ポイント
- 食品や血液など多くの成分を含む試料の一斉分析を、有機溶媒の使用量を大幅に削減しながら、複雑な前処理なしで全自動かつ高速に行える世界初の分析システムを開発。
- 空気に触れると酸化や分解してしまう不安定な化合物の分析を可能とした。
- 残留農薬検査や疾患バイオマーカーの探索など、多数の検体をより速く、人手をかけずに自動で分析したい分野での活用が期待できる。
JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、大阪大学 大学院工学研究科の馬場 健史 准教授らの開発チームは、多成分の一斉分析を全自動かつ高速に行う世界初の画期的な分析システムを開発しました。
従来、食品や血液などの複雑で多くの成分を含む物質を分析する前には、分離や精製といった熟練を要する前処理を人手で行う必要があったため、自動化が困難な上に人為ミスによる回収率の低下や結果のばらつきが発生していました。また、この前処理工程において、空気に触れることで成分が酸化や分解してしまうこともあり、正確な測定が困難になる場合がありました。
今回開発した分析システムでは、最大48検体に対し、液体と気体の双方の性質を持つ「超臨界流体注1)」を用いた自動抽出装置とクロマトグラフにより、有機溶媒の使用量を大幅に削減するとともに、不安定な試料であっても、熟練の技術を要さずに前処理、分離および検出を高感度・高速かつ自動で行います。
例えば、食品中の残留農薬の分析では、従来は攪拌や遠心分離などで約35分かかっていた前処理をわずか5分に短縮できる上、有機溶媒の使用量をおよそ10分の1に削減することができ、これまで複数の装置が必要であった分析も、この分析システムだけで約500種類の成分を一斉に測定することが可能となります。
この成果は、バイオマーカーの探索による超早期診断やテーラーメイド医療(臨床分野)、薬効分析・毒性評価(創薬分野)、食品中の栄養・機能成分の研究(食品分野)などでの活用が期待されます。
本開発成果は、2015年3月8日(現地時間)から米国ニューオーリンズで開催される「Pittcon 2015 Conference & Expo」で発表されます。
本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。
事業名 |
研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)機器開発タイプ |
開発課題名 |
「質量分析用超臨界流体抽出分離装置の開発」 |
チームリーダー |
馬場 健史(大阪大学 大学院工学研究科 准教授) |
サブリーダー |
冨田 眞巳(株式会社島津製作所 分析計測事業部 部長) |
分担開発者 |
吉田 優(神戸大学 大学院医学研究科 准教授) |
分担開発者 |
安藤 孝(宮崎県 総合農業試験場 部長) |
開発期間 |
平成24~26年度(予定) |
担当開発総括 |
西本 清一(京都大学 名誉教授 /(公財)京都高度技術研究所 理事長 /(地独)京都市産業技術研究所 理事長) |
JSTはこのプログラムの機器開発タイプで、最先端の研究ニーズに応えられるような計測分析・機器およびその周辺システムの開発を行うことを目的としています。
<開発の背景と経緯>
近年、食の安全確保や病気の早期診断などでより早く、より正確に分析結果を得ることが求められています。しかし、食品や血液が分析対象となるこれらの分析は煩雑な前処理が不可欠であり、また、空気に触れただけで酸化や分解してしまう成分もあるため、正確な分析が困難なのが現状です。これらの問題を解決する手段として、気体と液体の両方の性質を持つ「超臨界流体」を用いて、多成分の一斉分析を複雑な前処理なく全自動かつ高速分析できる分析システムが期待されています。
超臨界流体ガスクロマトグラフィー(SFC注2))は、通常のガスクロマトグラフィー(GC)では分析が困難な難揮発性、熱的不安定成分の分析が可能で、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)と比較して分離を損なわずに分析の高速化が図れることから、さまざまなアプリケーションや分析手法が研究されてきました。しかし、SFE注3)・SFC装置を提供するメーカーが限られていることが妨げとなり、その利用は一部の大学や研究機関にとどまっています。さらに、日本国内ではSFCが高圧ガス保安法の規制対象となることから、高圧ガス規制のない海外に比べて普及が遅れています。
2000年代後半からは、海外の大手分析機器メーカーが、SFCを新たなクロマトグラフ装置として販売し始めるなどの動きが見られるようになり、SFC単体としては、試料から光学異性体注4)を分離回収することなどを目的に、海外の大手製薬メーカーを中心にその使用が急速に拡大しつつあります。
一方で、サンプルの前処理を行う超臨界流体自動抽出装置(SFE)に関しては、SFCと同じ溶媒を用いるため、SFCと容易に接続が可能であるにもかかわらず、多検体を自動処理できるSFE装置が市販されておらず、その結果SFEとSFCを接続することでSFCの有用性が発揮できるオンラインSFE-SFCも研究レベルにとどまっていました。
<開発の内容>
大阪大学と島津製作所を中心にSFC装置の開発に取り組み、SFCにおいて重要となる高精度の圧力制御装置を開発しました。並行して、島津製作所、大阪大学、宮崎県を中心にSFE装置開発に取り組み、試料の吸着、脱水などのための担体や液体試料の導入技術、多検体に対応したシステム開発を行いました。続いて、SFCとSFEを接続した装置のプロトタイプ機を構築し、大阪大学、宮崎県、神戸大学においてシステムの検証実験を行い、そこで発生した問題の解決に取り組むことで、完成度を高め、装置を製品化しました。
