ポイント
- 自動車の排ガス触媒としてプラチナなどの貴金属やレアアースが使われているが、資源枯渇の観点から、使用を控えていく必要に迫られている。
- 貴金属やレアアースを一切使わない、高性能排ガス触媒(ナノポーラスNiCuMnO)の開発に成功した。
- 自動車用排ガスに採用されれば、材料費コストを100分の1程度にできる可能性があり、大量の貴金属、レアアースの節約に繋がる。
JST 戦略的創造研究推進事業において、東北大学の原子分子材料科学高等研究機構の藤田 武志 准教授は、物質・材料研究機構の阿部 英樹 主幹研究員と共同で、貴金属(レアメタル)や希土類元素(レアアース)を一切使わない高性能排ガス触媒、ナノポーラスNiCuMnO金属複合化合物を開発しました。
これまで、プラチナ(Pt)、パラジウム(Pd)などの貴金属やセリウム酸化物(CeO2)などのレアアースの酸化物が自動車用排ガスに使用されています。しかし、資源が偏在し、資源量が限られていることや、市場の価格変動が大きいことなどから、それらの元素を含まない排ガス触媒の開発が求められていました。
藤田准教授は、銅・ニッケル・マンガンの合金からマンガンを選択腐食することで、ナノポーラスNiCuMnO金属複合化合物を開発しました。排ガスの成分である一酸化炭素(CO)や一酸化窒素(NO)の除去反応として知られるCO酸化・NO還元反応に活性であり、長時間の高温使用にも耐えられる特有のナノ構造になっていることを明らかにしました。また、世界で初めてNO還元反応の様子を透過電子顕微鏡によってその場観察することにも成功し、その特有のナノ構造が触媒反応によって引き起こされることを突き止めました。
この触媒は、合金粉末を酸に漬けるだけで作製できるため、大量生産が可能です。また、得られた触媒の設計指針を応用した、さらなる高性能な排ガス触媒の開発が期待されます。
本研究成果は、2016年2月3日(ドイツ時間)にWiley社出版のドイツ国際科学誌「Advanced Functional Materials」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 |
「新物質科学と元素戦略」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究センター/応用セラミックス研究所 教授) |
研究課題名 |
「ユビキタス元素を用いた革新的ナノポーラス複合材料とデバイスの創成」 |
研究者 |
藤田 武志(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 准教授) |
研究実施場所 |
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 |
研究期間 |
平成23年10月~平成27年3月 |
この研究領域では、グリーン・イノベーションに資するべく、革新的な機能物質や材料の創成と計算科学や先端計測に立脚した新物質・材料科学の確立を目指します。
<研究の背景と経緯>
化学工業分野では、さまざまな貴金属ナノ粒子(PtやPd)を酸化物(CeO2)などに固定したナノ粒子触媒が触媒研究の主流となっています。しかし、資源問題の観点から、貴金属(レアメタル)や希土類元素(レアアース)の使用は控えていく必要があります。また、ナノ粒子触媒には、ナノ粒子同士が合体して5nm(ナノは10億分の1)以上のサイズになると活性がほとんどなくなってしまうという問題がありました。これまで藤田准教授らは、ナノポーラス金属注1)(スポンジ状にナノサイズの多孔が空いた金属)の触媒が、従来のナノ粒子触媒と同等の機能を持ち、細孔のサイズが30nm程度でも優れた触媒活性を保つことに着目し、触媒活性の起源を解明しました(平成24年8月13日プレスリリース https://www.jst.go.jp/pr/announce/20120813/)。これに基づき、ナノポーラス金属触媒の高反応収率・高耐久性を追究することで、ナノ粒子触媒に代わる貴金属や希土類元素を一切使わない自動車排ガス触媒の創出を目指してきました。
<研究の内容>
「ナノポーラス金属」は、固溶体合金を酸で脱合金化(選択腐食)注2)することで、5nmから100nmのナノ細孔を任意に作製できます。本研究では、銅・ニッケル・マンガンの固溶体合金からマンガンを選択腐食することで、ナノポーラスNiCuMnO金属複合化合物を開発しました(図1)。この材料はCO酸化・NO還元反応に高活性であり、長時間の高温使用にも耐えられることがわかりました。図2にCO酸化・NO還元反応の温度に対する変換率をまとめたものを示します。触媒反応により、初期に比べて活性化温度(立ち上がり温度)が低温度側に約50度シフトし、従来のニッケル、銅触媒に比べてもより低温で活性となりました。400度、10日間の耐久試験でも、有害なNO、COガスを出さずにCO2へ変換できることがわかりました(図3)。
この材料は、触媒反応に誘起されて、自律的に微細組織が変化するという特徴があり、これにより高活性で高耐久性のある微細組織へと変化しました(図4)。この微細組織は、活性金属種(CuやCuO)が、ナノポーラスNiMnOネットワークに絡まっているという特異な構造を示しています。活性金属種と酸化物の界面は、「ペリメータ」と呼ばれており、活性中心となることが知られていますが、このペリメータを多量に導入している理想的な微細構造となっており、従来のナノ粒子触媒にくらべてグラムあたり推定約10倍以上多く存在していました。また、従来のナノポーラス銅触媒では、触媒反応過程で比表面積が大きくなってしまい、200度の環境下で1時間程度で劣化していましたが、熱的に安定なナノポーラスNiMnOネットワークがあることで、400度、10日間の高温に耐えられる高耐久性も同時に実現しました。
