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平成27年4月16日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

医薬品、ファインケミカルの新しい製造法:
原料から直接医薬品の連続合成が可能に

ポイント

東京大学 大学院理学系研究科の小林 修 教授らの研究グループは、フロー精密合成注1)により、医薬品有効成分である( )-及び( )-ロリプラム注2)図3参照)を高収率、高選択収率で合成することに成功しました。

同研究グループは、高活性な固定化触媒(不均一系触媒)注3)を開発し、本触媒を用いた多段階連続流通法注4)図1参照)によって、原料を複数種類の筒状の容器(カラム注5))に連続的に通過させるだけで8段階の化学反応が効率よく進行し、( )-及び( )-ロリプラムが簡便かつ高効率的に合成できることを示しました。

現在の医薬品の有効成分や化成品、農薬などの化学製品は、全ての原料等を反応釜に投入して、物質の反応がすべて終了した後に生成物を抽出するバッチ反応法注6)図1a参照)を繰り返して合成します。このため、本法は余分なエネルギーや労力を必要とし、さらには廃棄物が多量に排出されるという問題点がありました。

今回開発した手法は、中間体の単離や精製などが一切不要で、( )-及び( )-ロリプラムの両者の合成も簡単にできるほか、物質の反応に必要なエネルギーもバッチ反応法に比べて低いこと、触媒と生成物の分離操作が不要という特徴があります。

また、本合成手法は他のガンマアミノ酪酸誘導体の合成や医薬品に限らず、香料や農薬、機能性材料など、広くファインケミカル注7)の製造にも応用可能です。今後、本成果の基盤概念である「フロー精密合成」を日本独自の基盤技術として発展・確立することができれば、「ものづくり日本」復権の切り札として、化学・製薬産業の国際的競争力強化、周辺産業の活性化につながることが期待されます。

本成果は、イギリスの科学誌「Nature」2015年4月16日号で公開されます。なお、オンラインでの公開は、4月16日午前2時(日本時間)の予定です。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT-C)及びJSTの研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの一環として行われました。

<研究の背景>

医薬品原薬・化成品・農薬などの化学製品は、現在、その99%以上が、バッチ反応法(図1a参照)を繰り返し行うことで合成されています。この手法では、複雑な構造をもつ化合物の合成も可能である反面、各段階で中間体の単離・精製操作を繰り返すため余分なエネルギーや労力を必要とし、さらには廃棄物が多量に排出されるため、グリーン・サステイナブル・ケミストリー(GSC)の観点からも望ましくない点があります。

一方で、バッチ反応法のような反応釜を用いる反応とは異なるものとして、流通法(図1b,参照)があります。流通法は、バッチ反応法と異なり出発原料をカラムの一端から連続的に投入して生成物を他端から連続的に得る方法です。流通法はこれまで、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成のような、気体分子の反応による基礎化学品の大量合成に用いられてきました。

流通法には、バッチ反応法と比べてさまざまな利点があります。主な点は、グリーン性、効率性、安全性です。まず、バッチ反応法に比べてエネルギー生産性が高く、省エネルギーが実現されます。また、反応装置自体が非常にコンパクトであり、省エネルギーに加えて省スペースも実現できます。さらに、反応空間が小さいため、危険性の高い物質を用いる場合にも事故の被害を小さく抑制する効果があります。また、出発原料の投入を制御することで生産量を自在に調整することが可能で、必要量を無駄なく製造でき、低コストにつながります。加えて、操作の自動化も容易で、自動化によりオペレーターの暴露を最小限に抑えることができます。触媒を充填したカラムを用いれば、触媒と生成物の分離プロセスが不要になります。

しかしながら流通法はバッチ反応法に比べると合成が難しく、簡単な気体の合成には使えても複雑な構造を有する医薬品などの有機化合物の合成に用いることは困難であると考えられてきました。

<研究の内容>

本研究グループは、流通法によって高収率、高選択収率を実現する合成を「フロー精密合成」と提唱し、これを実現するための触媒や合成手法の開発を進め、さらに、個々の反応を組合せて、多段階流通システムを構築し、構造的に複雑な化合物を合成することを目指して研究を行ってきました。中でも流通法に適用可能なキラル不均一系触媒の開発が鍵となると見据えて、安価で低毒性なキラルカルシウム触媒の開発と、この触媒をカラムに充填して用いる流通法による不斉1,4-付加反応の研究を行ってきました。

今回、この反応を鍵段階とする抗炎症薬( )-ロリプラムの多段階連続流通反応による合成を計画し、新たに必要な不均一系触媒も開発しました。本合成手法では、キラルカルシウム触媒を充填したカラムを含めて4本の新たに開発した不均一系触媒を充填したカラムを用い、市販の原料を順次カラムに通すだけで、高純度のロリプラムを得ることができます(図4参照)。多段階連続流通反応途中での溶媒の変更や抽出、精製操作などは一切必要ありません。キラルカルシウム触媒は両方の光学活性体(SとR)の合成が可能であり、4本のカラムのうち1本を置き換えるだけで、エナンチオマーである( )-ロリプラムの合成も可能です。さらには、類似の構造を有するフェニブットの合成にも本手法を適用できることがわかりました。

