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平成28年1月11日

日本原子力研究開発機構
公益財団法人 レーザー技術総合研究所
理化学研究所
科学技術振興機構(JST)

レーザーでトンネルコンクリートの健全性を高速で検査する

~レーザー計測技術の高度化により、遠隔・非接触のトンネル安全性検査の高速化に道筋~

ポイント

日本原子力研究開発機構(理事長、児玉 敏雄、以下、「原子力機構」)、公益財団法人レーザー技術総合研究所(理事長、大石 富彦、以下、「レーザー総研」)、理化学研究所(理事長、松本 紘、以下、「理研」)の合同研究グループは、コンクリート内部の外からは見えない「ひび割れ」などの欠陥注1)をレーザーにより検出する「レーザー欠陥検出法注2)」と呼ばれる技術を高速化し、従来の50倍の速さでの欠陥の検出に成功しました。今後、実際のトンネルコンクリートで想定される様々なタイプの欠陥の検出を検証していくことで、従来の打音法注3)に代わる、遠隔・非接触のトンネル安全性検査技術として期待されます。

トンネルコンクリート内部の欠陥は、崩落事故などにつながる危険があるため、確実に検出する必要がありますが、従来の打音法では、検査速度が遅く、膨大な数のトンネル検査には時間がかかるうえに、接触式の検査であるため検査員に危険も伴います。そこで高速・非接触な検査技術の開発が望まれています。

レーザーを用いた遠隔・非接触式のトンネルコンクリート内部の欠陥検出法である「レーザー欠陥検出法」では、強いレーザー光を照射することで表面に振動を与え、その振動を別のレーザー光で詳細に調べることで、コンクリート内部の欠陥を検出します。この方法の原理実証は、JR西日本とレーザー総研によりなされていますが、計測の速さが2秒間に1回に限られており、更なる検査速度の向上が望まれていました。

今回、合同研究グループは検査速度の高速化に取り組み、原子力機構が主として高速動作が可能な光増幅器注4)を開発することでレーザーの高速運転を可能とし、レーザー総研が主としてガルバノ鏡注5)を利用した高速掃引機構の開発と取得データ解析の高速化を行うことで、コンクリート供試体の中の欠陥を、従来の約50倍に相当する、1秒間に25回(25ヘルツ)の速度で検出することに世界で初めて成功しました。

今後、実際のトンネルにおける様々なタイプの欠陥が検出できることを検証・確認していくことで、将来的には、打音法に代わる遠隔・非接触のトンネル安全性検査技術につながることが期待されます。

本研究成果は、平成28年1月10日のレーザー学会第36回年次大会(名城大学 天白キャンパス)において口頭発表される予定です。なお、本研究は、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の中のインフラ維持管理・更新・マネジメント技術(藤野 陽三 PD)研究開発課題名「レーザーを活用した高性能・非破壊劣化インフラ診断技術の研究開発」(研究責任者:緑川 克美(理研 光量子工学研究領域 領域長))の一部として科学技術振興機構(JST)からの委託研究により実施しました。

<研究の背景>

我が国には、トンネルや橋梁を始めとするコンクリートを使用した社会インフラが数多くありますが、その多くは高度経済成長期に建設されたものであるため、高経年化が懸念されています。 これらのインフラをより長く維持して利用していくためには適切な保守メンテナンス管理技術が必要です。トンネルの場合、コンクリート内部に「ひび割れ」、「浮き」などの欠陥があると、崩落事故のような深刻な事態につながる可能性があるので、定期的な検査で欠陥を確実に検出し、切除・補修を行わねばなりません。現在の検査方法の主流は打音法で、専門の検査員がハンマーでコンクリートを叩いた際に発生する音の違いにより、健全性を診断しています。打音法は、検査速度が遅く、膨大な数のトンネル検査には多くの時間がかかるうえに、接触式の検査なので検査員に危険も伴います。そこで高速・非接触な検査技術の開発が望まれています。

