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平成26年12月15日

筑波大学
科学技術振興機構(JST)

栄養に応答して発育を制御する神経とホルモンの新しいメカニズムの発見
~はらぺこの幼虫が満腹になると蛹になる仕組み~

ポイント

国立大学法人 筑波大学 生命環境系の丹羽 隆介 准教授と日本学術振興会 特別研究員(RPD)の島田(丹羽) 裕子 研究員は、キイロショウジョウバエを主材料として、ステロイドホルモン注1)の生合成を促す新しいメカニズムを発見しました。

ステロイドホルモンは、生物種を問わず、個体の発育や恒常性の維持、さらには性的な成熟に重要な役割を担います。ステロイドホルモンは、特に子供から大人への成長に際して適切なタイミングで生合成されることが重要ですが、その生合成のタイミングを調節する仕組みには未だ不明な点が多く残されています。

本研究では、昆虫のステロイドホルモン生合成器官にセロトニン注2)産生神経SE0PGが作用することを明らかにしました。SE0PGは、幼虫が摂取する栄養量に応じて神経突起の形を変化させ、ステロイドホルモンが合成されるタイミングを調節する機能を担っています。このことにより、幼虫が蛹になるタイミングが調節されます。今回の成果は、昆虫が外環境に応じて発育プログラムを柔軟に変化させる仕組みの一端を明らかにすると共に、ヒトを含む高等動物におけるセロトニンの役割とステロイドホルモン生合成調節機構について新たな知見へとつながることが期待されます。

本研究の成果は、2014年12月15日(英国時間)付でネイチャー出版グループの電子ジャーナル「Nature Communications」で公開される予定です。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業「生体における動的恒常性維持・変容機構の解明と制御」(研究期間:平成24~27年度)、JST/筑波大学における「若手研究者のための自立的研究環境整備促進プログラム」、稲盛財団研究助成、日本分子生物学会第1回若手研究助成「富澤純一・桂子基金」、武田科学振興財団ライフサイエンス研究奨励、内藤記念科学振興財団内藤記念科学奨励金、日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費)の助成を得て実施されました。

<研究の背景>

絵本作家エリック・カールの『はらぺこあおむし』は、世界中に愛読者を持つ有名な絵本です。この絵本では、小さな青虫が食べ物をたくさん食べて成長し、最終的に美しいチョウに変身する過程が色彩豊かに描かれています。「おなかがぺっこぺこ」の青虫は毎日毎日食べ続けますが、最終的には満腹となって食べるのを止めて蛹に変態します。もちろんこれは、よく知られた一般的な現象です。では、十分に栄養を得た幼虫が蛹に変化するにあたっては、遺伝子や細胞のレベルでどのようなメカニズムが働いているのでしょうか。これは極めて素朴な疑問ですが、実際には未だに不明な点が多く残されています。

昆虫のみならずヒトを含む多くの生物において、個体の発育や性成熟は、ステロイドホルモンと呼ばれる生理活性物質によって誘導されます。ステロイドホルモンは、コレステロールを原材料として生体内の特定の器官において作られますが、個体を取り巻く外環境に応じて、適切なタイミングで適正量作られることがとても重要です。例えば、成長期に栄養が十分でなかった場合には、ステロイドホルモン生合成のタイミングが遅れることで、成熟が遅れます。生体内でステロイドホルモンが適切に作られるメカニズムを理解するためには、外環境の変化がどのようにして生合成器官に伝えられるのかを調べることが、昆虫に限らずあらゆる生物種において重要な課題です。

昆虫に存在する主要なステロイドホルモンは「エクジステロイド注3)」です。このホルモンは昆虫の脱皮や変態の誘導に必須で(図1)、別名「脱皮ホルモン」とも呼ばれます。丹羽准教授の研究グループは、過去10年間、エクジステロイドが生合成される過程に関与する酵素群の同定で先駆的な研究を展開してきました。

