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平成25年7月16日

科学技術振興機構(JST)
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理化学研究所
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ラン藻が作るバイオプラスチックの増産に成功
代謝経路を制御する新手法

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、JST さきがけ研究者の小山内 崇(理化学研究所 環境資源科学研究センター 客員研究員)らは、代謝経路を制御することで光合成微生物のラン藻が作るバイオプラスチック注1)の増産に成功しました。

代表的なバイオプラスチックであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、工業規模の生産も行われており、環境面から広範な使用が望まれます。しかし、糖や油脂を原料としており、生産コストの面だけでなく、エネルギー供給や資源の枯渇、糖類の価格変動など多くの問題を抱えています。一方、ラン藻は光と二酸化炭素だけを材料に、PHAの一種であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)注2)を生産する光合成微生物として知られており、これらの問題を解決できる可能性があります。しかし、その収量は現在生産に利用されているほかの微生物に比べて1桁以上低く、増産の鍵となるラン藻のPHB合成遺伝子の転写制御注3)機構は多くが謎に包まれており、その解明が望まれていました。

今回小山内研究者らは、微生物内で炭素の貯蔵源であるグリコーゲン分解に関与する炭素代謝の制御因子である「SigE」に着目しました。過去の解析から、SigEがPHB生合成遺伝子の転写を制御する可能性を見出し、遺伝子改変によりラン藻細胞内でSigEのたんぱく質量を増やしました。その結果、PHB生合成遺伝子の転写量やたんぱく質量が増加し、PHB量は約2.5倍増加し、SigEがPHBの合成を制御することが分かりました。また、SigEたんぱく質の増加によって糖リン酸やクエン酸など、PHB生合成経路以外の炭素化合物が増えることも分かり、今後はこれらの副次経路の代謝産物を減少させることで、PHBのさらなる増産が期待できます。

本成果によって、PHB生合成遺伝子の転写制御機構の解明が、PHB生産の高収率化につながることが明らかになりました。また、従来の代謝工学では、代謝酵素レベルの改変に主眼を置いていますが、「転写制御因子を利用した代謝改変」という新たな代謝工学の手法を提案することができました。今後、PHBの収量をさらに上げて、光と二酸化炭素を利用したバイオプラスチック生産の技術基盤を提供し、カーボンニュートラルな社会の構築に貢献することが期待されます。

本研究は、理化学研究所の平井 優美 チームリーダーおよび斉藤 和季 グループディレクターと行ったもので、本研究成果は、2013年7月16日発行の科学誌「DNA Research」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」
(研究総括:松永 是 東京農工大学 学長)
研究課題名 「糖代謝ダイナミクス改変によるラン藻バイオプラスチックの増産」
研究者 小山内 崇(科学技術振興機構 さきがけ専任研究者)
研究実施場所 理化学研究所 環境資源科学研究センター
研究期間 平成23年4月~平成26年3月

JSTはこの領域で、藻類・水圏微生物には、高い脂質・糖類蓄積能力や多様な炭化水素の産生能力、高い増殖能力を持つものがあることに着目し、これらのポテンシャルを活かした、バイオエネルギー創成のための革新的な基盤技術の創出を目指しています。

<研究の背景と経緯>

プラスチックは20世紀前半より多くの素材が開発され、現代の社会生活には必要不可欠な材料です。一方で、プラスチックは化石資源を原料とすることから、将来的な資源の枯渇や価格高騰による経済的負担などの問題を含んでいます。また、自然界で分解されないプラスチックは、環境負荷の増大につながるなど多くの課題があります。

そのため、生分解性があり、再生可能な生物資源から生産されるバイオプラスチックの利用が求められていますが、化石資源由来のプラスチックに比べてコスト高であることが普及の妨げになっています。例えば、代表的なバイオプラスチックであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、工業規模の生産も行われていますが、糖や油脂を原料としており、生産コストの面だけでなく、エネルギー供給や資源の枯渇、糖類の価格変動など沢山の問題を抱えています。

