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平成26年3月24日

科学技術振興機構(JST)
物質・材料研究機構(NIMS)

豊富・安価・低毒性な水分解光触媒物質を発見

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、物質・材料研究機構 環境再生材料ユニットの阿部 英樹 主幹研究員と梅澤 直人 主任研究者らは、太陽光をエネルギー源として水から水素燃料を生成することができる新しい光触媒物質:4酸化3スズ(Sn)を発見しました。

太陽光は究極の持続可能エネルギーですが、濃縮・輸送に適した化学エネルギー源(= 燃料)の形態に直接変換する技術が確立されていないため、従来の化石燃料や核燃料を代替するには至っていません。

酸化チタン(TiO)を代表とする多くの水分解光触媒は、紫外線を吸収して水を分解し、水素燃料を生成することができますが、太陽光エネルギーの半分以上を占める可視光を吸収できないため、実際の太陽光エネルギー変換において利用することは困難でした。一方、可視光を吸収して水を分解することができる新しい光触媒材料の開発が世界規模で進められていますが、現行の材料の多くは高価なタンタルなどのレアメタルや毒性の高い鉛を高濃度に含んでいるため、コストや環境対応性の面で課題を抱えています。

今回、理論科学と実験科学の連携により新しい光触媒物質を発見しました。2価のスズ注1)イオン(Sn2+)を含む酸化物が可視光下での水分解光触媒反応に対して好ましい電子構造を持つ可能性があるという理論予測に基づき物質探索を行ったところ、2価のスズイオン(Sn2+)と4価のスズイオン(Sn4+)からなるスズ酸化物:Sn(Sn2+Sn4+)を見つけました。その結果、この物質はTiOが全く活性を示さない可視光照射下で、水分解反応を促進し水素を発生することが分かりました。

スズの酸化物は、毒性が低く、安価であり、豊富に存在するため、透明電導体の材料として広く利用されています。今回発見したSn触媒は、水素燃料製造時の環境負荷やコストを抑えることができ、太陽エネルギーを基盤とする循環型社会の実現に大きく貢献するものと期待されます。

本研究成果は、米国化学会発行の『ACS Applied Materials & Interfaces』にオンライン版に近く公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「新物質科学と元素戦略」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究センター/応用セラミックス研究所 教授)
研究課題名 「金属間化合物を活性点とする貴金属フリー排ガス清浄化触媒の開発」
研究者 阿部 英樹(物質・材料研究機構 主幹研究員)
研究課題名 「ユビキタス元素を用いた高活性光触媒の開発」
研究者 梅澤 直人(物質・材料研究機構 主任研究員)
研究期間 平成23年4月~平成26年3月

この研究領域では、グリーン・イノベーションに資するべく、革新的な機能物質や材料の創成と計算科学や先端計測に立脚した新物質・材料科学の確立を目指します。

<研究の背景>

化石燃料や核燃料に代わる「持続可能エネルギー源」の開発は、燃料供給の9割以上を輸入に依存する日本にとって焦眉の課題です。太陽光は水力・風力・潮力・バイオ燃料など多くのエネルギー資源の源となる究極の持続可能エネルギーですが、濃縮・輸送に適した化学エネルギー源、特に自動車などの輸送機関に欠かせない気体・液体燃料の形態に高効率変換する技術が確立されていないため、従来の化石燃料や核燃料を代替できるには至っていません。

可視光感応型水分解光触媒注2)は、太陽光の大部分を占める可視光の照射下において常温・常圧下の水から直接、高効率に水素燃料を生成することができることから、持続可能エネルギー源を実現する上で欠かすことのできない機能材料として世界的な研究開発競争の的となっています。しかし、現行の可視光感応型水分解光触媒の多くは、タンタルなどの高価な希少金属(レアメタル)、あるいは鉛などの毒性重金属を高濃度に含有しているため、コストや環境適応性の面で問題を抱えていました。