<研究内容と成果>

今回、丹羽准教授らの研究グループは、モデル動物として広く用いられているキイロショウジョウバエの幼虫を主材料として、幼虫が蛹になるタイミングを調節するメカニズムを追究しました。キイロショウジョウバエの幼虫においても、摂取する栄養量に応じて蛹になるタイミングが変化することがよく知られています(図1)。今回の研究で丹羽准教授のグループが注目したのは「セロトニン」と呼ばれる神経伝達物質です。セロトニンは神経から分泌される生理活性物質で、ほとんどすべての動物において生きていく上で欠くことのできない役割を持ちます。丹羽准教授らはエクジステロイド生合成器官である前胸腺注4)に分布する神経を注意深く調べたところ、セロトニン産生神経の一部が投射注5)することを新たに見出しました(図2)。そのセロトニン産生神経は、他の神経と比べて非常に長く複雑な形をしていたので検出することが難しく、その存在はこれまで全く明らかにされていませんでした。丹羽准教授らは今回の仕事によってその全形態を初めて同定し、SE0PGと名付けました。セロトニン産生神経SE0PGの細胞体は、昆虫の脳神経系において摂食を司る領域(摂食中枢)に近い位置にあることもわかりました。

さらにとても興味深いことに、このセロトニン産生神経SE0PGの突起の形状は、幼虫の栄養状態によって変化することがわかりました。すなわち、富栄養条件の餌で幼虫を飼育すると神経突起(軸索)がホルモン生合成器官(前胸腺)にきちんと投射するのに対して、貧栄養条件の餌で飼育した場合には、神経が生合成器官にほとんど投射しなくなりました(図3)。そうすると、エクジステロイド生合成が遅れるため、幼虫が蛹になるタイミングが遅れます。実際に、丹羽准教授らはセロトニン産生神経SE0PGの機能を抑制した時に、エクジステロイド生合成遺伝子群の発現が減少し、体内のエクジステロイド生合成量が低下することを示しました。さらに、研究グループは、神経の機能のみならず、セロトニン受容体の機能を抑制した場合にもエクジステロイド生合成阻害が起こることを明らかにしました。

これまでのエクジステロイド生合成調節の研究においては、主に前胸腺刺激ホルモン注6)やインスリン等の神経ペプチド因子に多くの関心が払われてきました。それに対して今回の発見は、神経伝達物質として有名な非ペプチド性(生体アミン)のセロトニンがエクジステロイド生合成器官に作用することを初めて報告したものです。さらに、栄養依存的に神経突起の形態が変化するという報告はほとんどなく、神経の形態と役割が密接に関わることを示した好例であると言えます。丹羽准教授らによる今回の発見は、これまでにまったく考えられていなかったステロイドホルモン生合成調節機構の新たな仕組みを解明したものです。

<今後の展開>

エリック・カールの『はらぺこあおむし』はとても食いしん坊で、果物だけでなくアイスクリームやケーキをお腹が痛くなるほど食べ続けます。しかし実際の昆虫の幼虫は、食べ過ぎることはなく、成虫になるのに必要量の栄養を得れば食べるのを止めて蛹になる準備をします。それは私たち人間が満腹になれば「ごちそうさま」することに少し似ています。しかし、昆虫が成長に必要な栄養量をどうやって知ることができるのかは、ほとんど解明されていません。今回の丹羽准教授らの研究は、栄養に応答してセロトニン産生神経がステロイドホルモン生合成を調節するメカニズムに焦点を当てたものです。それを踏まえて、セロトニン産生神経がどのようにして個体の満腹状態を感知するのか、そして神経突起の形状をどうやって変化させるのかをさらに研究していくことで、生物の発育を下支えする栄養摂取とステロイドホルモン生合成機構の理解が広がることが期待されます。

また、セロトニンとステロイドホルモンは多くの高等動物に存在する普遍的な分子であることから、セロトニンシグナルを介した同様のメカニズムがヒトなどのほ乳類にも存在する可能性の検討が今後の重要な課題の1つです。

<参考図>

図1 昆虫の発生の進行とエクジステロイド(脱皮ホルモン)の関係

十分な栄養がある富栄養環境でキイロショウジョウバエを飼育した場合、適切なタイミングでステロイドホルモンが生合成されて、胚発生、脱皮、蛹化、羽化という変態が誘導されます。一方、貧栄養環境で飼育された場合には、十分量のステロイドホルモンが合成されません。幼虫は摂食し続けるため、蛹化のタイミングが遅れます。

