<発表のポイント>
- 藻類や植物の光合成には、いずれも多数のタンパク質で構成される、「アンテナ装置」と「光化学系」が必要です。
- 光合成を行う藍藻類(シアノバクテリア)で、光化学系Ⅰとアンテナ装置の超複合体の単離に初めて成功し、超複合体の形成に必要なタンパク質を発見しました。
- 今回発見した超複合体を応用することで、光合成反応を促進する新しい光合成生物や光合成生産システムが創出できる可能性や水素生産への利用などが期待できます。
<発表概要>
光合成は藻類や植物が太陽からの光エネルギーを使って空気中の二酸化炭素と水からエネルギーの元となる炭水化物を作る反応です。この自然界で用いられているエネルギー変換のしくみはクリーンで持続可能なエネルギーを生産できる技術であるため、そのしくみを明らかにすることは重要です。この光合成は、光を必要とする「明反応」と必要としない「暗反応」からなり、明反応は光化学系Ⅰと光化学系Ⅱ注1)の反応の組み合わせで進行します。また、光を集めるアンテナ装置がこれら2種類の光化学系に結合して、吸収した光エネルギーを効率的に2つの光化学系に伝えます。光合成は外からくる光エネルギーによって駆動されるので、複雑な光合成システムの反応を効率よく進めるには、システムを駆動するエンジンに相当するアンテナ装置や光化学系の設計が重要になります。
今回、東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻の渡辺 麻衣 特任研究員と池内 昌彦 教授らの研究グループは、光合成によって二酸化炭素だけではなく、空気中の窒素を窒素化合物に変換(窒素固定)できる藻類の一種アナベナから、明反応において光エネルギーを集める役割(アンテナ装置)を果たすタンパク質の複合体(フィコビリソーム注2))と集めた光エネルギーを化学エネルギーに変えるタンパク質の複合体(光化学系Ⅰ超複合体)が相まって形成する超複合体(図1)を単離し、これまで知られていなかったその役割と構造を解明しました。また、この超複合体の形成に必須のタンパク質性因子も発見しました。このタンパク質性因子の発現を人為的に強化することで、光合成の反応のうち、光化学系Ⅰよる駆動を必要とする光合成生物を創り出せる可能性が示唆されました。
微細藻類や植物の光合成による物質生産は、クリーンで持続可能な生産技術として非常に注目されていますが、本研究は微細藻類と植物に共通的な光合成強化の基盤として、重要な技術開発のポイントになる可能性を秘めています。
なお、本成果は、おもに東京大学とオランダのフローニンゲン大学との共同研究によるものです。
<発表内容>
本研究は、CREST研究の一環として、藍藻の光合成機能の増強と高等植物への応用を目指しています。そのなかで今回、本研究グループは、窒素固定型藍藻であるネンジュモの一種アナベナの細胞から、光エネルギーを集める役割(アンテナ装置)を果たすフィコビリソーム複合体と集めた光エネルギーを化学エネルギーに変える光化学系Ⅰ複合体から構成される超複合体の単離に初めて成功しました。この超複合体を用いて、アンテナ装置であるフィコビリソームから光化学系Ⅰへのエネルギーの効率的な移動を示し、電子顕微鏡によってこの超複合体の詳細な構造を明らかにしました(図1)。また、超複合体を構成するタンパク質の組成分析から超複合体形成にかかわるタンパク質性因子(CpcL)を同定しました。なお、超複合体の単離と解析は主に東京大学が担当し、超複合体の構造解析はオランダのフローニンゲン大学が担当しました。
これまで、藍藻や紅藻などの光合成生物がフィコビリン注3)という色素を用いて太陽光を吸収し、そのエネルギーを主に光化学系Ⅱに伝えるしくみがよく研究されてきました。しかし、光化学系Ⅰがフィコビリンから光エネルギーを受けとるエネルギー伝達のしくみについてはよくわかっていませんでした。研究グループは、非常に穏和な条件で光合成膜を分画することで、これまで知られていなかったフィコビリソーム複合体と光化学系Ⅰ複合体の超複合体を取り出すことに初めて成功し、光化学系Iに特化して光エネルギーを伝達するアンテナ装置の存在を実験的に証明することができました。今回の研究によって、光化学系Ⅰと光化学系Ⅱの2つをもつ光合成生物では、光化学系Ⅰと光化学系Ⅱのそれぞれに光エネルギーを伝えるアンテナ装置が存在し、そのバランスを調整するしくみは普遍的であり、これによって効率的な光合成を実現していることが示されました。
