平成25年1月30日
東北大学 金属材料研究所
科学技術振興機構
東北大学 金属材料研究所(所長 新家 光雄)の米永 一郎 教授、沓掛 健太朗 助教らの研究グループは、太陽電池用結晶の斬新な育成法を考案し、擬似単結晶注1)と呼ばれるシリコン結晶の育成に成功しました。現在太陽電池用基板の約50%は多結晶シリコンですが、さらに変換効率の向上が可能な材料として擬似単結晶が有望視されており、世界各国で研究開発が加速しています。しかし、シリコン融液から種結晶を使って擬似単結晶を育成する過程で、ルツボに接する部分から種結晶とは別の方位の結晶粒が多数発生してその占有部分が拡大する「多結晶化」が大きな問題です。この問題の克服のために、種結晶を複合させて人工的な結晶粒界注2)を形成し、この粒界を利用して所望外の多結晶領域の拡大を抑制する方法を考案しました。
現状では多結晶化インゴット注3)からの擬似単結晶ウエハの歩留まりは36%ですが、本方法では100%に近い擬似単結晶ウエハが期待されます。今回考案した人工結晶粒界を利用する方法は、現在の太陽電池用多結晶の製造ラインがそのまま使用でき、かつ製造工程の調整などなしに迅速かつ簡易に導入することが可能です。このように本研究成果は産業の要請に即応する画期的な成果であり、太陽光発電分野の発展に寄与するものです。
本研究成果の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)研究領域「太陽光と光電変換機能」(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 生命体工学研究科 教授)における研究課題「機能性結晶粒界による超高品質シリコン結晶の実現」(研究者:沓掛 健太朗)の支援の下で得られました。
今回の研究成果は、公益社団法人 応用物理学会発刊の学術雑誌「Applied Physics Express」に平成25年1月31日にオンライン公開されます。
太陽光発電は結晶シリコンを基板とする太陽電池を主力材料に爆発的な普及・生産拡大が世界的規模で進展しています。2011年の太陽電池用基板の生産統計によりますと、約50%が多結晶シリコン、40%が単結晶シリコン、10%がその他です。この比率は今後10年で大きく変化し、多結晶シリコンは、変換効率の向上が期待される擬似単結晶シリコンに置き換えられると予測されています。擬似単結晶シリコンは、種結晶を利用して育成されますが、多結晶シリコンと同じ製造装置と太陽電池製造工程を使用でき、また多結晶シリコンに比較して太陽電池の変換効率が絶対値で1%弱向上するという利点があります。(1%の変換効率向上は、すでに成熟しつつある結晶シリコン太陽電池では画期的なことであり、2012年の世界の多結晶シリコン太陽電池生産量からの換算では、エネルギー発電量として大型火力発電所一基分に相当します)。このため、ここ数年で擬似単結晶の研究開発が急速に進み、製品の供給も始まっています。
しかし、シリコン融液から種結晶を使って擬似単結晶を育成する過程で、ルツボに接する部分から擬似単結晶とは別の方位の多結晶粒が多数発生してその占有部分が拡大する「多結晶化」という大きな問題を抱えています(図1左)。多結晶化によって1つのインゴットから得られる擬似単結晶ウエハの比率が低下します。例えば、一般的な80cm角状のインゴットで多結晶化すると、擬似単結晶ウエハの歩留まりは36%まで低下します。すなわち1%の変換効率向上の恩恵が、インゴット内の36%の部分でしか受けられません。
そのため、多結晶化を防止する研究が多数進められています。例えば、結晶の成長条件を調節することで固液界面の形状を制御して多結晶粒の面積拡大を抑制することが提案されました。しかし、結晶の成長条件はインゴットの品質、生産効率、コストに直結するパラメータであるため、それらとの両立を図ることが困難です。従いまして、成長条件と独立した多結晶化を抑制・克服する方法が求められています。
今回、東北大学 金属材料研究所の米永 一郎(教授)、大野 裕(准教授)、徳本 有紀(助教)、沓掛 健太朗(助教)、宇佐美 徳隆(准教授)の研究グループは、沓掛 健太朗(助教)が中心となって、種結晶を複合化して特異な結晶粒界を形成し、その人工粒界の特性を利用して多結晶化を抑制する擬似単結晶インゴットの成長方法を考案しました。
