ポイント
- 慢性疲労症候群のモデル動物に筋肉の痛みや知覚異常(アロディニア)が生じることが明らかになりました。一方、この動物の末梢組織には炎症や損傷は見られません。この現象は慢性疲労症候群の患者さんで見られる原因不明の痛みとよく似ています。
- このモデル動物では、脊髄の後角に活性化したミクログリアが増殖し集まっていることが明らかになりました。
- ミクログリアの活性化を薬剤で抑制すると異常な痛みは抑制されました。
- 慢性疲労症候群をはじめ機能性身体症候群などで見られる原因不明の異常な痛みは脊髄のミクログリアの活性化により生じている可能性が示されました。
名古屋大学 大学院医学系研究科(研究科長 髙橋 雅英)機能組織学分野の木山 博資 教授と安井 正佐也 技術職員の研究グループは、九州大学 大学院薬学研究院の井上 和秀 教授らとの共同研究で、慢性疲労症候群で見られる異常な痛みの原因の一部は脊髄内のミクログリア注1)の活性化である可能性を、モデル動物を用いた実験で明らかにしました。
慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)は過度の疲労感や睡眠障害、痛みをはじめとしたさまざまな症状を呈しますが、その原因はよくわかっていません。研究グループが慢性疲労症候群のモデル動物(ラット)を用い解析したところ、このラットでは触覚を異常な痛みと感じ、さらに筋肉痛などの異常疼痛が生じていることが明らかになりました。しかし、皮膚や筋肉など末梢には炎症や損傷は見られず、さらに血液中の炎症マーカーの上昇なども見られませんでした。このような症状は慢性疲労症候群の患者さんの症状と似ています。そこでこの痛みの原因を解析するためにこの動物の中枢神経系を調べたところ、脊髄後角の限局した領域にミクログリアと呼ばれるグリア細胞が活性化して集まっていることを発見しました。この活性化ミクログリアが後角に集積することにより、異常な痛みを引き起こしている可能性があります。そこで、ミクログリアの活性化を抑制する薬剤(ミノサイクリン)を脊髄髄腔内に投与したところ、動物の異常な痛みは抑制されました。
今回の研究成果は、今まで原因のわからなかった慢性疲労症候群をはじめとした機能性身体症候群で見られる異常な痛みは、脊髄内のミクログリアの活性化と増殖にあることを示唆するもので、今後のこれらの患者さんの痛みを和らげる治療の標的として中枢内のミクログリアが有効であり、これら疾患での疼痛の治療法の開発に役立つことが予想されます。
本研究成果は国際科学誌「グリア」(英国時間5月23日付の電子版)に掲載されます。
本研究は独立行政法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」研究領域(研究総括:宮坂 昌之)の「脳内免疫担当細胞ミクログリアを主軸とする慢性難治性疼痛発症メカニズムの解明」(研究代表者:井上 和秀 九州大学)と独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を受けて行なわれました。
<背景>
慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome,CFS)あるいは筋痛性脳脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis,ME)は、原因不明の強度の疲労感が6ヶ月以上継続する他、微熱や咽頭痛、睡眠障害、思考力の低下などの多彩な症状が現れ、正常な日常生活を送ることが困難になります。しかし、これらの症状がどうして起こるのか原因はよくわかっていません。身体的な所見や病理学的な変化が不明瞭ですが、神経・内分泌・免疫系などのいわゆる恒常性維持機構に破綻が生じている可能性が示唆されています。そこで、研究グループは慢性疲労症候群のモデル動物を用いて、さまざまな臓器で生じる変化を追いかけました。これまでに、視床下部を起点として、内分泌系や免疫系に異常が起こっていることを報告していましたが、今回同様のモデルで新たに異常な痛みが起こっていることを明らかにしました。慢性疲労症候群の患者さんでも同様に異常な痛みを訴える方が多いことから、このモデルを用いて疼痛発症のメカニズムの解明を試みました。
<研究成果>
本研究では、慢性疲労モデルとしてラットを水深約1cmのケージに入れることで、ラットに複合的なストレスを与えました。5日間のストレス負荷により、このモデルでは、睡眠障害やストレス応答性の低下などの慢性疲労様症状の一部が出てきます。今回この動物を用いて足底の知覚を調べたところ、触覚刺激が痛みと感じる症状が生じていました。また、下肢の筋肉を押すと圧痛を感じていることもわかりました。このような痛みが観察されるラットの下肢の皮膚や筋肉をみてみると、損傷や炎症はほとんど見られず、炎症を示す遺伝子の発現もまったく見られませんでした。全身のどこかで炎症や組織の損傷が起こっていると上昇する血液マーカーの値も正常でした。このような病理的な所見がないにも関わらず痛覚異常が生じる点は慢性疲労症候群の患者さんの多くで見られる症状とよく似ています。
次に、このラットの中枢神経系(脳や脊髄)を調べてみると、知覚情報を受け渡しする脊髄の後角と呼ばれる所の一部領域に、ミクログリアというグリア細胞が増殖活性化し集積していることが明らかになりました(図)。このミクログリアが今回の異常な痛みに関係しているかを確かめるために、ミクログリアの活性化を抑制することが知られているミノサイクリンという薬剤を髄腔内に投与しました。ミノサイクリンを投与すると、このラットでは触覚の異常な痛みや筋の圧痛が低下していました。さらに、このラットの脊髄後角でのミクログリアの増殖や集積が抑制されていることが明らかになりました。今回のモデル動物を用いた研究の成果は、今まで原因のわからなかった慢性疲労症候群をはじめ機能性身体症候群で見られる異常な痛みの原因の一部が脊髄内のミクログリアにあることを示唆しています。
<今後の展開>
慢性疲労症候群などの患者さんの疼痛を和らげる治療には、中枢内のミクログリアを標的としてその活動を抑制することが有効であり、疼痛の治療法の開発に役立つことが予想されます。今後、末梢組織の炎症や損傷がない中で脊髄後角の一部にミクログリアが増殖活性化するメカニズムを解析することで、慢性疲労症候群のさらなる解明が期待されます。
<参考図>
図
慢性疲労モデルラットの脊髄後角にはミクログリアの活性化と集積が見られる(A:矢印の緑の細胞群、一方正常動物ではこのようなミクログリアの集積は見られない:B)。
<用語解説>
- 注1) ミクログリア
- 脳や脊髄に存在する免疫細胞で、中枢神経系を構成する細胞の約5~20%を占める。正常状態では細長い突起を動かしながら周囲の環境を監視している。しかし、神経細胞の障害などにより、過度に活性化すると、炎症性物質(炎症性サイトカインなど)を産生し、神経細胞の機能異常などを引き起こすことが知られている。
<発表雑誌>
Yasui M, Yoshimura T, Takeuchi S, Tokizane K, Tsuda M, Inoue K, Kiyama H,
“A chronic fatigue syndrome model demonstrates mechanical allodynia and muscular hyperalgesia via spinal microglial activation,”
Glia, 2014: in press
doi: 10.1002/glia.22687
<お問い合わせ先>
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木山 博資(キヤマ ヒロシ)
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九州大学 大学院薬学研究院 教授
Tel:092-642-4729 Fax:092-642-4729
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