「レーザー欠陥検出法」は、レーザーにより遠隔・非接触でコンクリート内部の欠陥を検出する手法です。「レーザー欠陥検出法」では、振動励起レーザーとレーザー計測システムの2つのレーザーを用います。振動励起レーザーは、強いレーザー光をトンネル内壁にパルス照射することで、丁度ハンマーでコンクリートを叩くように、レーザー光でコンクリート表面に振動を与えます。レーザー計測システムは、レーザー光の反射を用いてコンクリート表面の振動の様子を調べ、ちょうど、表面を叩いたときの音色を耳で聞き分けるように、欠陥が原因の特異な振動成分が混ざっていないかどうかを検出します。この方法の原理実証は、JR西日本とレーザー総研により、すでに行われていますが、現状で計測の速さが2秒間に1回に限られており、更なる検査速度の向上が望まれていました。

<研究成果の内容>

今回、合同研究グループは、「レーザー欠陥検出法によるコンクリート健全性の検査」の高速化に取り組みました。原子力機構が主として、「高速動作が可能な振動励起レーザーの開発」に取り組み、レーザー総研が主として、コンクリート壁を素早くスキャンし、振動の計測が可能な「高速掃引レーザー計測システム」を新たに開発することで、従来の方法の50倍の早さに相当する1秒間に25回(25ヘルツ)の検査が可能な「高速掃引レーザー欠陥検出装置」を開発しました(図2)。

振動励起レーザーは、打音法におけるハンマーと同様にコンクリート表面を叩き、振動させる役割をするので、強い衝撃を与えることができる「パルスレーザー注6)」が適しています。トンネルコンクリートの検査を高速化するには、1秒間に何十回という高い頻度でパルスを発生させる必要がありますが、従来の技術では、高速動作に伴う熱の影響によりレーザー媒質注4)に歪みが生じ、レーザー光の品質が低下し、結果として、数メートル離れた検査対象をレーザー光で叩くことができませんでした。今回、我々は、熱歪みを低減させる専用の水冷機構を組み込んだ光増幅器を新たに開発するとともに、レーザー光の品質低下を抑制する光学配置を新規に設計することで、最大50ヘルツまでの「高速動作が可能な振動励起レーザー」を開発しました(図3)。

実際にトンネルコンクリートの検査を高速で行うには、検査領域内の各検査位置に高速かつ正確にレーザー光を導く必要があります。今回我々は、電磁石に流す電流量を調整することで高速かつ精密に回転を制御できるガルバノ鏡を用いた専用の掃引機構を開発しました。これにより、振動励起レーザー光とレーザー計測システムのレーザー光の両方を高速かつ正確に掃引することが可能になりました。更に振動計測・欠陥判定のアルゴリズムの高速化を行うことにより、計測から欠陥判定・結果表示までをリアルタイムで行うことが可能な「高速掃引レーザー計測システム」を開発しました(図4)。

合同研究グループは、今回開発した「高速動作が可能な振動励起レーザー」と「高速掃引レーザー計測システム」を組み合わせることで、トンネルコンクリートの健全性の検査速度を従来の50倍の速度に相当する、1秒間に25回(25ヘルツ)に高速化した「高速掃引レーザー欠陥検出装置」の開発に成功しました。

図5は、今回開発した「高速掃引レーザー欠陥検出装置」を用いて、内部(深さ約1センチ)に模擬的な欠陥を持つコンクリート供試体を検査した結果です。コンクリート供試体までの距離は約7メートルで、これはトンネル中央からほぼ天井までの距離に相当します。図5 a)中の黒点が検査箇所(レーザーの照射位置)を表しており、20センチ四方内の7x7の49ヵ所の検査を行いました。図5 b)、c)に示したように、検査箇所のコンクリート内部が健全である場合には、振動の周波数に特定の偏りは見られませんが、コンクリート内部に欠陥がある場合には、その構造に応じた特定の振動(卓越振動)が強く現れます。この卓越振動を検知することで、健全性の診断を行いました。緑色の領域が健全部を示し、赤色の領域が内部に欠陥があることを示しています。今回の検査の高速化により、従来では約100秒かかっていた49ヵ所の検査を、従来の50倍も早い、僅か2秒以内(25ヘルツ)で行うことが可能となりました。

