国立大学法人 東北大学の磯部 寛之 教授の研究グループは、有限長カーボンナノチューブ分子注1)の新しい幾何学的指標を提案しました。1992年に提唱され現在、広く受け入れられている幾何学的指標は、有限の長さと一義的な構造をもつ「分子性物質注2)」としての指標を欠いていましたが、近年、有限長カーボンナノチューブ分子が登場し始めることで、新しい長さや原子・結合の充填率に関する指標の必要性が高まってきました。今回、提唱された新しい幾何学的指標は、分子性物質としての有限長カーボンナノチューブ分子に関する科学・技術の発展の基礎となることが期待されます。
この研究は、JST 戦略的創造研究推進事業「磯部縮退π集積プロジェクト」の一環として文部科学省「科学研究費補助金」の支援とともに実施されたものであり、国際純正・応用化学連合(IUPAC)注3)の発行する学術雑誌「純正・応用化学(Pure and Applied Chemistry)」誌で2014年1月18日に公開されました。
<発表内容>
カーボンナノチューブ(CNT)注4)は、六角形に並んだ炭素原子がネットワーク化し筒状となったナノ物質です。CNTの構造は規則性が高く、CNT上の炭素原子の並び方を表現する幾何学的指標注5)は、1992年に提唱され、現在のCNTに関連した科学・技術研究において広く活用されています。例えば、カイラル指数と呼ばれる指標は、炭素原子ネットワークがどのように並んでいるかを、(n,m)という座標で表し、CNTの特性を司っている構造を議論するための重要な基盤となっています(図2)。
ごく最近、ボトムアップ化学合成の発展により一義的な構造と有限な長さをもった「有限長CNT分子」が登場し始めました。磯部グループが2011年以来報告したものだけでも、その数はすでに16種類にのぼっています。これらの有限長CNT分子のうち、カイラル指標を共通としながら、長さのみが異なる分子が存在していたことが、今回の新しい幾何学的指標の提案に至る契機となりました。長さが異なることはわかっていながら、その長さを幾何学的に比較する尺度(ものさし)がなかったのです(図1)。
今回、研究グループが提唱した新しい幾何学的指標は、t fで表される「有限長指数(Length index)」、Fbで表される「結合充填指数(Bond filling index)」とFaで表される「原子充填指数(Atom filling index)」の3種です(図2、図3)。「有限長指数」は、CNT分子の長さの幾何学的指標で、六角形ユニット(亀の甲)何個分の長さを持っているかを表しています。残る2つの「充填指数」は、有限長CNT分子の構造内に、どれだけの化学結合、原子が満たされているのかを表しています。これらの3つの尺度により有限の長さをもつCNT分子の長さと構造を簡便に比較することが可能となります。
また、研究グループは、共同研究者に数学者を迎えることで、t f,Fb,Faが簡単な数式により表せることを示し、さらに新しい指標が、誰にでも簡単に利用できるようウェブ上のアプレットを提供し始めました(図4)。参考[http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/finite/]
手順は、次のようになります。
1.カイラル指数と大まかな長さ目安を入力
2.有限長CNT分子の両端の原子を指定(画面上クリックで指定できます)
3.有限長CNT分子の満たされていない結合・原子を消去(画面上クリックで指定できます)
研究者の氏名・所属:
松野 太輔(まつの たいすけ) | :東北大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程学生 |
内藤 久資(ないとう ひさし) | :名古屋大学大学院多元数理科学研究科 准教授 |
一杉 俊平(ひとすぎ しゅんぺい) | :東北大学大学院理学研究科化学専攻 助教 |
佐藤 宗太(さとう そうた) | :東北大学原子分子材料科学高等研究機構 准教授 |
| ERATO磯部縮退π集積プロジェクト グループリーダー |
小谷 元子(こたに もとこ) | :東北大学原子分子材料科学高等研究機構 機構長 |
磯部 寛之(いそべ ひろゆき) | :東北大学原子分子材料科学高等研究機構 主任研究者 |
| ERATO磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括 |
<参考図>
図1 カーボンナノチューブの長さを測る「ものさし」の提案
図2 カーボンナノチューブの幾何学的構造指標
青と緑がこれまでに活用されてきた指標(青がカイラルベクトル、(n,m )がカイラル指標。緑は並進ベクトル)。新しい「有限長指標t f」は赤で表されている。
図3 これまでに磯部グループで合成された
有限長カーボンナノチューブ分子とその幾何学的指標
図4 新しい幾何学的指標を見積もるためのウェブ上アプレット
<用語解説>
- 注1)有限長カーボンナノチューブ分子
- 磯部 寛之 教授らの有限長カーボンナノチューブの化学合成法については、昨年までに発表した以下のプレスリリースをご参照ください。
- ・有限長カーボンナノチューブ分子を活用したナノベアリングについて(2013年1月9日)
- http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2013/01/press20130108-01.html
- ・世界初ジグザグ型カーボンナノチューブ分子の化学合成について(2012年7月18日)
- http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2012/07/press20120710-01web.html
- ・世界初らせん型カーボンナノチューブ分子の選択的化学合成について(2011年10月12日)
- http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2011/10/press20111006-02.html
- 注2)分子性物質・分子種
- 同一の構造をもつ単種の分子からなる物質が分子性物質と呼ばれる。一方、異なる構造をもつ分子の混合物は分子種と呼ばれる。
- 参考情報[http://goldbook.iupac.org/M03986.html]
- 注3)国際純正・応用化学連合(IUPAC)
- 各国の化学会が会員となっている化学者の代表的な国際学術機関。国際科学会議のInternational Scientific Unionsの1つであり、元素名や化合物名についての国際基準(IUPAC命名法)を制定している組織となっている。(http://www.iupac.org/)
- 注4)カーボンナノチューブ(CNT)
- 飯島 澄男 教授(東北大学 大学院理学研究科出身、現名城大学)が1991年に発見した、ダイヤモンド、非晶質、黒鉛、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。グラフェンシートが直径数ナノ(10億分の1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。カーボンナノチューブはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、今なお、世界中で最も注目されている材料である。現在、入手可能なカーボンナノチューブは、さまざまな構造をもつものの混合物であり、IUPACにより「分子種」として定義される物質となっている。
- 参考情報[http://ja.wikipedia.org/wiki/カーボンナノチューブ]
- 注5)カーボンナノチューブの幾何学的指標
- 1992年にG. Dresselhaus 教授、M. S. Dresselhaus 教授および斎藤 理一郎 教授(現東北大学)らにより提案されたカーボンナノチューブの幾何学的構造指標。この指標のうち、「カイラル指数」はカーボンナノチューブ研究において、広く汎用されており無限に長いカーボンナノチューブ内での炭素原子の並び方を明示するための基盤となっている。
<発表雑誌>
純正・応用化学(Pure and Applied Chemistry)2014年1月18日 公開
論文名:Geometric measures of finite carbon nanotube molecules: a proposal for length index and filling indexes
(和文:有限長カーボンナノチューブ分子の幾何学指標:有限長指数と充填指数の提案)
doi: 10.1515/pac-2014-5006
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
磯部 寛之(イソベ ヒロユキ)
国立大学法人 東北大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授
Tel:022-795-6585 Fax:022-795-6589
E-mail:
研究室ホームページ:http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/
JST ERATOホームページ:https://www.jst.go.jp/erato/isobe/
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