JST(理事長:北澤 宏一)は平成23年7月20日に、東京工業大学(学長:伊賀 健一)の細野 秀雄 教授らが発明した高性能の薄膜トランジスター(TFT:Thin Film Transistor)注1)に関する特許のライセンス契約をサムスン電子株式会社(本社:ソウル特別市、代表取締役CEO:崔 志成)と締結しました。
細野教授は1995年に、高い電子移動度を備えた「透明アモルファス酸化物半導体(TAOS:Transparent Amorphous Oxide Semiconductors)注2)」の設計指針を提唱しました。その後、細野教授自身がリーダーを務めたJST 創造科学技術推進事業(ERATO)および戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO-SORST)で、TAOSの1つであるIGZO注3)(インジウムIn-ガリウムGa-亜鉛Zn-酸素O)を使ったTFTを室温で作製し、2004年に英国科学雑誌「Nature」で発表しました。IGZOを使ったTFTは、これまでのディスプレイで使用されているアモルファスシリコン注4)に比べて電子移動度が10~20倍程度高いことから約10倍の高解像度化が可能で、さらに既存の材料と比べて低温で、しかも容易にプラスチックフィルム上でも作製できることから、今後用途が広がるものと期待されています。この論文が契機となって、国内外のディスプレイメーカーなどが相次いで応用研究を開始し、サムスン電子株式会社を始めとした多くの企業から、IGZO TFTを用いた高解像度・3次元・大型液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイなどの試作品が発表されていました。
今回、世界トップのディスプレイメーカーと契約することは、ディスプレイ業界における高解像度・3次元・大型液晶ディスプレイ製品への応用を促すとともに、スマートフォンやタブレット端末に代表される中小型ディスプレイ、さらには、電子ペーパーなどへのIGZO TFTの応用を加速するもので、今後ほかのディスプレイメーカーからも同様の動きが期待されます。市場が10兆円規模とも言われる世界のディスプレイ産業へ、日本発の基礎研究の成果が大きなインパクトをもたらすものと期待されます。
今回のライセンス契約のもととなる研究成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
創造科学技術推進事業(ERATO)
研究プロジェクト |
「細野透明電子活性プロジェクト」 |
総括責任者 |
細野 秀雄 (東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授) |
研究期間 |
1999年10月~2004年9月 |
戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO-SORST)
研究プロジェクト |
「透明酸化物のナノ構造を活用した機能開拓と応用展開」 |
総括総括 |
細野 秀雄(東京工業大学 フロンティア研究センター 教授) |
研究期間 |
2004年10月~2010年3月 |
細野教授らは、酸化物および関連化合物の結晶構造中に存在するナノ構造を有効に活用することなどにより、「IGZO TFTの発明」のほか、「電気を通すセメント 12CaO・7Al2O3の発見」、「鉄系高温超伝導体の発見」などの卓越した業績を上げました。
<研究の背景と経緯>
現代社会に、テレビやパソコン、携帯電話からの情報は不可欠なものとなっています。これらの情報を送り出すフラットパネルディスプレイにはTFTが内蔵され、これが電気的にオン・オフを繰り返すことが動作の源になっています。
これまでのTFTでは、水素化アモルファスシリコン(通称:アモルファスシリコン)という材料が使われています。しかし、今後のディスプレイの高度化にはTFTの高移動度化が必要であるため、この半導体材料では対応が困難であることが以前から指摘されており、これに代わる新たな半導体材料の創出が待ち望まれていました。
<研究の内容>
細野教授は1995年に神戸で開催された「第16回アモルファス半導体に関する国際会議」において、TAOSという新たな物質の設計指針を提唱しました。発表当時は、まだ世界の関係者の注目をほとんど集めない状況でした。
しかし細野教授は1999年に、JST ERATOの総括責任者(プロジェクトリーダー)として採択され、自身の設計指針の確かさを実証する研究に着手しました。2004年には、TAOSの1つであるIGZOを成膜したTFTが、低温プロセスでの蒸着やスパッタリング注5)により極めて簡便にプラスチックフィルム上に作製可能なこと(図1)、かつそのTFTがアモルファスシリコンTFTよりも1桁高い電子移動度を示すことを発見し、同年3月に特許を出願、その後同年11月に英国科学雑誌「Nature」で研究成果を発表しました。
