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平成24年3月1日

国立大学法人 東京工業大学

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構

国立大学法人 大阪大学

独立行政法人 科学技術振興機構

光合成機能を持つ有機分子が働く瞬間を直接観察

本研究成果のポイント

<概 要>

東京工業大学大学院理工学研究科の星野学研究員、腰原伸也教授、植草秀裕准教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の足立伸一教授、大阪大学大学院工学研究科の福住俊一教授、大久保敬特任准教授の研究グループは、光合成機能を持つ有機分子が、吸収した光エネルギーを化学エネルギーに効率よく変換し、かつ長時間エネルギーを保持し得る状態になることを、KEK放射光科学研究施設(PF-AR)を用いたポンププローブX線回折法※2単結晶X線構造解析※3による分子及び結晶構造の直接観察によって立証した。

光合成を模倣しエネルギー変換する分子は多く提案されているが、本研究で用いた分子は、天然光合成の1000倍以上もの長時間、化学エネルギーに変換した状態を保持できることから、次世代エネルギー源としての新しい人工光合成システム開発の進展に寄与すると期待されている。

本研究成果は、米国化学学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で近日中に公開される予定である。

<背 景>

現在のエネルギー源は主に化石燃料や原子力が用いられているが、環境負荷の問題や、事故・災害時におけるリスクの高さなどから、より安全でクリーンなエネルギーの創成方法が求められている。太陽光エネルギーは持続可能な次世代エネルギーとして注目されており、特に植物が吸収した光エネルギーを化学エネルギーに変換する光合成のメカニズムを分子レベルで模倣した「人工光合成」は、近年盛んに研究が進められている。しかしながら、人工光合成では、分子が吸収した太陽光エネルギーをどのように化学エネルギーに変換するのかが未解明のまま課題となっていた。エネルギー変換のメカニズムを知る上で、変換過程における分子構造変化を知ることは、極めて重要な要素である。

本研究では、単結晶中の分子構造を直接的に調べることが可能な単結晶X線構造解析を用いて、人工光合成への応用が期待されている9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオン(図1)が光エネルギーを化学エネルギーに変換するときの分子構造変化を解明した。

<研究内容と成果>

研究対象である9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは、福住教授のグループが開発した分子であり、吸収した可視光を高効率で化学エネルギーに変換し、かつ長時間そのエネルギーを保持することが可能となる。しかし、これまで光吸収に伴う分子構造変化を直接観察することはできなかった。本研究では、分子構造変化を捉えるため、KEKの放射光科学研究施設(PF-AR)の時間分解X線ビームラインNW14Aにおいて、短い時間幅をもつレーザー光とX線をほぼ同じタイミングで繰り返し対象分子の単結晶に照射してX線回折データを収集するポンププローブX線回折法を用いて行った。ここで、レーザー光は光合成における太陽光の役割を果たし、X線はその様子を観測する役割を果たしている。そこで得られた回折データを利用し、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンがレーザー光を吸収して化学エネルギーに変換した直後の分子構造を解明した。

レーザー光の照射前後の結晶構造を精密に比較・解析した結果、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは光を吸収するとアクリジン部位に対してメチル基が折れ曲がる構造変化を起こし、加えて結晶中に共存する過塩素酸イオンがメシチレン部位に近づくように配置を変化させていることがわかった(図2)。9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは、光を吸収するとメシチレン部位からアクリジン部位に電子を1つ移動させる光誘起電子移動を起こし、吸収した光エネルギーを酸化・還元反応に利用可能な化学エネルギーに変換することを狙って設計された分子である。この光誘起電子移動によってアクリジン部位が電子を受容すると、窒素原子上の電子配置が変化して周辺原子との結合様式が平面型からピラミッド型に変化することが予想される。本研究によって観察されたメチル基の折れ曲がりは窒素原子周辺の配置が平面型からピラミッド型に変化することに相当するため、アクリジン部位が確かに電子を1つ受容したことを反映する構造変化と言える。一方、過塩素酸イオンの配置変化はメシチレン部位が電子を1つ供与して正電荷を増したため両者の間の静電気的な引力が強まったことを明確に反映している。よって本成果は、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンの効率的なエネルギー変換は分子設計の狙いどおりメシチレン部位からアクリジン部位への光誘起電子移動が関係していることを直接的に初めて証明したものである。

また、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは、メシチレン部位とアクリジン部位がほぼ直交した配置で結合しているが、本研究によって観察した光エネルギーを化学エネルギーに変換した時の分子構造において、この直交配置がほぼ変化していないことも非常に重要である。両者が直交に配置することにより、光吸収によって起こる電子移動が元に戻ることが強く抑制されている。つまり、エネルギー変換後もメシチレン部位とアクリジン部位の直交配置が保持されていることは、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンが変換した化学エネルギーを長時間保持することを裏付ける結果と言える。

