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平成27年12月11日

産業技術総合研究所
科学技術振興機構(JST)

圧縮機を使わない高圧水素連続供給法を開発

~ギ酸を用いたコンパクトな水素ステーション構築に向けて~

ポイント

産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【研究部門長 濱川 聡】マイクロ化学グループ 川波 肇 研究グループ長、井口 昌幸 産総研特別研究員、再生可能エネルギー研究センター【研究センター長 仁木 栄】姫田 雄一郎 水素キャリアチーム付は、圧縮機を用いないで、ギ酸注1)から高圧水素注2)を連続的に供給する技術を開発した。

今回開発した技術では、イリジウム錯体注3)を触媒に用いて、水素キャリア注4)であるギ酸を水素と二酸化炭素注5)に分解する化学反応によって、圧縮機を使わずに簡単に40MPa以上の高圧水素を連続的に発生できる。また、既存の水素キャリアを利用する水素製造技術では、原料や不純物などを除くため、多段階の精製が必要であるが、今回の技術では、精製する水素と二酸化炭素が高圧であることを利用して、そのまま二酸化炭素を液化させて気体の水素と分離して高圧水素を製造できる。更に、理論上化学反応だけで200MPa以上の高圧水素が得られるので、燃料電池自動車等への高圧水素(70MPa)の供給も十分可能で、将来、水素ステーション構築の大幅なコストダウンが図れると期待される。

なお、本技術開発は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究課題の一環として行われ、2015年12月15日~20日に米国ホノルルで開催される「PACIFICHEM 2015」で発表される。また、2015年12月10日にドイツの学術誌「ChemCatChem」で公開された(http://doi.wiley.com/10.1002/cctc.201501296)。

今回開発した高圧水素の連続製造法の概略図

<開発の社会的背景>

近年、燃料電池自動車が国内で市販され、急速に水素ステーションの設置が進んでいる。しかし、水素ステーションの設置には、多額の設備費と維持費がかかる。特に、水素の圧縮に用いる圧縮機は、設備費の約30%(蓄圧機を含めると約45%)を占めるうえ、水素の圧縮にかかるコストは、供給する水素価格の約50%に達する。このため、高圧水素製造時の圧縮プロセスの省エネルギー化や低コスト化は、水素ステーションの設置だけでなく、水素供給の観点からも、水素利用の社会普及に大きな影響を及ぼすものであり、省エネルギーで低コストの高圧水素製造技術の実現が切望されている。

<研究の経緯>

産総研は、水素キャリアを活用した高効率の水素製造システムの研究開発を進めており、ギ酸を新しい水素キャリアとして用いて、これまで困難だった高圧水素製造プロセスの省エネルギー化と低コスト化に取り組んできた。既に、ギ酸を水素キャリアとする水素製造プロセスの技術として、世界トップレベルの性能を持つイリジウム錯体触媒を開発し、100℃以下の低温ながらギ酸から水素を効率的に発生させる技術を開発した(2012年3月19日産総研プレス発表)。しかし、ギ酸から発生する水素は、等モル量の二酸化炭素を含んでおり、燃料電池自動車などへの水素供給には、二酸化炭素を除去する精製工程や高圧水素への圧縮工程が必要なことが課題であった。そこで、イリジウム錯体触媒で高圧水素を製造し、更に高圧であることを利用して二酸化炭素を分離し、簡便に素早く40MPa以上の高圧水素をギ酸から製造する技術の開発に取り組んだ。

なお、本研究開発は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST) 「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」【研究総括:江口 浩一(京都大学 大学院工学研究科 教授)】における研究課題「ギ酸の脱水素化反応による高圧水素の高効率製造技術の開発(平成25~30年度)」【研究代表者:姫田 雄一郎】の支援を受けて行った。

<研究の内容>

今回開発した技術は、イリジウム錯体によってギ酸から水素を効率的に発生させる反応により、化学エネルギーを圧力エネルギーとして取り出して高圧水素を得るものである。この技術により、圧縮機を使わず、簡便に連続して高圧水素を供給できる。ギ酸とイリジウム錯体触媒を、耐圧の反応容器に入れ、80℃で反応させると容易に40MPa以上の高圧の水素と二酸化炭素のガスを連続的に発生させることができる(図1)。理論上は、225MPaの高圧ガスを得ることが可能であり、現在50MPaまでの高圧発生を確認している。昇圧速度注6)は、触媒に用いる金属1gあたり約1.2MPa/sec/g-metal(4378MPa/h/g-metal)で、40MPa時のガス発生速度は224L/h/gと、従来報告されているルテニウム錯体系の触媒より、発生速度で2倍以上速い。なお、発生した高圧ガスは、水素と二酸化炭素だけで、ギ酸の分解反応で副生しやすい一酸化炭素は検出されなかった。

ギ酸から発生した水素と二酸化炭素からなる30MPaの高圧ガスをマイクロ熱交換器で素早く-10℃に冷却したところ(図2)、均一相の状態から、気相と液相の2相に容易に分離した(図3)。冷却温度を-50℃まで低くして上部の気相の成分を測定すると、水素が85%(二酸化炭素が15%)であった。これは、得られた水素と二酸化炭素が超臨界流体注7)として均一相であった状態を、一気に冷却して超臨界状態から高圧状態へ変化させると、気相(主に、水素)と液相(主に、二酸化炭素)の2相に分離する現象を利用している。

