ポイント
- 糸球体のろ過機能を司る細胞(ポドサイト)に分化すると緑色に光るヒトiPS細胞を作成し、試験管内で糸球体ができる過程を初めて可視化した。
- 緑の蛍光を指標にヒト糸球体のポドサイトを純化し、生体の糸球体で重要な機能を持つ遺伝子群が実際に発現していることを証明した。
- iPS細胞由来の腎臓組織をマウスに移植することによって、ヒトの糸球体にマウスの血管が取り込まれた。
- 血管に隣接するヒト糸球体のポドサイトには特徴的なろ過膜が形成され、糸球体内にろ過を示唆する物質が観察された。
熊本大学 発生医学研究所の研究グループは、ヒトiPS細胞注1)から誘導した腎臓組織をマウスの腎臓表面に移植することによって、ヒト誘導腎臓組織内の糸球体注2)にマウスの血管がつながることを証明しました。
腎不全による人工透析患者数は増加の一途をたどり、社会的問題にもなっているものの、腎移植の機会は限られています。網膜など多くの臓器で臨床応用も視野に入れた再生医療研究が進む一方で、腎臓を作ることは極めて困難とされていましたが、西中村 隆一 教授、太口 敦博 助教らの研究グループは2013年末に、ヒトiPS細胞から試験管内で3次元の腎臓構造の作製に成功したことを報告しました。
多くの腎臓疾患では、血液から尿をろ過する糸球体という部位に支障を来します。糸球体のろ過機能は、血管に接するポドサイト注3)という細胞が担っており、特殊なろ過膜によって水分は通り抜けるが血液中のたんぱく質の大部分は尿に漏れないようになっています(図1)。そこで今回は、Sazia Sharmin(シャツィア・シャーミン)さん(大学院生)らが糸球体に焦点をあてて詳しく解析しました。まず、遺伝子改変によって、ポドサイトに分化すると緑に蛍光発色するヒトiPS細胞を作成し、ヒト糸球体が試験管内で形成される様子を可視化することに成功しました(図2)。そして緑の蛍光を指標にヒト糸球体のポドサイトだけを取り出して解析し、試験管内で作ったものが、生体内で重要な機能をもつ遺伝子群を実際に発現することを明らかにしました。さらにiPS細胞由来の腎臓組織をマウス腎臓に移植すると、ヒトの糸球体にマウスの血管が取り込まれること、つまり誘導したポドサイトが血管を引き寄せる能力を持つことがわかりました(図3)。生体内と同じように血管と隣接することで、ヒト糸球体のポドサイトはさらに成熟し、特徴的なろ過膜構造を形成しました。糸球体内にはろ過を示唆する物質も観察されました。
本研究は、試験管内で作ったヒト腎臓糸球体が移植により血管とつながって、さらに成熟することを示したもので、尿を作るという腎臓の機能獲得へ向けた大きな前進です。またこの方法を元に腎臓の病気を再現できる可能性があり、病因の解明と創薬開発につながることが期待されます。本研究成果は、科学雑誌「Journal of the American Society of Nephrology(アメリカ腎臓学会雑誌)」オンライン版に11月19日午後5時(アメリカ東部時間)に掲載されます。
本研究は、順天堂大学の栗原 秀剛 准教授、広島大学の山本 卓 教授らとの共同研究です。科学技術振興機構(JST) CREST「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作成・制御等の医療基盤技術」、文部科学省 科学研究費補助金、厚生労働省 科学研究費補助金の支援を受けました。
<研究の背景>
腎不全による人工透析患者数は増加の一途をたどり、医療費増大の一因ともなっていることから、社会的問題にもなっています。しかし、腎移植の機会は限られており、山中教授らによるiPS細胞の発明を契機に再生医療への期待が高まっています。網膜などの再生医療研究が進む一方で、腎臓を創ることは極めて困難とされていましたが、熊本大学 発生医学研究所の研究グループ(西中村 隆一 教授、太口 敦博 助教ら)は2013年末に、ヒトiPS細胞から試験管内で3次元の腎臓構造の作製に成功したことを報告しました。これは世界初の報告であり、腎臓の再生医療の扉を開ける成果でした。
とはいえ、試験管内で作成した腎臓組織がどこまで生体のものに近いのか、またその機能についての詳細な解析は行われていませんでした。本来腎臓は血液をろ過して尿を作る臓器ですが、以前作成した腎臓組織は血管とつながっていませんでした。このろ過する機能は糸球体という部位が担っており、血液中の水分は通り抜けるが血液細胞そのものやたんぱく質の大部分は尿に漏れないようになっています(図1)。また腎臓の糸球体は主にポドサイトと血管細胞から構成されますが、ポドサイトが血管細胞を引きつけることがその形成過程に不可欠であることが知られています。そこで今回は、iPS細胞から作成した腎臓組織の糸球体に焦点をあて、その構造と遺伝子がどれほど生体に近いか、そしてポドサイトが血管を引きつけ生体と同じような糸球体を形成する機能を持つのかについて検討しました。
<研究の内容>
糸球体のろ過機能は、ポドサイトという細胞のろ過膜が担っており、このろ過膜の主な成分はネフリンというたんぱく質です。そこでSazia Sharmin(シャツィア・シャーミン)さん(大学院生)らは、ネフリンを作る細胞ができると緑に光るようなヒトiPS細胞を遺伝子改変によって作成しました。このiPS細胞を用いて腎臓組織を誘導すると予想通り緑に光る細胞が形成され、糸球体の丸い形が9日間かけて徐々にできあがっていく様子が観察されました(図2)。これはヒト胎児での糸球体のでき方と形態的によく似ていました。また電子顕微鏡で観察するとポドサイトに特徴的な細胞の突起や未熟なろ過膜様の構造も認められ、腎臓の形成初期のポドサイトに類似していました。