<その後の産業界へのインパクト>
この発明を受けて、国内外のディスプレイメーカーが応用研究を開始しました。特に2009年頃からは、IGZO TFTを搭載した高解像度・3次元・大型液晶ディスプレイや有機ELディスプレイの試作・展示が国内外の国際会議や展示会で目立つようになりました。今回のライセンス契約を締結したサムスン電子株式会社も、早くから応用研究を手がけ、2010年11月に幕張で開催されたフラットパネルディスプレイの国際会議で、高解像度(3,840×2,160ピクセル)・3次元(1秒あたりの動画処理数を示すフレーム周波数は240Hz)・70インチの液晶ディスプレイを展示して世界のディスプレイ関係者に驚きを与えるとともに、早期の実用化を期待させるようになりました。
<今後の展開>
今回、IGZO TFTに関する特許のライセンス契約を締結するサムスン電子株式会社のほか、国内外のディスプレイメーカーからも同様の動きが期待されます。
細野教授は、「使われてこそ材料、との信条から、内外の企業に分け隔てなくライセンスしたいとの強い希望を当初から持っていました。大学の基礎研究の成果から、文字通り目に見える製品が出てきた例になれば、材料研究者として本望です」とコメントしています。ディスプレイ産業におけるさまざまなニーズの高まりとともに、この産業への日本の基礎研究発の成果である「IGZO TFTの参入」には、今後も大きな期待を寄せることができることでしょう。
<参考図>
図1 細野教授らが2004年に発明した「IGZO TFT」
プラスチックフィルム上に低温スパッタリングによりIGZO薄膜を成膜可能であること、かつTFTの性能(電子移動度)がアモルファスシリコンTFTよりも10~20倍程度高いことを明らかにしました。
<用語解説>
- 注1) 薄膜トランジスター(TFT:Thin Film Transistor)
- トランジスターは、電子回路内での電気信号の増幅やスイッチ動作をする半導体素子で、現代の電子デバイスでは必要不可欠なものとなっています。TFTは、基板上に構成される薄型のトランジスターのことを指します。液晶ディスプレイにおいては、画面を構成する各ドットでTFTによる表示制御がなされています。
- 注2) 透明アモルファス酸化物半導体(TAOS:Transparent Amorphous Oxide Semiconductors)
- 原子が規則正しく配列した結晶の半導体を、配列が乱れたアモルファスにすると、電子の動きやすさ(移動度)は桁違いに低下してしまうのはよく知られた常識でした。例えばシリコンの場合では、3桁も落ちてしまいます。しかし細野教授は1995年に、金属イオンと酸素イオンとの電子軌道の空間的広がりと対称性から、結晶と遜色ない移動度を持つアモルファス酸化物半導体を実現する仮説を提唱し、これらの物質群を「透明アモルファス酸化物半導体」と命名しました。ガラスのように透明で、しかも電子が結晶中のように動きやすく、しかも電気の流れやすさを制御できる半導体が実現したのです。
- 注3) IGZO
- 構成元素がインジウム(In)・ガリウム(Ga)・亜鉛(Zn)からなるアモルファス酸化物の略称で、細野教授が提唱したTAOSの物質系の1つです。現在では、“イグゾー”と国際的に呼ばれています。アモルファスシリコンよりも10~20倍程度の高い電子移動度を有し、薄膜は可視光を透過させるため、透明の薄膜を作製することができます。また薄膜は、蒸着基板の加熱が不要であるなど、低温プロセスでの蒸着やスパッタリングが可能であるため、例えばプラスチックフィルムなどへの成膜が可能であるというメリットもあるなど、用途が広がることが期待されています。
- 注4) アモルファスシリコン
- 1975年に、イギリスのウォルター・スピア教授(故人)とピーター・ルコンバー博士がシラン(SiH4)のグロー放電による分解過程で発見した、水素を含むシリコンからなるアモルファス半導体です。単結晶シリコンに比べて移動度は格段に低いものの、容易に均質で大面積の薄膜作製が可能であることなどから、現在は液晶ディスプレイを駆動するTFTや太陽電池などに用いられています。
- 注5) スパッタリング
- 真空中に不活性ガス(主にArガス)を導入しながら基板とターゲット(成膜させる物質IGZO)間に直流高電圧を印加し、イオン化したArをターゲットに衝突させて、はじき飛ばされたターゲット物質を基板に成膜させる簡便な方法です。
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