JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成25年12月24日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

名古屋大学
トランスフォーマティブ生命分研究所(WPI-ITbM)
Tel:052-747-6856(広報)

気孔の開口を大きくして、植物の生産量の増加に成功

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の木下 俊則 教授とワン・イン 研究員らは、気孔注1)の開口を大きくすることで光合成と植物の生産量を増加させる技術を開発しました。

気孔は、植物におけるCOの唯一の取り込み口です。植物が盛んに光合成注2)を行っているとき、COを気孔から取り込みますが、気孔において生じる抵抗(気孔抵抗注3))がCOの取り込み量を制限していました。もし、気孔をより大きく開かせることができれば、植物の生産量の向上が期待されます。しかし、これまでに気孔開口を制御する技術は報告されていませんでした。

本研究グループは、気孔を開かせる原動力となる細胞膜プロトンポンプ注4)シロイヌナズナ注5)の気孔でのみ増加させたところ、気孔の開口が25%ほど大きくなることを発見しました。その結果、植物のCO吸収量(光合成量)が約15%向上し、生産量が1.4~1.6倍増加することを明らかにしました。

今後、この技術を用いることにより、農作物やバイオ燃料用植物の生産量増加や、植物を利用したCO削減への応用が期待されます。

本研究は、東京大学 大学院理学系研究科の寺島 一郎 教授と野口 航 准教授の協力を得て行いました。

本研究成果は、2013年12月23日(米国時間)の週に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)

開発課題名 「気孔開度制御による植物の光合成活性と生産量の促進」
研究代表者 木下 俊則(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)
研究期間 平成22年度~平成27年度(予定)

JSTは本事業において、温室効果ガスの排出削減を中長期にわたって継続的かつ着実に進めていくために、ブレークスルーの実現や既存の概念を大転換するような『ゲームチェンジング・テクノロジー』の創出を目指し、新たな科学的・技術的知見に基づいて温室効果ガス削減に大きな可能性を有する技術を創出するための研究開発を実施しています。

<研究の背景と経緯>

植物は光合成を行うことにより、私たちに農作物を提供するだけでなく、COを吸収し、地球環境を整えています。植物における唯一のCO取り込み口となっているのが、植物の表面に存在する気孔と呼ばれる孔(あな)です。気孔は、太陽光下で開口して光合成に必要なCOを取り込んでいます(図1)。これまでの研究により、光による気孔開口には、青色光受容体フォトトロピン注6)、気孔開口の駆動力を形成する細胞膜プロトンポンプや内向き整流性カリウムチャネル注7)の関与が明らかとなってきました(図2)。

植物が太陽光のもとで盛んに光合成を行っているとき、多くのCOを必要としますが、気孔の孔を通る際に生じる抵抗(気孔抵抗)がCO取り込みの主要な制限要因となっており、植物の光合成が制限されていることが知られていました。よって、植物の光合成活性を向上させるためには、気孔の開き具合を大きくし、気孔抵抗を低下させることが、1つの解決法として考えられます。しかし、これまで人為的に気孔の開口を大きくする技術は開発されていませんでした。

<研究の内容>

本研究では、これまでの研究により明らかとなった光による気孔開口反応に関わる主要因子(青色光受容体フォトトロピン、細胞膜プロトンポンプ、内向き整流性カリウムチャネル)(図2)を、気孔を構成する孔辺細胞のみで発現を誘導することが知られているGC1プロモーターを用いて、孔辺細胞だけに発現量を上昇させ気孔開口を促進させることができるかどうかを調べました。その結果、気孔開口の駆動力を形成する細胞膜プロトンポンプの孔辺細胞での発現量を増加させることで、光による気孔開口が通常よりも25%大きくなることを発見しました(図3)。

さらに、詳細な解析を進めたところ、プロトンポンプ過剰発現株では、CO吸収量(光合成活性)が約15%増加しており(図4)、植物の生産量が1.4?1.6倍増加することを明らかにしました(図5)。また、過剰発現株では、野生株と同様な乾燥応答や乾燥耐性が見られました。このことは、過剰発現株が野生株と同様の水分環境で生育可能であることを示しています。一方で、そのほかの因子の場合は、植物の生産量増加に直接結びつかないことがわかりました。

以上の結果は、細胞膜プロトンポンプが気孔開口の制限因子であり、気孔開度が光合成と生産量の制限要因であることを実証する初めての成果となりました。さらに、本研究により、人為的に気孔の開口を大きくすることで植物の生産量を増加させることに世界で初めて成功しました。