図2 昆虫ステロイドホルモン(エクジステロイド)の生合成器官「前胸腺」に投射する
(伸びて連絡する)セロトニン産生神経

キイロショウジョウバエの3齢幼虫において、免疫化学組織染色法という技術によって染色した、エクジステロイド生合成器官「前胸腺」(赤紫色の部分)とそれに投射するセロトニン産生神経SE0PG(緑色の部分)。前胸腺は50個程の細胞が集まってボール状になった組織です。SE0PGは脳から前胸腺に向かって伸長して、前胸腺でのエクジステロイド生合成のタイミングを調節しています。

図3 栄養に応じてステロイドホルモン生合成を促進するセロトニン産生神経の役割(モデル図)

富栄養環境で発育する幼虫では、セロトニン産生神経SE0PGが前胸腺(ハート型部分)に作用して適切なタイミングでエクジステロイド生合成が促進されます。一方、貧栄養環境では、SE0PGの伸長が抑制されるため、エクジステロイド生合成のタイミングが遅れます。

<用語解説>

注1) ステロイドホルモン
化学構造的にステロイド核を持つホルモンの総称であり、細胞膜を透過して細胞内での遺伝子の発現を直接制御する性質を持つ。生物分類群ごとに固有のステロイドホルモンが存在するが、ヒトを含むほ乳類においては性ホルモンであるテストステロンやエストラジオールが有名である。
注2) セロトニン
別名、5-ヒドロキシトリプトアミン(5-HT)とも言われ、トリプトファンから合成される生体アミンの1種である。多くの動物において神経伝達物質として働くことがよく知られており、摂食、睡眠、体温調節などの恒常性の維持に関与する。
注3) エクジステロイド
昆虫における主要なステロイドホルモンの総称。昆虫発生過程での脱皮と変態の誘導における役割が顕著であるが、近年では昆虫の免疫系の制御や成虫の記憶・学習にも関与することが報告されている。
注4) 前胸腺
昆虫の幼虫期および蛹期においてエクジステロイドを生合成する内分泌器官。前胸腺から脱皮と変態を誘導するための重要なホルモンが分泌されていることは、1940年代の片倉製糸紡績蚕業試験所(当時)の福田 宗一 博士の先駆的な研究によって証明された。
注5) 投射
脳のある領域の神経細胞が、別の領域に軸索を伸ばして神経を連絡させること。
注6) 前胸腺刺激ホルモン
脳から分泌され、前胸腺でのエクジステロイド生合成を活性化するペプチド性の昆虫ホルモン。「PTTH」とも通称される。脳から変態を誘導するホルモンが存在することは1922年にポーランドのコペッチによって、また脳から前胸腺に対して働きかけるPTTHが存在することは1950~60年代にアメリカのウィリアムズらによって明らかにされた。そのホルモンの物質的実体の解明は難航を極めたが、最終的には名古屋大学(当時)の石崎 宏矩 博士らのグループによって、延べ3千万頭のカイコガから抽出・精製され、1990年に報告された。

<掲載論文>

題 名 Serotonergic Neurons Respond to Nutrients and Regulate the Timing of Steroid Hormone Biosynthesis in Drosophila
(セロトニン産生神経が栄養に応答し、ショウジョウバエのステロイドホルモン生合成のタイミングを調節する)
著者名 Yuko Shimada-Niwa(島田-丹羽 裕子)、 Ryusuke Niwa(丹羽 隆介)
掲載誌 Nature Communications
doi 10.1038/ncomm6778

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

島田(丹羽) 裕子(シマダ ニワ ユウコ)
筑波大学 生命環境系/日本学術振興会 特別研究員(RPD)
〒305-8572 茨城県つくば市天王台1-1-1
Tel:029-853-6652
E-mail:

丹羽 隆介(ニワ リュウスケ)
筑波大学 生命環境系 准教授
〒305-8572 茨城県つくば市天王台1-1-1
Tel:029-853-6652
E-mail:

<JST事業に関すること>

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