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平成22年10月25日

科学技術振興機構(JST)
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筑波大学
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極微世界の超高速現象を観察できる顕微鏡を実現

(半導体などのナノデバイス開発に貢献)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、筑波大学 大学院数理物質科学研究科の重川 秀実 教授らは、時間と空間の両方で極限的な分解能を併せ持つ新しい顕微鏡を実現しました。

半導体をはじめとする素子のサイズが微細化する中、ナノ(10億分の1)スケールでの構造の揺らぎや電子の局所ダイナミクスなどが機能に与える影響を、フェムト秒(1000兆分の1秒)スケールの時間分解能で直接調べることができる、これまでにない新しい技術の開発が強く望まれていました。

本研究グループは、新しい時間分解測定の方法を開発することで、これまで困難とされてきた、フェムト秒の時間分解能を持つ超短パルスレーザー注1)とナノスケールの空間分解能を持つ走査型トンネル顕微鏡(STM)注2)技術を組み合わせることを可能にし、極微世界の超高速現象を観察できる顕微鏡を世界で初めて実現しました。

ナノスケールの構造の中で幅広い時間領域のダイナミクスを計測することが可能な顕微鏡は、今後、ナノテクノロジーを利用した新しい機能の開発において大きな役割を担うことが期待されます。

本研究は、筑波大学 大学院数理物質科学研究科の武内 修 講師、寺田 康彦 助教、吉田 昭二 助教と共同で行われ、2010年10月24日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Photonics」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」
(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)
研究課題名 「フェムト秒時間分解走査プローブ顕微鏡技術の開拓と極限計測」
研究代表者 重川 秀実(筑波大学 大学院数理物質科学研究科 教授)
研究期間 平成16年10月~平成22年3月

JSTはこの領域で、物質や材料に関する科学技術の発展の原動力である新原理の探索、新現象の発見と解明に資する新たな計測・分析に関する基盤的な技術の創出を目指しています。

上記研究課題では、時空両領域で極限的な分解能を持つフェムト秒時間分解走査プローブ顕微鏡技術の開発を実現し、ナノスケールでの新たな物性研究を行いました。

<研究の背景と経緯>

「より小さく・より速く」、ナノスケール科学技術の展開のもと、限界への挑戦が進められています。例えば、微細化技術の発展に伴い半導体デバイス注3)の加工寸法はナノスケール領域に到達し、添加したドーパント注4)の分布や界面の粗さなど原子スケールの局所的な構造が、直接、半導体デバイスの動作特性を左右するまでに至っています。さらに、構造の微細化に伴って半導体デバイスの動作は高速化しています。半導体デバイスの動作回数は1秒間に10億回を越えるため、電子などのキャリアー注5)のダイナミクスはピコ秒(1兆分の1秒)スケールの時間で変化します。こうした、微細化・高速化が高度に進んだ半導体デバイスの物理・特性を正しく評価し新しい機能を創成するためには、ドーパントやキャリアーの状態をナノスケールの空間分解能で観察しながら、キャリアーのダイナミクスをフェムト秒(1000兆分の1)スケールの時間分解能で計測する技術の開発が必要不可欠です。

STMの発明(1986年ノーベル賞)以来、原子レベルの空間分解能を持つSTMに、超短パルスレーザーを利用して超高速現象を計測する光学的ポンププローブ法注6)(1999年ノーベル賞)を組み合わせた「新しい顕微鏡」の開発が1つの夢とされてきました。しかし、2つの異なる分野の先端技術の融合を目指すと、個々の場合には隠れていた多くの問題があらわとなり、STMの発明直後から多くの研究者が試みてきたにもかかわらず、これまで実現されることはかないませんでした。

<研究の内容>

光励起によるトンネル電流注7)の信号強度は極めて微弱です。微弱信号の検出感度を上げるために、光学的ポンププローブ法では、レーザー光を周期的に遮ることにより、強度を変化させ対応する信号の変化を検出します。しかし、この方式をSTMに組み合わせることはできません。なぜなら、レーザー光強度を変化させると探針が熱膨張・収縮を引き起こしてしまうためです。トンネル電流は試料・探針間距離に指数関数的に依存するため、0.1nmの変化によって値が10倍変化します。この探針の熱膨張・収縮によるトンネル電流の変化の影響は極めて大きく、本来の信号を覆い隠してしまいます。従って、「いかにして熱膨張の問題を避けて微弱な信号を捉えるか?」が解決すべき大きな課題でした。

