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平成22年3月22日

国立大学法人 大阪大学
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独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
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電気計測による核酸塩基分子の単分子識別

―次々世代DNAシーケンサーの原理実証―

<ポイント>

○ 核酸塩基分子を1分子単位で電気計測により識別。

○ 超高速・非標識・低コストDNAシーケンサーへの応用が期待。

<概要>

大阪大学産業科学研究所ナノテクノロジーセンターの川合 知二 教授と谷口 正輝 准教授らは、電気計測の手法により核酸塩基分子注1)をわずか1分子で識別することに成功した(図1)。約1ナノメートル(nm)の電極間距離を持つナノ電極注2)を用いて、DNAを構成する核酸塩基分子1個を電極間にはさみ、流れる電流を測定したところ、3つの核酸塩基分子において異なる電流値を示すことを発見し、電流計測により核酸塩基分子の種類を1分子単位で識別できることを実証した。本手法は、アメリカ合衆国の国立衛生研究所が進める1000ドルゲノムシーケンス注3)を実現する次々世代DNAシーケンサー(図2)の基本原理として期待されており、本研究は世界に先駆けこの基本原理の実証に成功した。開発した手法は、これまでのDNAシーケンサーとは全く異なる検出原理を持っており、オーダーメイド医薬、精確な犯罪捜査、ウイルスの超高速検査などを実現する超高速・非標識・低コストDNAシーケンサーへの応用が期待される。

この研究は大阪大学で行われ、成果の一部はJST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「構造制御と機能」研究領域(研究総括:岡本 佳男 名古屋大学 特別招へい教授)における研究課題「自己組織化配線法による超高集積分子デバイスの創製」(研究者:谷口 正輝)によって得られました。2010年3月21日(英国時間、日本時間:3月22日)に英国科学雑誌「Nature Nanotechnology」のオンライン速報版で公開される。

<背景>

個人の遺伝情報に基づく医薬品開発、精確なDNA診断に基づく迅速・正確な犯罪捜査、インフルエンザウイルスに代表されるウイルスの超高速・高精度検査を実現するために、超高速・低コストDNAシーケンサーの開発が求められている。事実、ヒトゲノム計画を主導してきた米国立衛生研究所は、このような次々世代DNAシーケンサーの開発に乗り出しており、ヒトゲノムの塩基配列解読をわずか1000ドルで行うことを目標にしている。この次々世代DNAシーケンサーを実現する基本原理は、nmの穴の中に配置されたナノ電極間を通過する1本のDNAの核酸塩基配列を電気計測の手法により識別することにあると予測されている。しかし、1分子を電気計測で識別する技術開発の困難さのため、この基本原理を実証した例はなかった。

本研究チームは、これまで、微細加工技術により作製したナノ構造を用いて、1分子の電気特性を測定する技術開発を行い、1分子の電気特性を調べるとともに、1分子を電極間にはさみ、電流計測で識別する技術を確立してきた。

<研究手法と成果>

本研究チームは、微細加工技術で作製した金の細線を3点曲げの要領で破断するナノ加工機械的破断接合法を開発してきた。この手法は、ナノ電極間を0.01nmの精度で制御できる特徴を持っており、この手法により約1nmの電極間距離を持つナノ電極を作製した。

上記手法により作製したナノ電極をDNAの構成要素である4つの核酸塩基分子(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)が溶けたそれぞれの水溶液中に浸して、電極間の電流の時間変化を測定したところ、アデニン以外の3つの核酸塩基分子ではそれぞれに特徴的な電流値が得られ、電流値により核酸塩基分子を識別できることを発見した。さらに、2つの核酸塩基分子(グアニンとチミン)を等量混合して同様の測定を行ったところ、2つの核酸塩基分子に特徴的なピーク電流値が2つ観測され、確かに電流値により核酸塩基分子を識別できることを実証した。

<社会に与える影響>

本研究成果は、1個の核酸塩基分子の種類をナノ電極間の電流値により識別できることを示しており、次々世代DNAシーケンサーの基本原理を実証している。今後、次々世代DNAシーケンサーの開発が飛躍的に加速されると期待される。また、電極間距離をnmからマイクロメートル(µm)に変えることで、ウイルスやアレルゲンなど、様々な大きさを持つ1分子・1粒子の超高感度・超高速センサーへの応用が期待され、安全・安心・健康社会を支えるインフラデバイスへの展開が期待される。

<今後の展開>

次々世代DNAシーケンサーを実現するため、順次、複雑な塩基配列を持つ分子長の長い1本鎖DNAの核酸塩基識別を可能とするとともに、1個の核酸塩基分子識別の高速化を図っていく。また、DNAより不安定なRNAの核酸塩基分子種の識別へも展開していく。

<参考図>

図1

図1 1個の核酸塩基分子をナノ電極間の電流値により識別する模式図

図2

図2 次々世代DNAシーケンサーの模式図

<用語説明>

注1) 核酸塩基分子
核酸塩基は、DNAやRNAを構成する塩基分子であり、アデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシルがある。DNAは、アデニン、グアニン、シトシン、チミンから構成され、アデニンとチミン、グアニンとシトシンが対を形成することでDNAの特徴的な2重らせん構造が形成される。
注2) ナノ電極
電極間距離がnmオーダーの電極。
注3) 1000ドルゲノムシーケンス
ヒトゲノムの全配列の解読を1000ドルで行うこと。ゲノム情報の創薬研究や臨床研究に応用されることが期待されている。

<掲載雑誌名、論文名および著者名>

Nature Nanotechnology
“Identifying single nucleotides by tunneling current”
(トンネル電流による1核酸分子の識別)
Makusu Tsutsui, Masateru Taniguchi, Kazumichi Yokota and Tomoji Kawai
doi: 10.1038/nnano.2010.42

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

川合 知二(カワイ トモジ)
大阪大学産業科学研究所 ナノテクノロジーセンター 教授
Tel:06-6879-8446 Fax:06-6875-2440
E-mail:
URL:http://www-kawai.sanken.osaka-u.ac.jp/

谷口 正輝(タニグチ マサテル)
大阪大学産業科学研究所 ナノテクノロジーセンター 准教授
Tel:06-6879-4289 Fax:06-6875-2440
E-mail:
URL:http://www-kawai.sanken.osaka-u.ac.jp/

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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