そこで、小山内研究者らは、酸素発生型光合成を行う原核生物であるシアノバクテリア(ラン藻)が、窒素やリンの欠乏時にPHAの一種であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)を合成する光合成微生物であることに着目しました。ラン藻は、大気中の二酸化炭素を直接体内に取り込み、光合成反応により、光を直接エネルギー源として利用することができるため、理想的なPHB生産方法となる可能性を持っています。

ところが、その収量は現在生産に利用されている微生物に比べて1桁以上低く、これまでの研究で、ラン藻PHBの生合成経路は明らかになっているものの、増産の鍵となるPHB合成遺伝子の転写制御機構については未解明の部分が多く、その解明が望まれていました。

<研究の内容>

本研究では、ラン藻種の中で最も広く研究されているSynechocystis sp. PCC 6803(シネコシスティス)のSigEたんぱく質に着目しました。SigEは、RNAポリメラーゼシグマ因子注4)の1つで、特に炭素の貯蔵源であるグリコーゲンの分解に関与する遺伝子を制御することから、炭素代謝のグローバルな制御因子であることが知られています。研究者らの過去の大規模転写解析より、SigEによるPHB生合成遺伝子の転写制御の可能性が示唆されていたため、SigE過剰発現株(SigEたんぱく質量が増加した株)を作製し、PHB生合成への影響を調べました。

その結果、SigE過剰発現では、炭素貯蔵源であるグリコーゲンを分解する酵素が増加するとともに、PHB合成酵素の転写量やたんぱく質量が増加することが分かりました。実際に、細胞を窒素欠乏状態にしてPHB生産量を調べたところ、SigE過剰発現によって、PHB量が約2.5倍に増加することが分かりました(図1)。PHBの分子量やモノマーの種類は、SigEたんぱく質の増加には影響を受けないことも同時に明らかになりました。

SigEの改変によって、炭素代謝自体が大きく変動していることが予測されたため、メタボローム解析注5)を行ったところ、糖リン酸(グルコース-6-リン酸など)、糖ヌクレオチド(GDP-マンノースなど)、クエン酸などの炭素化合物量が変化することが分かりました。特に、窒素欠乏1日後のクエン酸量を比較すると、SigE過剰発現株では、野生株の4倍近い量になることが分かりました。クエン酸は、TCAサイクル注6)の代謝産物であり、PHBと同じくアセチルCoAから合成されるため、PHB生産と競合することが予想されます。今後は、このような副次経路への代謝の流れを減少させることにより、さらなるPHB増産が期待できます。

ラン藻のPHB合成酵素遺伝子の転写制御因子は、これまでに機能解析が詳細に行われておらず、SigEは、PHB量の増加に直接寄与することが明らかになった初めての転写制御因子です。また、グリコーゲンからPHBという代謝経路が、SigEという1つの転写制御因子によって統合的に制御されていることが明らかになりました(図2)。これは、従来のような局所的な代謝活性の改変ではなく、SigEを過剰発現させ、炭素代謝全体を制御するという方法でグリコーゲンからバイオプラスチックまでの炭素代謝を統合的に改変し、PHBの増産ができたことを意味します。

<今後の展開>

本成果により、PHB生合成遺伝子の転写制御機構の解明が、PHB生産の高収率化につながることが明らかになりました。

今回、PHB量には約2.5倍の増加が見られましたが、乾燥細胞重量あたりのPHB量は2%程度で、今後さらなる増産が必要です。また、PHBの量だけでなく合わせてPHBの質の向上や、抽出などの工程のコスト減を段階的に達成することが課題です。

本実験系では、二酸化炭素ガスを炭素源としているため、今後ラン藻を用いたバイオプラスチック生産系を発展させ、PHBの収量をさらに向上させることで、光と二酸化炭素を利用したバイオプラスチック生産の技術基盤を構築し、カーボンニュートラルな物質生産系の構築につながることが期待されます。

