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平成21年12月25日

神戸大学
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科学技術振興機構(JST)
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神経分化に必要なタンパク質合成の制御機構を解明

神戸大学の藤原俊伸准教授(大学院工学研究科応用化学専攻生物化学工学分野、独立行政法人科学技術振興機構さきがけ研究者兼任)は、同大学院理学研究科(坂本博教授)、長瀬産業株式会社研究開発センター(森脇雅史センター長)などとの共同研究により、神経特異的RNA結合タンパク質HuDが翻訳開始機構において、翻訳を活性化する働きがあることを明らかにしました。さらに、このHuDによる翻訳の活性化は神経分化誘導に必須であることも明らかにしました。

この結果は、神経分化に必須なタンパク質合成(翻訳)機構の存在を示しており、今後この翻訳機構を応用することにより、ES細胞やiPS細胞を人工的に神経細胞へと分化させる手法の開発や、発症・進行のメカニズムが不明で有効な薬がない神経変性疾患治療のための創薬へとつながるものと期待されます。

以上の研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「RNAと生体機能」研究領域(研究総括:東京大学大学院医学系研究科 野本 明男 特任教授)における研究課題「細胞周期とリボソーム生合成制御の連携システムの解明」(研究代表者:藤原 俊伸 准教授)の一環として行われ、2009年12月24日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Molecular Cell」に掲載されます。

<研究の背景>

生命の基本要素であるタンパク質は、DNAが持つ遺伝情報のコピーであるメッセンジャーRNA(mRNA)を設計図として合成されます。mRNA上の遺伝暗号注1)は、生物のタンパク質合成装置であるリボソーム上で解読されることでタンパク質へと変換されます。この段階を「翻訳」と呼びます。

我々ヒトを含む真核生物では、mRNAの両末端にそれぞれcapおよび数多くのアデノシン(A)の連なりにより構成されるpoly(A)と呼ばれる構造が存在しています。翻訳は、cap構造が翻訳開始因子の特定タンパク質に認識されることによって開始されます。このとき、mRNAのもう一方の末端構造であるpoly(A)に結合するタンパク質因子と翻訳開始因子とが結合することでmRNAは環状になっています(図1)。mRNAは環状構造をとることで、翻訳効率を上昇させ、分解から逃れていると考えられています。

この翻訳の開始こそ、タンパク質合成の可否を決定するとても重要なステップです。特に、翻訳開始因子によるcap構造の認識は最重要であり、eIF4Fとよばれるタンパク質複合体がこの過程を担っています。eIF4Fは、cap構造を直接認識し結合するeIF4E、複雑にからみあったmRNAをほどく作用(ヘリカーゼ活性)を持つeIF4A、poly(A)結合タンパク質と結合しmRNAの環状構造に寄与するeIF4Gから構成されています。そして、これら翻訳開始因子のタンパク質のみならず、様々なRNA結合タンパク質が特定のmRNAに結合することにより翻訳過程を制御しています。

そして、mRNAをタンパク質合成が必要とされる適切な体の部位へと輸送し、必要な時に、必要な場所でのみ翻訳が開始されるように制御を行っています。

このような仕組みは、遺伝子の発現を時空間的に制御する機構として最適です。特に、神経細胞はシナプス注2)を介した外部からの刺激に即座に応答する必要があり、このような翻訳制御機構が重要な働きをしていると考えられます。実際に、後シナプスが存在する樹状突起注3)には多種・多様なmRNAが局在・蓄積しており、神経活動に依存した局所的な翻訳がシナプス可塑性注4)発現に関与していることが明らかとなってきています。

そして、神経特異的に発現するRNA結合タンパク質による翻訳制御機構が、神経幹細胞注5)から神経細胞へと分化する過程を制御していることが明らかになりつつあります。このことは、mRNAの翻訳過程を制御することでタンパク質合成を調節し多様な細胞を生み出していることを意味しています。

神経特異的に発現が見られるHuタンパク質のひとつの、HuDタンパク質は神経特異的なRNA結合タンパク質で、神経幹細胞がニューロン注6)へと分化することが決定づけられた神経前駆細胞注7)で発現を開始し、成熟したニューロンにおいても持続的に発現が見られます。これまでの国内外の研究により、HuDを含む神経特異的Huタンパク質は、神経幹細胞の増殖から神経分化への誘導を行っているということが強く示唆されています。そして、神経特異的Huタンパク質は翻訳制御を行っているという可能性が示唆されてきましたが、どのような仕組みで翻訳過程に関わっているのか、また神経特異的Huによる翻訳制御と神経分化誘導との関係も不明でした。

