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平成25年10月22日

科学技術振興機構(JST)
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理化学研究所
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有機薄膜太陽電池の界面構造制御により
電圧向上と電流維持の両立に成功

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、理化学研究所の伹馬 敬介 チームリーダーらは、有機薄膜太陽電池注1)内の界面構造を制御することで太陽電池の電流と電圧のトレードオフの関係を回避し、電流の低下を抑制して電圧を向上することに成功しました。

半導体ポリマー注2)を用いた塗布型有機薄膜太陽電池は次世代太陽電池として注目されていますが、変換効率のさらなる向上が求められています。これまでに、さまざまな有機半導体材料が開発されていますが、一般的に電圧を高くする材料設計では電流が低くなり、逆に高い電流値を狙った材料では電圧が低くなるというトレードオフの関係が見られ、思うように効率が向上しないことが問題でした。

伹馬チームリーダーらは、これを解決するためには、2つの有機半導体の界面における電荷の再結合による損失を抑えつつ、同時に光エネルギーを界面に集めて電流に変換する「電荷移動中心」を導入することが鍵ではないかと考えました。そこで、2011年に開発した「二層型有機薄膜太陽電池」の構造を土台に、有機半導体の界面に薄い絶縁性のポリマー薄膜を挿入し、さらに絶縁層に少量の有機色素を添加(ドーピング)しました。その結果、期待通りに太陽電池の電圧が向上し、さらに有機半導体から色素への励起エネルギーの移動注3)によって、電流の低下を抑制できることを見いだしました。

同様の構造を高効率の有機薄膜太陽電池に適用することにより、原理的にはどの電池でも電流の低下を抑制しつつ、電圧を0.1V(ボルト)ほど上昇させ、変換効率も1.1~1.2倍程度押し上げることが見込まれます。今後、適用にあたっての実証実験を経て、将来的には既存の有機薄膜太陽電池の限界効率を打ち破ることが期待されます。

本研究は、東京大学の橋本 和仁 教授と共同で行ったものです。

本研究成果は、ドイツ科学雑誌「Advanced Energy Materials」のオンライン速報版で近く公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「太陽光と光電変換機能」
(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)
研究課題名 「光電変換過程の高効率化を目指した有機界面の精密制御」
研究者 伹馬 敬介((独)理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー)
研究実施場所 (独)理化学研究所 創発物性科学研究センター
研究期間 平成22年10月~平成26年3月

この研究領域では、化学・物理・電子工学などの幅広い分野の研究者の参画により異分野融合を促進し、次世代太陽電池の実用化につながる新たな基盤技術の構築を目標として、理論研究から実用化に向けたプロセス研究に渡る広域な研究を対象とするものです。

<研究の背景と経緯>

半導体ポリマーを用いた塗布型有機薄膜太陽電池は、軽量で柔軟という特徴を持ち、さらに印刷という安価なプロセスで大量に作製できることから、次世代の太陽電池として注目されています。実用化に向けては、現在10%程度のエネルギー変換効率のさらなる向上が重要な課題ですが、そのためには太陽光の照射下でより高い電流および電圧を出力する有機半導体材料の開発が必要です。しかしこれまでの研究では、一般的に電圧を高くする材料設計では電流が低くなり、逆に高い電流値を狙った材料では電圧が低くなるという、トレードオフ関係が見られており、結果として変換効率が向上しないことが課題でした。

これには有機半導体自身の分子軌道のエネルギー(エネルギー準位)に加えて、2つの有機半導体の界面での電荷の損失過程などが密接に関与していることが考えられてきました。その詳しいメカニズムは不明で、またこのトレードオフ関係がどこまで回避できるのかも明らかになっていませんでした。さらに、現在高い効率を示す半導体ポリマーと電子受容性の有機半導体であるフラーレン化合物の混合溶液から作成するバルクヘテロ接合型構造注4)では、有機半導体同士の詳しい界面構造が不明であり、界面構造と太陽電池性能の関係を研究することは困難でした。

