ポイント
- 抗体(IgG)が抗原と結合してできる免疫複合体が破骨細胞を増やして骨を壊す、という抗体の新たな役割をマウスにおいて発見しました。
- 炎症に伴い免疫複合体が増えることと、免疫複合体に対する受容体(Fcγ受容体)の感受性が高まることが、骨が減る原因となることがわかりました。
- 自己免疫疾患や炎症性疾患に伴う骨破壊や骨粗しょう症のしくみが明らかになったことで、診断マーカーや新しい治療法が確立されると期待されます。
関節リウマチは、自己免疫疾患の中でも最も発症頻度が高い疾患です。関節リウマチは関節部位に炎症が起こり、骨が壊れる疾患ですが、関節部位の骨の破壊だけでなく全身の骨量が低下する骨粗しょう症も伴います。関節リウマチだけでなく、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患や、慢性炎症性腸疾患などの炎症性疾患、多発性骨髄腫においても、骨粗しょう症を伴うことが知られています。しかし、炎症に伴う骨破壊や骨粗しょう症のメカニズムは十分に解明されていないため、これを未然に防ぐことは困難です。
東京大学 大学院医学系研究科の高柳 広 教授と古賀 貴子 特任助教らの研究グループは、多くの自己免疫疾患や炎症性疾患などに共通して増加する抗原・抗体複合体(免疫複合体注1))が、骨を壊す細胞である破骨細胞に直接的に働きかけて骨を減少させることを見いだしました(図1)。自己免疫疾患を自然に発症するマウスの解析や、免疫複合体を局所的または全身に投与したマウスの骨の解析、および関節リウマチの症状を再現した遺伝子改変マウスを用いた遺伝子発現解析などの手法により、免疫複合体が増加し、それを認識する受容体たんぱく質(Fcγ受容体注2))の発現バランスが変化していることが、間接リウマチにおける局所的な骨の破壊だけでなく、全身性の骨粗しょう症の一因となることを明らかにしました。
本研究は、抗体の骨における新しい役割を見いだし、免疫複合体がさまざまな自己免疫疾患や炎症性疾患に伴う骨の破壊と骨粗しょう症を早期発見する有効なバイオマーカーになることが期待されます。
本成果は国際科学誌「Nature Communications」に、2015年3月31日(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。
なお、本研究は独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業「高柳オステオネットワークプロジェクト」の一環として行われました。
<発表内容>
① 研究の背景
超高齢社会を迎えた日本では、骨粗しょう症の患者数は年々増加しつつあり、1300万人と推測されています。骨粗しょう症では脊椎や大腿骨を骨折しやすくなり、その結果、寝たきりに至ることも多く、患者の生活の質(QOL)を著しく低下させるため、その対策が重要な課題となっています。骨組織では骨を作る骨芽細胞と骨を壊す破骨細胞がバランスよく働くことによって健康な骨が維持されています。骨粗しょう症を未然に防ぎ、または治療するためには、破骨細胞の分化メカニズムを明らかにすることが必要です。
骨粗しょう症は、加齢や閉経などが要因となる原発性と、別の疾患や治療薬の副作用によって引き起こされる続発性に分けられます。続発性骨粗しょう症としては、関節リウマチ(RA)や全身性エリテマトーデスといった自己免疫疾患、慢性炎症性腸疾患などの炎症性疾患、多発性骨髄腫に併発する骨粗しょう症がよく知られています。RAでは、炎症によって増加したサイトカイン注3)やT細胞が、炎症部位で破骨細胞の分化を促進して関節の骨が壊れることがわかっています。しかし、RAでは関節の炎症部位だけでなく全身性の骨粗しょう症も伴うことや、RA以外の自己免疫疾患や炎症性疾患にも骨粗しょう症が伴うことについては、サイトカインやT細胞だけでは説明ができませんでした。上記の疾患には共通して、抗体産生や免疫複合体の形成が増加していることが解明の糸口になるかと考えられましたが、破骨細胞に対する抗体の役割に関しては不明でした。
また、これまでの研究から、免疫系の細胞と破骨細胞は、共通のサイトカインや細胞内シグナルで制御されることがわかってきました。しかし、抗体やその受容体であるFcγ受容体の骨粗しょう症における役割を探る研究はなされていませんでした。
② 研究内容
東京大学 大学院医学系研究科の高柳 広 教授と古賀 貴子 特任助教らの研究グループは、IgG抗体とその受容体であるFcγ受容体の破骨細胞の分化における役割を明らかにしました。
Fcγ受容体は、IgG抗体と結合して細胞を活性化させる活性化型と、その活性化を抑える抑制型の2つに大別されます。マウスには3つの活性化型Fcγ受容体と、1つの抑制型Fcγ受容体が存在し、これらのうち、破骨細胞では活性型のFcγRIII受容体と抑制型のFcγRIIB受容体が多く発現することを見いだしました。