なお、この方法を用いれば、理想的には93%にまで水素を精製することができ、将来、より迅速に冷却が可能な熱交換器の導入や、別途高圧下での二酸化炭素の吸収除去技術と併用すれば、実用に耐えうる99.99%以上の純度の高い高圧水素をギ酸から得られると期待している。

<今後の予定>

今後は、水素ステーション建設時に必要な圧縮機の設置や運転時に必要な圧縮エネルギー等を抑制できる技術として、より実用的に近いレベルを目指す。即ち、圧力70MPaの水素の純度を99.999%に近づける技術の開発などを行う。また、得られた高圧の液体二酸化炭素も活用することで、理想的な水素キャリアシステムの構築に向けて更なる研究開発を進める。

<参考図>

図1 ギ酸から発生した水素と二酸化炭素の発生量と圧力

図2 反応装置の概略図

図3 得られた高圧ガス(水素+二酸化炭素)と2相に分離した時の様子

<用語解説>

注1) ギ酸(HCOH)
最も簡単なカルボン酸で、工業的には酢酸等を製造する過程で副生する化合物でもある。染色助剤や可塑剤、凝固剤、メッキ、殺虫剤、その他溶剤などに用いられる。日本では水溶液中のギ酸が90%未満の場合は毒物及び劇物取締法に規定される劇物に該当しない。また、水溶液中のギ酸が78%未満では、消防法に規定される危険物に該当しない。 ギ酸の分解は、下記化学式に表されるように2つの競合する分解経路を持つ。
HCOH → H + CO (1) 脱炭酸反応
HCOH → HO + CO (2) 脱水反応
従来は、脱炭酸反応を選択的に反応させることが困難だったために、ギ酸分解によって生成するガス中に一酸化炭素(CO)が含まれていた。
注2) 水素
燃料電池を駆動させる際に、酸素と合わせて必要なエネルギー源。沸点が、-258.87℃、融点が-259.14℃、臨界点は-240.18℃(1.293MPa)と他の物質と比べても各温度が低く、常温常圧ではガスとして存在する。
注3) イリジウム錯体
金属錯体の一種で、多くの種類が存在する。金属錯体は、触媒的な性質などの様々な性質を示すことから知られており、広く研究が行われている。今回の技術では、イリジウムとペンタメチルシクロペンタジエンと4,4’-ジヒドロキシ-2,2’-ビピリジン配位子と水からなる錯体を基本として用いた。

注4) 水素キャリア
水素を貯蔵・輸送するために、水素を扱いやすい別の状態あるいは別の化学物質に変えて、必要な時に水素を取り出すための媒体。燃料電池などでは、水素と酸素が電気エネルギーとなることから、水素を含む水素キャリアは総じてエネルギーキャリアとも呼ばれる。最近は、アンモニアや、メチルシクロヘキサンなどが水素キャリアとして知られている(2015年9月17日産総研・JST共同プレス発表)。
なお、ギ酸は、4.3wt-H%、53kg-H/mと常温で単位体積あたり約100MPaの水素とほぼ同量の水素を含有しており、またメチルシクロヘキサン(47kg-H/m)を上回る水素を含有している。
注5) 二酸化炭素
今回の技術では、水素を貯蔵・運搬する際に用いる媒体。二酸化炭素は、水素と反応してギ酸を生成するが、逆にギ酸を分解すると水素と二酸化炭素が得られることから、水素を運ぶ媒体として機能する。沸点は-78.5℃(0.1MPa)、融点は-56.6℃(0.527MPa)である。今回の技術では、高圧下で二酸化炭素は液体として存在するが、水素は気体であることから、簡便な気液分離によって、二酸化炭素と水素が1:1で含まれる混合ガスから二酸化炭素と水素へと分離することが出来る。
注6) 昇圧速度
単位時間当たりに圧力が上昇する速さ。圧力容器にギ酸と今回のイリジウム錯体触媒を入れて、加熱するだけで、ギ酸が二酸化炭素と水素に分解されるが、ギ酸1分子から水素と二酸化炭素がそれぞれ1分子発生する。液体から気体(超臨界流体)が発生することになるため、圧力容器内の圧力が上昇する。ここでは、この時の圧力の上昇する速さを示す。
注7) 超臨界流体
物質は、一般的に常圧では、温度に従って、固体、液体、気体と変化するが、ここに圧力をかけ、ある時点(臨界点)を越えると超臨界流体という流体に変化する。超臨界流体は、気体でも液体でもない状態の物質であるが、気体が持つ高い拡散性と、液体が持つ溶解性の両方の性質を持つ。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

産業技術総合研究所 化学プロセス研究部門 マイクロ化学グループ
研究グループ長 川波 肇
〒983-8551 宮城県仙台市宮城野区苦竹4-2-1
Tel:022-237-5208 Fax:022-237-5388
E-mail:

産業技術総合研究所 再生可能エネルギー研究センター
水素キャリアチーム付 姫田 雄一郎
〒305-8565 茨城県つくば市東1-1-1 中央第5
Tel:029-861-9344 Fax:029-861-4688
E-mail:

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
鈴木 ソフィア沙織
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
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<報道担当>

産業技術総合研究所 東北センター 東北センター産学官連携推進室 廣江
〒983-8551 宮城県仙台市宮城野区苦竹4-2-1
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科学技術振興機構 広報課
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