大阪大学 蛋白質研究所 分子発生学研究室の古川 貴久 教授と佐貫 理佳子 助教らの研究グループは、網膜視細胞注1)のシナプスが正常な位置に形成されるしくみを明らかにし、動体視力注2)に必須であることを示しました。この成果は神経回路において神経細胞のシナプスが一定の位置に形成される意義を明らかにし、また高齢ドライバーの運転能力低下への関与が考えられている老化に伴う視覚能力の低下のメカニズムの解明につながるものです。
本成果は米科学誌「Cell Reports」に2月5日(米東部時間)付けで公開されます。
<研究の背景と成果の内容>
網膜や脳などの中枢神経組織では特定の決まった場所でシナプス(神経細胞同士の結合部)を形成していることが19世紀始め頃から既に知られていましたが、シナプスは神経細胞同士が正常に結合していればその場所自体は特に機能に関係していないと考えられてきました。一方で、網膜では老化に伴って視細胞のシナプス位置が移動することが知られていました(図1
A)。神経回路の発生においてシナプスが決まった場所で形成される必然性はあるのか、あるとすればその機能的意義は何か、その分子メカニズムは何であるのか、老化網膜におけるシナプス位置の移動は視覚機能に影響するのか、などは適切なモデル動物が存在せず解明が進んでいませんでした。
当研究グループは、網膜視細胞のシナプス形成の研究から、視細胞のシナプス側の膜輸送に関わる4.1Gタンパク質注3)を同定しました。4.1G欠損マウスの網膜では、本来、細胞体層の外側にある外網状層注4)に形成されるはずの視細胞のシナプスが細胞体のそばで異所性に形成されていることを見出しました(図1
B)。さらにシナプスの位置の異常は4.1Gタンパク質を介した膜輸送機能が低下することによって生じることを明らかにし、4.1G欠損マウスにおいては動体視力が低下していることも見出しました(図2)。これらの結果から、4.1Gタンパク質が視細胞のシナプスの位置決定に必須であることを明らかにするとともに、シナプスが一定の場所で形成されることが正常な視覚機能に必須であることを証明しました。
<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>
現在、日本では4人に1人が65歳以上の高齢者となっており、さらにその割合は増加していきます。「健康長寿」という言葉があるように、高齢者にとって健康である期間をできるだけ長く保つことが、社会にとって重要な課題となっています。その中で、視覚機能の維持はQOL(Quality of life)の面からも極めて重要です。今回の成果から、網膜のシナプス位置の維持は正常な視覚機能に重要であることが明らかになりました。また本研究は、高齢者の加齢による視機能低下のメカニズムの解明に貢献するだけでなく、脳において正常な神経回路と脳機能を維持する手段を見つけるための手がかりになると考えられます。
<参考図>
図1 老化と4.1G欠損マウスのシナプス形成位置異常
- A.視細胞シナプス(赤紫)と双極細胞(緑)の染色像
老齢マウスは野生型に比べて視細胞シナプス形成位置が乱れる。同様のシナプス形成位置変化が4.1G欠損マウスにも現れる。
- B.シナプス形成位置異常の模式図
野生型は外網状層に限定してシナプスを形成するが、4.1G欠損マウスでは乱れている(矢印)。
図2 4.1G欠損マウスの視覚検査
マウスの視覚機能を調べるために、動体視力を調べた(左)。その結果、野生型に比べて4.1G欠損マウスでは動体視力が低下していた(右)。
<特記事項>
本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域(小澤 瀞司 研究総括)における研究課題「網膜神経回路のシナプス形成と生理機能発現の解析」(研究代表者:古川 貴久)の一環として行われました。
<用語解説>
- 注1) 視細胞
- 光をキャッチして電気信号に変換する役割を担う視覚系の最初の神経細胞。暗所視を司る杆体と明所視を司る錐体がある。
- 注2) 動体視力
- 動くものを見るために必要な視覚能力。
- 注3) 4.1Gタンパク質
- 膜の形態を支えることで細胞の形を維持する膜骨格の役割を担うと考えられているタンパク質。今回の発見によって膜輸送にも重要であることが明らかとなった。
- 注4) 外網状層
- 視覚系の最初のシナプス結合が存在する場所。一定の場所に揃ってシナプスが形成されるため、層状に見える。
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
大阪大学 蛋白質研究所 分子発生学研究室 教授
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