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平成22年3月5日

科学技術振興機構(JST)
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千葉大学
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造血幹細胞の多能性を維持する仕組み発見
ES/iPS細胞と同様の遺伝子抑制が重要な役割

(幹細胞を誘導・分化させる操作技術の改良に寄与する新知見)

JST目的基礎研究事業の一環として、千葉大学 大学院医学研究院の岩間 厚志 教授らは、造血幹細胞注1)が全ての血液細胞を生み出す能力を維持するのに、ES細胞/iPS細胞と同様に、ポリコーム複合体注2)という酵素が重要な働きを果たしていることを見つけました。

ES/iPS細胞などの多能性幹細胞で、細胞分化に関わる遺伝子群は、分化の合図を受けた際にすぐに働けるように遺伝子を束ねるたんぱく質であるヒストンが活性化されていますが、同時に分化の合図を受けるまでは働かないように、ポリコーム複合体によって抑制化もされています。すなわち、車に例えると、アクセルと同時にブレーキも踏んでいる状態にあるといえます。一方、造血幹細胞などの組織幹細胞注1)もある程度の多能性を持っていますが、遺伝子の働きがその環境によってどのように制御されているのかは明らかになっていませんでした。

本研究グループは今回、ポリコーム複合体を構成するたんぱく質の1つであるBmi1を欠損するマウスの造血幹細胞を解析したところ、造血幹細胞では通常機能しない血液細胞の分化に関わる遺伝子群が活性化しており、その多能性が損なわれていることを見いだしました。活性化している遺伝子を取り巻く環境を調べたところ、ES/iPS細胞と同様に、血液細胞の分化に関わる遺伝子群は活性化と抑制化が同時に起こっている状態にあり、Bmi1欠損マウスでは抑制化が解除されていることが分かりました。Bmi1については、これまでに本研究グループによって、造血幹細胞の維持に必要であること、活性増強により造血幹細胞を増やせることが報告されてきましたが、今回の成果はその機序を解明する発見です。

本研究で得られた成果は、幹細胞における遺伝子修飾のエピゲノム注3)の理解を深めるとともに、幹細胞の遺伝子環境をどのように操作すれば目的の細胞を分化誘導または増幅できるかという技術的問題に関連する重要な新知見です。iPS細胞から造血幹細胞を誘導する技術のように、今後、再生医療など幹細胞を用いた医療技術の進展に寄与することが期待されます。

本研究成果は、2010年3月5日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Cell Stem Cell」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」
(研究総括:須田 年生 慶應義塾大学 医学部 教授)
研究課題名 造血幹細胞のエピジェネティクスとその制御法の創出
研究代表者 岩間 厚志(千葉大学 大学院医学研究院 教授)
研究期間 平成20年6月~平成26年3月

JSTはこの領域で、iPS細胞を基軸とした細胞リプログラミング技術の開発に基づき、その技術の高度化・簡便化をはじめとした研究によって、革新的医療に資する基盤技術の構築を目指しています。上記研究課題では、組織幹細胞の自己複製能・多能性を規定するエピジェネティクスの理解を通して、造血幹細胞を規定する遺伝子発現の制御機構を解明し、iPS細胞のエピジェネティックプログラムを造血幹細胞型へと効率良く書き換える基盤技術の開発を行います。

<研究の背景と経緯>

全ゲノムの遺伝子情報が明らかとなったポストゲノムの1つの潮流として近年、エピゲノム研究が注目されています。エピゲノム研究とは、ゲノムDNAの後天的修飾あるいはゲノムを取り巻く環境の変化による遺伝子発現制御の仕組みを解き明かすものです。中でもゲノムDNAを束ねるヒストンの化学的な修飾が遺伝子を取り巻く環境を調節し、遺伝子の働き(ON/OFF)を制御しています(図1)。このような遺伝子を取り巻く環境は細胞特異的に調節されています。ES/iPS細胞などのような多能性幹細胞においては、多様な細胞分化に関わる遺伝子群は分化の合図を受けた際にすぐに機能できるように、トライソラックス複合体というヒストン修飾酵素によって活性化(ON)修飾を受けていますが、ポリコーム複合体というヒストン修飾酵素によって同時に抑制化(OFF)修飾も受けており、これらの遺伝子がES/iPS細胞で活性化しないように鍵がかけられています。すなわち、車に例えるとアクセルとブレーキが同時に踏み込まれた状態にあると言えます(図1)。このような状態は極めて特殊であり、ES/iPS細胞に特異的な現象と考えられてきました。一方、特定の組織・臓器に存在し、その組織・臓器のすべての細胞を生み出す組織幹細胞もある程度の多能性を持っています。これら組織幹細胞はES/iPS細胞などのように人工的に作られた細胞ではなく、自然に体内に存在している幹細胞です。特に造血幹細胞は1960年代から研究がなされており、研究の歴史はES/iPS細胞より長く、さまざまな幹細胞の基本原理が造血幹細胞から明らかにされてきました。しかし、造血幹細胞は生体内で数が少ないため、網羅的なエピゲノム解析が難しく、その詳細は明らかになっていませんでした。

