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平成26年1月9日

東京海洋大学
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エビ養殖業に光明
エビの感染症(EMS/AHPND)の原因菌のゲノム解読に成功

ポイント

地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)注1)の一環として、東京海洋大学 大学院海洋科学技術研究科の近藤 秀裕 准教授と廣野 育生 教授らは、東南アジア等で問題となっているエビの感染症EMS/AHPNDの原因の一つである病原細菌の腸炎ビブリオ注2)のゲノムを解読し、特徴的な遺伝子群の存在を解明しました。

近年、エビ養殖業は一部の国において、EMS(Early Mortality Syndrome:早期死亡症候群)と呼ばれるエビの疾病により危機的な状況に直面しています。稚エビに発生し、死亡率はほぼ100%になります。2009年に中国で最初に報告され、次いでベトナム、タイ、マレーシア等の東南アジアにも広がってきており、2013年にはメキシコでの発生が報告されています。

肝すい臓に変色等の症状が現れ、壊死(えし)してしまうEMSは、EMS/AHPND(Acute Hepatopancreatic Necrosis Disease:急性肝すい臓壊死病)と呼ばれています。このEMS/AHPNDの原因は腸炎ビブリオであることが、2013年7月に米国アリゾナ大学 ドナルド・ライトナー(Donald Lightner) 博士等により報告されました。しかし、環境中には非病原性の腸炎ビブリオが存在することから、EMS/AHPNDを起こす病原性株との区別が不可能であり、高感度な診断法の開発が望まれていました。

東京海洋大学を中心とした研究グループはEMS/AHPNDの病原性株3株と環境由来の非病原性株3株のゲノムについて比較解析を行い、病原性株に特異的に存在する遺伝子群の存在を明らかにしました。

現在、この特異的な領域をターゲットにPCR法注3)による迅速診断法を開発し、タイ国内において診断法の有効性について検証中です。今後、この迅速診断法によりEMS/AHPNDの原因となる病原性株を養殖池から除くような防除法の開発や、早期発見することで被害を低減し、疫学的な調査によりEMS/AHPNDを未然に防ぐことが可能になります。さらに、病原性因子を特定することにより病原株のみを防除する技術開発も期待されます。

本研究は、タイ国水産局とカセサート大学とのSATREPS共同プロジェクトとして東京海洋大学 大学院海洋科学技術研究科の近藤 秀裕 准教授ならびに廣野 育生 教授らを中心とするグループにより実施したものです。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)

研究領域 生物資源分野
研究課題名 「次世代の食糧安全保障のための養殖技術研究開発」
研究代表者 岡本 信明(東京海洋大学 学長)
研究期間 平成24年度~平成28年度

<研究の背景と経緯>

クルマエビ類は、生産効率が良いことや市場価格が他の養殖対象種と比較して良いことから開発途上国を中心として養殖が盛んに行われています。国際連合食糧農業機関(FAO)の統計によると2006年には世界の養殖エビの総生産量は310万トンに達し、その生産量は年々増加し、全養殖生産量の約1割で、生産額では15%(約1.2兆円)を占めています。生産量が最も多いのは太平洋東岸が元々の生息地であるバナメイエビLitopenaeus vannamei で、東南アジアや中国においても養殖主要種です。2005年の世界の水産物の輸出量でみるとエビ類輸出量は全体の5%で、輸出額では全体の約16%を占めています。エビ類は食資源としても産業としても世界的に重要であることは明らかです。しかし、クルマエビ類の養殖生産は問題なく右肩上がりというわけではなく、種々の細菌やウイルスによる病原微生物感染症が多発し、経済的に多くの被害を関係企業に与えています。今回の研究対象となった感染症の発生により、バナメイエビの2013年末の国際価格は2012年に比べてほぼ2倍になり、日本のマーケットにも多大な影響が出ています。

