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平成21年11月25日

科学技術振興機構(JST)
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東北大学
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酸化物と導電性有機物で、透明で安価なトランジスターを実現

(ディスプレイや太陽電池での応用に期待)

JST目的基礎研究事業の一環として、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の川崎 雅司 教授らは、酸化物界面の電気伝導特性を有機物を用いた電界効果注1)で制御することに成功しました。透明で安全かつ安価なトランジスターの実現につながる成果です。

酸化亜鉛(ZnO)注2)とマグネシウム(Mg)を添加した酸化亜鉛(MgZnO)とからなる積層薄膜(MgZnO/ZnOヘテロ接合)の界面には二次元電子注3)が蓄積されており、高い電気伝導性を示すことが知られています。この電気伝導特性は、外部から電圧を加えて制御することによって、電界効果トランジスター(FET)として利用できます。そのような目的には通常、絶縁体もしくはショットキー接合注4)を介した電界効果を利用する方法が用いられてきました。しかし、ZnOなどの酸化物半導体を用いる場合には、欠陥の少ない良質な半導体/絶縁体(あるいはショットキー接合)界面を実現することが困難であったため、従来の半導体を利用したFETに比べて開発が大きく遅れていました。

本研究グループは今回、有機ELディスプレイなどに用いられる導電性高分子注5)の一種であるpoly(3,4-ethylenedioxythiophene):poly(styrenesulfonate)(以下PEDOT:PSSと省略)がZnOに対して極めて良質なショットキー電極として働くことに着目して、PEDOT:PSSをゲート電極とするFETを作製し、MgZnO/ZnOヘテロ接合界面の二次元電子の電気伝導特性を電圧印加によって自由自在に制御することに成功しました。

PEDOT:PSS薄膜は室温・大気圧の条件下で、市販の溶液を滴下して回転するという極めて簡便な手法(スピンコート法)で作製することができます。FETを構成する材料は透明、安価かつ無害であり、得られた成果は次世代のディスプレイや電子ペーパーなどの実現に大きく道を開くものと期待されます。また、酸化物と有機物という異なる物質系の界面が、電子素子の代表例であるFETの精密動作に利用可能であることを明示しており、学術的な意義も大きいといえます。本研究は、ローム株式会社から試料の一部の提供を受けて行われました。

本研究成果は2009年11月25日(ドイツ時間)にドイツ科学雑誌「Advanced Materials」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「ナノ界面技術の基盤構築」(研究総括:新海 征治 崇城大学 教授)
研究課題名 酸化物・有機分子の界面科学とデバイス学理の構築
研究代表者 川崎 雅司(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授)
研究期間 平成18~23年度

JSTはこの領域で、異種材料・異種物質状態間の接合界面を扱う研究分野の融合によってナノ界面機能に関する横断的な知識を獲得するとともに、これを基盤として界面ナノ構造を自在に制御し、飛躍的な高機能化を可能にする革新的なナノ界面技術を創出すること、およびその有用性をデバイス動作により実証することを目的としています。上記研究課題では、異種接合界面に着目し、これらの界面における電子・磁気・光機能をひな形デバイスとして実証することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

従来、酸化物はセラミックス材料として幅広い工業用途に用いられてきました。近年、酸化物薄膜作製技術の向上に伴って、原子レベルで制御された高品質な単結晶薄膜の作製および精密な不純物ドーピングが可能になり、次世代の「透明電子回路」を実現するための候補材料として期待されています。特に、本研究で用いたZnOは代表的な酸化物半導体として知られ、ディスプレイ材料に用いられてきたレアメタルの枯渇が問題になるにつれて、その代替物質としての透明導電性物質としてさらなる注目を集めています。これまでも紫外発光ダイオードへの応用を目指した研究が精力的に展開されてきましたが、最近になって、高いスイッチング速度を備えた高性能なFETへの応用展開も期待できることが分かってきました。特に、MgZnO/ZnOヘテロ接合では単結晶シリコンに匹敵する高い移動度注6)が実現されており(2007年1月26日プレス発表 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20070126/)、その電気伝導特性を電界効果によって外部電圧で制御することができれば、透明かつ高性能な電子回路としての応用が期待されます。

FETは大きく、半導体/絶縁体/金属接合の電界効果を利用したものと、半導体/金属ショットキー接合の電界効果を利用したものとに分けられ、シリコンを用いたFETでは前者が、ヒ化ガリウム(GaAs)を用いたFETでは後者が、それぞれ用いられています。酸化物を用いたFETの実現に向けては、前者の方法が主に検討されてきましたが、欠陥の少ない半導体/絶縁体界面を形成する技術が確立されておらず、十分な性能が実現できていませんでした。

本研究グループでは、PEDOT:PSSとZnOの接合が界面欠陥のほとんどない非常に高品質なショットキー接合となることを発見し、これを利用することで、極めて性能の優れた紫外線センサーを開発することに成功しました(2008年9月24日プレス発表 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20080924-2/)。このPEDOT:PSSをゲート電極として用いることにより、MgZnO/ZnOヘテロ接合の電気伝導特性を電界効果で制御することが本研究のねらいです。

