ポイント
- 新しい導電性インクを開発し、1回プリントするだけで微細なパターンを形成できる伸縮性導体の開発に成功した。
- 伸縮性導体を用いて、着るだけで筋電が計測できるテキスタイル型の筋電センサーを作製した。
- 布地の上に簡単に生体情報センサーが作製できるようになり、スポーツ、ヘルスケア、医療におけるさまざまな応用が期待される。
JST 戦略的創造研究推進事業において、東京大学 大学院工学系研究科の染谷 隆夫 教授らは、導電性インクを用いてプリントできる伸縮性導体注1)を開発し、テキスタイル型(布状)の筋電センサーを作製することに成功しました。
テキスタイル型のウェアラブルデバイス注2)を使って、人間の運動や生体情報を精度良く電子的に計測する技術が注目を集めています。導電性繊維や導電性糸をテキスタイル型の電子素材として用いる従来の手法では、微細な電極や配線のパターンを形成することが困難でした。そのため、プリントのような簡単な手法で、耐久性に優れた導電性材料を布地に直接形成する技術の開発が待ち望まれていました。
本研究グループは、導電機能を持つ新型のインク(導電性インク)を開発し、1回プリントするだけという簡単なプロセスで伸縮性導体を作製することに成功しました。この伸縮性導体は、元の長さの3倍以上伸張させても高い導電性を維持できます。また、この導電性インクを使って、通常の半導体プロセス技術では形成することが難しい繊維素材の上に伸縮性の配線や電極をプリントし、テキスタイル型の筋電センサーを実現しました。
本研究成果により、テキスタイル型の生体情報センサーをプリントするだけで簡単に作製できるようになり、スポーツ、ヘルスケア、医療におけるさまざまな応用が期待されます。
本研究成果は、2015年6月25日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
研究プロジェクト |
「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」 |
研究総括 |
染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授) |
研究期間 |
平成23年8月~平成29年3月 |
上記研究プロジェクトでは、シリコンに代表される従来の無機材料に代わり、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを強く調和させ融合する全く新しいデバイスの開発の実現を目指しています。
<研究の背景と経緯>
近年、眼鏡型のウェアラブルデバイスが実用化され、さまざまな作業をしながらインターネットの情報に簡単にアクセスできるようになりつつあります。さらに、ウェアラブルデバイスは、情報にアクセスする機能に加えて、実空間でさまざまな情報を計測するセンサーとしての機能が付与されています。例えば、腕時計型のウェアラブルデバイスは、腕に装着しただけで、発光ダイオードを使った光学的な手法によって心拍数を簡単に計測できます。実空間情報の計測において、こうしたサービスの対象となる人間の運動や生体情報を精度良く電子的に計測する技術が重要性を増しています。
生体情報を正確に計測するためには、センサーを測定対象により近づけることが効果的であるため、テキスタイル型のウェアラブルデバイスが最近、注目を集めており、着るだけで心電情報を連続的に計測できる繊維素材が実用化されるなど、テキスタイル型の電子素材は目覚ましい発展を遂げています。特に、着心地を犠牲にしないために、高導電性樹脂でコーティングした繊維や金属粉体に浸して含ませた糸など電子素材の開発が活発に進められてきました。
しかし、導電性繊維や導電性糸をウェアラブルデバイスに利用する場合、これらの電子素材は細かい形に並べることが困難なため、電極や配線を精密に形成する際の課題となっていました。そのため、布地にオリジナルの模様をプリントするかのように、導電性が高く耐久性に優れたインクを簡単に布地にプリントし、電極や配線を形成する技術の開発が待ち望まれていました。
<研究の内容>
本研究グループは、導電機能を持つ新型のインクを開発し、1回プリントするだけという驚異的に簡単なプロセスで、高い伸縮性と高い導電性を持つ微細なパターンを形成することに成功しました(図1)。さらに、この導電性インクを使って、通常の半導体プロセス技術では形成することが難しい繊維素材の上に伸縮性の配線や電極をプリントすることで、テキスタイル型の筋電センサーを実現しました。
本研究グループは、スポーツウェア用の布地を基材として用いて、伸縮性導体を作製し、さらに高性能な有機トランジスター注3)の増幅回路と結合することによって、腕のサポータータイプの筋電センサーを試作しました(図2)。筋電センサーは、実効的な計測範囲が4×4cm2(平方センチメートル)、9(3×3)個の電極が2センチメートル間隔で配列されています。この電極ならびに配線は、新たに開発した導電性インクを1回だけ布地にプリントして乾燥するだけで形成されます。さらに、布地の裏面にも同様に導電性インクを1回プリントすることで、2層の配線パターンを形成することができます。このとき、布地の裏表の配線間を接続する場所に、あらかじめ小さな穴を布地に形成することで、2層間に電流を流すビア注4)配線が形成されます。このように布地の表と裏に1回ずつプリントするだけで、筋電用の電極、配線、ビアのすべてを形成することができます。さらに、この電極から得られた約1mV(ミリボルト)という微弱な筋電信号は、有機トランジスターの増幅回路によって、約18倍も大きくできることが示されました。
