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平成24年5月21日

科学技術振興機構(JST)
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筑波大学
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カーボンナノチューブの高効率光電変換機構を解明

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、筑波大学 岡田 晋 准教授と小鍋 哲 研究員らは、次世代エレクトロニクス材料として注目される半導体単層カーボンナノチューブ注1)について、光から電流の担い手である電子・正孔対(励起子)注2)への変換プロセスを詳細に調べました。その結果、従来の半導体材料より大きな効率を持つ変換機構を理論的に解明し、これまで報告されている実験結果をうまく説明することに成功しました。

現在実用化されているシリコン太陽電池の変換効率では、33.7%という原理的な上限があり、新しい構造や新しい物理原理に基づく次世代高効率太陽電池の研究開発が盛んに行われています。その中でも、電子の運動方向が限定されているナノサイズ(ナノは10億分の1)の物質(低次元ナノスケール物質注3))を用いた多電子・正孔対(多重励起子生成)生成型太陽電池は有力な候補といわれています。これは、1つの光子から複数の励起子を生成することにより、高い光電変換効率が期待できるものです。実際に多重励起子生成は、ゼロ次元物質であるナノ結晶や1次元物質であるカーボンナノチューブにおいて実験的に確認されています。しかし、いまだにその物理的な機構は明らかになっていないため、実験結果を説明できませんでした。

本研究チームは、カーボンナノチューブにおける高効率の変換が、光によって生成された励起子がクーロン相互作用注4)を介して、他の励起子を効率よく生成するというプロセスで行われることを理論的に解明し、今まで報告されている実験結果の説明に成功しました。これにより、これまで未解明であったナノスケール物質における多重励起子生成の微視的機構の一端が明らかになりました。

本研究結果は、カーボンナノチューブの光電変換効率が本質的に非常に高いことを示しているだけでなく、今後ナノスケール物質を用いた高効率太陽電池の開発の理論的基礎として重要な知見となることが期待されます。

本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版で近く公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「次世代エレクトロニクスデバイスの創出に資する革新材料・プロセス研究」
(研究総括:渡辺 久恒 (株)EUVL基盤開発センター 代表取締役社長)
研究課題名 「計算科学によるグラファイト系材料の基礎物性解明とそのデバイス応用における設計指針の開発」
研究代表者 岡田 晋(筑波大学 大学院数理物質科学研究科)
研究期間 平成21年10月~平成27年3月

JSTはこの領域で、微細化パラダイムのみでは実現できない機能・性能を持つ、革新的かつ実用化可能なエレクトロニクスデバイスを創製するための材料・構造の開発およびプロセス開発を行っています。上記研究課題では、グラファイトやグラフェン、並びにグラフェン誘導構造を有するナノスケール炭素物質群に対して、量子力学に立脚した計算科学的手法による基礎物性解明を行い、グラファイト系デバイスの設計指針の提示を行っています。

<研究の背景と経緯>

太陽光を電力に変換する太陽光発電は再生可能エネルギー源として、人類にとって最も重要なテクノロジーの1つであり、これまでその高効率化と低コスト化を実現する研究が行われてきました。しかし、現在実用化されているシリコン太陽電池の変換効率では、33.7%という原理的な上限(ショックレー・クワイサー限界注5))があります。そのため、新しい構造や新しい物理原理に基づく次世代高効率太陽電池の研究開発が盛んに行われています。

太陽光発電の電力変換効率を高める方法はいくつかありますが、その1つとして光から励起子への高効率な生成、すなわち1つの光子から複数の励起子を生成する方法があります。これは、光エネルギーがより効率よく励起子生成に用いられる方法といい換えることができます。しかし、現在実用化されている太陽電池では、光エネルギーのうち半導体バンドギャップ注6)以上のエネルギーの多くは、熱エネルギーとなってしまい励起子生成に寄与しません。従って、光電変換効率は熱散逸注7)により決まってしまいます。その中で、次世代太陽電池の1つの機構の候補として、多重励起子生成型が提案されています。これは光エネルギーを熱散逸によって失う前に、クーロン相互作用を介して、他の励起子を生成するために用いるものです。その結果、1つの光子から複数の励起子を生成することが可能となり、光電変換の高効率化が期待されます。

2002年に、低次元ナノスケール物質においては、多重励起子生成が現実に起き得ることが理論的に提案されました。これは、低次元物質特有の量子力学に由来する量子閉じ込め効果注8)やクーロン相互作用の増大のため、上述した多重励起子生成プロセスが熱散逸に打ち勝つことが予想されるからです。実際、多重励起子生成は、ゼロ次元物質であるナノ結晶や1次元物質であるカーボンナノチューブにおいて実験的に確認されています。しかし、これまでの研究では、その物理的機構が解明されておらず、多重励起子生成型太陽電池開発の指針は明らかではありませんでした。

<研究の内容>

今回の研究では、1次元ナノスケール物質であるカーボンナノチューブの光励起状態について、その1次元性とクーロン相互作用の役割を明らかにすることで、多重励起子生成が起こる機構を解明し、多重励起子生成効率が非常に高いことを示しました。

