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平成22年1月7日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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ヒトのゲノムにRNAウイルス遺伝子を発見
4000万年前までに感染か 最初の「RNAウイルス化石」

-生物進化の解明とRNA利用拡大の道を開く-

JST目的基礎研究事業の一環として、大阪大学微生物病研究所の朝長 啓造 准教授らは、ヒトなどさまざまな哺乳動物のゲノム内にRNAウイルスの1種であるボルナウイルス注1)の遺伝子が取り込まれていることを発見しました。これは、レトロウイルス注2)以外にも「ウイルス化石」がヒトのゲノム内に存在することを初めて明らかにしたものです。系統樹の解析では、ウイルス感染が4000万年前までさかのぼると推定しました。従来分かっていたRNAウイルスの感染例では、最古となります。さらに、ボルナウイルスを感染させた細胞で遺伝子が逆転写され、細胞のゲノムに挿入されることも証明しました。

生物は、感染したレトロウイルスの遺伝子をゲノムに組み込むことで飛躍的にゲノムの多様性を広げてきたと考えられています。生物のゲノムに内在化したこれらウイルス遺伝子は、過去にウイルスが感染した痕跡であることから「ウイルス化石」とも呼ばれています。これまでに、レトロウイルス以外のウイルスが生物のゲノムに内在化することは知られていなかったため、「ウイルス化石」としてゲノムに発見されるものは、内在性レトロウイルス注3)が唯一と考えられていました。

本研究はまず、レトロウイルス以外のウイルスが生物のゲノムに系統的に取り込まれ、内在化することを明らかにした初の報告として意味があります。また、逆転写酵素注4)を持たないRNAウイルスが宿主のレトロトランスポゾン注5)を利用することで、細胞のゲノムに挿入されることを示した点でも画期的な発見です。この成果は、RNAウイルスと宿主である人類が互いに関連し合って進化してきた謎に満ちた共進化の解明の新しい手掛かりになると同時に、ボルナウイルスを利用した優れたウイルスベクター注6)の開発にもつながるものと期待され、RNAウイルスの利用方法の拡大に道を開くものです。

本研究成果は、2010年1月7日(英国時間)発行の「Nature」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「RNAと生体機能」
(研究総括:野本 明男 東京大学 大学院医学系研究科 教授)
研究課題名 「リボウイルス創薬:ウイルスに学ぶRNA分子の可能性とその応用」
研究者 朝長 啓造(大阪大学微生物病研究所 准教授)
研究実施場所 大阪大学微生物病研究所
研究期間 平成18年10月~平成22年3月

JSTはこの領域で、生命現象を支え制御するRNAの新たな機能を探索し、既知のRNA機能の活用を目指した研究と将来の先端医療技術等へとつながる機能性RNA分子の新たな活用技術開発を目指しています。上記研究課題では、ボルナウイルスの複製機構の解明を通じて、新たな持続発現型のRNAウイルスベクターの開発を目指しています。

<研究の背景と経緯>

内在性レトロウイルスは、さまざまな生物のゲノムに残された唯一の「ウイルス化石」と考えられており、ヒトゲノムの約8%は内在性レトロウイルス由来の配列で占められていることが知られています。内在性レトロウイルスは過去における外来性レトロウイルス感染の痕跡であり、進化過程におけるレトロウイルスと宿主との共存関係を明らかにする極めて有用な手段を提供しています。また、ウイルス感染が宿主進化に及ぼす影響についても、内在性レトロウイルスの研究により、これまで多くの知見が明らかにされてきました。

一方で、レトロウイルス以外に系統的に宿主ゲノムに内在化するウイルスは現在までに発見されていません。そのため、レトロウイルス以外のウイルスが生物の進化過程において、どのように宿主と共存してきたのかについては多くの謎が残されています。

これまでに、実験では逆転写酵素を持たないRNAウイルスが感染した細胞内でDNAへと逆転写される現象は知られていました。しかし、レトロウイルス以外のウイルスが生物のゲノム内に実際に存在するのか、そして仮に存在するならば生物の進化にどのような影響を及ぼしてきたのかについては、ウイルス学的・遺伝学的にも大きな謎でした。

<研究の内容>

ボルナウイルス科に属するボルナ病ウイルス(BDV)は、感染細胞の核内で持続感染する極めて特異な性状を持つRNAウイルスとして知られています。朝長准教授らは、BDVが持続感染を維持するために、ウイルスのヌクレオ(N)たんぱく質注7)が何らかの宿主のたんぱく質の機能を真似ているのではないかと考え、BDVのNたんぱく質と相同性の高いたんぱく質を、遺伝子データベースを用いて検索しました。その結果、ヒト由来の2つの予測たんぱく質注8)が同定されました。これらのたんぱく質は、BDVのNたんぱく質とそれぞれ41%の相同性を示し(図1)、さらにたんぱく質をコードしている遺伝子の両末端にはBDVのN遺伝子に見られるシグナル配列注9)が保存されていることが明らかになりました。

そこで、このたんぱく質をコードしている遺伝子を「内在性ボルナ様Nエレメント(Endogenous Borna-like N:EBLN)」と命名しました。EBLNの遺伝子情報を元に、さらなるデータベース解析を行った結果、さまざまな哺乳動物、つまり原猿を含む多くの霊長類やげっ歯類、オポッサムなどの有袋類や象などのアフリカ獣上目などのゲノムでもEBLNの存在が明らかになりました。