抑制型FcγRIIB遺伝子を欠損するマウスは糸球体腎炎や浮腫といった自己免疫疾患を自然に発症することが知られていましたが、このマウスの骨組織では破骨細胞数が増加し、骨粗しょう症も発症していることを発見しました。興味深いことに、炎症や炎症性サイトカインは検出されないものの、抗体の量だけが増加している状態のマウスでも、既に骨粗しょう症を発症していました。このようなマウスの血中には、IgG免疫複合体が多く含まれていることが判明し、血清から精製したIgG免疫複合体が破骨細胞の分化を促していることがわかりました。
人工的にIgG免疫複合体を作製し、マウスの頭蓋冠注4)へ局所的に投与すると顕著な骨の破壊が起こりました(図2)。また、IgG免疫複合体を尾静脈から全身に回るように投与した場合も、マウスの四肢に多く見られる長管骨の骨量の低下がみられました。これらの処置を施したマウスにおいても、骨破壊部位への炎症性細胞の浸潤や血中の炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-1βなど)の濃度上昇は見られず、免疫複合体は炎症や免疫応答を介さずに直接的に破骨細胞の分化を促進して骨量を低下させることがわかりました。
マウスのIgG抗体は4種類あり、そのうちの1種であるIgG1抗体は、活性型FcγRIII受容体と抑制型FcγRIIB受容体だけに結合しますが、活性化型FcγRIII受容体に比べて抑制型FcγRIIB受容体への結合が強いため、通常は破骨細胞を活性化しません。しかし、FcγRIIB遺伝子を欠損する細胞においては、IgG1抗体が破骨細胞の分化を促進する効果を持つことがわかりました。一方、IgG1抗体とは別のIgG抗体であるIgG2a抗体はすべてのFcγ受容体に結合しますが、抑制型FcγRIIB受容体に比べて活性化型Fcγ受容体への結合が強いため、遺伝子改変していない普通のマウス細胞(野生型細胞)でも破骨細胞の分化を促進することがわかりました。健康状態のマウスでは、IgG抗体のうちIgG1抗体が血中の大半を占めており、IgG1抗体と破骨細胞前駆細胞のFcγRIIB受容体がIgG1抗体の効果を抑制しているために骨量減少は起こらない、と示唆されます。
では、RAや骨粗しょう症では、IgG抗体はどのように骨にダメージを与えるのでしょうか。炎症などの病的状況では、IgG1抗体だけでなくIgG2a抗体やIgG2b抗体が増加します。RAのモデルであるコラーゲン誘導性関節炎を発症させたマウスの血清はこれらのIgG抗体を多量に含んでおり、この血清は、野生型細胞の破骨細胞の分化を促進する効果を持っていました。また、RAを発症させたマウスから採取した破骨細胞前駆細胞は、正常な細胞に比べて抑制型FcγRIIB受容体の発現が減少し、一方で活性化型FcγRIII受容体とFcγRIV受容体の発現が上昇するため、IgG抗体による破骨細胞の分化促進効果に対する感受性が促進していることが判明しました。
以上の研究により、IgG免疫複合体は免疫細胞が関与することなく、破骨細胞の分化を直接的に促進することがわかりました。また、自己免疫疾患などの病的状態では、(1)IgG免疫複合体が増加すること、および(2)活性化型と抑制型のFcγ受容体の発現バランスが変化して破骨細胞前駆細胞がIgG抗体による分化促進効果を受けやすい細胞になっていること、の2つが骨粗しょう症の一因となることが明らかになりました(図3)。以上はマウスを用いた研究結果ですが、ヒトの末梢血から単離した細胞もヒトIgG免疫複合体によって破骨細胞前駆分化が促進されることを確認しています。RAや全身性エリテマトーデス患者の単球(破骨細胞前駆細胞を含む)でも、抑制型受容体発現の低下や活性化型受容体発現の促進が観察されており、自己免疫疾患における骨粗しょう症の一因として考えることができます。
③ 社会的意義と今後の展望
IgG免疫複合体は、感染、自己免疫疾患、多発性骨髄腫などの多くの疾患で増加します。RAでは、リウマチ因子注5)や抗シトルリン化たんぱく抗体注6)などによる免疫複合体が増加しますが、本研究により、これが直接破骨細胞を増やし骨破壊に関与することが明らかになりました。また、RAを含む自己免疫疾患に伴って発生する骨粗しょう症の主な原因は治療に使われるステロイドの副作用と考えられてきましたが、免疫複合体による直接作用も重要であることがわかりました。今後、血清中の免疫複合体の値は、炎症性の骨破壊や炎症に伴う骨粗しょう症の診断に役立つバイオマーカーとなる可能性があります。そして、免疫複合体除去療法や抗体の活性を制御するシアル化注7)阻害剤が炎症性骨破壊や炎症に伴う骨粗しょう症の治療に役立つことが期待されます。
<参考図>
図1 免疫複合体による破骨細胞の分化
破骨細胞は破骨細胞分化促進因子(RANKL)がその受容体RANKに結合して分化します。RAでは炎症性サイトカインが関節滑膜細胞上にRANKLの発現を促進するため、破骨細胞の分化が促され骨が壊れます。しかし、RAにおいて関節炎症部位の骨の破壊だけでなく体の全体で骨粗しょう症が起こることや、他の自己免疫疾患でも骨粗しょう症が発症することを説明できませんでした。本研究は、自己免疫疾患や炎症性疾患において増加した抗原と抗体複合体(免疫複合体)が直接破骨細胞の分化を促進することが骨粗しょう症の一因であることを明らかにしました。