この課題を解決するために本研究グループは、下記2点により両先端技術の融合を可能にしました。

  1. (1)ポンププローブ法にレーザー光の強度変化ではなく遅延時間(注6参照)を周期的に振動させること
  2. (2)遅延時間の調節に、パルスピッキングと呼ばれる、新しい測定の仕組みを導入すること

このことにより、フェムト秒からマイクロ秒(100万分の1秒)を越えた広い時間領域にわたる光誘起現象に対して、トンネル電流を用い(従ってSTMの空間分解能で)、微弱な時間分解信号を短時間で計測し、ナノスケール・実空間で観察することが可能な、「新しい顕微鏡」の開発に成功しました。この顕微鏡は、超短パルスレーザーのパルス幅で決まる時間分解能と、STMの空間分解能を併せ持ちます(参考図1図2図3図4)。

続いて、開発した新しい顕微鏡を用いて典型的な半導体デバイス材料であるヒ化ガリウム(GaAs)やコバルト(Co)ナノ粒子/GaAs構造を試料として測定を行い、本手法の有効性を実証しました。参考図5に示すように、光で励起されたキャリアー(ホール)がCoナノ粒子/GaAsにおいて他の場所より早く再結合していく様子を実空間(1nmより高い分解能)で観察することに成功しました。半導体中の欠陥や金属/半導体により形成される電子の状態は、キャリアーのナノスケールのダイナミクス、つまり半導体デバイスの動作に大きな影響を与えるため、半導体デバイス開発において重要な問題となります。しかし、これまで、局所構造と対応させて特性をナノスケールで直接解析を行う手段はありませんでした。

<今後の展開>

今や半導体素子はサイズが数十nmでサイズが制限される領域に達し、特性を制御するために導入されたドーパントの空間分布や界面の揺らぎが、得られる機能に直接影響を及ぼす段階に至っています。また、開発が盛んなスピンを利用した新しい特性を持つ機能材料・素子は、局所的な秩序や構造の揺らぎが、スピンの生成・消滅、相互作用にも大きな影響を与えて機能を左右します。同様に、超伝導の臨界温度やさまざまな相転移などの巨視的特性も、平均的な情報を得る手法では隠されてしまう局所的なダイナミクスが左右することが明らかになっています。

従って、求める機能を実現するためには、原子レベルの構造を確認しながら素子の応答特性(物性)をナノスケールで計測・解析し、巨視的な現象の裏に隠れた局所的な物理を明らかにして理解することが必要です。

本手法は、超短パルス光を利用したポンププローブ法をナノスケールで実現した顕微鏡ですが、トンネル電流をプローブとすることで、原子レベルの欠陥の影響など、これまで得ることができなかった新しい情報を得ることが可能です。また、他の光科学技術を組み込むことで、さらなる展開も期待されます。例えば、偏光を用いればスピンを対象とした解析が可能になり、また、パルス幅が10フェムト秒程度のレーザーを導入すれば励起状態や結晶中での原子の振動状態の解析が、そして、テラヘルツ光源を用いれば、超伝導体の研究や分子振動の選択励起などにも適用できます。

ナノデバイス開発は、個々の要素としては進展著しいですが、現在、これら要素をシステムとして構築する技術の開発が望まれ大きな課題となっています。本研究グループが開発した新しい顕微鏡は、システムとして動作している状態で各要素の局所ダイナミクスを原子構造と対応させて調べることが可能であり、ナノスケール科学の新たな展開とともにナノデバイス開発に重要な役割を担うことが期待されます。

<参考図>

図1

図1 新しい顕微鏡システムの写真と計測法の概略図

模式図に示すように、パルスピッカーを用い、2組(1組でも可能)のレーザーパルス光列から選択的にパルス光を透過させる。得られたパルス光を1つの軸に乗せ、パルス光対の列とする。パルス光対のうち、最初のパルスをポンプ光、2番目のパルス光をプローブ光と呼ぶ。選択するパルス光を時間的に変化させることで、ポンプ光とパルス光の間の遅延時間をデジタル的に変化させる。光学的なポンププローブ法とは異なり、信号はトンネル電流の遅延時間依存性である。トンネル電流を信号とすることで、STMと同様の空間分解能が達成される。時間分解能は光学的なポンププローブ光と同じく、超短パルス光のパルス幅で決まる。

