東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻の藤田 誠 教授らは、溶液系で自己組織化する中空かご型錯体を連結することで、かご型錯体の空間の性質を保持した細孔性ネットワーク錯体が得られました。この錯体は35wt%ものフラーレンを吸蔵する「結晶性スポンジ」の性質を示した。C60/C70混合物からは、C70の選択的な吸蔵が見られました。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「ナノ界面技術の基盤構築」(研究総括:新海 征治 崇城大学 教授)における研究課題「自己組織化有限ナノ界面の化学」(研究代表者:藤田 誠)の一環として行われました。
本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Chemistry」に掲載される予定で、掲載に先立ち、オンライン版にて、2010年7月25日(英国時間)に公開されます。
<研究の内容>
溶液中でカゴ型やチューブ型をした空隙を持つ分子(ホスト分子)が他の分子(ゲスト分子)の形状や化学的性質を認識して選択的に内部に取り込む現象は良く知られています。このようなホストーゲストの相互作用は生体内の酵素にも多く見られ、人工的な分子においても高選択的で多機能なホスト分子が数多く作られています。しかし、このようなホスト分子がゲストを高度に認識できる環境は主に溶液中に限られており、いったん溶媒を除いて固体となってしまうとその多くはゲスト分子を取り込む能力を失ってしまいます。固体、特に結晶の中でも溶液のような多彩なゲスト認識と包接が実現できれば、これまでのホストーゲストの化学がさらに広がりを見せるとともに、様々なゲストを取り込んだ新しい結晶性素材の開拓にも繋がると考えられます。
私たちはこれまでの研究から、6つの金属イオンを頂点に持つ正八面体カゴ型ホスト(図1A参照)は、様々なゲスト分子を選択包接する優れたホスト分子であることを明らかにしてきました。この溶液中で自己集合によって生成する正八面体カゴ型ホストの頂点には、2つの三角形パネルを90°で連結できるパラジウムや白金イオンを用いていましたが、これをコバルトイオンに変えることで一度に4つのパネルが連結でき、結果として正八面体のカゴが頂点を共有しながら連結できることが分かりました。そして、このカゴ型ホストを無限に連結して細孔性ネットワーク錯体注)を作ることで、結晶(固体)中にもかかわらず溶液と同じゲスト認識・包接能力を持った結晶性ホストの合成に成功しました。そして、この結晶性ホストが様々なゲスト分子を高密度に内包する「結晶性スポンジ」の性質を示すことを発見しました。
この結晶性スポンジが示した顕著な性質は以下の通りです。
- (1) 結晶性スポンジを、ゲスト分子を含む溶液に浸すだけで、ゲスト分子が内部に取り込まれ、無限に並んだカゴ型ユニット内に規則正しく包接された。その過程は単結晶性を保ったまま起こり、X線結晶構造解析を用いてゲスト分子の位置を正確に決定できた。
- (2) 得られた結晶性スポンジは正八面体カゴの外部に立方八面体型の大きなカゴ型構造を有しており、そこには直径約1ナノメートルのフラーレンC60が35wt%まで取り込まれることが分かった(図2参照)。
- (3) フラーレンC60とC70の混合溶液に結晶性スポンジを浸すと、C70が選択的に取り込まれることが分かった。この性質を用いて、フラーレンC60:C70=1:1の溶液からC70を純度93%以上にまで濃縮することに成功した。
これまで細孔性結晶の中にゲストを取り込む場合には、「自然は真空を嫌う」という大前提のもと、細孔を真空状態にした後にガスなどの小さなゲストを導入するという方法が主体でした。私たちの研究は、本来ゲストを認識する能力を持つホストを正しく配列させれば、溶液・固体の状態を問わずゲスト分子はきちんと認識され、自発的に包接されるということを証明しました。この研究は、これまでの「溶液の化学」を、その優れた性質を保持したまま「固体(結晶)の化学」へと変換できた先駆的な成果であると言えます。
今回の研究によって得られた結晶性スポンジは、結晶内部にゲスト分子を高濃度かつ選択的に取り込むことができるため、取り込まれた化合物の結晶内部での性質変化も興味深いところです。通常の溶液状態では達成できないような物性の発現や結晶内でのマテリアル創成など、結晶性スポンジを使った応用展開が大いに期待されています。
本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Chemistry」に掲載予定で、掲載に先立ち、オンライン版にて、2010年7月25日午後6時(英国時間)に公開されます。
<参考図>
図1
- A) 溶液中で作られる正八面体カゴ型分子ホスト。
- B) 正八面体のカゴを各頂点で繋ぎネットワーク化することで得られる結晶性スポンジ。
- C) カゴの内部にゲスト分子を取り込んだ結晶性スポンジの結晶構造(ゲストはテトラチアフルバレン)。
図2
- A) ゲスト分子を取り込む前の結晶性スポンジの写真。
- B) フラーレンC60を35wt%取り込んだ結晶性スポンジ。
- C) X線結晶構造解析と分子モデル計算から得られた、フラーレンを最大量取り込んだ場合の結晶性スポンジの結晶構造。
<用語解説>
- 注) 細孔性ネットワーク錯体
- 数Å(10-10m)から数ナノメートル(10-9m)ほどの細孔が規則正しく無数に空いた錯体。細孔の中には通常、溶媒分子などが入っているが、減圧や加熱などの操作により細孔内のゲスト分子を外に出したり別のゲストと交換したりできる。
<論文名>
“Networked molecular cages as crystalline sponges for fullerenes and other guests”
doi: 10.1038/nchem.742
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
藤田 誠(フジタ マコト)
東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-7259 Fax:03-5841-7257
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