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平成28年1月25日

物質・材料研究機構(NIMS)
科学技術振興機構(JST)

ナノ粒子を利用した太陽熱による高効率な水の加熱に成功

~セラミックスのプラズモン共鳴を用いた太陽熱利用の促進に期待~

1.国立研究開発法人 物質・材料研究機構(以下NIMS) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)、ナノシステム光学グループの石井 智 MANA研究者、長尾 忠昭 グループリーダーらの研究チームは、遷移金属窒化物や炭化物のナノ粒子注1)が、太陽光吸収効率が高いことを数値計算で明らかにし、実際に窒化物のナノ粒子を水に分散させた実験で水温上昇速度などが速いことを確認しました。今後これらのナノ粒子は、太陽光を利用した水の加熱・蒸留などへの応用が期待されます。

2.太陽光は最も有望な再生可能エネルギーの1つで、その利用方法として太陽電池などを用いた発電のほかに、太陽光を吸収して熱に変える光熱変換による給湯などが挙げられます。家庭の用途別消費エネルギーにおいて給湯と暖房の割合は合計で55%に達するため、太陽光を無駄なく熱に変えて利用できれば、電気を使わずに給湯や暖房ができるため二酸化炭素の削減にも繋がります。太陽光を吸収するために従来のように集熱パネルや集熱パイプを用いると伝熱ロスが発生するため、水などの媒質に分散させることで直接加熱できるナノ粒子に注目が集まっています。

3.今回研究チームは、NIMS 環境・エネルギー材料部門 環境再生材料ユニット 触媒機能材料グループの梅澤 直人 主任研究員らと共同で第一原理計算注2)を行い、太陽光の光熱変換に適したナノ粒子材料の探索および物性値の予測を行いました。その結果、セラミックスである遷移金属窒化物と遷移金属炭化物の太陽光吸収効率が高いことを明らかにしました。さらに、遷移金属窒化物の中でも窒化チタンに注目し、窒化チタンナノ粒子を水に分散させて太陽光を照射したところ、9割に近い高効率で光を熱に変換することを実験的に確認しました。窒化チタンのナノ粒子は広帯域なプラズモン共鳴注3)を示すため、ナノ粒子1個当たりの太陽光吸収効率では金や炭素のナノ粒子よりも高い性能を示すと考えられます。今後、この成果を床暖房や給湯および汚水や海水の蒸留などに応用することを検討しています。これら以外のナノ粒子の応用として、高分子とナノ粒子とのハイブリット材料の開発や、ナノ粒子を介した化学反応の促進などにも取り組んでいます。

4.本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「エネルギー高効率利用のための相界面科学」研究領域(花村 克悟 総括)における研究課題「セラミックスヘテロ層における界面電磁場制御と熱エネルギー利用」(研究代表者:長尾 忠昭)の一環として行われました。

5.本研究成果のうち数値計算と実験に関する部分は、The Journal of Physical Chemistry C誌にて2016年1月25日に掲載されます。

<研究の背景>

太陽光は最も有望な自然エネルギーの1つで、その利用法は世界中で盛んに研究されています。太陽エネルギーの利用方法として、太陽電池などを用いて発電する光電変換と、太陽光を吸収して熱に変える光熱変換の大きく2つに分類されます。

資源エネルギー庁のエネルギー白書によると、用途別エネルギー消費において暖房と給湯の合計が占める割合は家庭部門で55%、事業用で約30%に達しています。ところが、市販の太陽電池のエネルギー変換効率は10-20%程度にとどまるため、太陽電池で発電した電気を用いて給湯や暖房を行うとどんなに効率の高い給湯・暖房装置を用いても太陽エネルギーの利用効率は20%未満になってしまいます。