<研究の概要>

本研究グループは、神経特異的RNA結合タンパク質・HuDによる神経分化誘導と翻訳制御機構との関係を解明することを目的として研究を行い、下記の成果を得ました。

  1. 1.  培養細胞の抽出物を用いた相互作用解析実験により、HuD がpoly(A)配列および翻訳開始因子eIF4Aとの結合を介して翻訳開始複合体と相互作用することを発見しました。
  2. 2.  培養細胞の抽出物を用いた無細胞タンパク質合成実験系により、HuDがcap依存的な翻訳を促進することを見いだしました(図2)。
  3. 3.  HuDによる翻訳促進機能と神経分化誘導機能には密接な関連があり、これらのHuDの機能はpoly(A)配列およびeIF4Aとの結合に依存することも明らかにしました。
  4. 4.  HuDとeIF4Aとの関係を明らかにする実験により、HuDによる神経分化誘導能にはeIF4Aのヘリカーゼ活性が必須であることも突き止めました。

以上の結果は、翻訳因子として定義されていないRNA結合タンパク質によるeIF4Aを介した翻訳開始促進機構に関する初めての知見です(図2)。このことは神経系においては分化のために独自のタンパク質合成システムが存在することを示すものです。

<今後の展開および社会へのインパクト>

iPS細胞やES細胞は細胞移植治療の細胞源として注目されています。特に、パーキンソン病などの神経変性疾患ではニューロンを細胞移植によって補い、新しい神経回路を形成させるという試みがなされています。

今回の研究成果を発展させることにより、効率的な分化誘導方法が確立されていないES細胞やiPS細胞の神経細胞への分化方法の確立に向けた研究がさらに進むことが期待されます。

さらに、ES細胞やiPS細胞を人工的に分化させることによる神経変性疾患細胞モデルの作製は、発症・進行のメカニズムが不明で有効な薬がない神経変性疾患治療のための創薬へとつながると期待されます。

※ 本研究は、文部科学省科学研究費、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)、神戸大学バイオプロダクション次世代農工連携拠点などの助成により行われました。

<参考図>

図1

図1 真核生物における翻訳開始複合体モデル

翻訳はeIF4F(eIF4E、eIF4G、eIF4Aの複合体)によるcap構造(m7GppG)の認識から始まる。mRNAはpolyA鎖に結合するPABPとeIF4Gとの結合により環状構造をとり翻訳の効率化に貢献している。構成されたeIF4FにeIF3が結合し、翻訳装置であるリボソームが会合する。

図2

図2 HuDによる翻訳開始促進モデル

HuDはeIF4Aとの結合およびpolyA鎖との結合を介して翻訳開始複合体へと結合し、翻訳を活性化していると考えている。

<用語解説>

注1) 遺伝暗号
タンパク質のアミノ酸の配列を決める暗号となっている核酸の塩基配列。
注2) シナプス
ニューロンとニューロン、またはニューロンと筋肉などの効果器細胞との接合部位のこと。脳の機能を支える神経回路は、このシナプスによって形成されている。
注3) 樹状突起
神経細胞が、外部からの刺激や他の神経細胞の軸索から送り出される情報を受け取るために、細胞体から樹木の枝のように分岐した複数の突起のこと。
注4) シナプス可塑性
記憶・学習など、ヒトの脳の機能を実現するために、神経回路が物理的・生理的に、その性質を変化させることができる能力のことを意味する。主に、細胞死によるニューロンの減少と発芽によるシナプス接合部の増加という物理的な変化と、長期増強(long-term potentiation)によって信号の通りが良くなる、という生理的な変化を指す。
注5) 神経幹細胞
中枢神経はニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの3種類の細胞からなる。これらすべての細胞を産み出すことができ、細胞分裂によって自身を複製することができる細胞が神経幹細胞である。
注6) ニューロン
神経系を構成する細胞で、その機能は情報処理と情報伝達に特化しており、動物に特有である。神経細胞のことを指す。神経細胞は主に3つの部分に区分けされ、細胞核のある細胞体、他の細胞からの入力を受ける樹状突起、他の細胞に出力する軸索に分けられる。
注7) 神経前駆細胞
ニューロン(神経細胞)のみに分化する未分化細胞のことを指す。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

藤原 俊伸(フジワラ トシノブ)
神戸大学 大学院工学研究科 応用化学専攻生物化学工学分野 准教授
独立行政法人 科学技術振興機構 さきがけ研究者
〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1-1
Tel:078-803-5728 Fax:078-803-5728
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※ 不在時には、神戸大学 大学院工学研究科 総務係(Tel:078-803-6333)までお問い合わせください。

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
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