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平成28年1月20日

東京工業大学
科学技術振興機構(JST)

細胞を模倣した微小反応容器のコンピューター制御に成功
~人工細胞や分子ロボットの開発に期待~

ポイント

東京工業大学 大学院総合理工学研究科の瀧ノ上 正浩 准教授らは、熱平衡状態注1)から大きく離れた系の化学反応をコンピューター制御できる「人工細胞注2)型微小リアクター」の開発に世界で初めて成功した。

細胞が膜小胞によって化学物質を取り込んだり排出したりする現象に着目して制御理論を発案した。この制御理論に基づき、マイクロ流路技術を利用して微小な水滴を電気的に融合・分裂させ、微小水滴の内外への化学物質の供給と排出を制御する微小な化学反応容器(人工細胞型微小リアクター)を開発した。さらに、このリアクターを利用し、熱平衡状態から大きく離れた化学反応に特徴的なリズム反応(化学物質濃度が増減して規則的なリズムを刻む反応)を自在に制御することに成功した。

開発したリアクターは「生命とは何か?」という根源的な問いを解決する手助けになるとともに、将来は細胞を模倣した高機能な分子コンピューターや分子ロボットの開発、細胞状態のコンピューター制御に基づくモデル駆動型の生命科学・医薬研究分野への応用などが期待される。

研究成果は1月20日(英国時間)に英国科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」のオンライン版で公開される。

<研究の背景と経緯>

細胞は分子の自己組織化注3)や自発的な分子反応によって機能を発揮する超精密で超高機能なシステムである。このような細胞システムの原理を解読し、それらの機能を取り入れた人工システムは、人間の知的社会生活を豊かにするとともに、エネルギーを効率よく利用するデバイスの開発や持続可能なシステム構築のために重要であり、科学技術の究極の目標の一つといえる。しかし細胞のように微小なスケールで、このような化学反応を制御することは難しく、制御するための新しい理論や技術の開発が望まれていた。

細胞のような自己組織化的に機能するシステムは、熱平衡状態から大きく離れて、化学物質の供給や排出を伴う化学反応(非平衡化学反応)に基づいている。細胞のように微小なスケールでこのような化学反応を制御することは難しいが、近年マイクロ流路技術と呼ばれる非常に微小な液体を操作する技術でリアクターを構築し、このような化学反応を制御する試みが世界的に注目されるようになってきた。

しかし、従来の方法では化学物質の供給や排出はできるが、送液するためのポンプやチューブ内にある大量の液体すべての流速を変化させないと、リアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を制御することができないため、制御精度の低さや、応答時間が遅いという問題があった。そのため、外部から任意のタイミングで任意のコントロールを加えることや、反応状態の情報を基にフィードバックをして制御することなど、非平衡化学反応を精密かつ動的に制御することは困難だった。

<研究成果>

瀧ノ上准教授らは細胞が膜小胞によって物質を取り込んだり排出したりする現象(エンドサイトーシス・エキソサイトーシス)に着想を得て制御理論を構築し、マイクロ流路技術を利用して人工細胞型微小リアクターを開発した(図1a、b)。この人工細胞型微小リアクターにより、細胞のように、微小な水滴を電気的に融合させたり分裂させたりして、微小水滴の内外への反応基質の供給と反応産物の排出を精密にコンピューター制御することを実現した。

また送液速度を一切変更しなくても微小水滴の融合分裂の頻度を変更するだけで、リアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を制御することができるという理論的基盤(パルス密度変調制御注4))を構築した。この原理を用いて人工細胞型微小リアクターを制御しているため、高精度で、応答時間も非常に速い制御が可能になった(図2)。

このリアクターを用いて、非平衡化学反応において最も特徴的な反応の一つであるリズム反応を自在に制御することに成功した(図1c、dおよび図3)。リズム反応とは、化学物質濃度の増減が自発的に規則的なリズムを刻む反応で、反応基質の供給と反応産物の排出がうまく制御された環境でのみ発生する。リズム反応は代謝回路や体内時計など生命システムの様々な場面に見られる重要な反応で、リズム反応を制御できたことは細胞内の生化学的な反応を含む、他の非平衡反応にも応用できることを示唆している。

