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平成22年12月24日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学
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免疫を抑制する細胞を増やす腸内細菌を発見

-炎症性腸疾患やアレルギー疾患の予防・治療への新たな可能性-

JST 課題解決型基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院医学系研究科の本田 賢也 准教授らは、消化管に常在するクロストリジウム属細菌注1)が、免疫抑制に必須の細胞である制御性T細胞(Treg細胞)注2)の産生を強力に誘導することを明らかにしました。

Treg細胞は、炎症性腸疾患や関節リウマチなどの免疫システムの行き過ぎた応答を抑制するのに極めて重要な役割を果たすT細胞の一種です。このTreg細胞の数を人為的に増加させることができれば、異常な免疫応答を抑制し、自己免疫疾患の症状の軽減やアレルギー疾患の治癒に役立つと考えられ、現在、盛んに研究されています。

また、腸内細菌は私たちの免疫系に影響を与えることが古くから知られていますが、どの腸内細菌がTreg細胞の産生(Treg細胞数)に影響を与えるのか、これまで明らかになっていませんでした。

本田准教授らは、通常環境で飼育されたマウスの大腸にTreg細胞が多数存在することに着目し、それが無菌環境で飼育されたマウス(無菌マウス)では激減することを発見しました。さらに、無菌マウスにいろいろな腸内細菌を接種したところ、クロストリジウム属細菌が大腸内のTreg細胞を顕著に増加させることを突き止めました。また、クロストリジウム属細菌を多く持つマウスは、腸炎やアレルギー反応が起こりにくいことも見いだしました。

本研究成果は、炎症性腸疾患やアレルギー疾患などの治療や予防法の開発に役立つものと期待されます。

本研究は、東京大学 大学院農学生命科学研究科の伊藤 喜久治 教授、ヤクルト中央研究所の梅崎 良則 博士らと共同で行ったものです。

本研究成果は、2010年12月23日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Science」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
(研究総括:中西 重忠 大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名 「可視化を通して解析する消化管粘膜免疫系の誘導維持機構」
研究者 本田 賢也(東京大学 大学院医学系研究科 准教授)
研究期間 平成20年10月~平成24年3月

JSTはこの領域で、生命システムの動作原理の解明のために新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生体情報の発現における基本原理の理解を目指しています。上記研究課題では消化管免疫システムに重点を置き、生体イメージング技術を取り入れ、消化管内での細菌と宿主細胞の相互作用を明らかにし、一連の免疫反応を線として捉えることができる解析法を確立します。

<研究の背景と経緯>

免疫システムの行き過ぎた応答を抑制するのに極めて重要な役割を果たすTreg細胞は、Foxp3注3)というたんぱく質を発現することを特徴としています。実際、このFoxp3たんぱく質をコードする遺伝子に異常を持つ人は、Treg細胞の分化や機能に異常を来し、極めて重篤な自己免疫疾患・アレルギー疾患を発症することが知られています。このTreg細胞の数を人為的に増加させることができれば、自己免疫疾患の症状の軽減やアレルギーの治癒に役立つと考えられ、現在盛んに研究されています。

Treg細胞は普段から消化管にたくさん存在しており、その数は他臓器の3倍以上にも及びます。これまで、腸内細菌の存在がTreg細胞の数を増やすのに重要な役割を果たしているのではないかと想定されていますが、十分な解析はなされていませんでした。

<研究の内容>

本田准教授らは、マウスの大腸にTreg細胞が多数存在することに着目し、腸内細菌が重要な役割を果たしているのではないかと仮説を立てました。

まず、腸内細菌を全く持たないマウス(無菌マウス)の大腸のTreg細胞の数を調べてみると、その数が激減していることを発見しました(図1)。

次に、通常マウスに常在すると言われる約500種類の腸内細菌のうち、どの細菌種が重要であるかを探索するために、通常環境下で飼育しているマウスに異なる腸内細菌を死滅させる(抗菌スペクトルを持つ)抗生物質を投与して、影響を及ぼす腸内細菌を調べました。その結果、グラム陽性菌注4)群が有効であると分かりました。また、無菌マウスに芽胞を形成する腸内細菌(クロロホルム耐性菌)を投与したところ、Treg細胞が強力に誘導されました。これらの結果から、グラム陽性菌の中で芽胞を形成する細菌に絞り込まれました。