<研究の内容>

研究チームは、豊富、安価で、低毒性のスズと酸素のみから構成される新しい可視光感応型水分解光触媒物質:4酸化3スズ(Sn)を世界で初めて作成しました(図1)。Sn触媒は、同じくスズと酸素から構成される2酸化スズ(SnO)や、高活性水分解光触媒として知られる酸化チタン(TiO)が活性を示さない可視光照射下(照射光波長>400ナノメートル)で、メタノール水溶液から触媒材料1グラムあたり1時間につき0.52ミリリットルの水素ガスを生成します(図2)。

実用化して広く普及することを考える場合、触媒による水素生産量を評価するには、触媒に含まれる金属の産出量も考慮した年間最大水素生産量注3)という観点も重要です。今回得られたSnの年間最大水素生産量は、最先端の可視光感応型水分解光触媒物質、例えば銅ドープ・タンタル酸ビスマス(BiTaO:Cu)と比較して、約5倍の値に相当します。

本物質の発見は、阿部研究者の実験と梅澤研究者の理論の連携によって初めて可能となりました。まず、理論的観点から、2価のスズイオン(Sn2+)を含む酸化物が、可視光下での水分解光触媒反応に対して触媒活性を示す可能性が予測されました。そこで、Sn2+を含みさらに可視光を吸収するために好適な電子構造を持つSn(Sn2+Sn+O)を探索・合成し、その光触媒活性を確認しました。

SnOは、Snと同じくスズと酸素から構成されていますが、Sn4+イオンが形成する伝導電子帯と酸素が形成する価電子帯のエネルギー差が大きすぎる(~3eV)ため、可視光を吸収することができません。一方のSnは、Sn4+イオン由来の伝導電子帯と酸素由来の価電子帯の間にSn2+イオンが新たな電子状態を形成するため、効率的に可視光を吸収することができます(図3)。

この物質の開発で最も困難であった点は、価数の異なるSn2+・Sn4+の2つのイオンを含む酸化物の合成でした。試行錯誤の末、最終的に、圧力ガマを使い、高圧の水中で塩化スズを加水分解することによって、目的のSn結晶を得ることに成功しました。

<今後の展望>

Sn触媒は、対人・対環境毒性が低く、安価であり、鉱物資源が豊富なスズの酸化物のみで構成されているため(図4)、水素燃料の大規模製造に利用した場合、環境負荷や材料コストを抑えることができます。現在のSn触媒は、BiTaO:Cu比で約5倍の年間最大水素生産量を実現していますが、今後は助触媒注4)との組み合わせを最適化することにより、BiTaO:Cu比50倍以上の年間最大水素生産量の達成が可能であると見込んでおります。

将来的には、Sn触媒は水素燃料電池注5)などほかの環境対応型エネルギー技術と組み合わされることによって、太陽エネルギーを基盤に据えた循環型社会の実現に大きく寄与するものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 Sn触媒の電子顕微鏡像

合成された材料は、マイクロサイズ(100万分の1メートル)の薄片状結晶の集合体です。

図2

図2 Sn触媒による水からの水素生成

Sn触媒は、当重量のTiOやSnO触媒が全く活性を示さない可視光照射下で、Hガスを発生します。

図3

図3 Snによる光吸収・水分解の模式図

主にSn4+からなる伝導帯(エネルギー:+2eV以上)と、主に酸素からなる価電子帯(エネルギー:-2eV以下)の間に、Sn2+と酸素からなる電子状態が形成されます(エネルギー:-2eVから0eV)。可視光は、この電子状態から伝導帯への電子遷移によって吸収され、触媒表面における水分解反応にエネルギーを供給します。