本合成手法は、4本のカラムを用い不斉炭素−炭素結合生成反応を含む8段階の反応を連続的に一気に行うものであり、不均一系触媒のみを用いることで医薬品の多段階連続流通法による精密合成を実現した初めての例です。また、同研究グループが提唱している「フロー精密合成」という新しい概念を実際に実現することに成功したものです。加えて、大きなカラムを用いることやカラムの数を増やすことにより生産量を上げることも可能であるため、工業化が期待できます。現在、大量の原料での反応を可能にする技術の開発に取り組んでいるところです。

<今後の展開>

今回開発した手法は、ロリプラム以外にも、バクロファン、プレガバリンやフェニブットなどのガンマアミノ酪酸類縁体の合成にも適用できるものと見込まれます。また、さまざまなガンマアミノ酪酸誘導体のライブラリー合成にも用いることができます。さらに、さまざまな医薬品の合成にも「フロー精密合成」に基づく多段階流通システムが適用できる道を開くものです。特に、アメリカ食品医薬品局(FDA)は2011年に、これまで50年来行われてきたバッチ反応法による医薬品合成は、今後25年で連続流通法に替わるべきであると提言しました。現在、製薬企業における医薬品合成の99%以上がバッチ反応法によって行われていますが、今後、連続流通法への転換が迫られることになり、本成果はFDAの示唆する「連続製造」を先取りするものです。

また、本合成手法は、医薬品のみならず、香料や農薬、機能性材料など、さまざまなファインケミカルの合成に適用できる道を開くものです。これらのファインケミカルもその99%以上がバッチ反応法で作られています。ファインケミカルの合成はもともと日本が得意とするものでしたが、ここ5年ぐらいの間に、中国、インド、東南アジアに多くのシェアを奪われています。今回開発した手法は、これらの国の安価路線にも十分対抗しうる高度技術となることが期待されます。

<参考図>

図1 バッチ反応法と流通法の違い

流通法は、バッチ反応法と比べると経済性、安全性などの面で優れている。

図2 流通法の分類

流通法による合成反応は、4つに分類することができる。1型は、出発原料AとBをカラムもしくはチューブ状の空洞に流し反応させる方法。2型は、出発原料の一つであるBを固定化しカラムに充填しAと反応させる方法。3型は、均一系触媒と出発原料(AとB)を流し、反応させる方法。4型は、出発原料(AとB)を、固定化した触媒を充填したカラムにて反応させる方法。GSCの観点から4型の開発が望まれている。

図3 ( )-と( )-ロリプラムおよびガンマアミノ酪酸誘導体

今回開発した多段階連続流通反応にてロリプラム類縁体が合成可能である。

図4 多段階連続流通反応装置

原料1から5を順次、反応装置に投入し最終的に目的物であるロリプラムが得られる。
原料1:イソバニリン誘導体、原料2:ニトロメタン、原料3:マロン酸エステル、原料4:水素、原料5:水。

<用語解説>

注1) フロー精密合成
東京大学大学院理学系研究科の小林 修 教授らが提唱する、合成における新しい概念。従来のバッチ反応法ではなく、流通法によって高収率、高選択収率を実現する合成。個々の反応を組合せて、多段階流通システムを構築し、構造的に複雑な化合物を合成する。本成果は、本概念の技術的成立性の証明・提示(Proof of Concept)である。
注2) ロリプラム
ガンマアミノ酪酸(GABA、図3参照)の仲間であり、神経科学において重要な薬理活性を示す化合物。ロリプラムは、抗炎症薬であり、抗鬱薬、免疫抑制薬、抗がん作用があることが知られている。さらには、多発性硬化症、抗精神病薬として期待されている。ロリプラムを代表としたガンマアミノ酪酸誘導体は、神経伝達物質の領域と脳科学の分野で薬や薬理活性を示すことが期待されている。
注3) 固定化(不均一系)触媒
触媒活性部位を担持体に結合(固定化)した触媒のこと。担持体と触媒活性部位からなる。一般的に反応溶液に溶解する触媒(均一系触媒)とは異なり、触媒活性が低いが、回収・再利用が可能である。
注4) 流通法
出発原料をカラムの一端から連続的に投入し、他端から生成物が連続的に排出される反応方法。フロー法とも呼ばれる。
注5) カラム
ガラスや金属等でできた管状の容器であり、中に触媒を充填することで触媒反応を行なうことができる。
注6) バッチ反応法
反応に用いる出発原料等をフラスコや反応釜に一度に入れて反応させ、反応後にまとめて排出させる反応方法。
注7) ファインケミカル
化学工業製品のうち、医薬品のような、多品種・少量生産される付加価値の高いもの。

<発表雑誌>

雑誌名 「Nature」(2015年4月15日号)
論文タイトル Multistep continuous-flow synthesis of (R )- and (S )-rolipram using heterogeneous catalysts
著者 Tetsu Tsubogo, Hidekazu Oyamada, Shū Kobayashi*
doi 10.1038/nature14343

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小林 修(コバヤシ シュウ)
東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 教授
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-4790 Fax: 03-5684-0634
E-mail:

<JST事業に関すること>

水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

東京大学 大学院理学系研究科・理学部
特任専門職員 武田加奈子、准教授・広報室副室長 横山広美
Tel:03-5841-8856
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“New synthetic technology for medicines and fine chemicals