東北大学 大学院薬学研究科の倉石 貴透 元助教(現:慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 専任講師)と倉田 祥一朗 教授らの研究グループは、ショウジョウバエの自然免疫経路であるToll(トール)経路の新規の細胞内シグナル伝達注1)因子Sherpa(シェルパ)の同定に成功しました。ヒトやショウジョウバエを含むすべての多細胞生物は、細菌やウイルスなどの感染から身を守るため自然免疫というメカニズムを備えています。ショウジョウバエでは、カビなどの感染時にToll経路が活性化することで自然免疫が発動します。しかし、細胞内でToll経路が活性化される仕組みはまだ充分に解明されていませんでした。
本研究グループは、Toll経路の解析に適した培養細胞を見いだしてショウジョウバエの全遺伝子を対象に網羅的に探索し、Toll経路活性化に必須の新たな遺伝子「Sherpa」を見いだしました。Sherpaに類似した遺伝子はヒトにも存在していることから、自然免疫を活性化する新たなメカニズムが提唱されると期待されます。
この成果は、平成27年10月27日14時(アメリカ東部時間、日本時間10月28日3時)に、「Science Signaling」誌電子版に掲載予定です。
<詳細な説明>
ヒト、マウス、昆虫を含めたすべての多細胞生物は、病原体の感染や組織の傷害に対抗する生体防御機構として、抗菌ペプチドの産生などを起こす自然免疫系を備えています。シンプルなモデル生物であるショウジョウバエは、種を超えて共通の自然免疫系に関与する遺伝子を探索し、その機能を効率良く調べるのに有効なモデル生物です。これまでに、ショウジョウバエで発見された「Toll(トール)受容体」は、ヒトやマウスに至るまで進化的に保存された自然免疫系の反応に関与する受容体注2)であり、この受容体からのシグナル伝達経路である「Toll経路」が起点となり、感染や傷害に対抗する免疫応答が発動することが分かっていました。しかし、Toll経路が細胞内でどのような仕組みで活性化するのかは、生体内のToll経路のシグナル伝達を再現できる培養細胞が見つかっていなかったため、充分には解明されていませんでした。
東北大学 大学院薬学研究科の狩野 裕考(元博士課程院生、現:東北薬科大学 分子生体膜研究所 アソシエイトスタッフ)と倉石 貴透 元助教らは、Toll経路の活性化を起こしやすい培養細胞をあらためて探索し、DL1細胞と呼ばれる培養細胞がこの経路のシグナル伝達の解析に適していることを見いだしました。このDL1細胞を用いることで、ショウジョウバエが持つ約15,000遺伝子からToll経路活性化に関わる遺伝子を網羅的に探索し、新規シグナル伝達因子Sherpa(シェルパ)を同定しました。
Sherpaを失ったショウジョウバエは、カビなどの微生物に対抗するための物質である抗菌ペプチドを充分に作ることができなかったため、微生物の感染に耐えることができず死にました。Sherpaが欠損した細胞ではToll経路のシグナル伝達が障害を受けることから、SherpaはToll経路の活性化に必須の因子であることが分かりました。また、どのようにしてSherpaがToll経路を活性化しているのか調べた結果、Sherpaによるユビキチン化注3)が必要であることが分かりました。ユビキチン化とは、あるタンパク質にユビキチンという小さいタンパク質が無数に連結される現象で、元のタンパク質の性質を大きく変化させることが知られています。さらに、Sherpaによってユビキチン化されるタンパク質を調べたところ、Toll受容体に結合するシグナル伝達因子dMyd88注4)とSherpa自身であることが分かりました。そこで、なぜSherpaによるユビキチン化がToll経路の活性化に必要なのか調べるため、ユビキチン化を受けるSherpaとdMyd88の細胞内局在注5)を調べました。その結果、ユビキチン化したSherpaは細胞膜に局在しており、ユビキチン化能力を失った(ユビキチン化していない)Sherpaは細胞膜には局在できませんでした。さらに、Sherpaが存在する細胞では、dMyd88も細胞膜に局在していましたが、Sherpaを欠損した細胞でdMyd88は細胞膜に局在できませんでした。
このことから、SherpaはdMyd88などのシグナル伝達因子をユビキチン化することでToll受容体周辺の細胞膜へと局在させ、Toll経路のシグナル伝達を活性化していると考えられます(図)。ヒトやマウスにもSherpaと類似した遺伝子が存在していますが、免疫応答の発動における生理学的意義は明確になっていません。今回の知見をもとに、ヒトやマウスのSherpa遺伝子による、自然免疫系の新たな活性化メカニズムが明らかになることが期待されます。
※ 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業の一環として行われました。
<参考図>
図 SherpaによるショウジョウバエToll経路の活性化メカニズム
カビや細菌に感染すると、細胞膜上のToll受容体がそれを感知し、そのシグナルに基づき細胞内でさまざまな分子による相互作用(Toll経路の活性化)が起こり、結果として微生物に対抗するための物質である抗菌ペプチドの産生などの免疫応答が発動する。本研究では、ショウジョウバエのToll経路の活性化に必要な分子として、新たにSherpaを発見した。さらにSherpaは、同様にToll経路の活性化に関与するdMyd88と自身をユビキチン化して細胞膜に局在させることによりToll経路のシグナル伝達を活性化することを明らかにした。
<用語解説>
- 注1) シグナル伝達
- 細胞表面の受容体から、細胞中心部の核へと、化学的に情報が伝達される現象。タンパク質などの生体物質に、新たな化学修飾が生じるか、あるいは化学修飾が除去されることで、情報が伝達されることが多い。
- 注2) 受容体
- 主に細胞の表面に存在し、細胞外のさまざまな刺激を受け取るタンパク質や糖質を「受容体」という。細胞は、この「受容体」を用いて、栄養や光、ときとして病原体や化学物質の存在を感知することができる。
- 注3) ユビキチン化
- シグナル伝達で見られる代表的な化学修飾。大きく分けて、タンパク質が分解されるための目印になる場合と、同じ種類あるいは異なる種類のタンパク質が相互に接触するための足場になる場合がある。
- 注4) dMyd88
- ヒトやマウスの免疫応答で中心的な役割を果たす遺伝子MyD88に類似するショウジョウバエの遺伝子。
- 注5) 細胞内局在
- 細胞内でタンパク質が存在する位置と、その偏り。細胞内は、表面の細胞膜、内部の細胞質、中心部の核などと領域を区別することができ、タンパク質は適切な場所に到達(局在)して、初めて機能を発揮する。
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教授 倉田 祥一朗(クラタ ショウイチロウ)
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