ポイント
- リチウムイオン2次電池の高性能化には、電極の局所的な充放電特性の評価が不可欠だが、従来法では技術的に困難だった。
- 新たに開発したナノ電気化学セル顕微鏡(NanoSECCM)を用いて、市販のリチウムイオン2次電池の正極での充放電特性を、ナノスケールで画像化することに成功。
- 高速充放電、長寿命なリチウムイオン2次電池の開発に貢献が期待できる。
JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の末永 智一 教授、高橋 康史 助教、熊谷 明哉 助教らの開発チームは、電池材料表面の充放電特性を、ナノスケール(ナノは10億分の1)で連続的に測定し、画像として可視化する「ナノ電気化学セル顕微鏡(NanoSECCM)注1)」の開発に成功しました。
リチウムイオン2次電池の正極は混合材料でできているため、電極内部の特性や電極表面の構造が不均一で、電池の性能にも影響を与えます。こうした不均一性をナノスケールで画像化し、その形成原因を解明できれば、高速で充放電が可能な長寿命電池の開発につながると考えられています。しかし従来の電気化学測定法では、試料全体を電解液に浸ける必要があり、高い空間・時間分解能で局所的な充放電特性を評価することが困難でした。
新たに開発したナノ電気化学セル顕微鏡(NanoSECCM)では、先端の太さが数10ナノメートルのピペットに電解液を充填し、その先端を電池材料表面に近づけます。ある一定のところまで近づけると、それらの間のわずかなすき間が電解液によってつながり、局所的に電気化学反応が起きる場を形成します。この技術により、リチウムの挿入脱離に伴う電流などの局所的な電気化学計測を可能としました(図1)。
今回NanoSECCMを用いて、市販のリチウムイオン2次電池の正極材料を測定し、ナノスケールの空間分解能で、10ミリ秒間隔で連続的に画像化することに成功しました(図4)。これは、電極表面の充放電特性をナノスケールで画像化した世界で初めての成果で、今後高機能なリチウムイオン2次電池の開発指針を示すことが期待されます。
本成果は、2014年11月17日(現地時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されます。
本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。
事業名 |
研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)機器開発タイプ |
開発課題名 |
「超高解像度電気化学イオンコンダクタンス顕微鏡の開発」 |
チームリーダー |
末永 智一(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授) |
開発期間 |
平成24~28年度(予定) |
担当開発総括 |
澤田 嗣郎(東京大学 名誉教授) |
JSTはこのプログラムの機器開発タイプで、最先端の研究ニーズに応えられるような計測分析・機器およびその周辺システムの開発を行うことを目的としています。
<開発の背景と経緯>
リチウムイオン2次電池の正極材料は、活物質、導電助剤、結着材の混合材料でできています。そのため、電子伝導経路、イオン伝導経路が不均一であり、さらに、複合電極/電解液界面の欠陥、被膜などの局所構造が3次元的に分布し、電池の高性能化を妨げています。この不均一性を解消できれば、電池反応の中心的役割である酸化/還元反応を行う活物質にリチウムイオンを効率的に供給し、反応を生じさせることが可能となるため、高速充放電や、高いサイクル特性を示す長寿命電池の開発につながります。そのためには、局所的な充放電特性の可視化技術が必要です。
従来の電気化学計測法では、試料全体を電解液に浸ける必要があります。その状態で電池材料の充放電を行うと、試料全体からもリチウムの挿入脱離に伴う酸化還元反応が生じます。この測定法では局所的で経時的な電池材料の評価、つまり高い空間分解能と時間分解能の両方を実現する評価が困難です。そこで開発チームは、ナノスケールで電池構造を模倣した微小な電気化学セル注2)を形成して電流などを直接測定し、充放電特性を可視化できる装置の開発に取り組みました。
<開発の内容>
開発チームは、局所的な電気化学計測を可能とする、ナノ電気化学セル顕微鏡(NanoSECCM)の開発に成功しました。このNanoSECCMでは、先端の太さが数10ナノメートルのピペットと電池材料の間に電解液の層(メニスカス注3))を形成し、それを測定用の電極(電気化学セル)として利用します。そのため、電池材料表面での充放電の生じる領域をナノピペット先端に限定することができ、反応のタイミングも自在に制御できます。計測の際には、凹凸のある電池材料表面において非常に脆弱なナノピペット先端部を、できるだけ接触させずにメニスカスを形成させる必要があります。そこで、ナノピペット先端部のメニスカスと材料表面が接触した際の容量電流注4)を利用して、ナノピペットと材料との距離を一定に保つ制御手法を考案しました(図2)。このことで、ナノピペットと試料の接触による試料の変形や、ナノピペットの破損を回避することが可能となりました。さらに、ナノピペットの位置制御の際に得られる高さ情報から、電池材料表面の充放電特性と同時に形状をイメージングできます。今回開発したNanoSECCMには、以下の3つの大きな特徴があります。
- ●高速な電気化学評価が可能
-