今回の結果は、「レーザー欠陥検出法」の高速化に成功した初の事例になります。今回の計測では、コンクリート供試体内部の模擬欠陥の検出を行いましたが、実際のトンネル内部には、深さ、形状、大きさなど様々なタイプの欠陥があります。今後、本技術を用いて、実際のトンネルにおける様々な欠陥検出ができることを検証・確認していくことで、将来的には、従来の打音法に代わる、遠隔・非接触のトンネル安全性検査技術につながることが期待されます。

<成果の波及効果>

実際のトンネル内部には、今回の供試体の様な欠陥の他に、深さ、形状、大きさなど様々なタイプの欠陥があります。「レーザー欠陥検出法」は、コンクリートの振動の変化により脆弱部を検出するため、音と光の違いはありますが、その原理は打音法と同じであると言えます。したがって、打音法でこれまでに蓄積された様々な欠陥に対する膨大な音のデータベースと、今回のレーザー欠陥検出法で得られる振動データを関連付けていくことで、打音法と互換可能な遠隔・非接触な検査技術として、将来的には、トンネルのみならず、様々な建築物に対する遠隔・非接触・高速・安全な検査技術になることが期待されます。更に「レーザー欠陥検出法」は、検査の遠隔化に加えて自動化も期待できるため、検査の効率化・低コスト化につながる事も期待されます。

<参考図>

図1 「レーザー欠陥検出法」のイメージ図

打音法におけるハンマーの役割をする「振動励起レーザー」と耳の役割をする「レーザー計測システム」から構成されます。コンクリート内部に欠陥がある場合には、打音法の場合と同様にコンクリート表面の振動が変化します。その変化をレーザー計測システムで計測し、内部の欠陥を検出します。レーザーを用いることで、遠隔・非接触の検査が可能になります。

図2 今回開発した「高速掃引レーザー欠陥検出装置」の概略図

コンクリート表面の振動は、レーザー計測システムにより計測されます。ガルバノ鏡をもちいることで数十ミリ秒以内にレーザーを検査箇所に正確に移動することが可能になり、更に振動励起レーザーを高速動作させることにより、25ヘルツの検査速度を実現しました。

図3 高速動作が可能な振動励起レーザー用の光増幅器の外観写真

図4 「高速掃引レーザー計測システム」の外観写真

レーザー計測システムのレーザー(計測用レーザー)と振動励起レーザーは、高速動作が可能なガルバノ鏡により、コンクリート供試体の各検査位置まで導かれます。計測用レーザーは信号光と参照光に分割され、信号光のみが供試体に照射されます。振動励起レーザーにより振動するコンクリートから反射して戻ってきた信号光と参照光と重ね合わせる(干渉させる)ことで、コンクリート表面の微小な振動を観測することが可能です。

図5 今回開発した「高速掃引レーザー欠陥検出装置」により、
コンクリート供試体の健全性を診断した結果

黒点が検査箇所を表します。コンクリート内部に欠陥がある場合には、特定の振動(卓越振動)周波数が強く観測されています。卓越信号を検知することで、健全性の診断を行います。

<用語解説>

注1) コンクリートの欠陥(脆弱部)
コンクリート内部では、経年変化に伴い(あるいは施工初期から)様々な要因により「欠陥(脆弱部)」が発生する可能性があります。例として、補足図1にトンネルコンクリートに関係の深い脆弱部を記載しました。コールドジョイントは、コンクリートが一度固まった後に再度コンクリートを流し込んだことにより、コンクリートが一体化しなかった部分を指します。ジャンカは、施工時に材料の撹拌が不十分であったために材料の分離が生じてしまった状態を指します。これらは、コンクリート内部に微小な空洞があることに相当しますので、ヒビの発生、腐食などが通常の部位よりも早く進行します。このヒビが閉合することにより、コンクリート内部に「浮き(板状の空洞)」が生じることになります。「浮き」が生じると、表面付近と内部のコンクリートの一体性が失われるため、最悪の場合、コンクリートが剥離してしまいます。
図