論文名:Determination of the Structural Features of a Long-Lived Electron-Transfer State of 9-Mesityl-10-methylacridinium Ion
(長寿命電子移動状態における9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンの構造的特徴の決定)
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
著者:M. Hoshino, H. Uekusa, A. Tomita, S. Koshihara, T. Sato, S. Nozawa, S. Adachi, K. Ohkubo, H. Kotani, S. Fukuzumi
doi : 10.1021/ja300602h

<本研究の意義、今後の展望>

本研究は、太陽光エネルギーを効率よく化学エネルギーに変換する分子設計方針の確立につながる成果である。これにより、光のエネルギーを利用して通常では起こらない化学反応を進行(光触媒反応)させることが可能になると期待できる。

実際に9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンでは、様々な光触媒反応が報告されており、今後さらに効率的な光触媒反応を設計する上で本研究成果は重要な情報になると考えられる。さらに、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンやその分子設計方針を利用して、エネルギー問題を解決へと導く新しい人工光合成システム開発の進展が期待されている。

本成果は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」 研究課題名:「光技術が先導する臨界的非平衡物質科学」 研究代表者:腰原伸也(東京工業大学大学院理工学研究科教授)、JST戦略的創造研究推進事業(ALCA)「太陽電池及び太陽エネルギー利用システム」技術分野 研究開発課題名:「人工光合成複合システムの構築」 研究開発代表者:福住俊一(大阪大学大学院工学研究科教授)、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「光エネルギーと物質変換」 研究課題名:「時間分解X線構造解析法による光エネルギー変換機構の分子動画観測」 研究者:足立伸一(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所教授)によって得られたものである。

<参考図>

図1

図1 9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオン

可視光を吸収することでメシチレン部位(スキーム中で青に変わる部位)からアクリジン部位(スキーム中で赤に変わる部位)への電子移動が起こり、吸収した光エネルギーを化学エネルギーに変換する。

図2

図2 観察されたエネルギー変換に伴う構造変化

図中の灰色の半透明部分は可視光を吸収する前の分子配置であり、光を吸収して化学エネルギーに変換する過程で、アクリジン部位に結合したメチル基が折れ曲がり、結晶中で隣接する過塩素酸イオンがメシチレン部位方向に移動していることがわかる。また、メシチレンとアクリジンの配置が観察精度以内で変化していないこともわかる。

<用語解説>

※1 人工光合成
植物が光のエネルギーを捕集して、化学エネルギーに変換し、炭化水素合成などの化学反応に利用する光合成を、原子・分子を設計し組み合わせることで人工的に行うこと。本研究で注目した9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは光合成のプロセスの中でエネルギーの変換を行う部分(光合成反応中心)の機能を模倣して設計された分子である。
※2 ポンププローブX線回折法
試料の単結晶に短い時間幅のレーザー光を照射すると、短時間で単結晶中分子の多くが光のエネルギーを吸収して高いエネルギーの状態(本研究では、光誘起電子移動を起こした状態)に変化する。この瞬間のX線回折データを同様に短い時間幅のX線を用いて収集する方法がポンププローブX線回折法である。レーザー光で高いエネルギー状態に“上げた(pump)”瞬間をX線で“調べる(probe)”ことから、このように呼ばれる。
※3 単結晶X線構造解析
分子が規則正しく周期的に配列した単結晶に単色化したX線を照射すると、結晶中の分子構造と周期性を反映した回折データが得られる。この回折データを数千から数万収集して解析を行うことで、試料の分子構造と結晶構造を知ることができる。この単結晶X線構造解析は実験から得られる回折データのみを利用して分子及び結晶の三次元的な構造を知ることが可能であることから、直接観察とも表現される。

<お問い合わせ>

<研究に関すること>

国立大学法人 東京工業大学大学院理工学研究科 研究員
星野 学(ほしの まなぶ)
Tel:029-879-6185  Fax:029-879-6187
E-mail:

国立大学法人 東京工業大学大学院理工学研究科物質科学専攻 教授
腰原 伸也(こしはら しんや)
Tel / Fax:03-5734-2449
E-mail:

国立大学法人 大阪大学大学院工学研究科 教授
福住 俊一(ふくずみ しゅんいち)
Tel:06-6879-7368 Fax:06-6879-7370
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
石井 哲也(いしい てつや)
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

国立大学法人 東京工業大学評価・広報課 広報・社会連携グループ
坂本 和慶(さかもと かずよし)
Tel:03-5734-2975 Fax:03-5734-3661
E-mail:

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 森田 洋平(もりた ようへい)
Tel:029-879-6047 Fax:029-879-6049
E-mail:

国立大学法人 大阪大学工学研究科総務課評価・広報係
中野 和子(なかの かずこ)
Tel:06-6879-7231 Fax:06-6879-7210
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