伹馬チームリーダーらは、2011年に、二層型ポリマー薄膜太陽電池の界面構造を精密制御する手法を開発しており、界面に薄い電気双極子層を挟むことで、電圧を大幅に向上することを見いだしました(https://www.jst.go.jp/pr/announce/20110516/)。しかしこの場合でも、電圧の向上とともに電流値は大幅に減少してしまい、両者を同時に改善し、効率を向上させることはできませんでした。

<研究の内容>

今回、以前開発した二層型有機薄膜太陽電池の界面構造を精密制御するという同様の手法を用いて、異なる材料で有機半導体界面構造を改変しました。具体的には、絶縁性のポリマー薄膜を界面に挿入し、さらに光励起のエネルギー移動が可能な有機色素を絶縁層に少量添加(ドープ)しました(図1)。この構造で有機薄膜太陽電池を作成し、界面構造による変化を比較しました(図2)。

その結果、まず絶縁層の挿入のみでは開放電圧注5)が0.5V(ボルト)から0.6Vに向上しましたが、一方で短絡電流密度注6)は半分近くにまで低下し、変換効率も0.4%から0.31%に低下しました。ところが、少量の色素を絶縁層中に存在させた場合には、開放電圧を同じように0.6Vに向上しながら、電流値の低下を抑えることに成功し、その結果、変換効率も0.53%に向上しました。

詳しい分析の結果、観測された開放電圧の向上は絶縁層による3つの効果、すなわち界面における①電荷移動状態注7)のエネルギーの向上、②電荷の再結合の抑制という2つのプラスの効果と、③光による電荷発生の抑制というマイナスの効果のバランスによって決まることが明らかになりました。絶縁層への色素のドーピングによって界面への励起エネルギーの移動が起こり、③の抑制が減少したために電流値が回復したものと考えられます(図3)。ここで有機色素は天然の光合成系で見られるような、光エネルギーを外部から捕集して電荷移動を行うように働いており、また界面での密度が低いことでほとんど再結合に寄与していないと考えられます。この結果は、有機界面構造を精密に制御することで電圧と電流を両方同時に向上させることができることを実験的に初めて明示した点で重要な意味を持っています。

<今後の展開>

二層型太陽電池では有機界面の面積が小さいために、現在の変換効率は0.5%程度と低くとどまっています(図4左)。今後は変換効率向上にむけて、薄膜中のナノ構造制御を駆使し、今回の研究に類似の構造を用いて、10%程度の現状最大の変換効率を示すバルクヘテロ接合型の有機薄膜太陽電池を構築することが必要です(図4右)。

今回の成果をもとに、今後そのような構造を分子自己組織化によって構築することを目指し、現在のバルクヘテロ接合型太陽電池と同程度の電流値が達成できることを実証する計画です。これらが達成できれば、将来的には、現在高い効率を示す材料の有機薄膜太陽電池の界面に応用することで、これまでのトレードオフ関係を打破して、既存の有機薄膜太陽電池の効率の限界を超えることが可能になると期待されます。本研究成果は、原理的には、どのような有機薄膜太陽電池でも電圧が0.1V程度上がることになるため、はじめの電圧にもよりますが、全体的には1.1~1.2倍程度の効率向上が成し得ると考えられます。

<参考図>

図1

図1 本研究で用いた有機材料の構造

図2

図2 二層型有機薄膜太陽電池の電流-電圧特性曲線

色素を添加(ドープ)した絶縁層をドナー/アクセプター界面に挟むことによって、電流の損失なく電圧が増加していることがわかる。

図3

図3 二層型有機薄膜太陽電池における従来のドナー/アクセプター界面構造(左)と
絶縁層と有機色素を配置した界面構造(右)の模式図

従来の界面構造(左)では、光による電荷発生は効率的に起こるが、同時に界面での安定な電荷移動状態を介して再結合も起こりやすく、電圧の低下が起こると考えられる。今回用いた界面構造(右)では、光吸収によって生成した励起状態が、エネルギー移動によって有機色素に収集され、効率よく電荷を発生する。さらに、界面における電荷の再結合は絶縁層によって抑制され、またドナー/アクセプター層の距離が遠くなるため界面電荷移動状態のエネルギーも高くなり、その結果として電圧が向上する。