補足図1 トンネルコンクリートに発生する様々な欠陥

注2) レーザー欠陥検出法
「レーザー欠陥検出法」は、「打撃」と「耳で聞く」を共にレーザーで行う、遠隔・非接触による打音検査の一種であると言えます。表面を振動させる「振動励起レーザー」、振動を計測する「レーザー計測システム」から構成されます。レーザーを用いてコンクリート表面を振動させるには、短い時間内(およそ1億分の1秒)にエネルギーを集中させることができる「パルスレーザー」が適しています。パルスレーザーがコンクリートに吸収され表面の温度が急激に上昇することで衝撃波が起こり、表面が振動します。また、確実に表面を振動させるには、ある程度の広い範囲(直径5ミリ程度)に渡ってレーザーを当てることも必要となりますので、パルス当りのエネルギーが高い(1ジュール以上)ことも求められます。コンクリートの振動は非常に微小であるため、これを計測するためにレーザー干渉計が用いられます。レーザー干渉計では、連続発振しているレーザーを二つに分け、一方を計測対象(コンクリート)に照射し、もう一方を参照光として用います。コンクリート表面で反射された光(信号光)は、表面の微小振動により周波数が変化します。信号光と参照光を重ね合わせることで、信号光と参照光の差分、すなわちコンクリートの振動周波数のみを取り出して計測することができます。内部に欠陥のある場合は特定の振動周波数が強くなりますので、このことから欠陥の有無を判定することができます。
注3) 打音法
「打音法」はコンクリート建築物のみならず様々な分野で利用されており、内部の状態を知るための最も一般的な手法であると言っても過言ではありません。これは、ハンマーにより表面に軽く打撃を加えることで表面を振動させ、その振動により発生した音を聴いて内部の状態を診断する手法です。表面付近に空洞や、不連続な面がある場合には、その境界で振動の波が反射して元の振動の波と重なり合うために、特定の周波数の振動が強くなり、その結果、発生する音にも変化が生じます。打音検査員は、この音の変化から内部の状態を推測します。
注4) 光増幅器、レーザー媒質
「レーザー媒質」とは、入ってきた光を何倍にも強くして(増幅して)出力する「レーザー作用」を持つ物質です。本研究で使用するレーザー媒質は、棒状に加工したネオジムを添加したヤグ(YAG: Yttrium Aluminum Garnet)結晶で、周囲からランプ光源(励起源)でエネルギーを与えているときのみ、波長1ミクロン(千分の1ミリ)の光を増幅して出力します。 「光増幅器」は、レーザー媒質、励起源、冷却機構などから構成されます。励起源を高速動作させることでレーザーも高速動作しますが、励起源からの熱の影響などによりレーザー媒質が歪み、レーザーの品質が低下するため、高速動作する光増幅器では、特に冷却機構の設計が重要となります。
注5) ガルバノ鏡
「ガルバノ鏡」は、高感度で電流を計測する検流計(ガルバノメーター)の原理を利用した回転機構を持つ鏡です。内蔵した電磁石に流す電流量によって回転角を制御できるために、高速かつ正確な走査が可能です。ガルバノ鏡を2枚組み合わせることで2次元的な高速掃引が可能となります。
注6) パルスレーザー
レーザーは、時間的に連続して発振する「連続(発振)レーザー」と、短い時間間隔で点滅を繰り返す「パルス(発振)レーザー」に分類されます。パルスレーザーでは、短い時間内にエネルギーを集中させることで小さなレーザー装置でも物質に大きな衝撃を与えることが可能なため、レーザーを用いた材料加工などに用いられています。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究センター 長谷川 登 研究副主幹
Tel:0774-71-3345 Fax:0774-71-3319

レーザー技術総合研究所 レーザー計測研究チーム 島田 義則 主任研究員
Tel:06-6879-8737

<SIP事業に関すること>

科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部 大矢 克 調査役
Tel:03-5214-8475 Fax:03-5214-8496

<報道担当>

日本原子力研究開発機構 報道担当 広報部報道課長 中野 裕範
Tel:03-3592-2346 Fax:03-5157-1950

レーザー技術総合研究所 総務部 小野田 理恵 マネージャー
Tel:06-6443-6311

科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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