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平成25年11月11日

京都大学
科学技術振興機構

大規模電力システムのセンシングデータに基づく
安定性判別技術の開発に成功
—分散協調型エネルギー管理システムの実現に期待—

薄 良彦 京都大学 大学院工学研究科 講師らのグループは、センシングにより収集されたデータを用いて、大規模電力システムの安定性判別するための新技術の開発に成功しました。この技術により電力システムの状態監視技術の高精度化が可能になるとともに、様々な社会的要求に応える分散協調型エネルギー管理システムの実現が期待されます。

この研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST等の一環として行われ、成果は2013年11月6日(米国東部時間)に米国学術誌「IEEE Transactions on Power Systems」のEarly Accessにて発表されました。

1.背景

分散協調型エネルギー管理システム(Energy Management System:EMS)注1)の構築において、エネルギーシステムの状態監視注2)は基盤技術の1つです。2000年代より世界各地で発生してきた広域大停電では、大規模電力システムの状態監視が不十分であったことが主要原因の1つとされています。また、太陽光や風力などの分散型再生可能エネルギー源では出力が複雑に変動することから、従来の火力・原子力などの集中型電源で構成される電力システムと異なり、再生可能エネルギーの大量導入された将来の電力システムでは状態把握が極めて難しいものとなります。このような技術的背景より、大規模電力システムの状態を正確でかつ迅速に監視する技術の実現は重要な課題とされ、多くの研究開発が進められてきました。エネルギーシステムの状態監視技術は需給管理などのEMSの様々な側面で必要なものであり、この技術の開発は安定性注3)を確保しつつ様々な社会的要求を実現する分散協調型EMSの開発につながるものです。

2.研究手法・成果

本研究では、大規模電力システムのセンシングにより得られたデータに基づいて安定性を判別する技術を新たに開発し、2006年欧州及び2011年米国で発生した大規模故障の実測データへの適用によりその有効性を示しました。本技術では、センシング技術や情報通信技術などの進展により最近利用可能になってきた大規模電力システムにおける電力の流れ(電力潮流)の時空間変動データをコンピュータで処理することにより、対象とする電力システムの安定性維持及び喪失を判別します。ここで用いた処理手法では、力学系理論に基づく非線形クープマンモード解析注4)と呼ばれる新手法を採用しており、このデータ解析手法を用いることにより、従来困難であった広域大停電に至るような複雑な電力潮流の解析と電力システムの安定性判別が初めて可能になりました。

下図は、本研究で開発した技術を2006年に欧州電力システムで発生した大規模故障時の電力潮流データに適用した結果を示しています。図Aは欧州電力システムの8地域の電力融通量偏差(実際の電力融通量と当初計画された融通量との差)の時系列データであり、電力融通量の複雑な時間変動を示しています。図Aの時系列データに本研究で開発した技術を適用することにより、電力融通量偏差が発散傾向を有し、電力システムの安定性が失われていることを明らかにしました(図Bは図Aの時系列データから得られた離散スペクトル(固有値)であり、単位円の外側にあるスペクトルは時系列が発散傾向(電力システムが不安定)となる証拠になっています)。実際、図Aの時系列データ後の時刻に行った変電所制御により、欧州電力システムでは故障の波及的伝搬が発生し、その結果、最終的に欧州電力システムは3地域に分断される結果となりました。この適用結果は、データに基づく安定性判別が力学系理論に基づく本技術により可能であることを示しています。なお、発表論文中では、2011年米国で発生した大規模故障時の電力潮流データに対しても本技術を適用し、複雑な電力潮流の時間変化と故障の波及的伝搬との関係を明らかにしています。

図

3.波及効果

本技術はエネルギーシステム、情報処理、力学系理論の融合により得られた研究成果であり、その汎用性は高く、電気エネルギーを扱う電力システムのみならず、電気エネルギーやガス、熱など複数のエネルギーを同時に供給するマルチエネルギーシステムに対しても適用可能です。センシング技術や情報通信技術の飛躍的な進展に伴い、エネルギーシステムにおいて大量のセンシングデータ—ビッグデータ—の収集が可能になってきており、このデータを統合・解析しどのようにエネルギー管理に生かしていくかが重要な技術課題となっています。このような課題に対して本技術は解決の糸口を与えるものであり、本技術の波及効果は大きく、分散協調型EMSの構築に向けた基盤技術として重要な成果と考えられます。

4.今後の予定

今後は、本研究で開発した技術と発電量予測技術等との融合により分散協調型EMSの実現に寄与していきます。

<助 成>

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

・科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST(研究課題名「マルチエネルギーシステムの動的解析技術」研究代表者:薄 良彦)
・伊藤忠兵衛基金(研究課題名「有限時間ダイナミクスのデザインと電気応用工学」研究代表者:薄 良彦)

<用語解説>

注1) エネルギー管理システム(Energy Management System:EMS)
再生可能エネルギーをはじめとする多様なエネルギー源と様々な利用者をつなぎ、エネルギー需給の最適制御や安定性の確保などの様々な社会的要求を実現する制御システムの総称。
注2) 状態監視(state monitoring)
電力システムの周波数分布、電圧分布、電力潮流などの時間変化をオンラインで見張ること。
注3) 安定性(stability)
自然変動や電力機器の故障などの様々な擾乱に対しても電力システムがエネルギー需給のバランスを保ち続ける性質のこと。電力システムが確保すべき基本的な動的性質の1つとされている。
注4) 非線形クープマンモード解析(Nonlinear Koopman Mode Analysis)
時系列データの力学系理論に基づく解析手法の1つであり、非線形性に起因する複雑な時系列データをモードと呼ぶ複数の時系列に分解する手法。プローニ(Prony)法のように時系列データを生成する関数を仮定することなく、時系列データからモードを直接計算することが可能である。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

京都大学 大学院工学研究科 講師
薄 良彦(ススキ ヨシヒコ)
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2243 Fax:075-383-2238
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3525
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