他方、太陽熱利用の1つとして太陽光を吸収して直接熱に変換し水などの液体を温める太陽熱温水器があります。従来から使用されている太陽熱温水器では、集熱板や集熱膜などの見た目が黒いもので太陽光を吸収し、そこで発生した熱が水に伝わって水が温まります。これらの太陽熱温水器の変換効率は50%台のものもあり、前述のように給湯・暖房でのエネルギー消費が多いことを考慮すると、太陽光のエネルギー利用方法として太陽熱温水器の利用は効率的です。

このように太陽熱を利用する装置の変換効率は既に比較的高いのですが、水に太陽光を良く吸収するナノ粒子を分散させるとより変換効率が上がる可能性があります。ここではナノ粒子が直接水と接しているため、伝熱ロスなくナノ粒子の熱が水に伝わります。またナノ粒子周辺の領域だけが局所的に加熱されるため、水が沸騰する前から水蒸気が発生するなど、効率のよい水の加熱・蒸留が可能となります。

また、熱の用途は温水や蒸留以外にも数多くあり、材料の機能を発現させたり、化学反応を促進させたりすることなどにも熱は用いられます。このような場合は通常電力を用いたヒーター加熱が行われてきましたが、ナノ粒子による太陽光由来の熱利用が可能になれば、これらの分野でも省エネルギー化を実現することができます。

<研究の内容と成果>

本研究では、ナノ粒子として太陽光を効率よく吸収する材料の探索を行いました。その際、逐一材料を検討するのではなく、まず電磁場計算から太陽光吸収効率が高くなる条件を見出しました。その後その条件に合う材料を探索する中で、遷移金属窒化物が有望な材料であることが分かり、実際には窒化物チタン(TiN)に注目しました。窒化物チタンはセラミックスですが導電率が高く、ナノ粒子にすると広帯域なプラズモン共鳴を示します。

そこで窒化物チタンナノ粒子について電磁場計算を行い、ナノ粒子吸収効率を計算しました。比較のため、黒い材料の代表格である炭素(C)のナノ粒子(カーボンブラック)と、強いプラズモン共鳴を示しこれまで光熱変換ナノ材料として多く使われてきた金(Au)のナノ粒子も同様に計算を行いました。その結果を図1に示します。この図から、窒化物チタンナノ粒子の広帯域な共鳴は太陽光の強度分布との一致がよく、3つのナノ粒子の中で最も太陽光吸収効率が高くなることが予想されます。

なお、電磁場計算を行う際に誘電率という値が必要ですが、本研究では実験で求めた値や文献値だけでなく、第一原理計算と呼ばれる計算法で求められた値を用いて、ナノ粒子の光吸収性能を評価する方法も試みました。この研究はNIMS 環境・エネルギー材料部門 触媒機能材料グループの梅澤 直人 主任研究員らと共同で行い、予測値を含まず高い導電性を持つ材料の誘電率を計算することに成功しました(参考文献)。実際、合計10種類の光熱変換効率が高いと考えられる遷移金属窒化物と炭化物材料を計算した結果、窒化物チタン以外に炭化タンタル(TaC)も有望な光熱変換材料であることが示されました(図2)。このように、第一原理計算は本研究のようなナノ光学材料の探索にも強力な手法となり、これによりどのような材料が太陽光の吸収に適しているかを予め知ることが可能となりました。

ナノ粒子の太陽光吸収性能を確かめる実験では、純水に分散したナノ粒子を対象としました。TiNナノ粒子を0.0001vol%水に分散させ、ソーラーシミュレーターからの光を照射したときの水蒸気発生量と温度上昇量を計測しました。図3に示すように、TiNナノ粒子入りの水は純水より水蒸気発生量も温度上昇量も約2倍高い結果となりました。また同じ0.0001vol%の炭素ナノ粒子入りの水と比較しても、TiNナノ粒子入りの水のほうが水蒸気発生と水温上昇の効率が高いことが分かります。これらの結果から、TiNナノ粒子の太陽光の光熱変換効率が高いことが確認できました。

