平成24年12月18日
東京大学
科学技術振興機構(JST)
シアノバクテリアは光をエネルギー源として酸素発生型光合成を行う原核生物であり、光を感知するための高度な機構を備えています。シアノバクテリアにおいては、シアノバクテリオクロムという光受容体群が紫外光から赤色光まで幅広い光を感知し、様々な光応答現象を制御しています。シアノバクテリオクロムは、2つの光吸収型の間を光変換する性質があり、青/緑色光変換型、緑/赤色光変換型、赤/緑色光変換型など多くの光受容体が同定されています。これらの多様な光受容体について、結合する色素の違いや光変換プロセスの違いにより、多様な光変換が実現されていることが明らかとなりつつありますが、その立体構造は長らく未知でした。
東京大学 大学院総合文化研究科の成川 礼 助教(JST さきがけ兼任研究者)らはシアノバクテリオクロムAnPixJ(赤/緑色光変換型)とTePixJ(青/緑色光変換型)の光受容部位の立体構造をX線結晶構造解析によって、世界で初めて明らかにしました。この構造解析によって、シアノバクテリオクロムの光応答機構について理解が深まりました。今後、これらの構造情報を基に詳細な解析を進めることで、光応答機構の全容が解明され、分子デザインを進めることで、光合成による物質生産を効率的に行うための細胞制御研究などの展開が期待されます。
なお、本研究の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)研究領域「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」(研究総括:松永 是 東京農工大学 学長)における研究課題「多様な光スイッチの開発による細胞外多糖生産の光制御」の一環として行われました。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)のオンライン速報版で2012年12月17日の週(米国東部時間)に公開される予定です。
光合成生物にとって光はエネルギーであり、それ故に光は最重要な情報といえ、光合成生物は高度な光応答機構を備えています。陸上植物では、フラビンという色素を結合して青色光を感知する光受容体と開環テトラピロール注1)という色素を結合して、赤色光と遠赤色光を感知する光受容体が開花の時期や気孔の開閉など様々な光応答現象を制御しています。シアノバクテリアにおいては、上記の光受容体に加えて、シアノバクテリオクロムと呼ばれる新規光受容体群が紫外光から赤色光までの幅広い光を感知し、光依存的な細胞凝集、走光性(光に向かって動く性質)、光合成アンテナ色素注2)の量比調節などの様々な光応答現象を制御しています。シアノバクテリオクロムは2つの光吸収型の間を可逆的に光変換する性質があり、青(紫)/緑色光変換型、紫/黄色光変換型、緑/赤色光変換型、赤/緑色光変換型など多くの光受容体が同定されています。シアノバクテリオクロムは、とフィトクロム注3)同様、開環テトラピロール色素を結合し、光変換過程で、C環とD環の間の二重結合の回転が共通に起こることが知られており、それらの異性化構造をZ型、E型と呼びます。これらの多様なシアノバクテリオクロムについて詳細な解析が進められて、結合する色素の違いや光変換プロセスの違いによって多様な光変換が実現されていることが明らかとなりつつありますが、立体構造は明らかにされておらず、色素とタンパク質がどのように相互作用をしているかについて直接的な知見は存在していませんでした。
東京大学 大学院総合文化研究科 成川 礼 助教(JST さきがけ兼任研究者)、石塚 量見 博士、池内 昌彦 教授らは、大阪大学 栗栖 源嗣 教授らとともに、X線結晶構造解析によって、赤色光と緑色光の間で光変換するAnPixJというタンパク質の光受容部位の赤色光吸収型(以下Pr型)と青色光と緑色光の間で光変換するTePixJというタンパク質の光受容部位の緑色光吸収型(以下Pg型)について、その立体構造を決定することに成功し、色素とタンパク質の相互作用が直接的に明らかとなりました(図1)。
AnPixJのPr型はZ型のとフィコシアノビリン注4)を結合していたのに対し、TePixJのPg型はE型のとフィコビオロビリン注5)を結合していました。これらの色素種や異性化状態は先行研究の分光学的解析で示唆されていたものですが、今回、構造として明確化することができました。2つの構造はお互いによく似ており、さらに、フィトクロムの構造ともよく似ているものの、タンパク質と色素の相互作用の詳細は、それぞれで異なっていました。また、タンパク質は違うものの、Z型とE型の両方の構造を決定することができたため、それらを比較することでシアノバクテリオクロムの光変換機構について、推定することができました。シアノバクテリオクロム間で高度に保存されたアスパラギン酸残基の側鎖のカルボニル基が、Z型構造(AnPixJ Pr)においては、A、B、C環の窒素と水素結合を形成しているのに対し、E型構造(TePixJ Pg)においては、B、C環の窒素と水分子を介して水素結合しつつ、回転したD環の窒素と水素結合を形成しています(図2)。これらのことから、シアノバクテリオクロムの光変換過程において、アスパラギン酸の相互作用相手がスイッチする可能性が示唆されました。今回決定した構造とフィトクロムの構造とを合わせることで、開環テトラピロール結合型光受容体の普遍性と多様性について理解が深まったといえます。
これらの構造を基に、さらなる解析や新しい光受容体の解析を進めることで光感知機構の全容解明が期待されます。また、この構造を基盤とした分子デザインを進めていくことで、光によって細胞を制御する応用研究の展開が期待されます。実際、今回の成果を基に、成川助教らは、光合成による物質生産を効率良く行うための光スイッチを開発しています。光合成生物を利用して、再生可能エネルギーとして利用できる物質を生産することは、とても重要な課題ですが、通常の培養では、細胞増殖と物質生産の両方にエネルギーが分散してしまいます。そこで、細胞増殖と物質生産を切り替えるための光スイッチを今回の構造を基にデザインし、細胞を制御することで効率良く物質生産するための研究に着手しています。
シアノバクテリオクロムAnPixJ Pr型(A)とTePixJ Pg型(B)の色素結合領域の構造。色素の詳細構造が下の挿入図に載っています。これらの構造から、AnPixJにはZ型のフィコシアノビリンが、TePixJにはE型のフィコビオロビリンがそれぞれ結合していることが分かります。
色素とアスパラギン酸残基との相互作用。Z型構造であるAnPixJでは、アスパラギン酸残基がA、B、C環の窒素と相互作用しているのに対し(A)、E型構造であるTePixJでは、アスパラギン酸残基がB、C環の窒素と水を介して相互作用しつつ、回転したD環の窒素と直接相互作用しています(B)。フィトクロムのZ型構造(C)とE型構造(D)も比較として載せています。こちらでも、異なった形ではありますが、アスパラギン酸残基の相互作用相手が変化していることが分かります。
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」
論文タイトル:「Structures of cyanobacteriochromes from phototaxis regulators AnPixJ and TePixJ reveal general and specific photoconversion mechanism」
著者:Rei Narikawa, Takami Ishizuka, Norifumi Muraki, Tomoo Shiba, Genji Kurisu and Masahiko Ikeuchi
doi: 10.1073/pnas.1212098110
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教/JST さきがけ兼任研究員
成川 礼(なりかわ れい)
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