<研究の内容>

本研究では、PEDOT:PSSをゲート電極、MgZnO/ZnOヘテロ接合界面を伝導チャネルとするFETを作製しました(図1)。MgZnO/ZnOの界面には、高い電気伝導性を示す二次元電子が蓄積されています。

FETはスイッチング素子の一種であり、半導体中の電子の密度を外部電圧で変化させ、電気が流れやすい状態(ON状態)と流れにくい状態(OFF状態)を作り出すことによって動作します。素子に印加する電圧を変えながら二次元電子の密度を評価したところ、ONの状態からOFFの状態まで、直線的に変化していることが分かりました(図2の左軸)。界面に多量の欠陥がある場合は、印加した電界は界面ですべて消えてしまい、二次元電子に作用することはありません。得られた結果は、PEDOT:PSSとMgZnOのショットキー接合界面には欠陥がほとんどないことを示しています。二次元電子の密度を制御することによって、電気の流れやすさである電気伝導率を制御することに成功しました(図2の右軸)。一方で、導電性高分子がない場合と同様に最大で20,000cm/Vsという極めて高い移動度が観測されており、有機物のランダムな構造が二次元電子の散乱を引き起こさないことが分かりました。

詳細な評価を行った結果、二次元電子の電気伝導特性を精密かつ自由自在に制御できることが分かりました。図3(a)には、電圧によって金属状態と絶縁体状態のスイッチングに成功した様子を示しています。二次元電子がたくさん存在するON状態では、温度の低下と共に抵抗が小さくなっていく金属的な状態が実現されています。一方で、二次元電子の数を減らしてOFF状態にすると、温度の低下と共に抵抗が高くなっていく絶縁体的な状態が実現されています。その境界の抵抗値は理論的に予測されている値(25.8kΩ)と一致しており、二次元電子を厳密に制御できていることを示しています。

MgZnO/ZnOヘテロ接合の二次元電子は、有名な量子効果の1つである量子ホール効果注7)を示すことが知られています。図3(b)には、二次元電子のエネルギーを制御することで量子ホール効果の制御に成功した様子を示しています。量子ホール効果は二次元電子の2種類の性質(粒子と波)のうち、波としての性質が顕著に現れることによって生じる干渉効果です。実験的にはシート抵抗が磁場あるいは電子のエネルギー(ゲート電圧に対応)の変化に対して振動し、一方で電流に垂直な抵抗成分であるホール抵抗注8)が階段状に増大する現象として観測されます。従来のMgZnO/ZnOヘテロ接合では、磁場に対するシート抵抗の振動およびホール抵抗の平坦部の出現を観測することには成功していましたが(図3(b)の中で、ゲート電圧ゼロの場合に対応)、今回新たに、電子のエネルギーを変えることに伴う振動パターンの変化を観測することに成功しました(図3(b)の縦軸に対応)。一方で、電子のエネルギーを変化させても、ホール抵抗の平坦部の抵抗値は変化しないことが分かります。

このように、PEDOT:PSSを用いた電界効果を通して、MgZnO/ZnOヘテロ接合界面の二次元電子の電気伝導特性を自在に制御することに成功しました。

<今後の展開>

今回の成果はPEDOT:PSSがMgZnO/ZnOヘテロ接合に対して優れたゲート電極として働くことを示していますが、同様の手法を他の酸化物半導体に適用することも原理上は可能です。本成果をきっかけとして、酸化物の透明エレクトロニクス応用を目指した研究が一挙に進展するものと期待されます。透明エレクトロニクスの応用範囲は、ディスプレイだけでなく、電子ペーパーや太陽電池など多岐にわたります。また、基礎的な観点からは、二次元電子の密度をさらに減少させることにより、電子間の強い相互作用を反映した、酸化物特有の分数量子ホール効果の観測が期待されます。

<参考図>

図1

図1 作製した素子の模式図

PEDOT:PSSとMgZnOのショットキー接合界面を介して、MgZnO/ZnOヘテロ接合界面に自発的に誘起された二次元電子の密度を制御する。

図2

図2 ゲート電圧による電子密度の制御とそれに伴う電気伝導率の変化

ゲート電圧で電子の密度を任意に調節することが可能であり、結果として電気の流れやすさである電気伝導率のON/OFFを実現できている様子が分かる。

図3

図3 ゲート電圧の印加に伴う二次元電子の制御

(a)金属状態と絶縁体状態をON/OFFすることに成功

温度の低下と共に抵抗が小さくなる金属状態と大きくなる絶縁体状態を、ゲート電圧でON/OFFできている様子が分かる。境界の抵抗値(25.8kΩ、黒色点線の値)は理論から予測される値と一致しており、二次元電子を厳密に制御できていることを示している。

