本研究成果のポイント
- 電子のスピンが作るナノスケールの渦構造(スキルミオン)を絶縁体中で初めて観測
- 絶縁体中のスキルミオンが電気分極(正負の電荷の組が整列した状態)を誘起しており、エネルギー損失を伴わずに電場で制御可能であることを発見
- エネルギー効率の高い、新しい電子の制御方法を提案する成果であり、スキルミオンを情報担体とした、超低消費電力な次世代の演算・磁気メモリ素子の実現に道
平成24年4月13日
東京大学
理化学研究所
科学技術振興機構
本研究成果のポイント
最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」(中心研究者:十倉 好紀)の事業の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の関 真一郎 特任助教・石渡 晋太郎 特任准教授・十倉 好紀 教授と理化学研究所 基幹研究所の于 秀珍 特別研究員の研究グループは、ナノスケールのスピン渦(スキルミオン)が電場で制御可能であることを発見し、超低消費電力な演算・磁気メモリ素子の実現に向けた新しい道筋を示しました。
電子は電荷とスピン注1)という2つの自由度を持っていますが、従来の半導体エレクトロニクスは電荷の自由度のみを利用しており、より画期的な性能を求めてスピンの自由度を積極的に活用する試みが盛んに行われています。最近になり、一部の特殊な金属の中で、電子のスピンが自発的に「スキルミオン注2)」と呼ばれる渦巻き状の構造を作ることが発見されました。スキルミオンはナノスケールの粒子としての性質を持つため、次世代の演算・記憶素子における新しい情報担体として期待されていますが、現象の舞台となる新物質の発見や、その制御手法の確立が大きな課題となっていました。
今回、右手と左手のように、鏡写しにした像を互いに重ねることができないキラルな結晶構造を持つ絶縁体Cu2OSeO3(Cu:銅、O:酸素、Se:セレン)のスピン構造をローレンツ電子顕微鏡注3)で直接観察した結果、世界で初めて絶縁体中でスキルミオンを観測することに成功しました(図1)。さらに電気的な測定を通じて、スキルミオンが電気分極(正負の電荷の組の整列状態)を引き起こしていることを発見し、電場でスキルミオンの位置を自在に制御することが原理的に可能であることを明らかにしました(図2)。絶縁体中の電場には、発熱によるエネルギー損失を生じないという利点があります。今回の発見は、エレクトロニクスの根幹である電子の制御手法に、よりエネルギー効率の高い新しい選択肢を加えるものであり、次世代の超低消費電力演算素子・磁気メモリ素子の開発につながることが期待されます。
本研究の主たる部分は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラム(FIRST)により、日本学術振興会を通して助成されたものです。また一部は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業として、東京大学 大学院工学研究科、理化学研究所 基幹研究所と共同で行われました。
本研究成果は、米国科学雑誌「Science」4月13日発行号で公開されます。
現代の情報社会は、電子の流れを操る技術(エレクトロニクス)の発展によって支えられており、電子の新しい制御法を探すことは、電子機器の小型化・低消費電力化といった課題に対して根本的な解決策を与える可能性を秘めています。電子には、「電荷」と「スピン」という2つの性質があり、従来の半導体エレクトロニクスは、このうちの「電荷」の自由度のみを利用していました。一方、もう1つの自由度である「スピン」を積極的に活用する電子技術は「スピントロニクス」と呼ばれ、革新的な特徴・機能を持つデバイスを実現するための切り札として高い期待が寄せられています。電子のスピンは、物質の磁気的な振る舞いに深く関係しており、たとえばスピンが全て同じ方向にそろっている場合には、よく知られた磁石としての性質が現れます。これに対し、一部の特殊な磁性体の中では、電子のスピンが自発的に「スキルミオン」と呼ばれる渦巻き状の構造を作ることが、最近になって明らかにされました。スキルミオンの半径は数ナノ~数十ナノメートルと非常に小さく、安定な粒子としての性質を持つことから、次世代の演算・記憶素子における新たな情報担体として利用できる可能性が提案されています。一方で、スキルミオンの観察はごく限られた合金(電流をよく流す金属)でしか成功例がなく、現象の舞台となる新物質の開拓や、その制御手法の確立が大きな課題となっていました。
本研究では、絶縁体であるCu2OSeO3の単結晶を作製し、その磁気的・電気的性質を調べるとともに、ローレンツ電子顕微鏡を用いたスピン構造の実空間観測を行いました。Cu2OSeO3の結晶構造は、右手と左手のように、鏡写しにした像を互いに重ねることが出来ない「キラリティ」と呼ばれる特徴を持っています。こうしたキラリティを持つ磁性体の中では、隣接するスピンの向きをねじ曲げる「Dzyaloshinskii-守谷相互作用」と呼ばれる力がはたらくため、渦状のスピン構造であるスキルミオンの発現に有利であることが期待されます。この物質のスピン構造を調べた結果、期待通りらせん状のスピン構造が実現しており、さらに弱い磁場(~400ガウス)をかけることでスキルミオンが周期的に整列した構造が現れることが明らかになりました(図1)。絶縁体におけるスキルミオンの発見は、これが世界初となります。さらにこの物質の電気的性質を調べた結果、絶縁体中のスキルミオンは、正負の電荷の組が規則的に整列した「電気分極」状態を引き起こしていることが明らかになりました(図2)。このようなスピン構造と電荷分布の結合は非常に珍しい現象ですが、スキルミオンの持つ低い対称性が電荷の空間的な偏りを促していると考えることで、よく説明できることがわかりました。
本研究における、絶縁体中の電気分極と結合したスキルミオンの発見は、このナノサイズのスピン渦の位置を電場によって自在に制御できることを意味しています。絶縁体中の電場は、金属中の電流と異なり、ジュール熱(電流の二乗に比例した発熱)によるエネルギー損失を生じません。このため、スキルミオンを情報担体(0と1の状態の運び手)として電場で駆動する場合には、極めて僅かな電力しか消費しないと考えられます。今回の発見は、エレクトロニクスの根幹である電子の制御手法に、よりエネルギー効率の高い新しい選択肢を加えるものであり、超低消費電力な次世代の演算素子・磁気メモリ素子の開発につながることが期待されます。
(A)スキルミオン(ナノスケールのスピン渦)の模式図。電子のスピン(図中の矢印)が、同心円状に渦を巻いた構造を作っています。
(B)、(C)ローレンツ電子顕微鏡を用いて、今回絶縁体中で観測されたスキルミオンの画像。白い矢印がスピンの向きを表しています。50ナノメートル程度の大きさのスキルミオン粒子が、蜂の巣状の格子を組んでいることが読み取れます。
スキルミオンが、その渦の上下方向に、正負の電荷を誘起していることが明らかになりました(電気分極状態)。電場勾配を与えることで、スキルミオンの位置を自在に制御できると考えられます。
雑誌名:「Science」4月13日発行号
論文名:Observation of Skyrmions in a Multiferroic Material
(磁性と誘電性を併せ持つ物質におけるスキルミオンの観測)
著者:関 真一郎、于 秀珍、石渡 晋太郎、十倉 好紀
doi:10.1126/science.1214143
関 真一郎(セキ シンイチロウ)
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻・量子相エレクトロニクス研究センター 特任助教
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平林 泉(ヒラバヤシ イズミ)
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副グループディレクター 兼 強相関研究支援チーム チームリーダー
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