本研究成果は、転写制御因子を用いて炭素代謝を広く改変することができた事例です。転写制御因子を用いることにより、従来のように代謝酵素のレベルではなく、代謝経路のレベルで制御できることを明らかにし、新たな代謝工学手法による物質生産の有効性を示したものです。

近い将来にはこの新手法が広がり、微細藻類の代謝を改変し、光と二酸化炭素を利用した物質生産の基盤となることが期待されます。

<付記>

本研究は、理化学研究所の平井 優美 チームリーダーおよび斉藤 和季 グループディレクターと共同で行い、沼田 圭司 チームリーダーおよび及川 彰 客員研究員の協力を得て行われました。

<参考図>

図1

図1 窒素欠乏後の細胞バイオマスとPHB量

3mM(ミリモーラー)の塩化アンモニウムで9日間培養して窒素源を使い切らせた後のPHB量。SigEたんぱく質の増やしたことにより、PHB量が約2.5倍増加した。

図2

図2 SigE転写制御因子(たんぱく質)の増加によるプラスチック生産のモデル

 SigE転写制御因子が増加すると、細胞内の炭素貯蔵源であるグリコーゲンの分解が促進し、酸化的ペントースリン酸経路という単糖類を分解する経路の酵素群が増加する。さらに、PHBを合成する酵素が増加し、PHB生産が促進される。このように、SigEのたんぱく質が増加することによって、一連の炭素代謝のさまざまな酵素量が変化し、バイオプラスチック量が増加することが明らかになった。

図3

図3 ラン藻の培養液と精製したPHB

ラン藻は、窒素が欠乏すると緑色から黄色に変化する。PHBは窒素欠乏時に細胞内に蓄積される。PHBは、凍結乾燥したラン藻細胞から有機溶媒を用いて、1週間ほどかけて精製・抽出する。

<用語解説>

注1) バイオプラスチック
化石燃料を除く生物由来の資源を用いて生産された「バイオマスプラスチック」と環境中の微生物によって分解される「生分解性プラスチック」を合わせたプラスチック類の総称。
注2) ポリヒドロキシ酪酸(PHB)
代表的なバイオプラスチックであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の一種で、主に微生物によって生産される3-ヒドロキシ酪酸のポリマー(ポリエステル)。窒素、リンなどの栄養源の欠乏時に、炭素およびエネルギーの貯蔵源として合成される。
注3) 転写制御
RNAポリメラーゼのDNAへの結合を促進あるいは阻害して、遺伝子がDNAからRNAを合成するプロセスである「転写」を選択的に調節すること。また、その機能を担うたんぱく質を転写制御因子という。
注4) RNAポリメラーゼシグマ因子
転写を担うたんぱく質。DNAと直接結合し、遺伝子の転写を選択的に開始する役割を担う。
注5) メタボローム解析
細胞内の代謝産物(メタボライト)を一斉に測定すること。細胞抽出液中の代謝産物を、主にキャピラリー電気泳動、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーなどによって分離し、質量分析技術(マススペクトロメトリー)で検出する。
注6) TCAサイクル
クエン酸サイクル、トリカルボン酸サイクル、クレブスサイクルとも呼ばれる。アセチルCoAとオキサロ酢酸からクエン酸を合成する反応から始まる一連の代謝経路。呼吸に用いられる還元力を生産するとともに、二酸化炭素が生成する。

<論文タイトル>

“Increased Bioplastic Production with An RNA Polymerase Sigma Factor SigE during Nitrogen Starvation in Synechocystis sp. PCC 6803”
(シグマ因子SigE過剰発現によるラン藻バイオプラスチックの増産)
doi: 10.1093/dnares/dst028

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小山内 崇(オサナイ タカシ)
科学技術振興機構 さきがけ専任研究者
〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町1-7-22
Tel:045-503-9491 Fax:045-503-9489
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<JSTの事業に関すること>

木村 文治(キムラ フミハル)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、松丸 健一(マツマル ケンイチ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
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(英文)Discovery of the Regulator of Bioplastic Production in Cyanobacteria