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平成27年12月2日

科学技術振興機構(JST)
理化学研究所
京都大学

有機薄膜太陽電池で飛躍的なエネルギー変換効率の向上が可能に
~新材料開発で光エネルギー損失低減に成功~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、理化学研究所 創発物性科学研究センターの尾坂 格 上級研究員、瀧宮 和男 グループディレクターと京都大学 大学院工学研究科の大北 英生 准教授らの共同研究チームは、新しく開発した半導体ポリマー注1)を用いることで、有機薄膜太陽電池(OPV)注2)光エネルギー損失注3)を無機太陽電池並みまで低減することに成功しました。

OPVは半導体ポリマーをプラスチック基板に塗って薄膜化することで作製できるため、コストや環境負荷を抑えることができます。また、大面積化が容易であるうえに、軽量で柔軟という現在普及している無機太陽電池にはない特長を持つ次世代太陽電池として注目されています。OPVの実用化にはエネルギー変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)の向上が最重要課題です。しかし、一般的にOPVは光エネルギー損失が0.7~1.0eVと無機太陽電池(0.5eV以下)に比べて大きいため、吸収できる太陽光エネルギー(バンドギャップ)に対して出力できる電圧が無機太陽電池に比べて小さく、高効率化の妨げになっていました。

研究チームは、新しく開発した半導体ポリマー「PNOz4T」を用いることで、OPVの光エネルギー損失を無機太陽電池並みの約0.5eVまで低減しました。加えて、エネルギー変換効率も最大で9%とOPVとしては非常に高い値を示しました。これほど光エネルギー損失が小さいうえに、高いエネルギー変換効率を示すOPVはこれまでに報告がありません。また、PNOz4Tの薄膜を分光法により詳細に解析したところ、薄膜を改善することで、エネルギー変換効率がさらに向上する余地があることが分かりました。

本研究で開発したPNOz4Tの性質を最大限に引き出すことができれば、OPVのエネルギー変換効率は実用化レベルの15%程度まで向上する可能性があります。さらに改良を加えることで、2016年度末での12%達成を目指します。

本研究成果は、2015年12月2日(日本時間)に英国のオンライン科学誌「Nature Communications」に公開されます。

本成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)

研究開発課題名 「高効率ポリマー系太陽電池の開発」
研究開発代表者 尾坂 格(理化学研究所 上級研究員)
研究開発期間 平成26年10月~平成32年3月(予定)

JSTは本事業において、温室効果ガスの排出削減を中長期にわたって継続的かつ着実に進めていくために、ブレークスルーの実現や既存の概念を大転換するような『ゲームチェンジング・テクノロジー』の創出を目指し、新たな科学的・技術的知見に基づいて温室効果ガス削減に大きな可能性を有する技術を創出するための研究開発を実施しています。

<研究の背景と経緯>

半導体ポリマーをp型半導体材料注4)として用いる有機薄膜太陽電池(OPV)は、プラスチック上に作製できるため、軽量で柔軟という特長を持ちます。さらに、半導体ポリマーを塗布することで作製できることから、低コスト、低環境負荷なプロセスで大面積化が可能なため、次世代の太陽電池として注目されています。OPVの実用化には、エネルギー変換効率の向上が最も重要な課題です。しかし、OPVでは吸収した太陽光エネルギーを電力に変換する際に失うエネルギー(光エネルギー損失)が0.7~1.0eVと、市販のシリコン太陽電池などの無機太陽電池が0.5eV以下であるのに対して、非常に大きい値を示します。そのため、同じ太陽光エネルギーを吸収しても、OPVは無機太陽電池に比べて出力される電圧が低くなり、高効率化の壁となっていました。

<研究の内容>

今回、理化学研究所のチームは、「PNOz4T」という新しい半導体ポリマーを開発しました。PNOz4Tは、同チームが2012年に開発した10%の変換効率を示す半導体ポリマー「PNTz4T注5)」の分子構造に改良を加えたものです。これら2つの半導体ポリマーは、吸収できる太陽光エネルギー(バンドギャップ)は、約1.5eVとほぼ同じですが、PNOz4Tを用いて作製したOPV(PNOz4T素子)が出力する電圧は1.0Vであり、PNTz4T素子の0.7Vよりもはるかに高い値を示しました(図1)。その結果、PNTz4T素子の光エネルギー損失は約0.8eVと一般的なOPVと同程度ですが、PNOz4T素子は約0.5eVと無機太陽電池並みに小さい値となりました。PNOz4T素子のエネルギー変換効率は約9%であり、PNTz4T素子の10%には及ばないものの、それでもOPVとしては高い値を示しました。光エネルギー損失が無機太陽電池並みに小さいOPVは、あまり報告例がないうえに、出力される電圧が高い一方で電流が小さいため、エネルギー変換効率は1~6%程度でした(図2)。すなわち、本研究で開発したPNOz4T素子は、これほど光エネルギー損失が小さい系においては、世界最高レベルのエネルギー変換効率を示すOPVです。

