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平成22年7月16日

科学技術振興機構(JST)
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自然科学研究機構 基礎生物学研究所
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極小ペプチドによる発生制御のしくみを発見

-最も小さな遺伝子の驚くべき役割-

JST 課題解決型基礎研究の一環として、自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンターの影山 裕二 特任助教らは、真核生物で最も小さなペプチド遺伝子が、遺伝子発現のスイッチとしてはたらいていることを発見しました。

ヒトを含む動植物のゲノムには、普通のたんぱく質よりも小さいペプチド(アミノ酸100個以下)をコードする遺伝子が多数存在していると言われています。しかし、このようなペプチドが細胞内でどのようなはたらきをしているかについてはよく分かっていませんでした。影山特任助教らは今回、わずかアミノ酸11個からなるペプチドをコードするpri遺伝子が、ショウジョウバエの胚の発生過程を制御する一群の遺伝子の発現に必要であることを突き止めました。さらに、pri遺伝子にコードされるペプチドが、転写因子注1)であるShavenbabyたんぱく質を転写抑制型から転写活性化型へと変換することにより、遺伝子発現制御のスイッチとしてはたらいていることを明らかにしました。

今回の発見によって、遺伝子発現という生命の根幹を制御するしくみに小さなペプチドが関わっていることが明らかになりました。この発見が起点となって、さまざまな研究分野で小さなペプチドの研究が促進され、ペプチドの新たな役割の解明や新規ペプチド医薬の開発へとつながるものと期待されます。

本研究は、理化学研究所の近藤 武史 研究員(研究当時は、自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター 日本学術振興会特別研究員)、フランス国立科学研究センター/トゥールーズ大学のフランソワ・ペール 教授らの研究グループの協力を得て行われました。

本研究成果は、2010年7月16日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「RNAと生体機能」
(研究総括:野本 明男 (財)微生物化学研究会 微生物化学研究所 所長)
研究課題名 「ショウジョウバエをモデル系としたmRNA型non-coding RNAの解析」
研究者 影山 裕二(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター 特任助教)
研究実施場所 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター
研究期間 平成18年10月~平成22年3月

JSTはこの領域で、生命現象を支え制御するRNAの新たな機能を探索し、既知のRNA機能の活用を目指した研究と将来の先端医療技術などへとつながる機能性RNA分子の新たな活用技術開発を目指しています。上記研究課題では、たんぱく質をコードしないと考えられてきたRNA分子の生体内における役割の解明を目指して研究を続けています。

<研究の背景と経緯>

ヒトやマウスでは、ゲノムDNAから合成されるRNAの半数以上が、たんぱく質をコードしていないノンコーディングRNA注2)であると考えられていますが、これらが本当にたんぱく質やペプチドをコードしていないかどうかについては、さまざまな議論がなされています。例えば、コンピュータを用いた予測では、これらのRNAのうち、少なくとも数千個はごく短いペプチドをコードしている可能性があるとされています。しかし、このようなペプチド遺伝子が実際に存在するのか、存在するとしたらそれは生物学的に重要な機能を持っているのかといった点については、これまでほとんど研究が行われてきませんでした。影山特任助教らの研究グループは、2007年に、真核生物でもっとも小さなペプチド注3)をコードする遺伝子をショウジョウバエから発見し、幼虫表皮の突起形成に必須であることを見いだしましたが(Nature Cell Biology, 9, 660-665)、今回はこのペプチドが生体内でどのような機能を発揮しているかを明らかにしました。

<研究の内容>

ショウジョウバエpolished ricepri)遺伝子は11または32アミノ酸残基からなる4個のペプチド(PRIペプチド)をコードする遺伝子であり、pri遺伝子を持たない突然変異体は、幼虫表皮にある突起構造をつくることができません(図1)。本研究では、pri遺伝子が 1)表皮細胞の突起形成に必要とされる一群の遺伝子の発現に必要であること、2)転写因子であるShavenbaby(SVB)たんぱく質の活性化に必須であることを突き止めました。PRIペプチドが存在しない状態では、SVBたんぱく質は転写抑制因子としてはたらきますが、PRIペプチドの存在下では、SVBたんぱく質の転写抑制に関与する領域が切断され、転写活性化因子へと変換されます。この結果、SVBたんぱく質は細胞突起の形成に関わる遺伝子群の発現を活性化できるようになります(図2)。また、この切断による機能の変換に伴って、細胞核におけるSVBたんぱく質の分布のパターンも変化し、斑状にかたまっていたものが核全体に広がることも明らかになりました(図3)。転写調節は遺伝子の発現制御機構として重要なシステムの1つですが、今回の研究成果により、ごく小さなペプチドが転写調節のスイッチとして機能することが示されました。