<研究の内容>

本研究グループは今回、ポリコーム複合体構成たんぱく質Bmi1を欠損するマウスの造血幹細胞を解析し、通常造血幹細胞では活性化しない血液細胞の分化に関わる遺伝子群、特にBリンパ球細胞への分化を誘導する遺伝子群が活性化していることを見いだしました。その結果、以下の点が明らかになりました(図2)。

以上の結果から、血液細胞分化に関わる遺伝子群は私たちの体のもとになる多能性幹細胞(ES/iPS細胞に相当する細胞)が造血幹細胞になるまでずっとアクセルとブレーキが同時に踏み込まれた状態にあると考えられ、造血幹細胞が特定の血液細胞に分化する際に初めてブレーキが外れてONとなるものと考えられます(図4)。多能性幹細胞においては、あらゆる臓器・組織の分化に関わる遺伝子群がアクセルとブレーキが同時に踏み込まれた状態にありますが、造血幹細胞では血液細胞の分化に関わる遺伝子群のみが同様な状態にあり、対象となる遺伝子群はその組織幹細胞特異的な遺伝子群に限定されるものと思われます。本グループはこれまでに、ポリコーム複合体構成たんぱく質Bmi1が造血幹細胞の維持に必要であること、またその活性を増強することにより造血幹細胞を増やすことが可能であることを報告してきましたが、今回の発見はその機序の一部を解き明かすものとなりました。すなわち、ポリコーム複合体によるブレーキを強く踏み込むことによって分化が強く抑えられ、造血幹細胞が未分化な状態を保ちやすくなり、その結果造血幹細胞の数が増えるものと考えられます(図5)。

<今後の展開>

遺伝子を取り巻く環境の調節は遺伝子のON/OFFを制御する重要な仕組みであり、さまざまな組織の細胞からiPS細胞を作製する過程はもちろんのこと、iPS細胞から必要な幹細胞を作り出す過程にも関わる重要な仕組みです。本研究で得られた成果は、幹細胞におけるエピゲノムの理解を深めるとともに、iPS細胞の遺伝子環境をどのように操作すれば目的の幹細胞を誘導できるかという技術的な問題に重要なヒントを与えるものです。また、ポリコーム複合体によるブレーキを強く踏み込むことによって造血幹細胞を増やすことが可能であるなど、幹細胞を増やす技術にも応用される可能性があります。

本研究グループはiPS細胞から造血幹細胞を作製することも目指しており、このような知見を積み重ねていくことによって、今後の再生医療の進展につながることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 トライソラックスとポリコームによる遺伝子環境の制御

遺伝子機能の制御は核内のクロマチンにおいて行われる。クロマチンの基本構造であるヌクレオソームは、ヒストンH2A、H2B、H3、H4の各2分子より形成される8量体の周囲を146塩基対の2本鎖DNAが左回りに1.75周巻き付く構造をとっている。遺伝子を取り巻く環境、すなわちクロマチンの構造はヒストンテイルが受けるアセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化などの多様な化学修飾によって変化し、遺伝子機能が調節される。ヒストン修飾酵素の中でトライソラックス複合体は活性化のヒストン修飾を行い遺伝子の機能をONにするが、ポリコーム複合体は抑制化のヒストン修飾を行い遺伝子の機能をOFFにする。ES/iPS細胞における分化誘導遺伝子はこれら両方の修飾を受けるため、機能は抑えられているが、分化の合図を受けた際にすぐに活性化できる状態にある。