<今後の展開>

本研究により、気孔を構成する孔辺細胞における細胞膜プロトンポンプの発現量を増加させることで、気孔の開口を大きくし、植物のCO吸収量と生産量を増加させることが可能となりました。また、乾燥に対する応答性は野生株と変わらないことから、今後、この技術を利用することによって、農作物やバイオ燃料用植物の生産量増加が大いに期待されます。さらに、植物を利用したCO削減への応用も考えられ、昨今問題となっている地球のCO増加の問題の解決にも貢献することが期待されます。

<参考図>

図1

図1 ツユクサ表皮の気孔の写真と気孔の働き

気孔は光照射によって開口し、乾燥ストレスに曝されると植物ホルモン・アブシジン酸の作用により閉鎖します。気孔は、光合成に必要な唯一のCO取り込み口となっています。

図2

図2 光による気孔開口の分子メカニズムモデル

太陽光に含まれる青色光は、フォトトロピンに受容され、細胞膜プロトンポンプを活性化し、カリウム取り込みの駆動力を形成します。細胞内に大量に取り込まれたカリウムは、浸透圧を上昇させ、水が取り込まれ、孔辺細胞の体積が増加することで気孔が開口します。

図3

図3 野生株とプロトンポンプ過剰発現株の
光照射後の典型的な気孔開度の比較

プロトンポンプ過剰発現株は、光照射後、野生株より常に大きな気孔開度を示します。

図4

図4 野生株とプロトンポンプ過剰発現株の
CO吸収量(光合成活性)の比較

プロトンポンプ過剰発現株は、野生株より約15%高いCO吸収量(光合成活性)を示します。

図5

図5 シロイヌナズナの野生株とプロトンポンプ過剰発現株の植物体の表現型の比較

プロトンポンプ過剰発現株は、野生株と比べて、ひと回り大きく育ち(A~C)、播種後25日目において地上部の生重量と乾燥重量が42-63%増加しました。播種後45日目においては、花茎が長くなり、多くの花をつけ、種子の収量が増加しました。種子や莢を含む花茎の乾燥重量は、野生株と比べて36-41%増加していました。

<用語解説>

注1)気孔
植物の表皮に存在し、一対の孔辺細胞から形成される孔で、植物は気孔を通して大気とのガス交換を行っています。孔辺細胞はさまざまな環境シグナルに応答して体積を変化させ、気孔開度を調節しています。
注2)光合成
植物の葉緑体や光合成色素をもつ生物で行われる化学反応で、CO、水、光エネルギーを利用して、炭素化合物と酸素を生み出します。地球上のほぼすべての動物は、植物の光合成により作り出される炭素化合物をエネルギー源として生きています。
注3)気孔抵抗
大気からのCOを取り込みや気孔からの蒸散の際、気孔において生じる拡散抵抗。気孔が大きく開口すると気孔抵抗は低下し、気孔が閉じると気孔抵抗は大きくなります。
注4)細胞膜プロトンポンプ
ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用されています。気孔孔辺細胞においては、青色光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こすことが知られています。
注5)シロイヌナズナ
アブラナ科の一年草で、ゲノムサイズが小さく、世代期間が短く、室内での栽培が可能で、形質転換が容易などモデル生物としての利点を多く備えているため、植物のモデル生物として盛んに研究に用いられています。2000年に植物として初めて全ゲノム解読が終了しました。
注6)青色光受容体フォトトロピン
植物特有の光受容体で、光による気孔開口の光受容体として機能します。フォトトロピンは、気孔開口のほかに、光屈性や葉緑体の光定位運動の光受容体として機能することが知られています。
注7)内向き整流性カリウムチャネル
細胞膜に存在し、細胞膜プロトンポンプの働きにより引き起こされる膜電位の低下(過分極)に応答して開口し、細胞へのカリウム取り込みを行います。

<論文タイトル>

“Overexpression of plasma membrane H+-ATPase in guard cells promotes light-induced stomatal opening and enhances plant growth”
(気孔開口促進による植物の生産量の向上)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

木下 俊則(キノシタ トシノリ)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 教授
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-4778 Fax:052-789-4778
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

保坂 真一(ホサカ シンイチ)、古賀 明嗣(コガ アキツグ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 低炭素研究担当
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3543 Fax:03-3512-3533
E-mail:

<報道担当>

佐藤 綾人(サトウ アヤト)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 広報担当 特任講師
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-747-6856 Fax:052-789-3240
E-mail:

(英文)Enhancement of photosynthesis (CO2 uptake) and plant growth through the promotion of stomatal opening