NanoSECCMを利用することで、電池材料の反応電位や反応性を見積もることが可能なサイクリックボルタンメトリー注5)を局所的に行うことが可能となりました。その結果、測定対象の反応面積を劇的に減少させることで、容量電流によるノイズの影響を抑えることができました。このことで、100V/sという高速の電位変化でも充電放電の際に生じるリチウムの挿入脱離に伴う電流を容量電流に埋もれずに計測することに成功しました(図3)。
- ●表面の反応性・電位をナノスケールでイメージング可能
- 電池材料表面の電池特性(電流値、電位)を2次元画像として可視化することができます(図4a、b)。さらに、局所的にリチウムを供給したときに起こる表面の電位変化を画像化することもできます(図4c)。
- ●充放電時の電位変化を連側的にイメージング可能
- 電子顕微鏡と合わせて使用することで、ナノ電気化学顕微鏡により得られた形状情報と電子顕微鏡により得られた形状情報がよく一致していることがわかります(図5a)。また、エネルギー分散型X線分析(EDS)注6)を合わせて利用すると、ナノ電気化学セル顕微鏡により、一定の電位が得られた電極の活物質と思われる部分で、EDSの酸素の高いシグナルが観察できました(図5b)。このように、電池材料表面を構成する材料と表面電位の関係を調べることに成功しました。さらに、ナノ電気化学セル顕微鏡により各測定点において充放電特性を測定し、全点の計測後に、各測定時間での電位と位置情報を対応させることで、電位の連続的な変化を画像化することに成功しました(図5c)。
本成果は、東北大学 環境科学研究科 珠玖 仁 准教授、伊野 浩介 助教、大学院生の猪又 宏貴 氏、伊藤 小町 氏、首都大学東京 都市環境学部の金村 聖志 教授、棟方 裕一 助教、ウォーリック大学のアンウィン教授、インぺリアルカレッジロンドンのコルチェフ教授との共同研究によるものです。
また、高機能なリチウムイオン2次電池の開発につながるという観点から、本研究の一部は、JST「戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)」技術領域「蓄電デバイス」(運営総括:逢坂 哲彌)における研究開発課題「界面イオン伝導顕微鏡を用いたリチウムインサーションのin-situ観察と高エネルギー密度LIBの開発」(研究開発代表者:末永 智一)の支援を受けて実施されました。
<今後の展開>
本成果により、リチウムイオン2次電池の充放電特性をナノスケールで可視化できました。現在ALCAにおいて、効率的なリチウムイオンの挿入脱離を可能とするための研究を進めています。実際にナノ電気化学セル顕微鏡(NanoSECCM)を利用し、これまで平均化されて詳細を理解できなかった材料表面でのナノスケールでの充放電特性や、材料の劣化のメカニズムを検討しています。電池材料の活物質について、結晶方位や粒界での反応性の違いの評価や、サイクル特性を向上するための導電助剤、結着材などの検討を通じて、高機能なリチウムイオン2次電池の開発指針を示すことを目標としています。
今回開発したNanoSECCMは、さまざまな対象について局所的な化学物質の検出が可能です。そのため、開発チームは、電池材料にとどまらず、材料の触媒能や生細胞の活性評価など、多岐にわたる応用が期待できる高度な装置を目指し、今後も開発を続けていきます。
<参考図>
図1 ナノ電気化学セル顕微鏡の概要図
電解液を充填したナノピペットと電池材料表面の間で、電池構造を模倣した電気化学セルを形成します。このことで、局所的な充放電特性が評価できます。さらに、ナノピペットを走査することで、電池の充放電特性を可視化することもできます。
図2 ナノ電気化学セル顕微鏡のイメージングプロセス
電気化学セルを形成するため、①ナノピペットを試料に一定速度(20nm/ms)で近接させていきます。②ナノピペット内の電解液が試料と接触することで、電気化学セルが形成されます。そのとき、容量電流が観測されます。この容量電流が観測された瞬間にナノピペットのアプローチを止めます。そして、容量電流が収まるまで少し待ちます(20ms)。③電池材料の反応性(電流)、電位、充放電特性などの電気化学計測を行います。測定後に、ピペットを上昇させます。④次の測定点にナノピペットをXY方向に移動させて、再びピペットをアプローチさせます。このプロセスの繰り返しにより、イメージングを行います。
図3 LiFePO4合剤電極について、ナノ電気化学セル顕微鏡を利用した
高速サイクリックボルタンメトリー(CV)
電池材料の評価では、これまで0.1mV/sほどの非常にゆっくりした掃引速度でCV測定が行われてきました。電気化学セル顕微鏡では、微小な電気化学セルを形成して計測を行うため、従来の10,000倍の高速CV測定(100V/s)が可能となりました。これは、測定面積に比例する容量電流の影響を、微小な電気化学セルを利用することで劇的に抑えることが可能となったためです。
図4 LiFePO4合剤電極の形状(左)と電流・電位イメージング(右)の関係
- (a)電気化学セル顕微鏡による酸化電流イメージ(+0.65Vvs.Ag/AgCl)。
形状イメージでは、LiFePO4の2次粒子が画像の上方に確認できました。その部分でリチウムの挿入に伴う酸化電流が観察されました。また、2次粒子上で不均一な酸化電流を観察することもできました。
- (b)電気化学セル顕微鏡による開回路電位のイメージ。
形状イメージのLiFePO4の2次粒子が見られる部分で、LiFePO4由来の電位が観察されました。
