ポイント
- 化石燃料や核燃料に代わる「持続可能エネルギー源」の開発は喫緊の課題。
- 太陽光をエネルギー源として水から水素を生成する新しい光触媒物質を発見。
- この触媒は、豊富な資源で、値段が安く、環境毒性も低いため、大規模な水素燃料の製造や太陽エネルギー循環社会の実現に道を開く。
JST 課題達成型基礎研究の一環として、物質・材料研究機構 環境再生材料ユニットの阿部 英樹 主幹研究員と梅澤 直人 主任研究者らは、太陽光をエネルギー源として水から水素燃料を生成することができる新しい光触媒物質:4酸化3スズ(Sn3O4)を発見しました。
太陽光は究極の持続可能エネルギーですが、濃縮・輸送に適した化学エネルギー源(= 燃料)の形態に直接変換する技術が確立されていないため、従来の化石燃料や核燃料を代替するには至っていません。
酸化チタン(TiO2)を代表とする多くの水分解光触媒は、紫外線を吸収して水を分解し、水素燃料を生成することができますが、太陽光エネルギーの半分以上を占める可視光を吸収できないため、実際の太陽光エネルギー変換において利用することは困難でした。一方、可視光を吸収して水を分解することができる新しい光触媒材料の開発が世界規模で進められていますが、現行の材料の多くは高価なタンタルなどのレアメタルや毒性の高い鉛を高濃度に含んでいるため、コストや環境対応性の面で課題を抱えています。
今回、理論科学と実験科学の連携により新しい光触媒物質を発見しました。2価のスズ注1)イオン(Sn2+)を含む酸化物が可視光下での水分解光触媒反応に対して好ましい電子構造を持つ可能性があるという理論予測に基づき物質探索を行ったところ、2価のスズイオン(Sn2+)と4価のスズイオン(Sn4+)からなるスズ酸化物:Sn3O4(Sn2+2Sn4+O4)を見つけました。その結果、この物質はTiO2が全く活性を示さない可視光照射下で、水分解反応を促進し水素を発生することが分かりました。
スズの酸化物は、毒性が低く、安価であり、豊富に存在するため、透明電導体の材料として広く利用されています。今回発見したSn3O4触媒は、水素燃料製造時の環境負荷やコストを抑えることができ、太陽エネルギーを基盤とする循環型社会の実現に大きく貢献するものと期待されます。
本研究成果は、米国化学会発行の『ACS Applied Materials & Interfaces』にオンライン版に近く公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 |
「新物質科学と元素戦略」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究センター/応用セラミックス研究所 教授) |
研究課題名 |
「金属間化合物を活性点とする貴金属フリー排ガス清浄化触媒の開発」 |
研究者 |
阿部 英樹(物質・材料研究機構 主幹研究員) |
研究課題名 |
「ユビキタス元素を用いた高活性光触媒の開発」 |
研究者 |
梅澤 直人(物質・材料研究機構 主任研究員) |
研究期間 |
平成23年4月~平成26年3月 |
この研究領域では、グリーン・イノベーションに資するべく、革新的な機能物質や材料の創成と計算科学や先端計測に立脚した新物質・材料科学の確立を目指します。
<研究の背景>
化石燃料や核燃料に代わる「持続可能エネルギー源」の開発は、燃料供給の9割以上を輸入に依存する日本にとって焦眉の課題です。太陽光は水力・風力・潮力・バイオ燃料など多くのエネルギー資源の源となる究極の持続可能エネルギーですが、濃縮・輸送に適した化学エネルギー源、特に自動車などの輸送機関に欠かせない気体・液体燃料の形態に高効率変換する技術が確立されていないため、従来の化石燃料や核燃料を代替できるには至っていません。
