平成25年4月10日
国立大学法人 名古屋工業大学
科学技術振興機構
名古屋工業大学 大学院工学研究科 未来材料創成工学専攻 ナノ・ライフ変換科学分野の神取 秀樹 教授、井上 圭一 助教らは、東京大学 大気海洋研究所 木暮 一啓 教授、吉澤 晋研究員との共同研究により、光のエネルギーを使ってナトリウムイオン(Na+)を細胞から汲み出す新しいタンパク質(ナトリウムポンプ型ロドプシン;NaR)を発見しました。
このタンパク質の働きを解明し制御できれば、脳神経研究などの応用が可能になり、様々な精神・神経疾患へ治療法の開発に寄与すると期待されます。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の「細胞機能の構成的な理解と制御」研究領域における研究課題「光で“創る”オプトジェネティクスへの挑戦」の一環として行われ、成果論文は総合科学雑誌であるNature Communications誌の4月9日号に掲載されました。
さらに、その中でもごく限られた論文だけを選定する this week's press release に選ばれています。
<Nature Communicationsとは>
Nature Communications はオンライン限定の学際的ジャーナルです。
生物科学、化学、物理科学のあらゆる領域を対象範囲とし、さまざまな専門分野における高品質な重要論文を掲載しています。
Nature Communications【http://www.nature.com/ncomms/index.html】
Nature Communicationsでの本研究記事【doi: 10.1038/ncomms2689】
■ナトリウムポンプ型ロドプシン;NaRの特徴
タンパク質は生物に固有の物質であり、生物活動を担うタンパク質は10万種類以上もあります。その合成は生きた細胞の中で行われ、合成されたものは生物の構造そのものとなり、あるいは酵素などとして生命現象の発現に利用されます。
1971年に、太陽光エネルギーを使って水素イオン(H+)をポンプするという全く新しいタイプのタンパク質がある種の細菌から見つかり、1977年には塩化物イオン(Cl-)を細胞内へ取り込むポンプも発見されました。しかし、生体にとっては重要な電解質の1つであるナトリウムイオン(Na+)のポンプは見つかっていませんでした。我々の神経興奮などNa+の輸送は生物にとってきわめて重要な機能ですが、細菌は太陽光エネルギーをNa+の輸送のためには使わない、というのがこれまでの定説になっていました。今回の(ナトリウムポンプ型ロドプシン;NaR)の発見は、長らく見つかっていなかったポンプ型ロドプシンの3番目ですが、生物の機能としては非常に重要度の高い発見です。
■ナトリウムポンプ型ロドプシン;NaRの発見による影響
これらのイオンポンプ型タンパク質は、脳の研究に革命を起こしているオプトジェネティクス(光操作)という新しい学問分野のツールとしても活用されています。
海洋細菌は太陽光エネルギーをNa+ポンプを使って化学エネルギーに変換するとともに、Na+を汲み出すことで細胞内のNa+濃度を低く保つという恒常性の維持にも働いていると考えられます。また、他のイオンと共働して神経伝達機構で重要な役割を果たしているナトリウムイオンをポンプする、ナトリウムポンプ型ロドプシンの発見により、精神・神経疾患のメカニズム解明などの治療法の確立に向けた研究に大きく寄与できると考えられます。
今後は、ナトリウム輸送以外の機能の探索や輸送メカニズムの完全解明が期待されるとともに、光操作ツールとして新規医療技術の開発にも応用される可能性があります。
■ナトリウムポンプ型ロドプシン;NaRの発見経緯
今回、新しい機能が発見されたタンパク質は、相模湾の土壌に生息する海洋細菌が持っていました。研究グループの吉澤研究員は、海洋細菌の99%が培養不可能とされる条件を克服して培養に成功しました。この菌を使って井上助教らはポンプ活性の測定に成功するとともに、このタンパク質を持つ遺伝子を大腸菌に導入して詳細に調べた結果、光で駆動されるナトリウムポンプであることが明らかになりました。36年ぶりに発見された新しいポンプは、環境に応じて輸送するイオンをNa+からH+へ変える性質を持っているという「ハイブリッド型ポンプ」であることもわかりました。さらに神取教授・井上助教は専門とするレーザー光や赤外線を用いた高精度な物理化学的な測定と遺伝子操作技術を組み合わせることで、Na+の結合の観察や反応過程を捉えることにも成功しました。
■ナトリウムポンプ型ロドプシン;NaRと膜タンパク質「チャネルロドプシン」の違い
今回発見されたナトリウムポンプ型ロドプシンの他に、光でナトリウムなどの様々なイオンを運ぶタンパク質として「チャネルロドプシン」があります。この2つの大きな違いとして、今回発見したナトリウムポンプ型ロドプシンは細胞内外の濃度差に関係なく、常に細胞の内から外へイオンを輸送するのに対し、「チャネルロドプシン」は常に濃度の高い方から低い方へ(細胞の外から中へ)イオンを流すという性質があります。
この両者が制御できれば、細胞の中のナトリウムイオンの濃度をコントロールでき、神経細胞に関わる新薬の創製に大きく寄与すると考えられます。
ナトリウムポンプ型ロドプシンはチャネルロドプシンよりも複雑な機構で輸送を行っていると考えられており、神取教授・井上助教らはそのメカニズムについても研究を行い、ポンプに重要な部位の特定に成功しています。
■本発見において神取教授らが行った研究内容
細胞内でのナトリウムイオンの輸送が行われることをリアルタイムで観測した信号(左)とイオンの結合に伴うタンパク質の構造変化を捉えた赤外吸収スペクトル(右)。
名古屋工業大学 大学院工学研究科 未来材料創成工学専攻 ナノ・ライフ変換科学分野
教授 神取 秀樹(かんどり ひでき)
Tel/Fax:052-735-5207
E-mail:
神取研究室HP:http://www.ach.nitech.ac.jp/~physchem/kandori/index_j.html