グラム陽性菌で、かつ芽胞を形成する細菌として大腸に多く存在するのはクロストリジウム属細菌です。東京大学の伊藤教授らは、マウス消化管常在菌からクロストリジウム属細菌を多数単離しており、さらにクロストリジウム属細菌は哺乳動物の免疫システムに強く影響を与える性質を有しているというデータを蓄積していました。そこで、伊藤教授らが単離したクロストリジウム属細菌の46種類の株を混和したものを、無菌マウスに投与したところ、大腸のTreg細胞が通常環境下のマウスと同数にまで強力に誘導されました(図2)。一方、他にもさまざまな腸内細菌を無菌マウスに投与する実験を行いましたが、クロストリジウム属細菌のようなTreg細胞の誘導は認められませんでした。一連の実験によって、クロストリジウム属細菌がTreg細胞誘導に最も有効な細菌であると分かりました。

さらに、クロストリジウム属細菌が大腸に多く存在するマウスは、大腸Treg細胞数が多くなると同時に、いくつかの炎症性腸炎モデルに対して抵抗性を示し、アレルギー反応も抑制されていました。

以上のことから、腸内常在菌であるクロストリジウム属細菌は、大腸Treg細胞を特異的に、かつ強力に誘導する細菌の1つであり、クロストリジウム属細菌がたくさん存在すると、消化管の炎症や全身のアレルギー応答が抑制され、宿主にとって有益であると結論づけました(図3)。

<今後の展開>

人の消化管にもクロストリジウム属細菌は多く常在しており、さらに、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患の患者では、クロストリジウム属細菌が減少しているという報告もあります。今後、人のクロストリジウム属細菌で同じ作用を持つ種類を同定することによって、炎症性腸疾患やアレルギー疾患へ応用できる可能性があります。また、クロストリジウム属細菌に由来するどのような分子がTreg細胞誘導につながるのか、その分子メカニズムを明らかにすることによって、新たな薬剤開発につながることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 マウス大腸のTreg細胞数の比較

図2

図2 クロストリジウム属細菌によるTreg細胞の誘導

無菌マウスにおいては、大腸CD4T細胞の8.81%がFoxp3を発現するTreg細胞であるが、無菌マウスにクロストリジウム属菌を投与すると、その比率は35.7%まで上昇した。一方、乳酸菌を投与してもTreg細胞は増加しなかった。

図3

図3 クロストリジウム属細菌による免疫応答抑制機構

<用語解説>

注1) クロストリジウム属細菌
グラム染色で陽性となるグラム陽性菌。クロストリジウム属細菌には、破傷風菌やボツリヌス菌などの病原性細菌も含まれるが、哺乳動物の消化管に常在する無害な共生細菌の多くもクロストリジウム属細菌に含まれる。クロストリジウム属の細菌は嫌気性菌であり、無酸素の状態でのみ増殖ができる。クロストリジウム属の細菌は発育に不適当な環境におかれると芽胞と呼ばれる厚い皮膜に包まれた球状体に変わり、冬眠のような状態で長期間生存することができる(芽胞形成菌)。芽胞の状態にあるときには、加熱や冷凍にも耐えることができる。この芽胞の状態は、発育条件が揃うと通常の菌体に戻り増殖を始める。
注2) 制御性T細胞(Treg細胞)
T細胞はリンパ球の一種で、骨髄の中で生み出された前駆細胞が、胸腺と呼ばれる臓器での選択を経て分化し、成熟したもの。T細胞の中にもいくつかの種類があり、免疫を活性化するものと、抑制するものとが存在している。活性化型のT細胞は、病原体や異物を排除するための免疫反応を引き起こす。一方、制御性T細胞はFoxp3を発現して、他のT細胞の過剰な免疫反応を抑制的に調節している。
注3) Foxp3
Treg細胞に特異的に発現している転写因子たんぱく質で、Treg細胞の分化や機能を司る。
注4) グラム陽性菌
細菌は、グラム染色に対する反応に基づいてグラム陽性菌と陰性菌という2つの主要なグループに分けることができる。グラム染色をすると、グラム陽性菌は紫色に、陰性菌は赤色になる。グラム染色に対する反応がこのように異なるのは、グラム陽性菌と陰性菌で細胞壁の構造が異なるためである。グラム陽性菌にはブドウ球菌や連鎖球菌が含まれるが、消化管に常在する細菌としてはクロストリジウムやバチルス、ラクトバチルスなどが含まれる。

<論文名>

“Induction of colonic regulatory T cells by indigenous Clostridium species”
(常在クロストリジウム属菌による大腸制御性T細胞誘導)
doi: 10.1126/science.1198469

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

本田 賢也(ホンダ ケンヤ)
東京大学 大学院医学系研究科 准教授
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-3373 Fax:03-5841-3450
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<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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