可視光感応型水分解光触媒注2)は、太陽光の大部分を占める可視光の照射下において常温・常圧下の水から直接、高効率に水素燃料を生成することができることから、持続可能エネルギー源を実現する上で欠かすことのできない機能材料として世界的な研究開発競争の的となっています。しかし、現行の可視光感応型水分解光触媒の多くは、タンタルなどの高価な希少金属(レアメタル)、あるいは鉛などの毒性重金属を高濃度に含有しているため、コストや環境適応性の面で問題を抱えていました。
<研究の内容>
研究チームは、豊富、安価で、低毒性のスズと酸素のみから構成される新しい可視光感応型水分解光触媒物質:4酸化3スズ(Sn3O4)を世界で初めて作成しました(図1)。Sn3O4触媒は、同じくスズと酸素から構成される2酸化スズ(SnO2)や、高活性水分解光触媒として知られる酸化チタン(TiO2)が活性を示さない可視光照射下(照射光波長>400ナノメートル)で、メタノール水溶液から触媒材料1グラムあたり1時間につき0.52ミリリットルの水素ガスを生成します(図2)。
実用化して広く普及することを考える場合、触媒による水素生産量を評価するには、触媒に含まれる金属の産出量も考慮した年間最大水素生産量注3)という観点も重要です。今回得られたSn3O4の年間最大水素生産量は、最先端の可視光感応型水分解光触媒物質、例えば銅ドープ・タンタル酸ビスマス(BiTaO4:Cu)と比較して、約5倍の値に相当します。
本物質の発見は、阿部研究者の実験と梅澤研究者の理論の連携によって初めて可能となりました。まず、理論的観点から、2価のスズイオン(Sn2+)を含む酸化物が、可視光下での水分解光触媒反応に対して触媒活性を示す可能性が予測されました。そこで、Sn2+を含みさらに可視光を吸収するために好適な電子構造を持つSn3O4(Sn2+2Sn4+O4)を探索・合成し、その光触媒活性を確認しました。
SnO2は、Sn3O4と同じくスズと酸素から構成されていますが、Sn4+イオンが形成する伝導電子帯と酸素が形成する価電子帯のエネルギー差が大きすぎる(~3eV)ため、可視光を吸収することができません。一方のSn3O4は、Sn4+イオン由来の伝導電子帯と酸素由来の価電子帯の間にSn2+イオンが新たな電子状態を形成するため、効率的に可視光を吸収することができます(図3)。
この物質の開発で最も困難であった点は、価数の異なるSn2+・Sn4+の2つのイオンを含む酸化物の合成でした。試行錯誤の末、最終的に、圧力ガマを使い、高圧の水中で塩化スズを加水分解することによって、目的のSn3O4結晶を得ることに成功しました。
<今後の展望>
Sn3O4触媒は、対人・対環境毒性が低く、安価であり、鉱物資源が豊富なスズの酸化物のみで構成されているため(図4)、水素燃料の大規模製造に利用した場合、環境負荷や材料コストを抑えることができます。現在のSn3O4触媒は、BiTaO4:Cu比で約5倍の年間最大水素生産量を実現していますが、今後は助触媒注4)との組み合わせを最適化することにより、BiTaO4:Cu比50倍以上の年間最大水素生産量の達成が可能であると見込んでおります。
将来的には、Sn3O4触媒は水素燃料電池注5)などほかの環境対応型エネルギー技術と組み合わされることによって、太陽エネルギーを基盤に据えた循環型社会の実現に大きく寄与するものと期待されます。
<参考図>
図1 Sn3O4触媒の電子顕微鏡像
合成された材料は、マイクロサイズ(100万分の1メートル)の薄片状結晶の集合体です。
図2 Sn3O4触媒による水からの水素生成
Sn3O4触媒は、当重量のTiO2やSnO2触媒が全く活性を示さない可視光照射下で、H2ガスを発生します。
図3 Sn3O4による光吸収・水分解の模式図
主にSn4+からなる伝導帯(エネルギー:+2eV以上)と、主に酸素からなる価電子帯(エネルギー:-2eV以下)の間に、Sn2+と酸素からなる電子状態が形成されます(エネルギー:-2eVから0eV)。可視光は、この電子状態から伝導帯への電子遷移によって吸収され、触媒表面における水分解反応にエネルギーを供給します。
図4 スズ(Sn)・タンタル(Ta)・ロジウム(Rh)それぞれの世界年間産出量
(USGS Mineral Commodity Summaries 2010)。