JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成23年2月28日

京都大学
Tel:075-753-2071(総務部 広報課)

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

高輝度光科学研究センター(JASRI)
Tel:0791-58-2785(広報室)

フラスコで簡単に合成できるナノチューブの作製に世界で初めて成功

-パーツの組み換えで性質のコントロールが可能な新材料の開発-

国立大学法人 京都大学(松本 紘 総長)の研究グループは、財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)との共同研究により、選択的な分子の取り込みが可能な半導体ナノチューブを作製することに成功しました。これは、京都大学の北川 宏 教授および大坪 主弥 研究員らによる研究成果です。

活性炭やゼオライトに代表される吸着剤は、分子を取り込み吸着する役割を果たす物質であり、物質内部に多数の小さな穴(細孔)を有することから「多孔性物質注1)」と呼ばれています。最近では、活性炭やゼオライトに比べて高いガス選択吸着性を示す「多孔性金属錯体」が高効率分離・濃縮機能を有する多孔性物質として注目され、第3の多孔性材料として世界中で研究開発が進められています。他方、カーボンナノチューブ注2)は、その導電性や高い耐久性から電子デバイス材料への応用が進められていますが、最近では内部にナノメートル(10億分の1メートル)サイズの細孔を持つことから吸着剤としての応用も期待される物質です。しかし、カーボンナノチューブは高温(1000℃以上)を必要とするその作製法が原因で、サイズや形状を制御することが困難でした。

今回、上記研究グループは、金属イオンや有機分子からなる金属錯体をパーツとして組み上げるボトムアップ法注3)に着目し、対角方向の直径がおよそ1.5nmで形状が完全に揃ったナノチューブを室温下で合成することに世界で初めて成功しました。このナノチューブは、内部に細孔を持っており、水やアルコールといった蒸気を選択的に取り込む機能を持つことが分かりました。さらに、この物質は半導体的な性質を示し、構成要素を組み替えることによって、その電子的性質を幅広くコントロールできることも分かりました。

以上の研究成果は、多孔性材料を用いた新しいセンサー材料や電子デバイスとしての応用につながることが期待されます。

なお、本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「ナノ界面技術の基盤構築」における研究課題「錯体プロトニクスの創成と集積機能ナノ界面システムの開発」(研究代表者:北川 宏 教授)の一環として、また大型放射光施設SPring-8注4)の利用研究課題として行われたものです。

本研究成果に関する原著論文は、2011年2月27日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Materials」のオンライン速報版で公開される予定です。

<研究の背景>

物質内部に無数の細孔を有する「多孔性材料」と呼ばれる物質は、その細孔内に分子を取り込んで吸着する性質を持つことで注目され、古くから盛んに研究が行われてきました。内部にナノメートルサイズの細孔を持つことで知られるカーボンナノチューブも多孔性材料の1つですが、カーボンナノチューブは分子を取り込む能力だけではなく、その導電性や高い耐久性から、エレクトロニクスなどの機能性材料への応用が期待されている物質です。しかし、カーボンナノチューブを作製するには黒鉛を放電やレーザーで1000℃以上に加熱し蒸発させたりする必要があり、チューブのサイズや形状、そして性質を精密に制御し作製することが非常に困難でした。近年、新しい多孔性材料として金属イオンと有機分子を用いたボトムアップ法により生成する多孔性配位高分子(PCP:Porous Coordination Polymer)が注目を浴びています。これらは従来の多孔性材料に比べて高い空隙率や結晶性を有していて、さらには設計性や物質群としての多様性にも優れており、細孔のサイズ、形状、性質だけでなく物質の安定性なども構成要素(パーツ)となる金属イオンや有機分子を組み換えることによってコントロールすることができるという大きな特徴を持っています。