近年、クルマエビ類養殖産業は一部の国において危機的な状況に直面しています。それは、Early Mortality Syndrome(EMS)と呼ばれる原因未知の疾病で、微生物感染症であることが疑われていました。このEMSは稚エビに発生し、死亡率はほぼ100%になります。EMSは2009年に中国で最初に報告され、次いでベトナム、タイ、マレーシア等の東南アジアにも広がって来ています。今年になってメキシコでEMSの発生が報告されています。また、EMSのなかには肝すい臓の壊死を特徴とする疾病がみられ、これはAHPNS(Acute Hepatopancreatic Necrosis Syndrome)と呼ばれていました。このAHPNSの原因は腸炎ビブリオであることが米国アリゾナ大学 ドナルド・ライトナー(Donald Lightner) 博士等により明らかにされました。この報告後は、感染症としてAHPND(Acute Hepatopancreatic Necrosis Disease:急性肝すい臓壊死病)の名前が使用されるようになりました。腸炎ビブリオはヒトの食中毒細菌でもありますが、養殖エビから分離された腸炎ビブリオはヒトの食中毒細菌とはタイプが異なることから、人に感染することはないと報告されています。しかし、ほ乳類に対する病原性試験を実施したという報告はありません。減産の原因はEMS/AHPNDで、大手のエビ養殖業者が、EMSの対処法が確立していないので、エビ養殖を中断しているのが大きな要因であるとのことです。エビ養殖場環境中には非病原性の腸炎ビブリオが普通に棲息することから、病原性株との区別が不可能であり、高感度な診断法の確立と、環境中に棲息している腸炎ビブリオがなぜエビ類に病原性を示すようになったかの解明が急務であると考えられます。高感度な診断法が確立されれば、EMS/AHPNDの原因菌を養殖池から排除する方法の開発や、早期発見により被害の拡大を防ぐ等の対策が期待されます。

<研究の内容>

東京海洋大学 大学院海洋科学技術研究科の研究グループはタイ水産局ならびにカセサート大学と共同で、EMS/AHPNDのエビより分離された病原性が確認された腸炎ビブリオのゲノムを解読し、特徴的な遺伝子群の存在を解明しました。本研究では病原性3株と非病原性3株について、次世代シーケンサーにより全DNA配列を読み取り、6株を比較解析することで病原性株に特異的な配列を抽出することに成功しました。今回見つけられた配列上には、これまでにヒトの病原株も含めて腸炎ビブリオでは報告されていない病原性関連遺伝子群の存在が明らかとなりました。

病原性株にのみにみられたDNA配列の一部をターゲットとしたPCRプライマーをデザインし、病原性株のみをPCR法で特異的に検出する方法の開発を開始し、現在、その精度を確かめるためにタイ水産局とワライラック大学研究者等がタイ国内で実験中です。

<今後の展開>

病原性株のみを特異的に検出できる迅速診断法の確立が可能になり、エビ養殖場あるいはエビ種苗にEMS/AHPND原因菌が存在あるいは感染しているかどうかを明らかにすることが出来ます。これにより、養殖池からのEMS/AHPND原因菌を排除する方法や、早期発見により被害拡大を抑制する技術開発が可能になります。

病原性メカニズムを明らかにすることは、抗菌剤を使用しないで病原菌のみを排除あるいは防除する手法や、免疫賦活剤等によるEMS/AHPND発生の抑制法開発に繋がります。

<参考図>

図1

図1 AHPNDの特徴的な症状である肝すい臓の白変を示すバナメイエビ

図2

図2 PCR法による病原性腸炎ビブリオ検出法の開発

<用語解説>

注1)SATREPS
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development:SATREPS、サトレップス)とは、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)と独立行政法人 国際協力機構(JICA)の連携により、地球規模課題解決のために日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行う3~5年間の研究プログラム。日本国内等、相手国内以外で必要な研究費についてはJSTが委託研究費として支援し、相手国内で必要な経費については、JICAが技術協力プロジェクト実施の枠組みにおいて支援する。国際共同研究全体の研究開発マネジメントは、国内研究機関へのファンディングプロジェクト運営ノウハウを有するJSTと、開発途上国への技術協力を実施するJICAが協力して行う。
JSTホームページ:https://www.jst.go.jp/global/about.html
JICAホームページ:http://www.jica.go.jp/activities/schemes/science/index.html
注2)腸炎ビブリオ
学名はVibrio parahaemolyticus。水産食材に起因する食中毒の代表的な原因菌。
注3)PCR法
Polymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)。酵素反応によって、目的とするDNA断片を短時間で大量に増幅する方法。微量な病原体の遺伝子を増幅して検出可能なため、診断に利用される。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

近藤 秀裕(コンドウ ヒデヒロ)
東京海洋大学 大学院海洋科学技術研究科 准教授

廣野 育生(ヒロノ イクオ)
東京海洋大学 大学院海洋科学技術研究科 教授
〒108-8477 東京都港区港南4-5-7
Tel:03-5463-0689 Fax:03-5463-0689
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 国際科学技術部 地球規模課題国際協力室
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<JICAの事業に関すること>

国際協力機構 広報室 報道課
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(英文)Unique sequences of Vibrio parahaemolyticus isolated from EMS/AHPNS shrimp by comparative genome analysis