(b)電子の干渉効果(量子ホール効果)を制御することに成功

ゲート電圧の変化と共に、磁場に対してシート抵抗が増減する周期(振動パターン)が変化している。一方で、ホール抵抗の平坦部の抵抗値は変化していない。

<用語解説>

注1) 電界効果
電界によって材料表面に電荷が集まる効果のことを、電界効果と呼びます。絶縁体を二つの電極で挟んで電圧を印加すると、電圧に比例した量の電荷が電極の表面に現れます。この電極の片方を半導体に置き換えることで、半導体中の電子の密度を電圧で制御することが可能になります。このようにして半導体の電子の密度を制御する手法を電界効果と呼び、情報をON/OFFするスイッチング素子(電界効果トランジスター:FET)として、広く実用化されています。本研究では、絶縁体の代わりにショットキー接合(後述)を利用した電界効果を実現しています。
注2) 酸化亜鉛(ZnO)
禁制帯幅3.3eVの直接遷移型半導体として知られる。粉末形状では白色を示し、人体にとって安全であることから、顔料や化粧品として利用されています。最近では、良質な単結晶を入手でき、薄膜成長技術も年々向上していることから、半導体としての応用が期待されています。結晶構造に起因して自発分極と圧電性を有しており、本研究におけるMgZnO/ZnOヘテロ接合界面での二次元電子蓄積の要因となっています。
注3) 二次元電子
半導体と絶縁体あるいは異なる半導体同士の接合界面において、界面に平行な二次元平面のみに運動方向が制限された電子のことを、二次元電子と呼びます。
注4) ショットキー接合
電子が伝導を担うn型半導体に仕事関数の大きな金属を接触させると、両層の電子のエネルギー(フェルミ準位)が揃い、接合界面にショットキー障壁と呼ばれるエネルギー障壁が形成されます。このようなショットキー接合は一方向にしか電流を流さないという性質(整流性)を示し、エレクトロニクスの重要な構成部品として幅広く利用されています。ショットキー接合では、金属と半導体の間に空乏層と呼ばれる絶縁体の層が形成されており、これを利用することで電界効果を実現することができます。
注5) 導電性高分子
プラスチックなど普通の有機物は電気を流さない絶縁体ですが、ある種の有機物が半導体としての性質を備えていることが明らかになりました。有機半導体を用いたエレクトロニクスは無機半導体では実現が困難な新しい分野を形成しつつあり、ユビキタス社会の実現に向けて大きな注目を集めています。本研究で用いている導電性高分子は、1970年代に日本の白川 英樹 博士のグループが発見した電気が流れるプラスチックの総称であり、現在では有機材料を主体とする有機エレクトロニクスのみならず、エレクトロニクス産業のさまざまな局面で身近に使用されるまでに至っています。この功績により、白川博士ら、導電性高分子の発見から原理の解明に携わった3名の化学者に、2000年のノーベル化学賞が贈られました。
注6) 移動度
 移動度は、単位電界(V/cm)の中に置かれた電子の秒速(cm/s)として定義され、本研究で得られた移動度20,000cm/Vsという値は、電子が物質の中を秒速200m(時速720km)という、音速と同じぐらいのとてつもない速度で走っていることを意味しています。本来は材料固有の物性値ですが、現実には材料中の欠陥や不純物の影響を受けて、本来の値よりも小さくなります。移動度の向上には、半導体結晶の品質を高めて欠陥や不純物を極力減らすことが不可欠ですが、一方で、電子が散乱されにくい人工的な構造を作製することによっても大幅に向上させることが可能です。本研究では、そのような構造としてMgZnO/ZnOヘテロ接合を導入することにより、極めて高い移動度を実現しています。
注7) 量子ホール効果
二次元電子の運動平面に対して垂直方向に強い磁場を加えると、電子は一定の周期で円運動をします。電子が一回転する間に散乱が生じないような移動度が極めて高い系においては、電子の波としての性質を反映した干渉効果が起こり、エネルギーがとびとびの値となるランダウ準位が形成されます。このランダウ準位を磁場で変化させたとき、フェルミ準位がちょうどランダウ準位のエネルギーと一致すると、ホール抵抗(後述)に平坦部が現れます。ホール効果がとびとびの値になる(量子化される)現象を、量子ホール効果と呼びます。この平坦部の抵抗値は物質によらず厳密に一定であり、電気抵抗標準として用いられています。
注8) ホール抵抗
固体中を流れる電流の垂直方向に磁場をかけると、電流と磁場の両方に直行する方向に、電子の密度に反比例した電圧(ホール電圧)が生じます(ホール効果)。ホール電圧を電流で割った値がホール抵抗です。

<論文名および著者名>

“Electric field control of two-dimensional electrons in polymer-gated oxide semiconductor heterostructures”
(導電性高分子を利用した酸化物半導体へテロ構造における二次元電子の電界制御)
Masaki Nakano, Atsushi Tsukazaki, Akira Ohtomo, Kazunori Ueno, Shunsuke Akasaka, Hiroyuki Yuji, Ken Nakahara, Tomoteru Fukumura, and Masashi Kawasaki
doi: 10.1002/adma.200902162

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

川崎 雅司(カワサキ マサシ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
Tel:022-215-2085 Fax:022-215-2086
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塚崎 敦(ツカザキ アツシ)
東北大学 金属材料研究所 助教
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
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廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
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