さらに、熱による変化ではなく、触媒反応に誘起されて微細組織が変化することを、環境制御型超高圧電子顕微鏡注3)で確認しました。NO還元反応を透過電子顕微鏡でその場観察したのは世界で初めてです。NOガスは腐食性の性質も持つので、精密装置には導入できませんが、特殊な環境セルを用いることで観察が実現しました。構造変化の様子を図5に示します。NO還元反応過程で、銅が活性種として働き、結晶粒の粗大化・微細化過程が観察されて自律的に変化していく様子を捕えました。このような変化は、不活性ガス(アルゴン)中で熱を加えただけでは起きないことを確認しております。
本触媒は、合金粉末を酸に漬けるだけで作製できるため、大量生産に向いています。それを実証するために、ガスアトマイズ法注4)により銅・ニッケル・マンガン合金の微粉末を大量に作り、それらを酸に付けることで多量の触媒を作製できることを示しました(図6)。
本成果は、「新物質科学と元素戦略」研究領域内のさきがけ研究者の共同研究によってもたらされたものです。
<今後の展開>
今回得られた触媒設計指針に基づいて、さらに高活性で高耐久性のある自動車排ガス触媒へ取り組み、数年内の実用化を目指します。また、JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「多様な天然炭素資源の活用に資する革新的触媒と創出技術」研究領域(研究総括:上田 渉)における研究課題「高効率メタン転換へのナノ相分離触媒の創成」(研究代表者:阿部 英樹)に藤田准教授、阿部研究員ともに現在参画しており、本研究で得られた触媒設計指針を参考にして、メタン転換触媒(メタンから有用なエネルギー資源へ変換)への応用にも取り組んでいきます。
<参考図>
図1 (左) 銅・ニッケル・マンガンの合金が圧延されたもの
(右) マンガンを選択腐食することで作製したナノポーラスNiCuMnOの透過電子顕微鏡像
図2 (左)NO還元の温度に対する変換率 (右)CO酸化の温度に対する変換率
従来のニッケル、銅触媒にくらべて、より低温度側で活性となる。
図3 NO還元反応の400度10日間耐久試験の結果
図4 NO還元の耐久試験後のナノポーラスNiCuMnOの走査透過電子顕微鏡像注5)と
選択場所(黄色点線枠内)での元素マッピング像
銅(Cu:赤)、マンガン(Mn:青)、ニッケル(Ni:緑)を、3原色で重ねたもの(Cu+Ni+Mn)から、銅がナノポーラスNiMnOネットワークに絡まって特異なナノ構造を形成しているのがわかる。
図5 NO還元反応中のナノポーラスNiCuMnOのその場透過電子顕微鏡像
(左)初期 (右)反応後
- 図6 (左) ガスアトマイズ法で作製した微粉末から触媒を大量作製したもの。合計で約400g。
- (右) 作製した触媒微粉末のSEM像。図1の圧延材からのものよりも表面積が大きく、
特性が向上している。
<用語解説>
- 注1) ナノポーラス金属
- ナノ多孔質金属は物質の内部にナノサイズの細孔がランダムにつながったスポンジ構造体(ナノサイズの細孔を持つ多孔質構造体)のこと。
- 注2) 脱合金化(選択腐食)
- 合金から特定の元素を選択的に腐食させて、溶出させる方法。選択腐食ともいう。
- 注3) 環境制御型超高圧電子顕微鏡
- 名古屋大学の超高圧電子顕微鏡施設に2010年に設置された「反応科学超高圧走査透過電子顕微鏡(JEM-1000K RS)」。ガス環境セルと電子線プローブ結合型の顕微鏡であり、3次元観察機能、STEM、EELS元素分析などの最新の機能を装備し、これと大型ガスセルを組み合わせることにより、触媒反応、電池反応などの化学反応のその場観察や厚い試料の3次元観察など、これまでには不可能と思われてきた応用研究の実施が期待されている。
- 注4) ガスアトマイズ法
- 溶融した金属にガスを噴霧し粉末にする工業的方法。
- 注5) 走査透過電子顕微鏡像
- 走査透過電子顕微鏡法(HAADEF-STEM)のうち、格子振動による熱散漫散乱によって高角度に非弾性散乱された電子を円環状の検出器で受け、この電子の積分強度をプローブ位置の関数として測定し、その強度を表示した像。
<論文タイトル>
“Earth-Abundant and Durable Nanoporous Catalyst for Exhaust-Gas Conversion”
(排ガス変換のためのありふれた元素で構成され、耐久性のあるナノポーラス触媒)
doi :10.1002/adfm.201504811
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
藤田 武志(フジタ タケシ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 准教授
〒980-9877 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
Tel:022-217-5990 Fax:022-217-5955
E-mail:
阿部 英樹(アベ ヒデキ)
物質・材料研究機構 環境・エネルギー材料部門 環境再生材料ユニット 主幹研究員
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
Tel:029-860-4803 Fax:029-859-2818
E-mail:
<JST事業に関すること>
鈴木 ソフィア沙織 (スズキ ソフィア サオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>
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物質・材料研究機構 企画部門 広報室
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東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス
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