図2

図2 本手法の位置づけ

超短パルス光幅の時間分解能とSTMの空間分解能を併せ持つ新しい顕微鏡法(時間分解STM)を実現(実験では、用いたレーザーのパルス幅による140fsの時間分解能と、図5で示すように、Co/GaAs試料によるナノメートル以下の空間分解能を確認)。

図3

図3 パルスピッキング法により実現された、広範囲におよぶ遅延時間計測例

図1で示すパルスピッキング法の導入により、遅延時間を広い領域に渡って高速に変化させることが可能になった。原理的な分解能は超短パルス光のパルス幅で決まるため、フェムト秒レベルの寿命の短い材料からマイクロ秒を越えた長い寿命の材料まで幅広い試料を対象とした計測が可能になる。今後、ナノスケールの機能素子・材料開発において、例えば、異なる寿命を持つ材料からなるナノ構造のキャリアーダイナミクスを解析することは必要不可欠であるが、こうした要求に応える新しい顕微鏡が実現された。

図4

図4 GaAs.AlGaAs/低温成長GaAsを順番に重ねた構造を試料として計測した時間分解STM信号

STM探針を走査することで、任意の場所で測定を行うことが可能。得られた結果は、光学的ポンププローブ法による結果とよく対応する。光学的な手法による平均された結果とは異なるのは、新しい手法では局所的な値が得られ場所に依存するため。

図5

図5 Co/GaAsの時間分解STM像

左の図はCoナノ粒子/GaAsのSTM像。2nm程度の大きさの粒子が見られる。中央の図は、時間分解STMにより得られた光励起キャリアーの減衰時間を二次元的にマッピングしたもの。右の図は、それら2つの図を重ね合わせたもので、場所がよく一致していることが分かる。下の図は、中央の図の黒い線に沿った断面図で、時定数の空間的な変化を示している。Coが有る場所で時定数が小さくなっていることが見て取れる。時間分解信号のマッピングは世界で初めての結果。

<用語解説>

注1) 超短パルスレーザー
パルス発振を行うレーザーでパルス幅が非常に短いもの。ストロボ写真のように非常に短い時間に生じる現象を捉えることが可能。本研究で用いたレーザーのパルス幅はフェムト秒領域。
注2) 走査型トンネル顕微鏡(STM)
量子力学で説明されるトンネル効果(注7参照)を利用した原子レベルの空間分解能を持つ顕微鏡。1886年ノーベル賞受賞。細い探針と試料の間に流れるトンネル電流が探針・試料間距離に指数関数的に依存することを用いて原子レベルの空間分解能を実現している。
注3) 半導体デバイス
集積回路の要素となる半導体機能素子。現在、30nm程度の加工精度で基本機能が制御される段階に達している。
注4) ドーパント
半導体などの素子(材料)に、伝導特性などを制御するために添加する不純物原子。
注5) キャリアー
電流の担い手で、半導体中の電子やホール(電子が抜けた穴)。
注6) 光学的ポンププローブ法
ポンプ光とプローブ光と呼ばれる2つのパルス光の間の時間(遅延時間)を変化させポンプ光で励起された状態の変化をプローブ光の反射率や透過率で測定する手法。時間分解能は用いるパルス光の幅によって決まる。同手法を用いた研究が1999年ノーベル化学賞受賞。
注7) トンネル電流、トンネル効果
2つの導体を1nm程度に近づけて1V程度の電圧をかけると、2つの導体が接触していないにもかかわらず電流が流れる。これは量子力学で説明されるトンネル効果によるもので、電子が波の性質を持つために生じる現象である。電流の大きさは、2つの導体の距離に対して指数関数的に依存する。

<論文名>

“Real-space imaging of transient carrier dynamics by nanoscale pump-probe microscopy”
(ナノスケールポンププローブ顕微鏡法によるキャリアーダイナミックスの実空間イメージング)
doi: 10.1038/nphoton.2010.235

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

重川 秀実(シゲカワ ヒデミ)
筑波大学 大学院数理物質科学研究科 教授
〒 305-8573 茨城県つくば市天王台1-1-1
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<JSTの事業に関すること>

長田 直樹(ナガタ ナオキ)
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