<研究の内容>

本研究では、新しい多孔性のナノチューブの作製法として、図1に示すように、金属イオンと有機分子からなる金属錯体をパーツとして用い、望みの構造に組み上げるボトムアップ法に着目しました。白金イオン(Pt2+)と4,4’ビピリジン、エチレンジアミンから構成された一辺がおよそ1nmの正方形状の金属錯体とヨウ素を室温で反応させたところ、正方形状の金属錯体がヨウ素を介してつながった四角柱状のナノチューブの作製に成功しました。単結晶X線結晶構造解析注5)を行うことで、対角方向の直径がおよそ1.5nmの内細孔を持つナノチューブの構造を決定できました(図2)。作製直後のナノチューブには細孔内に大量の水分子が取り込まれていますが、大型放射光施設SPring-8におけるX線吸収微細構造注6)の測定から、細孔内の水分子を全て取り除いてもナノチューブは壊れずに安定に存在していることが明らかになりました。

次に、細孔内の水分子を取り除いたナノチューブをさまざまなガス分子の蒸気にさらしたところ、水やアルコールの分子は取り込まれるのに対して、窒素や二酸化炭素の分子は取り込まれていませんでした(図3)。また、紫外可視吸収スペクトル注7)測定から、このナノチューブは半導体材料として知られるシリコンより低いバンドギャップ注8)を持つ半導体であることが分かりました。さらに、外気の湿度を変化させたり、ナノチューブのパーツをヨウ素から臭素や塩素などに変えて作製したりすることで、バンドギャップの大きさを連続的に変化させられる性質があることも分かりました。

<今後の展開>

本成果は、(1)基礎面、(2)応用面の両方において大きな波及効果が期待されます。

(1)ナノチューブ状の物質の作製はこれまでに多くの研究例があるものの、カーボンナノチューブの例を除き、ガス分子の取り込みや電子的な性質について議論された研究例はありませんでした。本研究ではボトムアップ法を駆使した形状の整った多孔性のナノチューブ作製法を示しただけではなく、そのガス分子の取り込みや電子的な性質を詳細に明らかにすることに成功したと言えます。

(2)本研究で得られた多孔性ナノチューブは、内部の細孔にさまざまな分子を選択的に取り込む機能を持っているだけでなく、半導体としての性質も併せ持っています。さらには湿度の変化や構成要素の組み換えによりその性質を大きく変えることもできます。これらの性質を用いることでガス分子に対して敏感に応答するセンサー材料や、化学的なドーピング注9)処理により電導性をコントロールすることで、ガス吸着能と導電性を併せ持つ新たな多機能電子デバイスへの応用につながることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 ボトムアップ法を用いたナノチューブの作製

四角形型の金属錯体とヨウ素の反応から、四角柱型のナノチューブが生成する。

図2

図2 単結晶X線結晶構造解析により明らかになったナノチューブの構造

図1で示した反応から、想定したナノチューブが組み上がっていることが分かる。図中において白金はオレンジ色、ヨウ素は紫色、窒素は青色、炭素は灰色で示してある。

図3

図3 得られたナノチューブのガスの取り込みの様子

水(赤色)、メタノール(青色)、エタノール(緑色)の分子の吸着量はガスの蒸気圧とともに増加し、これらの分子がナノチューブ内に取り込まれていることが分かる。一方の、窒素(オレンジ色)は全く取り込まれていない。

