出器で受け、その強度をプローブ走査と同期させてコンピューターモニター上に輝点列として表示して得る像。
注8) 光吸収特性
物質が光を吸収する度合いを示す特性。入射光の波長に対する吸収率を表す。
注9) 電子状態密度計算
原子スケールやナノスケールにおける基本法則である量子力学に基づき、物質内における電子の状態(波動関数、電子密度、エネルギー準位など)の計算・可視化する計算手法。

<論文タイトル>

Monolayer-to-bilayer transformation of silicenes and their structural analysis
(一層シリセンから二層シリセンへの相転移とその構造評価)
doi :10.1038/ncomms10657

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中野 秀之(ナカノ ヒデユキ)
株式会社豊田中央研究所 戦略先端研究領域 機能性Si低次元材料プログラム
〒480-1192 愛知県長久手市横道41-1
Tel:0561-71-8089 Fax:0561-63-6156
E-mail:

<JST事業に関すること>

鈴木 ソフィア沙織(スズキ ソフィアサオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

株式会社豊田中央研究所 知的財産部 技術広報室
〒480-1192 愛知県長久手市横道41-1
Tel:0561-63-6484 Fax:0561-63-6298
E-mail:

(英文)“Growth of an air stable bilayer silicene: a promising building block for electronic devices and electrodes of batteries