1.独立行政法人 物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝、以下NIMS)は、シリコンに代わる次世代半導体材料として注目されているゲルマニウムナノワイヤ(直径20nm以下)において、キャリア制御のために導入したドーパント不純物の状態を非破壊・非接触で検出することに成功した。この成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(拠点長:青野 正和)の深田 直樹 独立研究者らの研究グループによって得られた。
2.現在の半導体トランジスタ材料の主流はシリコンであり、高速動作等の性能向上のためにそのサイズは年々縮小化されている。しかしながらこのまま縮小化を進めようとしても、リーク電流の増大、発熱の問題等により材料・構造の変革なくしては、更なる性能向上は見込めない。ゲルマニウム中の電子・正孔の移動度はシリコン中に比べてそれぞれ2倍、4倍と高いため、現在のシリコントランジスタの性能を凌駕する高速デバイスの実現が期待できる。また、ゲルマニウムを1次元のナノワイヤ構造にすることで、従来の平面型ではない縦型トランジスタが実現できる。これにより、リーク電流を低減し、低消費電力化による発熱の減少、そして、現行のLSIより飛躍的に高い集積度が期待されるなど、機能・構造の変革を同時に成し遂げることができる。
3.微細なナノワイヤ半導体にどのようにしてキャリア制御のためのドーピングを行い、ドープされた不純物の状態をどのようにして観測するかということは大きな課題であった。本研究では、ゲルマニウムナノワイヤの成長時にドーパントとしてボロン(p型)とリン(n型)を導入する手法を確立し、均一性の高い不純物ドープゲルマニウムナノワイヤの作製に成功するとともに、ドープされた不純物の化学結合状態と電気的活性度を同時に非接触・非破壊で観測することに初めて成功した。これは高感度の検出器を備えた顕微ラマン分光装置で不純物の局在振動ピーク注1)およびファノ共鳴が観測され新しい解析手法が確立されたことによって可能になったものである。
4.本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「革新的次世代デバイスを目指す材料とプロセス」研究領域(研究総括:佐藤 勝昭)における研究課題「縦型立体構造デバイス実現に向けた半導体ナノワイヤの開発」(研究者:深田 直樹)の一環として行われた。なお、本研究成果は、「ACS NANO」誌(アメリカ化学会発行)に近日中に掲載される予定である。
<研究の背景>
現在の半導体トランジスタ材料の主流はシリコンであり、性能向上のためにそのサイズが年々縮小化されている。しかしながらこのままの状態で縮小化を進めようとしても、リーク電流の増大、発熱の問題等により材料・構造の変革なくしては、更なる性能向上は見込めない状況まできている。ゲルマニウム中の電子・正孔の移動度(3900,1900cm2/VS)はシリコン中(1600,430cm2/VS)に比べてそれぞれ2倍、4倍と高いため、現在のシリコントランジスタの性能を凌駕する高速デバイスの実現が期待されている。また、ゲルマニウムを1次元のナノワイヤ構造にすることで、従来の平面型ではない縦型立体構造を有するサラウンディングゲートトランジスタ(SGT:Surrounding Gate Transistor)注2)等の実現が可能になる。このSGTの特徴は、デバイス占有面積を数分の1にするという画期的な次世代半導体で、実現すれば短チャネル効果抑制によるリーク電流の低減、低消費電力(発熱抑制)で低コスト、10倍以上の高速・高集積化が期待できる。すなわち、ゲルマニウムナノワイヤを用いることで、材料・構造の変革を同時に成し遂げることができるようになる。このゲルマニウムナノワイヤをトランジスタ材料として利用するためには、キャリア制御のためのドーピング、およびドーパント不純物の状態検出が必要不可欠な技術として求められていた。
<研究成果の内容>
本研究では、化学気相堆積(CVD:Chemical Vapor Deposition)注3)法によりゲルマニウムナノワイヤを成長する際にドーパント不純物としてボロン(B(元素記号):p型不純物)およびリン(P(元素記号):n型不純物)をドーピングし、ドープされた不純物の化学結合状態と電子状態(電気的活性度)の両方を同時に高感度紫外・可視顕微ラマン散乱注4)測定により調べた。高感度の検出器を用いたことで、直径20nm以下のゲルマニウムナノワイヤ中にドープされた不純物の化学結合状態の情報を含む局在振動ピークの観察、およびファノ効果注5)を利用した電気的活性度の評価に初めて成功した。特に、不純物の局在振動ピークの観察に関しては、従来のバルク材料においても報告されておらず、重要な成果といえる。
