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平成24年9月14日

東京大学 物性研究所
科学技術振興機構

鉄系超伝導体において競合しあう2種類の超伝導の“のり”を発見

ポイント

<発表概要>

電子が電子対を作ってエネルギー損失ゼロとなる超伝導体は、未来の材料として大いに注目を集めている。しかし、超伝導現象は極低温でしか実現しないことが多い。切望される室温での超伝導実現には、高温超伝導体注1)の電子対形成の機構を解明することが不可欠である。

東京大学 物性研究所の岡﨑 浩三(おかざき こうぞう) 特任研究員と辛 埴(しん しぎ) 教授は、電気伝導を担う電子を高精細に観測し、電子を結びつけて対にする“のり”について新発見をした。研究グループは、エネルギー分解能70マイクロ電子ボルト、最低温度1.5Kという世界一の性能を持つレーザー光電子分光装置注2)を新たに開発し、鉄系超伝導体注3)における超伝導ギャップ(=超伝導電子対注4)の結合の強さ)を観測した。その結果、電子対を作らない運動量(超伝導ギャップのノード=節)が存在する電子など、様々な電子対形成をする電子の存在を観測することに成功した。本成果により、鉄系超伝導体において2種類の”のり”が互いに邪魔しあうことで、電子対を作れない電子が存在することが明らかになった。今回発見した“のり”の性質の理解は、高温超伝導発現機構の全容解明に繋がる。

本研究成果は2012年9月13日(米国東部時間)発行予定の米国科学誌「サイエンス」オンライン版で公開される。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」
(研究総括:伊藤 正 大阪大学 ナノサイエンスデザイン教育研究センター 特任教授)
研究課題名 「高繰り返しコヒーレント軟X線光源の開発と光電子科学への新しい応用」
研究代表者 辛 埴(東京大学 物性研究所 教授)
研究期間 平成20年10月~平成26年3月

<発表内容>

室温超伝導注5)が実現できれば、砂漠での太陽光発電などの再生可能エネルギーを損失のない送電線で世界中に送ることなどによるエネルギー問題の迅速な解決、発熱しない集積回路が実現されることによるコンピューターの性能の飛躍的な向上、より精密なMRI画像の取得をはじめとした医療における画期的な進展、などが見込まれ、社会生活に多大なる貢献が期待できる。

室温超伝導の実現には超伝導現象の機構解明が必須であり、そのためには電気伝導を担う電子をより高精細に観測する必要がある。光電子分光法は、光電効果注6)を利用して出てきた電子のエネルギーを精密に測定する実験手法であり、電子を直接観測できる唯一の方法でもある。より高精細に電子を観測するには、観測精度に相当するエネルギー分解能をより高くし、より低温で測定しなければならない。研究グループは、先端的なレーザー技術と分光技術を組み合わせることにより、絶対温度1.5Kという低温において、エネルギー分解能70マイクロ電子ボルトで測定できるレーザー光電子分光装置を開発した。これまで先端研究に用いられてきた実験装置と比べ、分解能、温度ともに格段に性能を向上させることができた(従来は先端実験装置でもエネルギー分解能5000マイクロ電子ボルト、絶対温度10K程度)。この実験装置により、従来の先端実験装置と比べ1桁近く低い温度で、約70倍の高いエネルギー分解能を実現し、より高精細に電子を直接観測できるようになった(図1)。

今回、東京大学 物性研究所の岡﨑 浩三 特任研究員と辛 埴 教授の研究グループは、高温超電導体の1つである鉄系超伝導体に注目した。鉄系超伝導体は、2008年に東京工業大学の細野 秀雄 教授らにより発見された銅酸化物高温超伝導体に続く高温超伝導体である。磁性と超伝導という性質は相容れないものであることから、磁性体の典型である鉄の化合物が超伝導を示すことはこれまでの常識を覆すものである。これは、これまで全く知られていなかった超伝導機構の存在を示唆することから、その機構解明は室温超伝導に向けて重要な手がかりとなるはずである。

超伝導を担う電子は、1972年にノーベル物理学賞を受賞したバーディーン、クーパー、シュリーファーにより提唱されたクーパー対と呼ばれる超伝導電子対(図2)を形成している。この電子を結びつける“のり”には、格子振動、スピン、軌道の3種類が見つかっており、電子同士を引き付ける引力と、電子同士を反発させる斥力とがある(図3)。これらのうち、“従来型”と呼ばれる超伝導体は格子振動を“のり”とするが、格子振動は電子対を作る“のり”としては力が弱いため、これを超伝導電子対の“のり”とする超伝導体は、絶対零度に近い低温でないと電子対を作れない。一方、1987年にノーベル賞を受賞したベドノルツ、ミューラーによって発見された銅酸化物超伝導体では、斥力であるスピンを電子対の“のり”としている。さらに、鉄系超伝導体では、軌道を“のり”として使っていることが研究グループによって明らかにされている(2011年4月Science)。

