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平成22年2月24日

独立行政法人 放射線医学総合研究所
Tel:043-206-3026(企画部 広報課)

独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

感情の中枢である扁桃体におけるドーパミンの役割を解明

<研究者>

独立行政法人 放射線医学総合研究所(放医研、理事長:米倉 義晴)
分子イメージング研究センター注1)
菅野 巖 センター長、須原 哲也 グループリーダー、高橋 英彦 主任研究員

陽電子断層撮像法(PET)注2)機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)注3)という異なるヒトの非侵襲的脳機能イメージングの方法を組み合わせることにより、不安や恐怖といった感情の中枢である扁桃体と呼ばれる脳部位の活動に代表的な神経伝達物質であるドーパミン注4)の伝達にかかわる受容体のうち、扁桃体のD1受容体が深く関連していることを世界で初めて明らかにしました。

扁桃体注5)は、不安や恐怖などの感情を感じた時に活動することが知られています。過度な不安や恐怖が症状であるうつ病、不安障害やPTSDといった精神疾患においては、扁桃体の活動が過剰であること知られています。反対に統合失調症や自閉症に認められる感情や対人コミュニケーションの障害が扁桃体の活動の低下と関連していることも知られています。このため扁桃体の活動を調節する薬物が、このような精神疾患の薬物治療に役立つことが期待されています。

今後、扁桃体の機能異常と関連する精神疾患における情動や対人コミュニケーションの障害の病態理解や薬物治療への応用が期待されます。

本研究の成果の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人 光男 (株)ATR脳情報研究所 所長)における研究課題「情動的意思決定における脳内分子メカニズムの解明」(研究者:高橋 英彦)によって得られました。本研究成果は、2010年2月24日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。

<背景>

脳内で情動の中枢とも呼ばれる扁桃体は、特に不安や恐怖といった感情に深くかかわっており、様々な精神疾患においては扁桃体の機能異常が報告されています。このため扁桃体の活動を調節するような薬物を開発し、このような精神疾患の治療に利用していくためには、扁桃体における分子のはたらきを理解することが不可欠です。

神経伝達物質は受容体を介して次の神経細胞に信号を伝達します。扁桃体の場合、ドーパミン(神経伝達物質)がD1およびD2受容体を介して信号を伝達していることが知られています。これまで、動物実験において扁桃体におけるD1およびD2受容体の役割が調べられてきました。しかし、動物実験における検討では、ドーパミンはD1およびD2受容体を介して扁桃体の神経細胞を興奮性にも抑制性にもはたらくため、最終的な扁桃体全体の活動にどの受容体が中心的な役割を担っているか不明でした。本研究は、ヒトを対象にPETとfMRIという異なる非侵襲的脳機能イメージングの方法を組み合わせることにより、扁桃体におけるドーパミン神経伝達と扁桃体の活動との関係を検討したものです。

<研究手法と結果>

「恐怖の表情をしている顔写真」を見ている最中の健康男性21名の脳活動をfMRIにて測定し、恐怖や不安の感情により扁桃体の活動が活発になることを確認しました(図1)。その後、脳内のドーパミンD1受容体を測定するためのPET、およびD2受容体を測定するためのPETの合計2回のPETを試行し、各個人の扁桃体におけるD1受容体およびD2受容体の密度を反映する受容体結合能と呼ばれる指標を算出しました(図2)。各個人の扁桃体におけるD1受容体およびD2受容体の密度と扁桃体の活動の強さとの関係を調べたところ、扁桃体のD1受容体に密度が高い被験者ほど、恐怖の表情の顔写真を見たときの扁桃体の活動が強いという関係があることがわかりました(図3)。一方、そのような関係はD2受容体の密度との間には認められませんでした。

同じストレスや環境に曝されても、人によって恐怖や不安の感じ方には個人差があり、それに伴う扁桃体の活動も個人差があります。本研究で、個人差の一因として扁桃体におけるドーパミンD1受容体密度の高低の個人差が関連していることが明らかになりました。扁桃体においてはD1受容体を介したドーパミンの信号伝達が恐怖や不安といった情動反応に中心的な役割を担っていることが示唆され、扁桃体のD1受容体を介したドーパミンの信号伝達を制御することで、情動反応を制御できる可能性が示されました。

<本研究の成果と今後の展望>

本研究は、PETとfMRIという異なる脳機能イメージングの方法を組み合わせ、神経伝達物質と脳活動という異なる側面の脳情報の関係を検討し、その結果、情動の中枢とも呼ばれる扁桃体の活動にD1受容体が重要な役割を担っていることを世界で初めて示した成果です。今後、このように脳の情報や機能を多面的に検討していくことの重要性が高まっていくものと思われます。扁桃体の機能異常はうつ病、不安障害、PTSD、統合失調症、自閉症など様々な精神疾患における情動や対人コミュニケーションの障害と関連しており、今後、これらの病態理解や薬物治療への応用が期待されます。

放医研の分子イメージング研究センターでは、ヒト用、動物用を問わず、PETやMRIなどの画像研究の設備が整備されており、これらの放射線医学研究環境が本研究のような異なる方法の有機的な融合に結びつきによる脳研究を可能にしています。今後は当センターのこうした特色を生かし、ドーパミン以外の脳内分子の脳の局所における役割を明らかにして、精神神経疾患の病態理解や新しい薬の開発に結び付けたいと考えています。

<参考図>

図1

図1 fMRIによる恐怖の表情の顔写真を見た時の扁桃体の活動の計測

黄色の部分が扁桃体の活性を示す。

図2

図2 PETによる脳内のドーパミンD1受容体およびD2受容体の計測

それぞれ赤い部分がD1受容体およびD2受容体に対応する。

図3

図3 扁桃体の活動と扁桃体におけるD1受容体結合能との相関関係

<用語解説>

注1) 分子イメージング研究センター
平成17年度に放医研に創立された分子イメージング研究を行っている研究センター。腫瘍や精神疾患に関する基礎研究や臨床研究のほか、分子プローブの開発や放射薬剤製造技術開発、PET開発やMRIの計測技術開発など、分子イメージングの基礎研究から疾患診断の臨床研究まで幅広い研究を行う世界屈指の分子イメージング研究拠点。文部科学省が推進する「分子イメージング研究プログラム」の「PET疾患診断研究拠点」として選定を受けている。
注2) 陽電子断層撮像法(positron emission tomography; PET)
レントゲン、CTやMRIと同じ画像診断法の一種で、がんの診断などに用いられる。陽電子を放出する核種で標識した薬剤を注射し、体内から出てくる信号を体の外で捉え、コンピュータ処理によって画像化する技術。
注3) 機能的核磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging; fMRI)
MRIを高速に撮像して、神経細胞の活動に伴う血流動態反応を視覚化することにより、運動・知覚・認知・情動などに関連した脳活動を画像化する手法。
注4) ドーパミン
中枢神経系に存在する神経伝達物質で、運動調節・認知機能・ホルモン調節・感情・意欲・学習などにかかわると言われている。
注5) 扁桃体
扁桃体は側頭葉の内側の構造であり、大脳辺縁系と呼ばれる情動に関連する回路の主要な構成要素のひとつ。特に恐怖や不安といったマイナスの情動に深くかかわり、様々な精神疾患でその機能異常が想定されている。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

高橋 英彦(タカハシ ヒデヒコ)
独立行政法人 放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究グループ 脳病態研究チーム 主任研究員
Tel:043-206-3251 Fax:043-253-0396
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:

<報道担当>

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Tel:043-206-3026 Fax:043-206-4062
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Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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