<今後の展開>

この研究の結果、複雑な化学反応を人工細胞型微小リアクターで制御できるようになるため、技術的なイノベーションとしては、細胞を模倣した高機能な分子コンピューターや分子ロボットの開発が期待できる。分子コンピューターや分子ロボットは、電子コンピューターが不得意な計算や作業を分子反応によって実現する次世代のシステムとして期待されており、世界的に研究開発が盛んになっている。

さらに細胞状態を常時モニタリングし、細胞の遺伝子発現状態や細胞分化を理論的なモデルに基づきコンピューターで制御するモデル駆動型の生命科学や医薬研究への応用も期待される。また「生命とは何か?」という人間の根源的な問いを物理学的な手法によって解明していく一つの手段になることも期待されている。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「細胞機能の構成的な理解と制御」研究領域における研究課題「非平衡人工細胞モデルの時空間ダイナミクス定量解析」(研究代表者:瀧ノ上 正浩、平成23年度~平成27年度)および文部科学省 科学研究費補助金の支援のもとで得られたものであり、東京工業大学の杉浦 晴香 技術補佐員、伊藤 真奈美 修士課程大学院生、奥秋 知也 修士課程大学院生、お茶の水女子大学の森 義仁 教授、千葉大学の北畑 裕之 准教授との共同研究である。

<参考図>

図1

  • (a) 人工細胞型微小リアクターの概念図。マイクロ流路に固定された「人工細胞型微小リアクター」に、化学物質輸送用の微小水滴が融合と分裂を繰り返すことによってリアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を実現する。
  • (b) 人工細胞型微小リアクターと化学物質輸送用の微小水滴の融合分裂の様子。電圧を加えることで融合が起こる。
  • (c) 人工細胞型微小リアクター内で化学反応が起こり、溶液内のpHの増減(水素イオンの増減)が観察された(リズム反応)。pH値の大小に反応して蛍光強度が変わる試薬を用いて計測しており、明るい状態(白い状態)はpHが高い時で、暗い状態(黒い状態)はpHが低い時を示す。
  • (d) 水素イオン濃度の増減をpHの相対値で表示してグラフ化した。

図2

  • (a) パルス密度変調制御の原理。青線で描かれたパルス波によって、赤線の波形のように時間変化する物質流入出量)を実現した。パルスの密度が高いところが物質流入出量が大きくなる。はパルスの周期、はパルスの幅を示す。

図3

  • (a) 人工細胞型微小リアクター内でリズム反応をフィードバック制御する際のコンピュータープログラムの概要を示す。
  • (b) フィードバック制御によって水素イオン濃度が増減するリズム反応が発生するような実験条件を自動的に探索する。
  • (c) リズム反応が長時間維持されることが確認された。

<用語解説>

注1) 熱平衡状態
物質やエネルギー(熱)の出入りがなく、変化が起こっていない状態。生物でいえば、生きていない状態。
注2) 人工細胞
細胞の構造や機能を模倣して構築される細胞様の人工的な微小カプセルや微小リアクターを人工細胞と呼ぶ。細胞をモデル化したシステムで、実際の細胞より単純なため、生命システムの物理学的・生化学的な研究のツールとして使われている。さらに、有用な物質を生産するためのリアクターとしての応用や薬物送達システムなどの医薬分野への応用も検討されている。
注3) 自己組織化
規則・秩序を持つパターンやリズムなどが自発的に作り出されること。雪の結晶の成長、心臓の拍動、動物の体表模様のパターン、受精卵からの個体の発生など様々な自己組織化現象が知られている。
注4) パルス密度変調制御
図2に描かれているように、電圧のON/OFFのパターンの違い(パルス波の密度の濃淡)で正弦波やのこぎり歯状の波など様々な波形を近似的に作り出す制御方法。今回の研究では様々な波形の物質の流入出のパターンを作っている。類似の方法はLEDライトの明るさ調節や情報通信などにも使われている。

<論文情報>

タイトル Pulse-density modulation control of chemical oscillation far from equilibrium in a droplet open-reactor system
著者 Haruka Sugiura, Manami Ito, Tomoya Okuaki, Yoshihito Mori, Hiroyuki Kitahata, and Masahiro Takinoue
掲載誌 Nature Communications
doi 10.1038/NCOMMS10212

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

瀧ノ上 正浩
東京工業大学 大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻 准教授
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<JST事業に関すること>

川口 哲
科学技術振興機構 戦略研究推進部
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<報道担当>

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(英文)“Microdroplet reactors mimic living systems