研究グループは今回新たに開発したレーザー光電子分光により、KFeAsという鉄系超伝導体の電子の運動量と対形成の強さの関係について調べた結果、鉄系超伝導体には全ての運動量の方向で対を形成している電子や、ある方向では対を形成していない電子、全ての方向でほとんど対を形成していない電子など、これまで発見されていた対形成の様子とは全く異なる対形成の仕方をしていることを発見した(図4)。

これは、スピンと軌道など、性質の異なる2種類の“のり”が存在することにより、それらの“のり”が邪魔しあって対を形成できない電子が存在することを意味する。今後、これらの邪魔しあう2種類の“のり”が協力し合えるようにする方法が見つかれば、超伝導転移温度が大幅に更新されることが期待され、室温超伝導の実現に向け大きな進展が得られたと言える。

<参考図>

図1

図1 今回新たに開発されたレーザー角度分光光電子分光装置とその性能

この実験装置により従来の先端実験装置と比べて1桁近く低い温度で約70倍の高いエネルギー分解能を実現し、より高精細に電子を直接観測できるようになった。

図2

図2 超伝導状態の電子対

超伝導体では、電子(e)は“のり”によってペアを作って運動している。

図3

図3 これまでに見つかっている電子対の“のり”

これまでに見つかっている超伝導電子対の“のり”には、格子振動、スピン、軌道があるが、電子同士を引きつける引力のものと電子同士を反発させる斥力のものとがある。

図4

図4 鉄系超伝導体KFeAsにおける電子対形成の様子

KFeAs中の電子は、その運動量(図中横軸)の大きさにより内側、中側、外側などのように区別される。図中縦軸はそれぞれの電子の対形成の強さを示しており、内側の電子は軌道を“のり”にして電子の対を作っており、強く電子の対を形成している。外側の電子はスピンを“のり”にして対を作っているが対形成はかなり弱い。一方、中側の電子はスピンと軌道の両方を“のり”にしているが、2つの“のり”が邪魔し合ってしまってしまい、運動量によって対形成の強さが大きく異なっており、対を作れない電子も存在する。

<用語解説>

注1) 高温超伝導体
一般に転移温度が液体窒素温度77Kを超える超伝導体を指す。液体ヘリウムより安価な液体窒素による冷却が可能なため、産業への応用を考慮する際に重要な物質である。ベドノルツとミューラーは銅酸化物における高温超伝導体を発見した業績により1987年度のノーベル物理学賞を受賞した。
注2) レーザー光電子分光装置
光電子分光法とは光を物質に照射し、真空中に飛び出す電子のエネルギーと角度を測定する手法である。物質固有のバンド構造や超伝導ギャップの大きさを観測することができる。特に光源として真空紫外レーザーを用いる場合をレーザー光電子分光法と呼ぶ。この手法は、高いエネルギー分解能が得られるために超伝導ギャップのような小さなエネルギースケールを対象とした観測に適している。さらに直線偏光レーザーを用いることでバンド構造を電子軌道に対して選択的に観測することができるという利点がある。本研究グループは2005年にレーザー光電子分光装置を開発し、世界最高分解能と最低到達温度を達成した。本装置を用いて、これまでに銅酸化物、二ホウ化マグネシウム(MgB)、水和コバルト酸化物などにおける超伝導ギャップを観測し、それらの超伝導メカニズムに迫る成果を報告しているが、今回さらに高性能のレーザー光電子分光装置を開発した。
注3) 鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野 秀雄 教授らにより発見されたFeAs伝導層を有する一連の超伝導体の総称。55Kに及ぶ超伝導転移温度は銅酸化物に次いで高い。銅酸化物超伝導体との比較から、これらの物質は同じ超伝導機構を有するのか、どのような条件がより高い超伝導転移温度の達成に必要かなど盛んに議論されている。
注4) 超伝導電子対(クーパー対)
超伝導状態では電子は2つ一組で運動する。これは超伝導電子対と呼ばれ、通常の金属では格子振動により媒介される。電子対を作ることによりボース凝縮を起こすと、全ての電子は最低のエネルギー準位を占めることができるため、エネルギーのより低い基底状態が得られる。
注5) 室温超伝導
室温での超伝導。現時点で最も高い超伝導転移温度は水銀系銅酸化物における約-110℃であり、室温超伝導は未だ確認されていない。超伝導性を保つために寒剤を必要としないため、液体窒素による膨大な冷却コストを抑える点でも応用上極めて重要と期待されている。
注6) 光電効果
光を物質に当てると電子が出てくる現象。可視光では生じないが、可視光よりエネルギーの高い紫外線を当てると初めて物質中から電子が生じる。アインシュタインは、この光電効果が光が量子であることの証拠であるとし、ノーベル賞を受賞している。

<発表雑誌>

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

東京大学 物性研究所 先端分光研究部門 特任研究員
岡﨑 浩三(おかざき こうぞう)
電話:04-7136-3381 FAX:04-7136-3383
E-mail:

東京大学 物性研究所 先端分光研究部門 教授
辛 埴(しん しぎ)
電話:04-7136-3380 FAX:04-7136-3383
E-mail:
ウェブサイト:http://www.issp.u-tokyo.ac.jp/labs/spectroscopy/shin/

<JSTの事業に関すること>

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