東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の大澤 健男 助教(現 独立行政法人 物質・材料研究機構(NIMS)主任研究員)と一杉 太郎 准教授の研究グループは、超高分解能顕微鏡と酸化物薄膜作製装置を組み合わせた装置を開発し、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)単結晶表面上で金属酸化物薄膜が成長する様子を原子レベルで観察することに初めて成功しました。その結果、チタン原子が薄膜表面に浮かび上がるという、薄膜成長メカニズムを明らかにしました。
金属酸化物、特にSrTiO3をはじめとしたペロブスカイト型酸化物注1)は、超伝導や強磁性、強誘電性、触媒効果などの多彩な物性を示すことから、我々の実生活で身近な材料となっています。近年では、異なる酸化物が接触して形成する界面での新物性開拓が活発に行われています。しかし、それらの研究をさらに進展させる上で鍵となる、界面がどのように形成されるのか、すなわち薄膜状の結晶がどのように成長していくのかについて、その成長過程はいまだ解明されていませんでした。
本研究グループでは、原子1つ1つが識別可能な走査型トンネル顕微鏡(STM)注2)と、高品質な薄膜作製手法であるパルスレーザー堆積法注3)が連結した複合装置を独自に開発してきました。それに加えて、表面の原子が周期的に並んだSrTiO3単結晶基板を準備する方法を確立し、その基板表面上に薄膜を成長させて、原子スケール空間分解能で薄膜の成長過程を観察しました。その結果、表面にSrTiO3薄膜を堆積した場合と酸化ストロンチウム(SrOx)薄膜を堆積した場合では成長過程が大きく異なることがわかりました。さらに、SrTiO3基板表面に存在した余剰のチタン原子が薄膜上に浮かび上がることを明らかにしました。以上より、酸化物薄膜が形成される過程で原子がどのように組み上がっていくのか、手に取るようにわかってきました。今回の研究成果は、界面物性の起源を解明することに役立つだけでなく、新材料開発を通じて新規エレクトロニクスデバイス創製につながることが期待されます。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の一環として実施したもので、近日中に米科学誌「ACS Nano」に正式掲載される予定です。
<研究の背景>
金属酸化物は、多彩な物性を示すことから、高速、かつ低消費電力エレクトロニクスを構築するための重要な材料です。金属酸化物をエレクトロニクスに応用する研究分野は酸化物エレクトロニクスと呼ばれており、一大研究分野になっています。今回、研究対象としたチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)は、酸化物エレクトロニクスにおいて、シリコン半導体エレクトロニクスのシリコンに位置づけられる最重要材料の1つです。
精緻なデバイス作製のためには、原子がどのように積み上がって薄膜が形成され、ひいてはデバイスが構築されるか、という点を理解する必要があります。シリコン半導体エレクトロニクスにおける薄膜成長過程は原子レベルで明らかにされていますが、金属酸化物の薄膜成長の理解は大幅に遅れていると言っても過言ではありません。
また近年では、ペロブスカイト酸化物を活用した人工的な界面構造を作製することによって、電気伝導、磁性、強誘電性、超伝導など、新しい物性を創出する研究が活発に行われています。その代表格として、アルミン酸ランタン(LaAlO3)とSrTiO3の界面における電気伝導性と絶縁性の制御が挙げられます。ともに通常は絶縁性の物質ですが、LaAlO3を成長させるSrTiO3単結晶基板表面がTiO2面で終端している場合は電気伝導性が得られるのに対して、SrO面で終端している場合は絶縁性になることが知られています。しかし、このような絶縁性の起源はいまだ明らかになっていません。通常、SrO終端面を作製する場合、TiO2終端面にSrO層を一層だけ堆積しますが、この第一層目の成長すら明らかになっていないことが主な要因と考えられます。
つまり、酸化物エレクトロニクスにおける最重要材料であるSrTiO3単結晶基板上の薄膜初期成長でさえ、原子レベル空間分解能で観察した例はありませんでした。
<研究の内容>
本研究グループは、SrTiO3基板の再構成表面注4)、および、その基板上に成膜したSrTiO3とSrOx薄膜について、表面構造や電子状態を、走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて原子レベル分解能で観察しました。パルスレーザー堆積法と走査型トンネル顕微鏡が連結した複合装置(図1)を開発することによって、薄膜成長後の表面を精密に観察することが可能になりました。
図2に、使用した基板のSTM像を示します。原子が整然と並んでいることを示す(TiO2秩序層)、格子状の模様が観察されます。この基板上にSrTiO3薄膜を成長させました。その結果、基板と同一の原子配列が薄膜表面においても明瞭に観察され、SrTiO3基板表面に存在したTiO2秩序層が薄膜表面に転写されていることがわかりました(図3)。それに対して、SrOx薄膜ではそのような原子秩序は観察されず(図4左)、SrTiO3基板表面に存在したTi原子は島状のSrOxの内部や表面に点在していることがわかりました。さらに、SrOxの第一層目が形成される際に、基板表面に欠陥が生成することも確認されました(図4右)。