まず、多結晶化の原因となるルツボ壁から発生する結晶粒によって形成される粒界の多数が、Σ3と呼ばれる粒界であることを見出しました。このΣ3粒界はインゴットの成長方向に対して傾いて発生するため、成長とともにインゴットの中央部分まで進展し、その多結晶部分の面積が拡大します。これが多結晶化の原因です。今回提案した方法(図1右)では、複合させた種結晶によってΣ5と呼ばれる粒界をルツボ壁に沿って形成します。このΣ5粒界はインゴットの育成段階で成長方向に真直に伸びます。そして、ルツボ壁から進んできますΣ3粒界と反応してΣ15粒界を形成します。Σ15粒界も成長方向に伸びるため、多結晶粒の拡大はこの時点で止まります。すなわち、インゴットの中央部分は1個の結晶粒として擬似単結晶のままです。以上が結晶粒界の特性を機能的に利用することによって多結晶化を抑制する機構です。この成果は結晶粒界の基礎的研究によって初めて得られたものです。
さらに、この機構に基づき10cm角のインゴットにおいて、多結晶化を抑制したインゴットの育成に成功しました(図2)。一般に、ルツボ壁から数cmの部分は太陽電池用ウエハには利用されないため、本方法によって多結晶化の範囲をルツボ壁近傍のみに留めることで、100%の擬似単結晶ウエハの歩留りが期待されます。すなわちインゴット内の全てのウエハで1%の変換効率向上の恩恵を享受できます。将来の擬似単結晶シリコンのシェア予測(2020年で全太陽電池の40%)から考えますと、この歩留りの向上が太陽光発電の分野に与える影響は極めて大きいと考えます。
また本提案の方法は、既存の太陽電池産業への導入障壁が極めて低いという特徴を持ちます。本方法の鍵となる複合種結晶による粒界の形成や粒界反応は、結晶サイズや結晶成長条件にはほとんど依存しないため、本方法を結晶サイズや結晶成長条件によらず適用することができ、多結晶化の抑制と結晶品質や生産性とを両立させることができます。さらに、そのような機能性粒界を人工的に形成するための複合種結晶は、従来の擬似単結晶の成長で用いられてきた種結晶を切断して並べ直すだけで形成できるため、現状の擬似単結晶の生産設備がそのまま適用でき、また製造工程の調整なども必要としません。すなわち、明日からでも迅速かつ簡易に生産現場に導入が可能です。
以上のように、本研究成果は産業界の要請に即応する画期的な成果であり、太陽光発電分野の発展に確実に貢献するものです。
上記のように本方法によって多結晶化の問題が解決されました。しかし太陽電池用の擬似単結晶シリコンには「転位注4)」密度の低減」という、問題が残されています。この転位密度の低減が達成されれば、単結晶シリコンに匹敵する、さらに高い変換効率が得られる結晶が期待されます。この転位欠陥の多くは結晶粒界から発生するため、今後も結晶粒界の研究を進め、転位発生を有効に抑制する結晶粒界を明らかにし、最終的にこれらの成果を融合した「結晶粒界エンジニアリング」を確立します。そして太陽電池用の超高品質、かつ経済的に優れた擬似単結晶シリコンを実現し、5年、10年先の太陽光発電産業への貢献を目指します。
従来技術および新技術で育成した擬似単結晶シリコンインゴットから切り出したウエハの断面写真。人工粒界の形成以外は全て同一の工程・条件にてインゴットを作製しました。多結晶化した部分を黄色で示します。右図中の白破線は、人工的に形成したΣ5粒界の位置を表わします。Σ5粒界によって、多結晶化が太陽電池として使用されないインゴット外周部に限定されることがわかります。
題名:Control of Grain Boundary Propagation in Mono-like Si: Utilization of Functional Grain Boundaries
(擬似単結晶シリコン中の結晶粒界の伝播制御:機能性結晶粒界の利用)
著者:Kentaro Kutsukake, Noritaka Usami, Yutaka Ohno, Yuki Tokumoto, and Ichiro Yonenaga
ジャーナル名:Applied Physics Express (公益社団法人応用物理学会発刊学術雑誌)
doi: 10.7567/APEX.6.025505
米永 一郎(よねなが いちろう)
東北大学 金属材料研究所 教授
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沓掛 健太朗(くつかけ けんたろう)
東北大学 金属材料研究所 助教
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科学技術振興機構 戦略研究推進部
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