<用語解説>

注1) 多孔性物質
内部に多数の細孔を有する物質を指す。多孔性材料における細孔はそのサイズにより、マクロ孔(>50nm)、メソ孔(2~50nm)、マイクロ孔(<2nm)に分類される。特にマイクロ孔を持つ多孔性材料は、細孔のサイズが分子のサイズに近いため、さまざまな分子の吸着・分離(分子ふるい)への応用面が注目され、古くから研究が行われている。
注2) カーボンナノチューブ
1991年に飯島 澄男 氏により発見された物質であり、6つの炭素から構成された六角形がつなぎ合わさった蜂の巣状のシート(鉛筆の芯である黒鉛と同様)を丸めてでき上がったような直径が0.7~1.4nmのチューブ状の構造を持っている。蜂の巣状のシートの丸め方によって性質が金属的になったり半導体的になったりする。
注3) ボトムアップ法
基礎的な部分を基にして全体を組み上げること(bottom-up、対義語はtop-down)を意味する。原子や分子を数十から数百の単位で構築し、微細な材料やデバイスを作り上げる技術のことである。比較的新しい技術であり、ナノスケールの構造が自発的に形成する自己組織化法や人工的に組み上げる逐次積層法などが注目されている。この方法は、数十nm以下のスケールのナノ構造体の加工・製造に有効である。今回の研究では、目標となるナノメートルサイズの構造体を金属イオンや有機物を小さなパーツとして使用し、積み木細工のように組み上げる手法を指す。
注4) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前は、uper hoton ring-8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた際に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで広範な研究が行われている。
注5) 単結晶X線結晶構造解析
結晶にX線を照射すると、結晶を構成する原子や分子の規則正しい配列に応じた回折現象(回折パターン)が観測される。この回折パターンを解析することで、結晶中で原子や分子がどのように配列しているのかを明らかにすることができる。
注6) X線吸収微細構造
X線のエネルギー(波長)を変えながら物質に照射すると、物質を構成する分子中の原子がX線を吸収する。吸収の度合いはX線のエネルギーとX線を吸収した原子の持つ電子数とその周りに存在する他の原子の種類と数により異なるため、分子の構造や電子状態についての情報を得ることができる。X線のエネルギーを容易に選択できるので、放射光は「X線吸収微細構造」実験に最適な光源である。
注7) 紫外可視吸収スペクトル
物質に可視光、紫外光領域のエネルギーの光を照射すると、物質を構成する分子が光を吸収する。分子の電子状態により吸収される光のエネルギーが異なるため、物質の電子状態についての情報が得られる。通常、半導体のバンドギャップ(注8参照)は可視紫外領域にあるために、半導体の電子状態についての詳細な情報を得ることができる。
注8) バンドギャップ
半導体や絶縁体においては、電子が詰まった領域(価電子帯)と電子が詰まっていない領域(伝導帯)の2つが電子の存在できない領域(禁制帯)に隔てられて存在しているような状態となっている。この時、価電子帯と伝導帯の間の隔たり(エネルギーの差)をバンドギャップと言う。この場合、電子はバンドギャップ以上の熱や光などのエネルギーを受け取り価電子帯から伝導帯に飛び移る(遷移)ことで動くことが可能になり、電流が流れる。なお、バンドギャップが存在しない物質が金属であり、電子は遷移する必要がなく動けるため、電流を流しやすい。
注9) ドーピング
半導体材料においてよく使用される手法の1つで、作成段階で少量の別の原子を不純物として意図的に混入することで、半導体の電流の流す性質やバンドギャップを変化させることができる。例えば、シリコンに対し、電子数の1つ多いリンをドーピングすると、余剰な(1つ余った)電子がシリコンの伝導帯付近に注入され、動くことが可能になる。

<論文名および著者名>

“Bottom-up Realization of a Porous Metal-organic Nanotubular Assembly”
(多孔性のナノチューブ集合体のボトムアップ実現)
doi: 10.1038/nmat2963
Kazuya Otsubo, Yusuke Wakabayashi, Jun Ohara, Shoji Yamamoto, Hiroyuki Matsuzaki, Hiroshi Okamoto, Kiyofumi Nitta, TomoyaUruga and Hiroshi Kitagawa

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

北川 宏(キタガワ ヒロシ)
国立大学法人 京都大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
「錯体プロトニクスの創成と集積機能ナノ界面システムの開発」 研究代表者
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町
Tel:075-753-4035 Fax:075-753-4035
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

長田 直樹(ナガタ ナオキ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

国立大学法人 京都大学 総務部 広報課
Tel:075-753-2071 Fax:075-753-2094
E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 広報ポータル部
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
Tel:0791-58-2785 Fax:0791-58-2786