<今後の展開>

太陽光を吸収させるためにこれまでは集熱パネルや集熱パイプを用いていたために伝熱ロスが発生していました。それに対して太陽光吸収効率の高いナノ粒子を水に分散させることで接触する周りの水に直接熱を伝え、本研究では90%近い太陽熱の変換効率を実現しました。ナノ粒子を入れる容器の断熱性を改良したり散乱光の逃げを抑えたりすることで更なる効率のアップが見込まれ、ナノ粒子分散水を給湯や暖房に用いることで太陽エネルギーの有効利用ひいては低炭素社会への貢献が期待されます。

ナノ粒子を用いた太陽熱の利用は、高い蒸発量を生かして汚水や海水の蒸留を行うことも可能です(図4(b))。今回の実験から試算すると、例えば10Lの汚水から5時間で約1Lの蒸留水が得られます。ナノ粒子を用いた蒸留器は太陽光のみで動作し構造が簡易にできるため、災害時や社会インフラの整っていない国や地域などでの利用が想定されます。また、今回紹介した水の加熱・蒸留以外のナノ粒子の応用として、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 複合化生体材料グループの荏原 充宏 MANA研究者らと協力してポリマーとナノ粒子とのハイブリット材料の開発や、同環境・エネルギー材料部門 触媒機能材料グループの阿部 英樹 主幹研究員らと協力してナノ粒子を介した化学反応の促進などを進めており、近日中に成果を発表する予定です。

<参考図>

図1

TiN、炭素、金のナノ粒子の光吸収効率(実線、左軸)と太陽光の強度(灰色、右軸)の波長依存性。

図2

第一原理計算によって求めたTaCの(a)電子状態密度(DOS)と、(b)複素誘電率。εが複素誘電率の実部を、εが複素誘電率の虚部を表す。

図3

(a)実験の模式図。(b)、(c)擬似太陽光照射による水蒸気発生量と水温上昇の結果。TiNナノ粒子と炭素ナノ粒子の濃度はどちらも0.0001vol%。

図4

(a)ナノ粒子を用いた太陽熱温水装置の模式図。(b)ソーラーシミュレーターからの集光光をTiNナノ粒子が分散した水に照射している様子。水温が上がる前から水蒸気発生が目視できる。

<用語解説>

注1) ナノ粒子
大きさが数ナノメートルから数百ナノメートル程度の非常に小さな粒子。ナノメートルはミリメートルの百万分の一。PM2.5で問題になっている粒子より更に1桁以上小さい。
注2) 第一原理計算
原子スケールやナノスケールにおける基本法則である量子力学(第一原理)に基づき、原子番号だけを入力パラメーターとして、物質の性質を予測できる計算手法。未知の物質の性質の探索や、実験では測定のできない物理現象を調べることができる研究手法である。
注3) プラズモン共鳴
光照射によって材料中の電子が集団振動する現象のこと。プラズモン共鳴を起こす材料としては金や銀が良く知られている。本研究で示したように、導電性の高い遷移金属窒化物や炭化物にもプラズモン共鳴が励起され、安価なプラズモン材料として利用が可能である。

<論文情報>

タイトル Titanium Nitride Nanoparticles as Plasmonic Solar-Heat Transducers
著者 Satoshi Ishii, Ramu Pasupathi Sugavaneshwar, and Tadaaki Nagao
掲載誌 The Journal of Physical Chemistry C
掲載日 2016年1月25日

<参考文献>

タイトル Examining the Performance of Refractory Conductive Ceramics as Plasmonic Materials: A Theoretical Approach
著者 Mukesh Kumar, Naoto Umezawa, Satoshi Ishii, and Tadaaki Nagao
掲載誌 ACS Photonics
掲載日 2015年12月9日
doi 10.1021/acsphotonics.5b00409

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

石井 智(イシイ サトシ) MANA研究者
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 ナノシステム光学グループ
Tel:029-860-4944
E-mail:

長尾 忠昭(ナガオ タダアキ) グループリーダー
Tel:029-860-4746
E-mail:

<JST事業に関すること>

鈴木 ソフィア沙織(スズキ ソフィアサオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
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<報道担当>

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