アナベナは光合成によって二酸化炭素の固定とともに窒素固定も行う重要な環境生物で、窒素固定のために特殊なヘテロシストという細胞を分化します。このヘテロシスト細胞では光化学系Ⅰだけがはたらいて、窒素固定反応に必要な大量のATP注4)を供給しています。本研究グループは、硝酸を与えないで、アナベナが窒素固定をする条件では超複合体の量とサイズが増加することも見いだしました。アナベナの窒素固定反応だけを利用して窒素化合物を作らせたり、本来の反応の代わりに水素を発生させたりする研究も盛んに行われています。本研究の成果は、これらの研究開発に直接応用できる可能性があります。また、光化学系Ⅰによって供給されるATPエネルギーを必要とするさまざまな生物機能の強化に応用できる可能性もあります。
また先行研究では、光合成の光エネルギーを光化学系Ⅰと光化学系Ⅱの間で短時間で再配分するしくみも知られています。これは、自然環境での刻々と変動する太陽光の変化に応じて光合成を素早く調節するしくみで、光ストレス注5)の回避に重要です。一方、本研究グループが発見したCpcLというタンパク質性因子による超複合体の量の調節は、ゆっくりとしたもので、先行研究で明らかにされたしくみよりも長い時間スケールで光合成のバランスを調節するしくみといえます。この超複合体の量はCpcLタンパク質の量だけで決まっている可能性が高く、CpcLタンパク質の発現量を人為的に操作することによって、光合成の明反応のバランスを改変して、特定の光合成反応を強化した光合成生物を創り出し、光合成を利用した物質生産の強化が可能になると期待されます。
なお、本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)CREST 研究領域「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」(研究総括:磯貝 彰)における研究課題「構造と進化の理解に基づく光合成の環境適応能力の強化」(研究代表者:鹿内 利治)の一環として支援を受けて得られたものです。
<参考図>
図1 アナベナの糸状性の細胞と単離したアンテナ装置のフィコビリソーム複合体と
光化学系Ⅰ複合体から構成される超複合体の構造
アナベナの細胞が連なった中央にひときわ大きな細胞が窒素固定を行うヘテロシスト細胞です。図の背景は、電子顕微鏡による構造解析で明らかになった超複合体の分子イメージです。右下の分子モデル図は、3個の団子様のタンパク質がつながったフィコビリソーム(紫色から青色で示す)と光化学系Ⅰ(緑色で示す)複合体とが結合した超複合体の構造モデルです。黄色い矢印は、光エネルギーの伝達の流れを示しています。
<用語解説>
- 注1)光化学系Ⅰと光化学系Ⅱ
- 光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学反応を行う装置で、植物や藍藻では2種類の光化学系が存在します。光化学系Ⅰは、その強力な還元力で二酸化炭素を還元する電子やATP生産にはたらきます。光化学系Ⅱは、その強力な酸化力で水を酸化して電子を取り出します。
- 注2)フィコビリソーム
- フィコビリン色素を結合したタンパク質の複合体で、光を集めるアンテナ装置としてはたらきます。
- 注3)フィコビリン
- クロロフィル(葉緑素)、カロテノイドと並ぶ重要な光合成色素。藍藻や紅藻に含まれます。
- 注4)ATP
- アデノシン三リン酸ともいう高エネルギー物質で、すべての生物のはたらきに必要なエネルギーを供給します。
- 注5)光ストレス
- 光合成の明反応のバランスがくずれたときに生じるストレスです。
<発表雑誌>
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(オンライン版:2月3日(米国東部時間))
論文タイトル:Attachment of phycobilisomes in an antenna-photosystem I supercomplex of cyanobacteria
著者:Mai Watanabe, Dmitry A. Semchonok, Mariam Webber-Birungi, Shigeki Ehira, Kumiko Kondo, Rei Narikawa, Masayuki Ohmori, Egbert J. Boekema and Masahiko Ikeuchi
doi: 10.1073/pnas.1320599111
<お問い合わせ先>
<研究内容に関すること>
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授
池内 昌彦(いけうち まさひこ)
Tel:03-5454-6641 Fax:03-5454-4337
E-mail:
<JSTの事業に関すること>
古川 雅士(ふるかわ まさし)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
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