ポイント
- 体外で増やした小腸上皮細胞を大腸組織へ移植するマウス実験に世界で初めて成功しました。
- 移植細胞が生体内で幹細胞としてはたらき、上皮組織を構築できることがわかりました。
- 大腸という異なる環境への移植でも、小腸幹細胞が自身の性質を保つことを見いだしました。
- 大腸上皮に続き、小腸上皮再生技術の基礎となることが期待されます。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 消化管先端治療学の中村 哲也 教授、同・消化器病態学分野の渡辺 守 教授、同・水谷 知裕 特任助教、同・福田 将義 医員らの研究グループは、体外に取り出し培養した小腸上皮細胞をマウス消化管(大腸)へ移植する実験に成功しました。その結果、移植細胞が正常な上皮を再生する幹細胞として機能できること、また、小腸上皮幹細胞が自身の小腸としての性質を長期にわたって維持できることが明らかになりました。本研究は、大腸幹細胞移植に成功した本グループの研究をさらに発展させたものであり、様々な細胞を利用する消化管上皮再生医療技術の基礎となることが期待されます。
この研究は文部科学省 科学研究費補助金、日本学術振興会 科学研究費補助金、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業、および科学技術振興機構「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」の支援のもとで行われたもので、その研究成果は国際科学誌Genes&Development(ジーンズ アンド デベロップメント)に、2014年8月15日版で発表されます。
<研究の背景>
様々な種類の幹細胞を利用する再生医療研究が大きな注目を集めています。小腸・大腸を含む消化管の研究分野においても、幹細胞を用いてヒトの病気を治療する新しい再生医療技術に期待が寄せられています。
本研究グループはこれまでに、大腸の最内側(食物などが通過する側)にならぶ上皮組織の幹細胞を体外で増やし移植することで、傷害を受けた大腸の修復が可能であることをマウスの実験で示しました(Nature Medicine 2012)。しかしながら、小腸について同様の手法、すなわち体外で増やした細胞の移植で上皮組織の再生が可能か否かは不明でした。
小腸と大腸の上皮は、消化管上皮として共通の性質を共有する一方で、各々に特有の性質も数多く持つことが知られています(図1)。本研究では、体外で増やした小腸上皮細胞を別のマウスへ移植し上皮組織が再生可能であるか、そしてその場合移植片内で再生する細胞はいかなる性質を示すのかを調べました。
<研究成果の概要>
本研究では、小腸上皮細胞を体外で増やし、傷害されたマウスの大腸組織に移植することで組織再生能を評価しました。このために、肛門付近の大腸に上皮の欠損を生じる大腸傷害マウスモデルを新規に作成しました。一方、全身で蛍光を発する別のマウスから小腸上皮細胞を取り出し増やした後に、大腸傷害マウスへ注腸法で移植しました(図2)。直後の大腸を調べると、蛍光で識別できる移植小腸細胞が大腸組織に接着し、新しい上皮を形成し始めることがわかりました。2週間後には、移植細胞が複雑な構造を形成しながら、生体内でさかんに分裂・増殖を繰り返すこともわかりました。4週間あるいは4か月経過後にも、小腸細胞が移植を受けたマウスの大腸に安定して組み込まれていることがわかり、これら移植細胞が体内で上皮組織を再生する幹細胞として機能することが明らかになりました。
次にこの移植片を詳しく調べたところ、増殖を繰り返す細胞群とともに通常の小腸上皮に含まれる全てのタイプの細胞を含むことから、移植された細胞が個体内で小腸型の上皮幹細胞として機能したことが示されました。移植片内には通常小腸に見られ大腸には見られない特有の構造(絨毛構造)や特別な細胞(パネート細胞)が含まれること、移植片内の細胞が示す遺伝子パターンも大腸とは明らかに異なることもわかり、実際に小腸型上皮幹細胞に特徴的な形態と機能を持つ細胞を確認することもできました。以上の結果から、体外で増やした小腸上皮幹細胞が、たとえ自身が由来する小腸と異なる(大腸)環境に長期間おかれても、小腸型幹細胞としての性質を維持できることも明らかとなりました(図2)。
<研究成果の意義>
本研究では、「体外で培養した小腸上皮幹細胞が個体内で上皮組織を再生できること」を示しました。消化や吸収などわれわれの身体に必須の機能を持つ小腸上皮が広汎な障害を受けると、重篤な病態を引き起こすことが知られます。大腸上皮幹細胞移植の成果をさらに発展させた本研究は、上皮幹細胞を体外で増やし、これら細胞の移植で病気を治療する再生医療アプローチが、小腸疾患にも応用可能であることを初めて提示するものです。
また本研究の意義は、自身が由来する臓器と異なる(大腸)場所への移植にもかかわらず、小腸上皮が小腸としての性質を維持し続ける現象の発見にもあります。これまで、消化管における上皮幹細胞は、周囲に存在する非上皮性の細胞にも影響を受けながらその役割をになうものと考えられていました。しかしながら本研究では、成体における小腸上皮幹細胞には、非上皮環境から大きな影響を受けることなく小腸上皮のアイデンティティを保つ仕組みがあることを明らかにしました。この現象をさらに詳しく検討することで、消化管の異なる部位に存在する上皮幹細胞が、個々の独自の性質を保持する仕組みの解明にも寄与することが期待されます。
<参考図>
図1 小腸上皮と大腸上皮
図2 研究の概要と結果のまとめ
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 消化管先端治療学
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<JST事業に関すること>
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