図2

図2 Bmi1欠損による分化バランスの変化

ポリコーム複合体構成たんぱく質Bmi1を欠損するマウスにおいては、通常造血幹細胞では活性化しない血液の分化に関わる遺伝子群、特にBリンパ球細胞への分化を誘導する遺伝子群が活性化しており、その結果、造血幹細胞がリンパ球へ分化しやすいため造血幹細胞の未分化な状態が維持されにくく、造血幹細胞の数が著明に減少する。また、造血幹細胞から生み出される血液細胞の種類がBリンパ球に偏るため、造血幹細胞の多能性が損なわれている。造血幹細胞における血液細胞の分化に関わる遺伝子を取り巻く環境はトライソラックス複合体とポリコーム複合体によってアクセルとブレーキが同時に踏み込まれた状態にあることが確認され、Bmi1を欠損する造血幹細胞においてはポリコーム複合体によるブレーキがはずれて遺伝子が活性化していることが観察された。

図3

図3 Bmi1欠損造血幹細胞はBリンパ球に分化しやすい

  • (A) Bmi1を欠損するマウスの造血幹細胞を含む多能性血液細胞では一群のBリンパ球系遺伝子が活性化している。発現の強度が高い遺伝子は赤で、弱い遺伝子は緑で示してある。
  • (B) Bmi1を欠損すると造血幹細胞がリンパ球へ分化しやすいため造血幹細胞および多能性前駆細胞の数が著明に減少する。その代わりにリンパ球前駆細胞が増加する。
  • (C) Bmi1を欠損するリンパ球前駆細胞はTリンパ球よりもBリンパ球に分化しやすい。細胞培養の系で、正常のリンパ球前駆細胞が18個に1個の確率でBリンパ球に分化するのに対して、Bmi1欠損リンパ球前駆細胞は1.4個に1個の確率でBリンパ球に分化する。
  • (D) 造血幹細胞を含む多能性血液細胞において、Bリンパ球の分化に関わる遺伝子(Pax5遺伝子)のヒストンは、トライソラックス複合体とポリコーム複合体による両方の修飾を受けていること、Bmi1を欠損する多能性血液細胞においてはポリコーム複合体によるブレーキがはずれていることが確認された。
図4

図4 分化に伴うアクセル(活性化)・ブレーキ(抑制化)の変化

血液細胞分化に関わる遺伝子群は私たちの体のもとになる多能性幹細胞(ES/iPS細胞に相当する細胞)が造血幹細胞になるまでずっとアクセルとブレーキが同時に踏み込まれた状態にあり、造血幹細胞が特定の血液細胞に分化する際に初めてポリコーム複合体によるヒストン修飾というブレーキが外れてONとなるものと考えられる。多能性幹細胞ではあらゆる臓器・組織の分化に関わる遺伝子群がすべてアクセルとブレーキが同時に踏まれた状態にあるのに対して、造血幹細胞では血液細胞の分化に関わる遺伝子群のみがそのような状態にあるという点が異なる。

図5

図5 Bmi1による造血幹細胞増殖促進効果

ポリコーム複合体によるブレーキを強く踏むことによって造血幹細胞の分化が強く抑えられ、造血幹細胞が未分化な状態を保ちやすくなり、その結果造血幹細胞の数が増えやすくなる。

<用語解説>

注1) 組織幹細胞、造血幹細胞
組織幹細胞とは、各組織あるいは臓器の源となる細胞であり、多系統の細胞に分化する多分化能と幹細胞を再び作る自己複製能を持つ細胞である。造血幹細胞はその一種であり、血液系細胞に分化可能な幹細胞である。ヒト成体では主に骨髄に存在し、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球)、赤血球、血小板を生み出す。
注2) ポリコーム複合体
ヒストンの化学的修飾を行う酵素活性を持つたんぱく質複合体であり、主に2種類の複合体が知られている。ポリコーム複合体によるヒストン修飾は遺伝子の環境を変化させ、遺伝子が機能しにくい状況を作り出す。Bmi1はポリコーム複合体を構成するたんぱく質の1つである。
注3) エピゲノム
DNAの塩基配列の変化を伴わずに遺伝子の発現に影響を及ぼす仕組みであり、ゲノムDNAの後天的修飾あるいはゲノムを取り巻く環境の変化(ヒストンの化学修飾など)が含まれる。

<論文名>

“Poised lineage specification in multipotential hematopoietic stem and progenitor cells by the polycomb protein Bmi1”
(ポリコーム複合体の構成たんぱく質Bmi1による、多能性を持つ造血幹細胞および前駆細胞の分化制御機構)
doi: 10.1016/j.stem.2010.01.005

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

岩間 厚志(イワマ アツシ)
千葉大学 大学院医学研究院 教授
〒260-8670 千葉県千葉市中央区亥鼻1-8-1
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<JSTの事業に関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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