- (c)電気化学セル顕微鏡により局所的なリチウムのドーピングを行った後の開回路電位のイメージ(右)。
白矢印部分で、ナノピペットを利用して、局所的に充電を行いました。充電した部分で、高い電位を確認することができました。このように、局所的にリチウムを充填することが可能となります。
図5 LiFePO4合剤電極の電位の経時変化と元素分析
- (a)電子顕微鏡イメージ(グレー)と電気化学セル顕微鏡による試料表面の形状イメージ(カラー)の比較。
電子顕微鏡と形状イメージが非常によく一致しており、ナノ電気化学セル顕微鏡により、試料の表面形状を正確に取得できることがわかりました。
- (b)エネルギー分散型X線分析(EDS)による酸素原子の分析。
電子顕微鏡と同じ場所をEDSにより確認することで、ナノ電気化学セル顕微鏡による計測イメージと、表面を構成する材料の関係を調べることができます。この測定では、緑色の強い部分に酸素原子がたくさん存在していることから、LiFePO4の2次粒子が存在していることがわかります。
- (c)電気化学セル顕微鏡による電位の経時変化の測定。
電気化学セル顕微鏡を用いて、+5pAの定電流が流れる条件で、電位の計測をしました。EDSにより、LiFePO4の2次粒子が存在している部分は、リチウムイオンがLiFePO4へ挿入され、反応することで一定の電位を示しました。一方、2次粒子が表面に存在していない部分では、リチウムイオンの挿入による反応が起こらないため、電位が一定になりませんでした。このように電気化学セル顕微鏡では、実電池材料について、局所的な充放電特性を測定することが可能です。
<用語解説>
- 注1) ナノ電気化学セル顕微鏡(NanoSECCM)
- 電解液を充填したナノピペットと試料との間でメニスカスを介してナノスケールの電気化学セルを形成し、局所的な電気化学計測を行う。計測後にこの電気化学セルの移動と計測を繰り返すことで、局所の反応性をイメージとして取得できる。
- 注2) 電気化学セル
- 電気化学計測を実際に行うセルをいう。3極式の計測では、作用極、参照電極、対極、電解液を使用するが、本手法のような微小電流を取り扱う場合には、電圧降下がほとんど生じないため2極式(作用極、参照極、電解液)で計測を行った。
- 注3) メニスカス
- ガラスでできた毛細管など、非常に細い管の中に液体を入れた際に、表面張力によって液体表面が曲面となる状態のこと。本計測では、ナノピペット内に充填した溶液が、表面張力によって、ナノピペットの外側に凸型に飛び出た状態となっている。
- 注4) 容量電流
- 電極と溶液の界面に形成される電気二重層により生じる電流であり、酸化還元電流の測定を行う際には、背景雑音電流として扱われる。容量電流は、電極の面積に比例するため、電極を微細にすることで軽減することができる。
- 注5) サイクリックボルタンメトリー
- 印加電位を変化させた際の電流応答を測定する手法である。電池材料では、得られる電流値を利用して、リチウムの拡散係数などを見積もることもできる。
- 注6) エネルギー分散型X線分析(EDS)
- 電子線などを物体に照射した際に発生する蛍光X線を検出して、そのエネルギー強度から、物体を構成する元素と濃度を調べる元素分析手法である。
<論文タイトル>
“Nanoscale visualisation of redox activity at Lithium ion battery cathodes”
(リチウムイオン2次電池正極材料表面の反応性のナノスケールでの可視化)
doi: 10.1038/ncomms6450
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
末永 智一(マツエ トモカズ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 教授
Tel:022-795-7281
E-mail:
高橋 康史(タカハシ ヤスフミ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 助教
Tel:022-795-7281
E-mail:
<JST事業に関すること>
(先端計測分析技術・機器開発プログラムについて)
山下 篤也(ヤマシタ アツヤ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学連携展開部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529 Fax:03-5214-8496
E-mail:
(先端的低炭素化技術開発(ALCA)について)
吉田 秀紀(ヨシダ ヒデキ)、生嶋 達史(イクシマ タツシ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 低炭素研究担当
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3543 Fax:03-3512-3533
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中道 康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)広報・アウトリーチオフィス
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