図2 IgG免疫複合体による破骨細胞を介した骨の破壊
IgG1免疫複合体を野生型またはFcγRIIB遺伝子を破壊したマウスの頭蓋冠下に投与すると、FcγRIIB遺伝子を破壊したマウスでのみ破骨細胞が増加(下段中央、赤色)し、骨破壊の誘導が見られました。またIgG2a免疫複合体はFcγRIIB遺伝子を破壊したマウスだけでなく、野生型マウスにおいても破骨細胞による骨破壊の誘導が見られました(右)。この際、骨破壊部位に炎症性細胞の浸潤は見られず、免疫細胞が関与することなく、免疫複合体が直接的に破骨細胞の分化を促進することがわかりました。
図3 免疫複合体が破骨細胞の分化を促進するメカニズム
健康状態(上)の破骨細胞前駆細胞では、主に活性化型FcγRIII受容体と抑制型FcγRIIB受容体が発現し、IgG1抗体による活性化シグナルはFcγRIIB受容体によって抑制されるため、IgG1抗体による破骨細胞の分化は起こりません。病的状態(下)では、IgG1抗体に加えてIgG2抗体が増加し、これらが免疫複合体を形成するため、破骨細胞の分化を促進します。また、このような状況下での破骨細胞前駆細胞では抑制型FcγRIIB受容体の発現が減少し、一方、活性化型FcγRIII受容体とFcγRIV受容体の発現が増加するため、免疫複合体による破骨細胞分化の促進効果を受けやすい細胞になり、より分化が促進されます。
<用語解説>
- 注1) 免疫複合体
- 抗原と抗体の複合体。免疫複合体は、通常、補体の働きによりマクロファージなどの貪食細胞によって速やかに処理される。免疫複合体の過剰な形成、補体の機能異常、貪食細胞の機能低下などの病的状態では、排除されなかった免疫複合体は腎糸球体や血管壁に沈着して組織障害を引き起こす。全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、糸球体腎炎、強皮症、急性ウィルス肝炎、シェーグレン症候群、IgA腎症、悪性腫瘍(固形癌、リンパ系腫瘍)、細菌性心内膜症、クローン病、天疱瘡、潰瘍性大腸炎、伝染性単核症、多発性動脈炎、混合性結合組織病で上昇する。
- 注2) Fcγ受容体
- Fc受容体は抗体の定常部分(Fc)を認識し、細胞表面に存在する。結合する抗体の種類によって、異なる受容体が存在する(たとえば、本研究で用いたIgG抗体はFcγ受容体と結合する)。マウスやヒトの研究から、活性化型のFcγRI受容体やFcγRII受容体がRAの発症に重要であることや、抑制型のFcγRIIB受容体の発現低下が発症頻度を高めることなどがわかっていた。
- 注3) サイトカイン
- 細胞から放出されるたんぱく質のうち、細胞間の情報伝達にかかわるものの総称。
- 注4) 頭蓋冠
- 頭蓋骨のうち、脳の入っている腔所(頭蓋腔)を円盤状に覆っている部分。
- 注5) リウマチ因子
- IgGに対する自己抗体。免疫複合体を形成する。関節リウマチ患者のおよそ8割以上が血液検査において陽性となる。
- 注6) 抗シトルリン化たんぱく抗体
- 関節リウマチ患者の関節滑膜に多く発現するシトルリン化たんぱく質に対する自己抗体。関節リウマチに特異的。
- 注7) シアル化
- 糖鎖修飾の1つであり、抗体のFc部分はシアル化を含め、さまざまな糖鎖修飾を受けている。シアル化された抗体は免疫活性を抑制する機能を持つことが知られている。本研究では、抗体のシアル化を除去することによって、抗体の破骨細胞の分化を促進する能力が低下することがわかった。
<発表雑誌>
雑誌名 |
「Nature Communications」 |
論文タイトル |
“Immune complexes regulate bone metabolism through FcRγ signaling” |
著者 |
Takako Negishi-Koga, Hans-Jürgen Gober, Eriko Sumiya, Noriko Komatsu, Kazuo Okamoto, Shinichiro Sawa, Ayako Suematsu, Tomomi Suda, Kojiro Sato, Toshiyuki Takai & Hiroshi Takayanagi |
doi |
10.1038/ncomms7637 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
高柳 広(タカヤナギ ヒロシ)
東京大学 大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学講座 免疫学 教授
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