<今後の展開>

ゲノムDNAのどの領域が遺伝子としてはたらいているのかを明らかにすることは、ゲノム機能を理解する上で最も重要な点です。しかし、小さなペプチドをコードする遺伝子はこれまで見過ごされることも多く、その役割についても全く分かっていませんでした。小さなペプチドが遺伝子発現制御に関与するという今回の結果は、これまでの常識をくつがえすものであり、小さなペプチドをコードする遺伝子について再評価する必要性があることを示しています。

また、今回明らかになったPRIペプチドの機能は従来のペプチド因子とは一線を画すものです。従来の研究で扱われていたペプチド因子は、ペプチドホルモンなど細胞外に分泌されてはたらくものです。これに対し、PRIペプチドには細胞外に分泌されるための特殊な配列(シグナル配列)が見つかっていないことから、これまでに解析が進んでいる分泌性のペプチド因子とは異なる機能を持っていると考えられます。今後、priのような小さなペプチドをコードする遺伝子がゲノムにどの程度存在するのかを明らかにすると同時に、それらの機能の詳細を解析していくことで、新たな生理活性を持つペプチド分子の発見や、それに伴う新規ペプチド医薬の開発へとつながるものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 pri変異体の表現型

正常なショウジョウバエ胚の腹側表皮には、幼虫が這い回る際に使われる突起構造(歯状突起)が形成されるが(左)、pri遺伝子を欠いたショウジョウバエ胚はこの突起構造を完全に欠損している(右)。

図2

図2 遺伝子発現制御におけるpri遺伝子の機能

転写抑制型Shavenbabyたんぱく質は、pri遺伝子のはたらきにより転写抑制領域が切断され、転写活性化型へと変換される。転写活性化型SVBたんぱく質は複数ある標的遺伝子の発現を誘導し、細胞突起の形成を誘導する。

図3

図3 pri遺伝子によるSVBたんぱく質の制御

核内に斑状に分布する転写抑制型Shavenbaby(左)は、転写活性化型に変換されることにより核内全体に分布するようになる(右)。

<用語解説>

注1) 転写因子
遺伝子の発現制御はさまざまな段階からなる複雑な機構であるが、その中でも遺伝子の転写(DNAからRNAの合成)は非常に多くの遺伝子で重要であると考えられている。転写因子は転写段階の調節をするたんぱく質であり、特定の遺伝子に作用し、転写反応のON/OFFを調節している。転写反応をONにする転写因子を転写活性化因子、OFFにする転写因子を転写抑制因子という。
注2) ノンコーディングRNA
たんぱく質をコードしていないRNAの総称。約20塩基対の小分子RNAから、500から数万塩基対の高分子ノンコーディングRNAまでを含む。ヒトやマウスではRNA分子種の約半数がノンコーディングRNAであるとされるが、これらのほとんどは高分子ノンコーディングRNAである。
注3) 真核生物でもっとも小さなペプチド
たんぱく質は平均約400アミノ酸から構成されているが、PRIペプチド(11アミノ酸)はそのわずか1/40であり、pri遺伝子のたんぱく質をコードしている領域は、真核生物で最も小さい。なお、通常、数十アミノ酸程度からなるたんぱく質はペプチド(あるいはポリペプチド)と呼ばれる。

<論文名>

“Small Peptides Switch the Transcriptional Activity of Shavenbaby During Drosophila Embryogenesis”
(ショウジョウバエ胚発生期において、小さなペプチドがShavenbabyたんぱく質の活性スイッチとなっている)
doi: 10.1126/science.1188158

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

影山 裕二(カゲヤマ ユウジ)
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター 特任助教
Tel:0564-59-5878(研究室)
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研究室URL:http://www.nibb.ac.jp/cib1/kageyama/

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
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