さらに、京都大学のチームは、PNOz4T素子の光エネルギー損失が小さい要因について、分光法を用いて詳細に解析しました。一般的に、OPVでは半導体ポリマーが吸収した太陽光エネルギーを電力に変換するためには、駆動力となるエネルギーを必要とします(図3a)。OPVに太陽光が照射されると、半導体ポリマーはバンドギャップの分だけエネルギーが高い状態に変化します(励起状態)。電力を生じるためには、励起状態から、エネルギーの低い状態(電荷移動状態)に変化する必要があります。このとき、励起状態と電荷移動状態とのエネルギー差が駆動力となり、一方で、この駆動力がOPVに特有のエネルギー損失の一因となります。PNOz4T素子では、この駆動力となるエネルギー差がほぼゼロであるにもかかわらず電力を生じることが分かりました。その結果、光エネルギー損失が低減され、PNTz4Tに比べて電圧が高くなることが分かりました(図3b)。さらに解析を進めたところ、PNOz4T薄膜の膜質に改善の余地があることが分かりました。今後、材料や製膜プロセスの改良により膜質を改善することができれば、電流を増大することができ、エネルギー変換効率が向上する可能性があります。

本研究は、理化学研究所 創発物性科学研究センターの尾坂 格 上級研究員、瀧宮 和男 グループディレクター、川島 和彰 客員研究員、および京都大学 大学院工学研究科 大北 英生 准教授、玉井 康成 博士研究員との共同研究によるものです。

<今後の展開>

本研究により、OPVの本質的な問題点であった光エネルギー損失を大幅に低減することに成功しました。今後、これらの知見を基に新材料の開発やOPVに改良を加えることで、エネルギー変換効率の飛躍的な向上が期待されます。PNOz4Tの性質を最大限引き出すことができれば、実用化レベルのエネルギー変換効率15%も実現可能です。研究チームは、まず2016年度中での12%達成を目指します。

<参考図>

図1 PNOz4T素子とPNTz4T素子の電流−電圧特性

吸収できる太陽光エネルギー(バンドギャップ)がほぼ同じでありながら、PNOz4T素子はPNTz4T素子に比べて電圧が高い。

図2 OPVの光エネルギー損失とエネルギー変換効率の関係

従来のOPVの多くは光エネルギー損失が0.7eV以上と高い。光エネルギー損失が小さくなるに連れ、エネルギー変換効率は減少傾向にあるが、その中でPNOz4T素子は特異的にエネルギー変換効率が高い(ピンク色の領域は光エネルギー損失が無機太陽電池並みに小さいことを示す)。

図3 半導体ポリマーのエネルギー状態とOPVの電力変換メカニズム

  • (a) 一般的なOPV:バンドギャップに相当する太陽光エネルギーを吸収すると、半導体ポリマーは基底状態からエネルギーの高い励起状態へと変化する(①)。励起状態より低いエネルギーをもつ電荷移動状態に変化することで電力を生じる(②)。このとき、励起状態と電荷移動状態とのエネルギー差が電力を生じる駆動力となる。また、この駆動力が無機太陽電池にはないOPV特有のエネルギー損失となるため、光エネルギー損失が大きくなり、出力される電圧が低くなる。
  • (b) PNOz4T素子:駆動力であるはずの励起状態と電荷移動状態のエネルギー差がほぼゼロであるにもかかわらず、電力を生じる。OPV特有の駆動力によるエネルギー損失がないため、光エネルギー損失が小さくなり、電圧が高くなる。

<用語解説>

注1) 半導体ポリマー
半導体の性質を持つポリマー(高分子の有機化合物)材料。可視光を吸収し、有機溶剤に溶けるため、塗ることができる半導体として、有機薄膜太陽電池をはじめとした有機デバイスに応用されている。
注2) 有機薄膜太陽電池(OPV)
有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型OPVと呼ぶ。有機半導体としては、通常、p型半導体(正の電荷(=正孔、ホール)を輸送する半導体)である半導体ポリマーとn型半導体(負の電荷(=電子)を輸送する半導体)であるフラーレン誘導体が用いられる。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。OPVは、rganic hotooltaicsの略。
注3) 光エネルギー損失
太陽電池おいて、半導体が吸収する太陽光エネルギー(バンドギャップ)が、電力に変換される際に失うエネルギー。バンドギャップと開放電圧(電流が0A時の電圧)に相当する電子エネルギーの差で表される。電圧1Vは電子エネルギー1eV(電子ボルト)として換算する。光エネルギー損失が小さいほど、バンドギャップに対する出力電圧が大きくなるため、エネルギー変換効率の向上に有利となる。
注4) p型半導体材料
正の電荷(正孔=ホール)を輸送する半導体。
注5) PNTz4T
理化学研究所のチームが2012年に開発した半導体ポリマーの名称※1)。PNTz4Tを塗布して作製したOPVは、10%程度とOPVとしては世界最高レベルのエネルギー変換効率を示す※2),※3)

<論文情報>

タイトル
(和名)
High-efficiency polymer solar cells with small photon energy loss
(光エネルギー損失の小さい高効率ポリマー太陽電池)
掲載誌 Nature Communications. 2015, 6, 10085.
doi 10.1038/ncomms10085

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

尾坂 格(オサカ イタル)
理化学研究所 創発物性科学研究センター 上級研究員

瀧宮 和男(タキミヤ カズオ)
理化学研究所 創発物性科学研究センター グループディレクター
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2−1
Tel:048-467-9753 Fax:048-462-1473
E-mail:

大北 英生(オオキタ ヒデオ)
京都大学 大学院工学研究科 准教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2613 Fax:075-383-2617
E-mail:

<JST事業に関すること>

吉田 秀紀(ヨシダ ヒデキ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 低炭素研究担当
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3543 Fax:03-3512-3533
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

理化学研究所 広報室 報道担当
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel:048-467-9272 Fax:048-462-4715
E-mail:

京都大学 企画・情報部 広報課
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田本町
Tel:075-753-2071 Fax:075-753-2094
E-mail:

(英文)“New plastic solar cell minimizes loss of photon energy