本研究により、初期成長過程を調べるために、原子が秩序を持って並んだSrTiO3基板を利用することが重要であることを示しました。そして、ペロブスカイト金属酸化物が複雑な成長過程を有することを明らかにしました。従来から予想されていた、原子が単純に積み上がるというモデルでは説明が不十分であり、今回、原子の並び方や電子状態も併せて理解することができました。今後、薄膜成長過程を制御することによって、新しい物質の創製や新物性の開拓が期待されます。
<今後の展開>
原子レベル空間分解能で薄膜成長を追跡することによって、多様な成長様式が初めて明らかとなりました。このような成長過程の制御により、新物質や新構造酸化物の創製が期待されます。また本研究の結果は、ペロブスカイト酸化物界面構造における機能発現原理の理解に役立つことが大いに期待できます。これら界面物性の理解は、Liイオン電池や燃料電池における酸化物界面の制御にも重要であり、それらデバイスの特性向上にもつながることでしょう。今後は、真の原子スケールで設計された構造や電子状態と、マクロ物性との相関を明らかにすることが望まれます。
<付記事項>
本研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「新物質科学と元素戦略」(研究総括:細野 秀雄)研究課題名「酸化物エレクトロニクスのパラダイムシフトを目指したアトムエンジニアリング」(研究者:一杉 太郎)の支援を受けて、また一部は科学研究費補助金・若手研究(A)「d電子系透明導電体・材料設計指針の再構築」の支援を受けて行われました。
<参考図>
図1 走査トンネル顕微鏡とパルスレーザー堆積装置が連結したシステム全体の構成図
図2
SrTiO3表面の走査トンネル顕微鏡像(15nm×15nm)。格子状の模様が観察されており、表面原子が整然と並んでいることがわかる。
図3
- (左)0.3層のSrTiO3薄膜堆積後の走査トンネル顕微鏡像(15nm×15nm)。SrTiO3薄膜領域(紫色)では、下部のSrTiO3基板(青色)と同一の原子配列が観測されている。
- (右)SrTiO3薄膜形成における成長モデル。SrTiO3基板表面に存在したTiO2層が薄膜表面に転写する。
図4
- (左)0.3層のSrOx薄膜堆積後の走査トンネル顕微鏡像(15nm×15nm)。 島状のSrOx薄膜領域(茶色)に加えて、SrTiO3基板上(青色)に多数の輝点が観察されている。
- (右)SrO薄膜形成における成長モデル。Ti原子がSrOx薄膜の内部や表面に点在すること、および基板表面における欠陥の生成が示唆された。
<用語解説>
- 注1) ペロブスカイト型酸化物
- ABO3の化学式で表され、BO6酸素八面体の三次元ネットワークの空隙にAサイト原子が充填された構造を持つ。SrTiO3は理想的なペロブスカイト構造を有する立方晶である。AO層とBO2層が交互に重なった結晶となっている。
- 注2) 走査型トンネル顕微鏡(STM)
- 原子レベルで鋭い針を試料表面に数ナノメートルの距離まで近づけ、針と試料間に電圧をかけることにより、量子力学的なトンネル電流が生じる。このトンネル電流を一定に保つように針の高さを制御して、試料表面上で針を動かすことによって原子像を得る装置が走査型トンネル顕微鏡である。トンネル電流は試料の電子状態に依存するので、表面構造だけでなく電子状態も原子レベルの空間分解能で調べることができる。
- 注3) パルスレーザー堆積法
- 集光した紫外レーザー光を原料ターゲットに照射し、化学結合が分断された原子種を基板上に薄膜として蒸着する方法。原料ターゲットの組成を薄膜に転写することができるため、薄膜の組成制御が容易となる利点がある。また、1層ずつ堆積していくため、望みの原子を望みの順序で積み上げ、新しい物質を合成することが可能となる。
- 注4) 再構成表面
- 固体表面の原子は、より安定なエネルギー状態になるために、固体内部の原子配列とは異なる配置をとることが多く、このような表面を再構成表面と呼ぶ。本研究では、SrTiO3-(√13×√13)-R33.7°再構成表面を利用している。
<論文情報>
Takeo Ohsawa, Ryota Shimizu, Katsuya Iwaya, and Taro Hitosugi, “Visualizing Atomistic Formation Process of SrOx Thin Films on SrTiO3”, ACS Nano (2014).
doi: 10.1021/nn405359u
Ryota Shimizu, Katsuya Iwaya, Takeo Ohsawa, Susumu Shiraki, Tetsuya Hasegawa, Tomihiro Hashizume, Taro Hitosugi, “Atomic-Scale Visualization of Initial Growth of Homoepitaxial SrTiO3 Thin Film on an Atomically Ordered Substrate”ACS Nano 5, 7967-7971 (2011).
doi: 10.1021/nn202477n
<問い合わせ先>
<研究に関すること>
一杉 太郎(ヒトスギ タロウ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 准教授
E-mail:
大澤 健男(オオサワ タケオ)
独立行政法人 物質・材料研究機構(NIMS) 主任研究員
Tel:029-860-4806
E-mail:
<JST事業に関すること>
松尾 浩司(マツオ コウジ)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、大阿久 裕美(オオアク ヒロミ)
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