図4

図4 スズ(Sn)・タンタル(Ta)・ロジウム(Rh)それぞれの世界年間産出量 (USGS Mineral Commodity Summaries 2010)。

<用語解説>

注1) スズ
典型元素中の炭素族に分類される金属元素(原子番号50・元素記号Sn)。融点が低く、毒性が低いため、食器など日用品の材料として古くから広く用いられています。主にスズ石(Cassiterite:SnO)として、中国・インドネシア・ペルー・ボリビアなどから年間約30万トンが産出されています(白金年間産出量:250トン程度)。現在の平均価格は約5$/オンス(Oz)(白金平均価格:1,400$/Oz)。
注2) 可視光感応型水分解光触媒
可視光(波長400~800ナノメートルの電磁波)をエネルギー源として、水分子を分解し、水素ガスを生成する触媒材料。水分子の分解に際し、可視光よりも光子エネルギーが高い紫外光(波長10~400ナノメートルの電磁波)の照射を必要とする酸化チタン(TiO)など通常の光触媒と区別するため、特に可視光感応型と呼称されます。これまでに、ロジウムドープ・チタン酸ストロンチウム(SrTiO:Rh)、ニオブ酸水素鉛(HPbNb10)、ニオブ酸スズ(SnNb)、タンタル酸インジウムニッケル(In0.9Ni0.1TaO)、酸窒化タンタル(TaON)、銅ドープ・タンタル酸ビスマス(BiTaO:Cu)などが開発されています。
注3) 年間最大水素生産量
触媒材料に含まれる金属元素の年間産出量と、単位金属重量・単位時間当たりの水素発生量を積算した値。鉱物原料が豊富であり、年間産出量が多い金属を含む触媒材料ほど、年間に生産できる水素燃料の総量が増える計算になります。
 (例)可視光照射下におけるSnの金属単位重量・単位時間あたりの水素発生量は、5,400 m/年/トン(0℃1気圧)です。BiTaO:Cuのそれは、430,000m/年/トンと報告されています(Zhang, H. et al. Int. J. Hydrogen Energy 2009, 34, 3631.)。一方、スズおよびタンタルの年間算出量はそれぞれ26万トンおよび670トンです(スズ年間産出量/タンタル年間産出量=390倍;USGS「Mineral Commodity Summaries(鉱物商品概要)」2010版より)。以上の値から、SnおよびBiTaO:Cuの年間最大水素発生量は、それぞれ、5,400×26万=14億 m/年および430,000×670=2.9億 m/年と算出されます。
 なお、燃料電池実用化戦略研究会が2020年度目標に据える水素燃料電池自動車導入台数:累積500万台の水素燃料をすべて可視光感応型光触媒で充当すると仮定した場合、SnおよびBiTaO:Cuはそれぞれ、年間75万トンおよび9千トンが必要となります。これらはそれぞれ、スズ産出量2.9年分およびタンタル産出量14年分に相当します。
注4) 助触媒
光触媒材料表面に金属または半導体のナノ粒子を分散することで、触媒活性を飛躍的に高めることができる場合がありますが、そのような働きをするナノ粒子を「助触媒」と呼称します。助触媒は自分自身では光を吸収する能力を持たないことが普通ですが、目的反応にかかわる分子や原子を効率よく表面に捕集し、反応に必要な電荷を受け渡すなどの働きにより、光触媒の活性発現を助けます。白金ナノ粒子やニッケル酸化物ナノ粒子などが有効な助触媒として知られています。
注5) 水素燃料電池
水素分子を常温・常圧下の電気化学反応によって水に変換し、これに伴って生ずる電荷移動を電流の形で取り出す一種の発電装置。化石燃料や核燃料を使用する通常の発電機関とは異なり、発電に伴って環境汚染物質が発生しないだけではなく、水素分子中の化学エネルギーを電気エネルギーへ直接変換するため優れた発電効率を実現できるという利点があります。

<論文タイトル>

“Photocatalytic Water Splitting under Visible Light by Mixed-valence Sn3O4
(混合原子価Snによる可視光照射下における水分解)
doi: 10.1021/am500157u

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

阿部 英樹(アベ ヒデキ)
物質・材料研究機構 環境再生材料ユニット 触媒機能材料グループ
〒305-0044 茨城県つくば市並木1丁目-1
Tel:029-860-4803 Fax:029-860-4958
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)、大阿久 裕美(オオアク ヒロミ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2063
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

物質・材料研究機構 企画部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
Tel:029-859-2026 Fax:029-859-2017

(英文)Solar-fuel Production Powered by a Tin Oxide Photocatalyst