次に、緑の蛍光を指標にしてヒトのポドサイトだけを取り出すことに成功しました。そしてこの細胞の遺伝子を詳しく調べたところ、生体のポドサイトで重要な働きを持つことが知られている多くの遺伝子が発現していることがわかりました。この中には、ネフローゼ症候群注4)の原因遺伝子も多数含まれていました。よってiPS細胞由来のポドサイトが、構造的にも遺伝子的にも生体の初期のポドサイトと同じような特徴を備えていることが証明されました。
とはいえ、試験管内で誘導した糸球体ポドサイトは形態的には未熟でした。一つの原因として、ポドサイトが本来隣接するべき細胞である血管と接していないことが考えられました。そこで、太口 敦博さん(助教)らはiPS細胞由来の腎臓組織をマウスに移植しました。普通に移植するだけでは組織がうまく成長しませんでしたが、移植の手技を工夫することで、ヒト由来の腎臓組織がマウスの腎臓表面で成長できることがわかりました。移植後10日目にはヒトiPS細胞由来の糸球体にマウスの血管が入り込み、20日目にはポドサイトの突起が複雑化し、より成熟したろ過膜が蛍光顕微鏡や(図3)、電子顕微鏡で観察されました(図4)。ろ過膜の外側にあたる糸球体の管腔は拡張し、そこには尿のでき始めかもしれない物質が認められました(図3)。これが生体で作られる尿とどの程度近いのかは今後の検討が必要ですが、血液からのろ過を示唆する所見と考えられます。まとめると、移植によってヒトiPS細胞由来の糸球体ポドサイトがマウスの血管と相互作用する機能をもつことが明らかになるとともに、血流とつながったポドサイトが構造的に成熟し、ろ過を示唆する所見が観察されました。ヒトiPS細胞由来の腎臓糸球体が生体の血管とつながった報告はこれが世界で初めてです。
<今後の展開>
移植後もっと長期に観察した場合に、どこまで腎臓組織が成熟するのかは今後の課題であり、興味の持たれるところです。また現段階では尿の排出路を構成する組織ができていないので、それが本格的な尿の産生や流れにつながらなかった可能性があります。よって排出路をiPS細胞から作る必要があります。血管もマウスのものなので、これもヒト由来のものに置き換える必要があります。そこから大人の体を維持するのに必要な大きさまで成長させることを含めて考えると、臨床応用には相応の時間が必要と考えられます。しかし今回の成果によって、機能する(つまり尿を作る)腎臓作製に向けて一歩近づいたと言えます。また腎臓疾患の患者様からiPS細胞を作成し、試験管内で誘導してマウスに移植することによって、病態を再現できる可能性があります。それは腎臓病の原因解明と新薬開発に貢献するでしょう。今回の成果をきっかけに、これまで困難と考えられてきた腎臓の再生医療研究が加速するものと期待されます。
<参考図>
図1 腎臓の糸球体の構造
図2 緑色に光るヒト腎臓組織丸い一つ一つが糸球体
図3 血管を取り込んだヒトiPS細胞由来の腎臓糸球体
- (左)下部の隙間が拡張し、ろ過を示唆する物質(*)が存在する。
- (右)マウス血管(緑色)がヒトiPS細胞由来ポドサイト(桃色)の間に入り込んでいる。(スケールバー:ともに20µm)
図4 ポドサイトに形成されたろ過膜構造(矢印)
<用語解説>
- 注1) iPS細胞
- 皮膚や血液などの体細胞から作られた万能細胞。
- 注2) 糸球体
- 腎臓内で血液から尿をろ過する部位。
- 注3) ポドサイト
- 糸球体のろ過機能を司る細胞。複雑な突起と特殊なろ過膜をもつ。
- 注4) ネフローゼ症候群
- 糸球体ろ過膜の異常によって血液中のたんぱく質が尿中に漏れ出てしまう病気。
<発表論文>
タイトル |
“Human induced pluripotent stem cell-derived podocytes mature into vascularized glomeruli upon experimental transplantation” |
著者名 |
Sazia Sharmin, Atsuhiro Taguchi, Yusuke Kaku, Yasuhiro Yoshimura, Tomoko Ohmori, Tetsushi Sakuma, Masashi Mukoyama, Takashi Yamamoto, Hidetake Kurihara and Ryuichi Nishinakamura |
雑誌名 |
Journal of the American Society of Nephrology on line Nov 19, 2015 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
西中村 隆一(ニシナカムラ リュウイチ)
熊本大学 発生医学研究所 腎臓発生分野 教授
Tel:096-373-6615
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<JST事業に関すること>
川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
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