また、装置開発に先行して、大阪大学、神戸大学、宮崎県ではSFC-質量分析(SFC-MS)およびSFEの技術開発に取り組み、農薬や血液成分のプロファイリングに向けた分析条件や抽出条件、化合物ライブラリーを構築しました。
最終的にSFEとSFC-MSのオンライン化(自動化)技術に取り組み、標準試料および実試料(農産物・食品・血液)を用いてシステムの検証を実施しました。そして、残留農薬分析や臨床検査における実用的な利用を目指して、多検体のハイスループット解析が可能な超臨界流体抽出分離オンラインシステムを構築しました。
本装置により、以下を特徴とするオンライン分析システムの開発に成功しました。
- 目的成分の抽出から分析までを自動化する超臨界流体抽出分離オンラインシステム(世界初)
- 有機溶媒の使用量を大幅削減
- サンプルが空気に触れないように、抽出部→分離部→検出部を接続したことで、
酸化されやすい物質の分解を防止
- 分析システムの全自動化による分析ワークフローの改善
- 前処理に熟練の技術が不要なため、手作業に起因するバラツキを抑制
- 抽出容器自動交換による多検体抽出(世界最多)
- 高感度検出
本装置を用いることにより、食品中の残留農薬の分析において、有害な有機溶媒の使用量を大幅に削減するとともに、従来法では約35分かかっていた前処理工程時間を5分に短縮することができ、さらに48検体を自動で分析することが可能となりました。
また、バイオマーカーの探索では、血液などの微量液体サンプルを乾燥ろ紙血にスポットし、それを容器に入れるだけで容易に行うことができます。
また、今回開発した低容量低拡散の圧力制御装置を用いることで直接全量を質量分析計に導入することができ、従来の液体クロマトグラフィー(LC)と比較して6倍の高感度で測定することが可能となりました。
本装置は、ガスクロマトグラフや液体クロマトグラフにはない幅広い分離方式を用いるため、一方の装置だけでは分離できない化合物までを一斉分析することができます。そのため、コエンザイムQ10注5)などの不安定なサンプルの分析や、樹脂に含まれる添加剤の分析など、食品、医薬、化学工業などさまざまな分野で活用できます。
<今後の展開>
この成果によって、多成分一斉分析による高速でハイスループットかつ精度の高いスクリーニングが可能になり、バイオマーカーの探索による超早期診断やテーラーメイド医療などの臨床分野、薬効分析・毒性評価などの創薬分野、食品中の栄養・機能成分の研究などの食品分野などへの活用が期待されます。また、医薬品の副作用などに影響があるとされる光学異性体の分析では、有害な有機溶媒の使用量を大幅に削減できるため、環境負荷の少ないグリーンケミストリー注6)を実現します。
本装置は株式会社島津製作所より、平成27年1月より販売が開始されます。
<参考図>
図1 オンラインSFE-SFC-MSシステム構成外観
図2 農薬500成分の一斉分析
<用語解説>
- 注1) 超臨界流体
- 臨界点(各物質が固有に持つ温度・圧力の点で、臨界点以上では液体と気体の共存状態がなくなる状態に変化する)を超えた状態の流体で、気体の低粘性、高拡散性と、液体の高溶解性という両方の性質を併せ持ちます。分析では主に二酸化炭素が用いられ、臨界温度31.1℃以上、臨界圧力7.38MPa以上と、比較的簡単な条件で超臨界流体にすることが可能です。毒性もほとんどなく、化学的に安定であり、高純度なものが安価に入手できるという理由から最も多く利用されています。
- 注2) SFC(Supercritical Fluid Chromatography、超臨界流体クロマトグラフィー)
- 移動相に超臨界流体を用いたクロマトグラフィーで、超臨界流体の特性により高速・
高分離な分析が可能になります。
- 注3) SFE(Supercritical Fluid Extraction、超臨界流体抽出)
- 超臨界流体を用いた抽出手法で、分析では前処理手法として用いられています。
- 注4) 光学異性体
- 同じ組成でも立体構造が右手と左手の関係のように、鏡に映したような2つの形を持つ物質で、化学的物性がほぼ等しいため分離が困難である場合が多く見られます。一方の異性体を選択的に合成する有用な方法を開発したことで2001年に野依 良治 教授がノーベル化学賞を受賞しました。
- 注5) コエンザイムQ10
- エネルギーの源であるATP(アデノシン三リン酸)の産生をサポートする生体内重要代謝物。また、抗酸化作用を持ち、還元型と酸化型が存在します。
- 注6) グリーンケミストリー
- 有害な溶媒・化合物をできる限り使用しない、環境にやさしい化学技術の総称。
<お問い合わせ先>
<開発内容に関すること>
馬場 健史(バンバ タケシ)
大阪大学 大学院工学研究科 准教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1
Tel/Fax:06-6879-7418
E-mail:
<JST事業に関すること>
山下 篤也(ヤマシタ アツヤ)、岡部 昌樹(オカベ マサキ)
科学技術振興機構 産学連携展開部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529 Fax:03-5214-8496
E-mail:
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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