系統樹解析の結果(図2)、BDVのN遺伝子とEBLNは共通の起源を持つことが示唆されました。また、北米産のジュウサンセンジリス注10)のゲノム内に見つかったEBLN配列は、現存する外来性ボルナウイルスのN遺伝子と系統的に近縁であることが示され、極めて近年に外来性ボルナウイルスが内在化したものと考えられました。さらに、一部の霊長類由来EBLNではオープンリーディングフレーム(ORF)注11)が保存されており、培養細胞や特定臓器でのmRNA発現も確認されました。一方、BDV持続感染細胞ではBDVのmRNAを鋳型としたcDNAが産生されることが示され、BDVのN遺伝子に対応するEBLN様の配列が宿主染色体に取り込まれることも明らかにしました(図3)。

今回の発見は、生物ゲノムにおけるレトロウイルス以外のウイルスの内在化を示した初めての報告です。系統樹の解析により、霊長類由来EBLNは少なくとも4000万年前までに霊長類の共通祖先において内在化したことが示されました。これは、これまで知られている中で最も古いRNAウイルスの感染の例と考えられます。また、逆転写酵素を持たないRNAウイルスが感染細胞内で宿主のレトロトランスポゾンを利用して宿主染色体に侵入することも、初めて明らかにしました。

<今後の展開>

今回、ヒトを含むさまざまな哺乳動物のゲノムに、ボルナウイルスに由来する遺伝子が内在化していることが明らかになりました。本成果は、生物進化におけるウイルス感染の役割について新たな概念を提唱できるとともに、RNAウイルス進化の謎を解き明かす発端になると考えられます。また、EBLNは宿主の進化解析においても有用な道具となると考えられます。さらに、生体内でのEBLNの機能を明らかにすることは、ウイルス感染に対する新たな防御策の発見にもつながると考えられます。ボルナウイルスは他のRNAウイルスとは異なり、脳神経細胞の核内で持続的に感染するという特徴を持っています。この性状を利用するとともに今回の発見を活用することで、たんぱく質や機能性RNA分子を効率的かつ持続的に脳内で発現できるこれまでにないウイルスベクターの開発にもつながると期待されます。

<参考図>

図1

図1 ボルナウイルスのN遺伝子とヒトEBLNとのアミノ酸配列の比較

図2

図2 哺乳類EBLNと外来性ボルナウイルスのN遺伝子領域を用いた系統樹解析

図3

図3 ボルナウイルス遺伝子の内在化の仕組み

細胞に感染するボルナウイルスのmRNAは、細胞内でレトロトランスポゾン由来酵素の働きでcDNAへと逆転写した後に、染色体へ挿入されると考えられた。

<用語解説>

注1) ボルナウイルス
非分節の一本鎖マイナス鎖のRNAをゲノムに持つモノネガウイルス目に属するウイルス。近縁のウイルスにはエボラウイルス、麻疹ウイルス、狂犬病ウイルスがある。多くの温血動物に感染していることが知られている。神経系に好んで感染し、宿主に神経疾患を誘導する。
注2) レトロウイルス
プラス鎖RNAをゲノムに持つウイルス。自らが作り出す逆転写酵素によりゲノムRNAをDNAに逆転写させ、細胞のDNAに挿入することでウイルスの複製を行う。
注3) 内在性レトロウイルス
過去において感染した外来性レトロウイルスが宿主の生殖細胞のゲノムに入り込むことで、その系統のゲノムの一部として遺伝されるようになったウイルス由来遺伝子。内在性レトロウイルスの一部は細胞内でたんぱく質を発現し、病原性の外来性レトロウイルスの感染の阻止や胎盤形成に使われていることが明らかになっている。
注4) 逆転写酵素
RNAを鋳型して、その遺伝情報をDNAに転写する酵素。レトロウイルスはこの酵素を持っており、自身のRNA遺伝子をDNAへと変換して宿主ゲノムへと侵入する。
注5) レトロトランスポゾン
ゲノム上を転移する遺伝子群で、RNAを鋳型としてDNAを作り、それを宿主細胞のゲノムに侵入させることでゲノム内に自身のコピーを増やしていく。多くはレトロウイルス由来の配列である。
注6) ウイルスベクター
ウイルスのゲノムに目的遺伝子を導入することで作製した組み換えウイルス。目的遺伝子を持つ組み換えウイルスを目的の細胞・組織に感染させることで、外部から効率よく遺伝子を導入することができる。遺伝子治療や、iPS細胞や遺伝子組み換え食品の作成などに応用される。
注7) ヌクレオ(N)たんぱく質
ウイルスのゲノムRNAを覆ってヌクレオカプシドと呼ばれる構造体を作ることで、細胞の中の分解酵素からウイルスRNAを保護する役割を持つたんぱく質。RNAウイルスの複製には必須の構造たんぱく質である。
注8) 予測たんぱく質
ゲノム情報の解析から、その発現が予測されるたんぱく質のこと。
注9) シグナル配列
ウイルスのmRNAの転写を開始あるいは終止させるために決められている塩基配列。
注10) ジュウサンセンジリス
リス科の動物で背中に白いスポットが縞状に並び、それが13本あることから、この名前が付けられている。アメリカ合衆国北部からカナダ南部に分布する。
注11) オープンリーディングフレーム(Open reading frame:ORF)
たんぱく質に翻訳されるDNAあるいはRNA配列のこと。

<掲載論文名>

“Endogenous non-retroviral RNA virus elements in mammalian genomes”
「哺乳類ゲノムに内在する非レトロウイルス型RNAウイルス」
doi: 10.1038/nature08695

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

朝長 啓造(トモナガ ケイゾウ)
大阪大学微生物病研究所 准教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-1
Tel:06-6879-8306 Fax:06-6879-8310
E-mail:

<その他のお問い合わせ窓口>

大阪大学微生物病研究所 庶務係
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-1
Tel:06-6879-8267 Fax:06-6879-8266

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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