<波及効果と今後の展開>
ゲルマニウムナノワイヤのp型、n型制御において重要な評価手法を確立できたことは、現行のシリコン半導体の性能を凌駕し、更なる集積化を可能にする次世代の縦型立体トランジスタの開発・実現に寄与する重要な成果といえる。また、pn制御に関しては、トランジスタ以外にもクリーンエネルギーの代表である太陽電池の開発においても必要不可欠な技術である。特に最近では、ナノワイヤを利用した次世代高効率太陽電池材料の開発も注目されており、ナノ構造体中の不純物の評価技術に関する本成果の波及効果は極めて高いといえる。
<参考図>
図
- (a)ゲルマニウムナノワイヤの電子顕微鏡写真
- (b)不純物ドーピングによるp型およびn型
- (c)ナノワイヤを利用した縦型立体構造トランジスタおよび太陽電池の応用例
<用語解説>
- 注1) 局在振動ピーク
- 物質中に原子番号の異なる異種の原子が存在する場合、周りの原子と質量数が異なるため、その異種原子は周りの原子の振動(フォノン)とは異なる周期で振動する。この振動を局在振動といい、ラマン散乱測定等で局在振動ピークとして観測される。観測された局在振動ピークの位置から、不純物原子の結合状態に関する情報を得ることができる。
- 注2) サラウンディングゲートトランジスタ(SGT:Surrounding Gate Transistor)
- これまで平面に形成していたトランジスタを円柱形の縦型立体構造にして、占有面積を数分の1にするという画期的な次世代半導体である。この構造では, ゲートからの電場をチャネル周りの全ての方向から加えることができるため、チャネル中のキャリア密度を効率的に制御できる。実現すれば低消費電力で低コスト、10倍以上の高速・高集積化が期待できる。
- 注3) 化学気相堆積(CVD:Chemical Vapor Deposition)
- 基板物質上に目的とする薄膜の成分を含む原料ガスを供給し、基板表面あるいは気相での化学反応により膜を堆積する方法。
- 注4) 顕微ラマン散乱
- 物質に光を入射させたとき、その散乱光の中に物質に固有の周波数だけずれた成分が含まれる減少をラマン効果と呼び、入射光としてレーザー光を用いて、顕微鏡を利用してミクロンオーダーの領域を顕微分光する測定を顕微ラマン分光と呼ぶ。本研究では、検出器として液体窒素冷却でバックイルミネーションタイプの量子効率の高い高感度のものを用い、入射光として用いたレーザー光の波長が紫外領域から可視領域のものを用いたため、高感度紫外・可視顕微ラマン散乱と記載した。
- 注5) ファノ効果
- ゲルマニウム中でアクセプタとなるB原子を高濃度にドーピングした場合、価電子帯内での連続的なレベル間での遷移と、離散的なフォノンのレベルとのカップリングによって干渉が生じる。この干渉をファノ効果と呼び、ファノ効果の結果、ゲルマニウムの光学フォノンピークが非対称ブロードニングを起こす。ゲルマニウム中でドナーとなるP原子を高濃度にドーピングした場合には、伝導帯内での連続的なレベル間での遷移と、離散的なフォノンのレベルとのカップリングが同様に生じ、その干渉がファノ効果としてフォノンピークに現れる。ファノ効果が現れるということは、価電子帯内或いは伝導帯内に多数のキャリアが生成していることの証拠であり、光学フォノンピークに現れる非対称ファノブロードニングを解析することで、電気的に活性な不純物濃度を定量することができる。
<論文名>
“Doping and Raman characterization of boron and phosphorus atoms in germanium nanowires”
doi: 10.1021/nn100734e
<お問い合わせ先>
<研究内容に関すること>
深田 直樹(フカタ ナオキ)
独立行政法人 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 独立研究者
Tel:029-860-4769 Fax:029-860-4794
E-mail:
<JSTの事業に関すること>
原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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