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平成26年1月16日

科学技術振興機構(JST)
北海道大学

安価で生物に優しい軽金属イオンと新しい“相棒”を組み合わせる
多孔性軽金属錯体の合成法を発見

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、北海道大学 電子科学研究所の野呂 真一郎 准教授らは、安価で生物に優しい軽金属注1)イオンを含む多孔性軽金属錯体注2)の新規合成手法を開発しました。

金属イオンと有機配位子注3)から組み上がる多孔性金属錯体は、触媒材料や物質の分離、吸着材料として使われてきたゼオライトや活性炭に続く次世代の多孔性材料として注目されています。これまで、金属イオンとして重金属注4)イオンが主に使われてきました。一方で、重金属イオンよりも安価で生物に優しい軽金属イオンは多孔性構造を形成するための“相棒”となる有機配位子が限られていたため、その利用が制限されていました。

野呂准教授は、軽金属イオンの“相棒”としてほとんど用いられてこなかった中性有機配位子を用いる新しい合成手法を見いだしました。これまで、中性有機配位子を有する多孔性軽金属錯体はわずかではありますが報告されていましたが、それらは偶然得られたものであり、明確な設計指針の下で合成された例はありませんでした。今回、電荷分離した構造をもつ中性有機配位子と軽金属イオンであるマグネシウムやカルシウムイオンを補助有機配位子の共存下で反応させることにより、中性有機配位子で架橋された多孔性軽金属錯体を狙って合成することに成功しました。

さらに、得られた多孔性軽金属錯体は細孔中に存在する溶媒分子を除去したあとも安定で、室温で二酸化炭素(CO)とメタンの混合ガスからCOを高選択的に分離できることを実証しました。これまで明確な設計指針の下、中性有機配位子によって連結された多孔性軽金属錯体の合成例はなく、本合成手法が多孔性軽金属錯体の構造の多様化に極めて有効であることがわかりました。

今後、開発された合成手法を用いて多様な構造をもつ材料合成を行うことにより、安価で安全な多孔性金属錯体の実用化が期待されます。

本研究成果は、2015年1月16日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「新物質科学と元素戦略」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究機構/応用セラミックス研究所 教授)
研究課題名 「「フェイク分子」法による多孔性金属錯体空間の超精密ポテンシャル制御とオンデマンド二酸化炭素分離機能発現」
研究者 野呂 真一郎(北海道大学 電子科学研究所)
研究期間 平成23年10月~平成27年3月

<研究の背景と経緯>

金属イオンと有機配位子から構築される高結晶性の多孔性金属錯体は、細孔の形状、サイズ、表面特性を精密に制御することができるため、次世代の多孔性材料として注目を集め、その合成と貯蔵、分離、触媒機能などの研究が世界中で精力的に行われています。すでに、既存の多孔性材料の性能を超える種々の多孔性金属錯体が報告されていますが、これらを実用化する上で大きな問題となったのが製造コストと安全性です。これまでは、金属イオンとして亜鉛や銅などの重金属イオンが、多くの種類の有機配位子との組み合わせが可能なことから主に用いられてきました。しかしながら、重金属イオンの多くは将来的に枯渇が懸念されるレアメタルであり、また生体に有害なものが多く、実用化を妨げる大きな要因の1つとなっていました。一方で、重金属イオンに代わって、地球上に大量に存在する安価で生物に優しいマグネシウムやカルシウムといった軽金属イオンが利用できれば、このような問題が解決され、その結果多孔性金属錯体の実用化への道が大きく開かれます。しかしながら、軽金属イオンに適した“相棒”はこれまでカルボキシレート系有機配位子に限られていたため(図1)、その合成例は重金属イオンに比べて圧倒的に少なく、構造多様化の妨げになっていました。

<研究の内容>

今回、軽金属イオンを連結できる新たな“相棒”として電荷分離した中性の有機配位子を用いました。軽金属イオンはHSAB則注5)に従うと硬い酸に分類されます。実験に用いたピリジンオキシド部位をもつ有機配位子ビピリジンジオキシド(略して「bpdo」)は、酸素上にマイナスの電荷が、窒素上にプラスの電荷がそれぞれ局在した電荷分離状態をとるため、硬い塩基であると考えられます(図2)。硬い酸は硬い塩基と相性がよいため、中性のbpdo有機配位子は軽金属イオン間を連結できると予測しました。そこで本研究では、軽金属イオンとしてマグネシウムとカルシウムイオンを選択し、補助有機配位子の共存下でbpdo有機配位子と反応させて、一次元の細孔をもつ多孔性軽金属錯体を合成することに成功しました。また、bpdo有機配位子が軽金属イオン間を架橋していることを単結晶X線構造解析から確認しました(図3)。さらに、得られた多孔性軽金属錯体は細孔内部に取り込まれていた溶媒分子を除去したあとも安定であることがわかり、COとメタンの混合ガスからCOを高選択的に分離吸着できることを実証しました(図3)。中性有機配位子で架橋された多孔性軽金属錯体の合成およびそのガス分離実証例はほとんどなく、多孔性軽金属錯体の科学を先導しうる画期的な研究成果です。