具体的には、光電変換プロセスとして、以下のような点に注目して変換効率の計算を行いました。1次元物質では、クーロン相互作用が強くなるためその相互作用も重要になります。そこで、励起子間のクーロン相互作用の効果をあらかじめ考慮することで、複数個の励起子が混ざった量子力学的状態を考えることが可能となります。このようなモデルを導入すると、光により生成された状態は必然的に複数個の励起子状態を含んでいることになります。複数個の励起子がどれくらい混ざっているかは、クーロン相互作用の強さと熱散逸との競合によって決まります。カーボンナノチューブのような1次元物質ではクーロン相互作用が強いので、複数個の励起子が十分に混ざった状態が期待できます。従って、単一光子から生成された1つの励起子が、クーロン相互作用によって同時に他の励起子を生成することが可能になります(図1)。さらに、多重励起子状態は1次元物質特有のvan Hove特異性注9)を示すため、非常に生成されやすいという特徴を持っています。その結果、単一光子が複数個の励起子を高効率に生成することになります。計算結果では、光から励起子への変換効率は100%を大きく超えることが示されました(図2)。このような高い変換効率は、既存の半導体を用いた太陽電池では決して得られない値であり、カーボンナノチューブなどの低次元物質を用いることで、従来の電力の変換効率の限界を超える可能性を示すものです。また、多重励起子生成が起こるエネルギーは光電変換機構において最も重要な量であるにも関わらず、これまで既存の理論では実験で観測されている値を説明することができませんでした。今回の物理モデルを用いた理論計算により、実験で観測されている多重励起子の生成に要するエネルギー値とその起源を説明することができ、カーボンナノチューブにおける多重励起子生成の微視的機構を明らかにできました。

<今後の展開>

今後は、本研究で得られた知見をもとに、高効率光電変換プロセスに適した物質設計とシミュレーションを行い、より具体的なデバイス開発への理論的指針を与えることを目指します。その結果、高効率太陽電池の開発が急速に進むことが期待されます。

<参考図>

図1

図1 多重励起子生成プロセス

カーボンナノチューブに光(赤矢印)が当たると励起子状態を生成するが(緑矢印)、その状態はクーロン相互作用により複数個の励起子状態が混じり合っている(オレンジ波線)。そのため、光を照射することで複数個の励起子(多重励起子)が同時に生成される。ここでは2励起子が光により生成される状況が示されている。また、1励起子状態が熱散逸によりエネルギーを失う過程を茶矢印で示している。

図2

図2 カーボンナノチューブの光電変換効率

直径1.35ナノメートル(nm)の半導体単層カーボンナノチューブの光電変換効率を励起エネルギーの関数としてプロットしたもの。熱散逸の大きさは格子振動によって励起子がエネルギーを失うまでの時間(緩和時間)に対応するもので、大きいほどその時間が短い。ここで、3つの熱散逸の大きさについてプロットしている(2.0meV、8.0meV、20.0meV)が、熱散逸が小さい(緩和時間が長い)ほど、変換効率は大きいことが分かった。なお、立ち上がりの1.77eVは励起子2個分のエネルギーに対応している。

<用語説明>

注1) カーボンナノチューブ
炭素原子からなる2次元のシート状物質(グラフェン)を筒型に丸めた物質で、炭素原子が蜂の巣状に6角形のネットワークを組んでいます。単層の場合、直径は0.7nm~4nmで、丸め方に応じて金属にも半導体にもなります。ここでは半導体カーボンナノチューブを考えています。
注2) 電子・正孔対(励起子)
正孔とは、電子が抜けたと孔(あな)ともいうべきものです。半導体や絶縁体に光を照射すると電子と正孔の対が形成されます。電子と正孔はそれぞれマイナスとプラスの電荷を持つため互いに引力で束縛されます。この電子と正孔の束縛状態を励起子といいます。太陽電池ではこの電子と正孔の対が電流の担い手キャリアとなります。
注3) 低次元ナノスケール物質
物質中の電子は空間的に閉じ込められています。その閉じ込めのサイズが量子力学の影響が効いてくるほど小さくなる(ナノメートルサイズ)と、物質中の電子はその方向に対しての運動が難しくなります。すなわち、運動可能な電子の空間の次元が3より小さくなります。このような物質のことを一般に低次元ナノスケール物質といいます。具体的に閉じ込めが1つの方向、2つの方向、3つの方向に対応して、それぞれ2次元物質、1次元物質、ゼロ次元物質といいます。
注4) クーロン相互作用
荷電粒子間に働く相互作用のことをいいます。同じ符号の電子同士では斥力となり、異なる符号の電子と正孔間では引力となります。
注5) ショックレー・クワイサー限界
ウィリアム・ショックレー(アメリカ)とハンス・クワイサー(ドイツ)は、1961年にシリコンによる単接合型太陽電池のエネルギー変換効率の上限が33.7%であることを理論的に導きました。その上限を指します。
注6) 半導体バンドギャップ
半導体の電子状態において、電子が埋まった状態と電子が空の状態の間にエネルギー準位の存在しない状態があります。このエネルギー準位がなく、電子が存在できない領域を半導体バンドギャップといいます。
注7) 熱散逸
光によって生成された電子や正孔のエネルギーが、格子振動を介して熱として失われることをいいます。
注8) 量子閉じ込め効果
電子や正孔をナノメートルサイズの空間に制限した際に現れる量子力学的な効果をいいます。
注9) van Hove特異性
量子力学的状態があるエネルギー範囲にどれだけ存在するかを示す量を状態密度といいます。van Hove特異性とは状態密度に現れる特異性で、1次元物質では状態密度が発散します。すなわち、あるエネルギー範囲に無限個の量子力学的状態が存在することを意味します。

<論文名>

“Multiple Exciton Generation by a Single Photon in Single-Walled Carbon Nanotubes”
(単層カーボンナノチューブにおける単一光子による多重励起子生成)
doi: 10.1103/PhysRevLett.108.227401

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

岡田 晋(オカダ ススム)
筑波大学 数理物質科学研究科 
〒305-8574 茨城県つくば市天王台1-1-1
Tel:029-853-5921 Fax:029-853-5924
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<JSTの事業に関すること>

木村 文治(キムラ フミハル)
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