開発の決め手は、伸張させても高い導電性を維持できる耐久性に優れた導電性インクを作ることに成功したことです。新たに開発した導電性インクを用いて形成したパターンを引っ張りながら導電率を計測したところ、伸張する前の導電率は738S/cm(ジーメンス毎センチメートル)で、元の長さの3倍以上となる215%伸張させた際の導電率は182S/cmでした。これは、150%以上伸張可能なプリントできる導電性物質の中で世界最高の値です。
導電性インクは、伸張性に優れるフッ素系ゴム材料を溶剤に溶かして、導電性粒子である銀フレークと界面活性剤を混ぜて作られます。本研究グループは、導電性インクに界面活性剤を混ぜることで高い導電性を維持したままで、伸張性が著しく向上できることを見いだしています。実際に、界面活性剤を混ぜていない伸縮性導体は、伸張率が約25%のときに破断してしまいましたが、界面活性剤を混ぜることによって、伸張率215%かつ高導電性182S/cmが達成されました。電子顕微鏡や二次イオン質量分析法注5)による詳細な分析の結果、界面活性剤の効果によって、導電性の銀フレークがフッ素系ゴム材料の表面に高密度に並ぶために特性が改善したことが明らかになりました。
本研究グループは、2009年に、カーボンナノチューブを導電性の微粒子材として、57S/cmの伸縮性導体の開発に成功しています。この素材は、134%伸張すると6S/cmまで導電率が低減し、それ以上伸張すると破断してしまいました。一方で、別の研究グループからは、1,000S/cmを超える伸縮性導体が報告されていますが、10回以上もの多層コーティングが必要である上、細かい形を作ることができないという課題がありました。本研究成果により、世界で初めて215%(元の長さの3倍以上)まで伸張させても182S/cmという高い導電性を維持できる耐久性に優れた導電性インクを実現できたことによって、布地の上にも複雑な電極、配線、ビアなどの電気回路の構成要素が簡単にプリントできるようになり、その結果、テキスタイル型の筋電センサーをプリントするだけで作製することが可能となりました。
<今後の展開>
テキスタイル型の生体情報センサーをプリントするだけで簡単に作製できるようになったことで、スポーツ、ヘルスケア、医療におけるさまざまな応用が期待されます。
従来のテキスタイル型のウェアラブルデバイスは、細かい配線や電極のパターンを形成することが容易ではありませんでしたが、本研究成果によって、プリントするだけで簡単にたくさんのセンサーを形成するだけではなく、そのセンサーへの配線も同時にプリントするだけで形成することが可能になりました。本研究成果は、単位時間当りの処理量が高く、また大面積の布地に適応することも容易です。そのため、本研究成果によって、全身を覆うような多点のセンサーシステムをテキスタイル型のウェアラブルデバイスで作製することも可能となります。将来は、日常生活でストレスなく、筋電以外のさまざまな生体情報を全身から同時計測することが可能になり、ウェアラブルデバイスの応用範囲がより広がっていくことが期待されます。
<参考図>
図1 プリントできる伸縮性導体
1回のプリントでゴムや繊維の上に微細なパターンの伸縮性導体を形成できる。上段は元の長さの伸縮性導体。中段は元の長さの約2倍に伸ばした状態で、下段は3倍強に伸ばした状態。元の長さより3倍以上伸張しても導電性は維持されている。
図2 プリントするだけで作製したテキスタイル型の筋電センサー
布地の表と裏に1回ずつプリントして伸縮性導体を作製するだけで、筋電用の電極、配線、ビアのすべてを形成できる。これによって、簡単にテキスタイル型の生体情報センサーの作製が可能となる。
<用語解説>
- 注1) 伸縮性導体
- ゴムのように伸び縮みしても電気を流すことができる物質のこと。
- 注2) テキスタイル型ウェアラブルデバイス
- 布地ベースのデバイスで、衣類として着ながら計測や操作をすることができるデバイスのこと。
- 注3) 有機トランジスター
- 電子スイッチであるトランジスターのチャネル層に有機半導体を使ったもの。低温プロセスによって高分子フィルム上に簡単に製造できるため、軽量、薄型、曲げやすいなどの特徴を持つ。
- 注4) ビア
- 多層の配線を形成する場合、上下の層にある配線を電気的につなぐ構造のこと。
- 注5) 二次イオン質量分析法
- 表面を分析する手法の1つ。測りたい試料の表面にイオン(一次イオン)をあてることによって、試料表面から真空中に元素をイオン(二次イオン)として放出させ、その二次イオンを分離、検出することで、試料に存在する元素およびその濃度の情報を得ることができる。表面分析手法としては最も感度が高い。
<論文タイトル>
“Printable elastic conductors with a high conductivity for electronic textile applications”
(電子テキスタイル応用のためのプリンタブルな高導電性の伸縮性導体)
doi :10.1038/ncomms8461
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
染谷 隆夫(ソメヤ タカオ)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-0411 Fax:03-5841-6709
E-mail:
<JST事業に関すること>
水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
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東京大学 大学院工学系研究科 広報室
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