<今後の展開>

これまで多様な構造をもつ多孔性軽金属錯体の合成は困難でしたが、電荷分離した中性有機配位子を利用する本合成手法を適用することにより、マグネシウムやカルシウムといった安価で生物に優しい金属イオンから構築される多孔性軽金属錯体を合理的に合成することに成功しました。また電荷分離した中性有機配位子は、アルミニウムやナトリウム、カルシウムといったほかの軽金属イオン架橋にも有効であると考えられ、多孔性軽金属錯体の構造多様化、さらにはガス貯蔵、分離膜、ドラッグデリバリーなどといった実用化の道が加速度的に開かれることが期待されます。

<付記>

本研究は、北海道大学 大学院環境科学院の水谷 純也 修士、北海道大学 電子科学研究所の中村 貴義 教授、久保 和也 助教、京都大学 福井謙一記念研究センターの土方 優 博士、京都大学 iCeMSの北川 進 拠点長、松田 亮太郎 准教授、佐藤 弘志 助教、高輝度光科学研究センターの杉本 邦久 研究員、株式会社クラレの犬伏 康貴 研究員との共同研究で行われました。

<参考図>

図1 重金属イオンと軽金属イオン

重金属イオンは多くの種類の“相棒”、有機配位子と結合を形成するが、軽金属イオンは相棒が限られていた。

図2 軽金属イオンの新しい相棒、電荷分離型中性有機配位子

本研究で用いた電荷分離型中性有機配位子は分子全体としては中性であるが、プラスに帯電した窒素原子(青)とマイナスに帯電した酸素原子(赤)をもつ。その結果、硬い塩基性を示し、硬い酸である軽金属イオンと結合を形成しやすくなる。

図3 多孔性マグネシウム錯体の構造とガス分離特性

合成した多孔性マグネシウム錯体では、電荷分離型中性有機配位子bpdo(青線で囲んだ分子)はマグネシウムイオン(緑の球)間を架橋している。また、細孔内部の溶媒分子(黄緑)を取り除いても多孔性構造が保持され、CO/メタン混合ガスの分離特性を示す。

<用語解説>

注1) 軽金属
比重4~5以下の比較的軽い金属。代表的な軽金属は、アルミニウム、マグネシウム、ベリリウム、チタン、アルカリ金属、アルカリ土類金属など。
注2) 多孔性軽金属錯体
金属イオンと有機配位子が配位結合やイオン結合によって連結されることにより形成される多孔性の高分子状構造体。高い結晶性と構造多様性、容易かつ精密な細孔修飾、高柔軟性といった特徴をもち、次世代の多孔性材料として注目されている。
注3) 有機配位子
金属イオン間を連結することができる有機分子。
注4) 重金属
比重4~5以上の重い金属。代表的な重金属は、鉛、水銀、カドミウム、クロム、亜鉛、ニッケル、コバルト、マンガン、銅、バナジウムなどであり、生体に有害なものが多い。
注5) HSAB(Hard and Soft Acids and Bases)則
酸と塩基の相互作用を“硬い”酸・塩基、“軟らかい”酸・塩基に分けて取り扱う規則。硬い酸は硬い塩基と、柔らかい酸は軟らかい塩基と強く相互作用する。ここでは、金属イオンが酸、有機配位子が塩基に対応する。

<論文タイトル>

“Porous coordination polymers with ubiquitous and biocompatible metals and a neutral bridging ligand”
(ユビキタスで生体に優しい金属と中性架橋配位子を有する多孔性金属錯体)
doi: 10.1038/ncomms6851

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

野呂 真一郎(ノロ シンイチロウ)
北海道大学 電子科学研究所 准教授
〒001-0020 北海道札幌市北区北20条西10丁目
Tel:011-706-9418 Fax:011-706-9420
E-mail:

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

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