図4

図4 本研究で報告した二層型有機薄膜太陽電池(左)とバルクヘテロ接合型有機薄膜
太陽電池への将来的な応用の可能性(右)を示す模式図

ともにドナー/アクセプター界面に薄い絶縁層を挟んでいるが、ドナー/アクセプターの界面の大きさはバルクヘテロ接合型構造の方がずっと大きい。そのため、本研究で見られたような電圧向上の効果がバルクヘテロ接合型構造でも得られれば、電流値の大幅な増大が期待されるため、将来的にはこのような構造で高効率な有機太陽電池の創出を目指す。

<用語解説>

注1)有機薄膜太陽電池
有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。有機半導体としては、ホール(正孔)を輸送する半導体ポリマーと電子を輸送するフラーレン誘導体の組み合わせが通常用いられる。印刷プロセスによる大量生産が適用できるため安価であり、軽量で柔らかいことから、次世代の太陽電池として注目を集めている。
注2)半導体ポリマー
π(パイ)共役系ポリマーあるいは導電性ポリマーと呼ぶことも多い。ポリパラフェニレンビニレンやポリチオフェンなどさまざまな半導体ポリマーが合成され、有機デバイスに応用されている。2000年に白川 英樹 教授は、アラン・ヒーガー 教授、アラン・マクダイアミッド 教授らとともに、導電性高分子の発見と開発への功績によりノーベル化学賞を受賞した。
注3)励起エネルギーの移動
有機半導体材料の光吸収によって生成した高エネルギー状態(励起状態)が、ほかの分子にエネルギーを渡して失活することで薄膜内を拡散する現象。有機薄膜太陽電池の初期過程のほか、天然の光合成過程においても重要とされる。
注4)バルクヘテロ接合型構造
電子ドナーと電子アクセプターの混合などによって形成する薄膜構造で、材料の界面の面積が大きくなるために大きな電流値が得られる。現在高い変換効率を示す有機薄膜太陽電池における主流の構造。一方で、単純な混合によって形成する構造は複雑で不明な点も多い。
注5)開放電圧
太陽電池に光を照射した時に、電極同士を接続しない状態で観測される電圧を開放電圧と呼び、その太陽電池で得られる最大の電圧となる。
注6)短絡電流密度
一方、電極同士を直接接続したときに観測される電流密度を短絡電流密度と呼び、こちらは得られる最大の電流密度となる。太陽電池の変換効率は開放電圧と短絡電流密度の2つの積に比例するため、性能の向上にはこの両者を増加させることが必要である。
注7)電荷移動状態
電子ドナーと電子アクセプターの界面で、+と-の電荷が引きつけ合ってより安定化した状態。光による電荷の発生や再結合損失はこの状態を介して起こっていると考えられ、この状態のエネルギーが太陽電池の特性に大きく影響していると予想される。

<論文タイトル>

“Enhancement of VOC without Loss of JSC in Organic Solar Cells by Modification of Donor/Acceptor Interfaces”
(有機薄膜太陽電池のドナー/アクセプター界面の改変による電流低下のない電圧向上)
doi: 10.1002/aenm.201301332

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

伹馬 敬介(タジマ ケイスケ)
理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発機能高分子研究チーム チームリーダー
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
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<JSTの事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、川添 菜津子(カワゾエ ナツコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
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(英文)Modification of Donor/Acceptor Interfaces Enhanced Open Circuit Voltage without Loss of Short Circuit Current in Organic Solar Cells